乱用の代償
「――――――――…………ん……」
「!……レ…………ん!」
…………?
声がする……?
誰か、来たのか?
「レ――君!――ょうぶ!?」
この声は……ティルファさん?
「ティル……ファさ、んぁぁぁぁ!!?」
な、なんだ!?
体に激痛が……!?
「動かないでレイ君!もう安全だから!ローグさん達を呼んでくるから安静にしてて!」
「は、はい……!」
体を動かそうとすると、全身に剣を突き刺されたような傷みが走る。
指も、動かせない。
なんでこんな状態になっているんだ?
リフレクティノイドとの戦いでは一切攻撃を受けなかったと思うのだが……?
それにここはどこなんだ?どこかの部屋みたいだが……?
辺りを見回してみると僕が居るこの部屋が木造であることが分かる。
部屋の中には小さな机と花瓶。
後は丸い円形の窓があるだけ。
けれどもその窓は曇りガラスのようで、外の景色を見ることはできない。
ペガサス支部……?なのかな?
今気づいたがどうやら僕はベッドに寝ているらしい。
確かにここが安全なのは間違いないだろうが、先程から部屋の外から喧騒が聞こえるのが気になる。
確かめたいがこの体じゃ動くことすら出来ないからな……
そうして少しの間待っていると、ティルファさんやローグさんを含め、何人かの見知らぬ人が部屋に入ってきた。
「おぉ!気がついたかレイ!」
「はい」
「先生、一応異常がないか見てもらってもいいですか?」
「はいはい。それじゃレイ君、ワシと目を合わせてくれるかな?」
先生と呼ばれた男性の老人が僕の方に顔を近づける。
多分医者のような人で間違いないだろう。
僕はその人の言うことに従い、目を合わせる。
すると一瞬ゾクッとした感じが全身を駆け巡った。
まるで僕の体を一度に全て覗き込まれたような感覚だ。
身体検査か何かの能力か?
「はいはい。ありがとうよ。精神は特に問題はないようだね。能力もちゃんと機能しているよ。これなら時間はかかるけど自然に回復させてやれば何の問題も残らないよ。間違っても、治癒魔法なんかかけるんじゃないよ?いいね?」
「分かりました。ありがとうございます」
「はいはい。これがワシの仕事だからね。気にしなくていいんだよ。それじゃワシは他の人を見てくるからね。何かあったらまた呼んでくれればいいね」
「はい」
ローグさんと握手をすると、その先生は部屋から出ていってしまった。
「さて……何から話したものかな?」
「何かあったんですか?」
「まぁ……そうだな。まずは良くやったな!一人でSS-の魔物を倒すとは!俺の目に曇りはなかったようだ!」
「いえ……そんな……」
「謙遜せずともいい。レイも知っての通り、聖魔混沌騎士団を倒すのは至難の業だ。それも入団したばかりの魔物なら尚更だ。何せ対策法も攻撃手段も不明な奴が多いからな。倒すまではいかなくても他の勇者の援軍が来るまでの足止め、最悪逃げ帰ってきてでも命があればいいと思っていた。大した奴だよお前は!」
「げふっ……!?」
ドスっと背中を思いっきり叩かれる。
悪気が無いのは分かるが、今の僕にとっては致命傷にも等しい。
ましてやギルドマスターの一撃なら尚更だ。
「ロ、ローグさん!レイ君は重症なんですよ!?もっと労ってあげて下さい!」
「お、おぉ……すまん!レイ!」
「あ、……ふ、だ、大丈夫、です」
というか結局なんで僕の体はボロボロなんだ?
「あの、なんで僕の体、こんなに満身創痍なんでしょうか?」
「そうだな。次はそれを話すとしようか。レイは魔法の使用の仕方と魔力について詳しく知っているか?」
「魔法の使用の仕方と魔力について、ですか?……魔力を使って、としか分かりません」
「まぁ詳しい知識が無ければそんなものか」
「すいません」
「何、気にするな。これから覚えてくれれば何も問題ない。まず、魔法というのはな――――」
それから数時間程ローグさんの説明が続いた。
あれやこれやと今の僕には理解できないことが多々あったので、完全には説明できないが何故、僕がこれだけのダメージを受けてしまっているのかは分かった。
まず、魔法はどんな場合であっても必ず魔力を消費して発動する能力である。
そしてその魔力は通常大地の奥深くから微量に湧き出てきている魔素というエネルギーを体に取り込み、それを体内で循環させることで魔力へと変換しているらしい。
簡単に言えば魔素は空気と似たような感じだ。
僕達が普段呼吸をして酸素を取り込むように、魔素も普通に生活していたら勝手に体に浸透して魔力に返還されるのだそうだ。
僕の能力、神の寵愛はそれを飛躍的に促進させる能力なのだと教わった。
神の寵愛とは名ばかりで、実際に奇跡的な加護がされているわけではなさそうだ。
どちらかというと身体強化の能力に近いものだな。
そして魔法の使用だが、先に述べたように魔素は空気に似たような感じなのだ。
だから魔法を使用する・魔力が消費されるということは運動をして酸素を使うということと同じことらしい。
陸上競技で例えてみるとしよう。
ジョギング程度なら息切れは殆どおこさず、少し休めばすぐに回復する。
その代わりにスピードは遅い。
魔法も同じことで、威力は弱いが消費量が少ないが故にすぐに魔力が回復する。
利点は何度も連発して使うことができるということ。
これが初級・中級魔法の場合だ。
そして短距離走なら、これは常に全力で走るのでスピードは速いが息切れが酷く、休んでも回復するのに時間がかかる。
これはさっきと逆で、威力は強いがその分消費した魔力が多いので魔力が回復するのに時間がかかる。
これと言った利点はなく、ただ威力が強いだけ。
人にもよるがそんなに連発はできない。
こちらが上級魔法の場合である。
では最上級・古代・禁断魔法の場合はどうなるのか?
陸上競技で例えるのなら、これらは長距離走と短距離走の両方を同時に走ることに相当する。全力疾走でフルマラソンを行うようなもの。
短距離走の瞬発的な大威力。
長距離走の持続性のある魔法の発動。
その2つを兼ね備えたのがこれら3つの種類の魔法だ。
ジョギングのようにスピードが遅いわけではなく、かと言って短距離走のようにすぐにバテてしまうわけでもない。
短距離走のように速く、長距離走のように一定の早さを長時間持続的に維持をする。
万能……と言えば聞こえはいいのだろうが、やはり欠点はある。
上級魔法がそうだったように、使用する魔力の量が異常なまでに膨大なのだ。
前に僕も時間停止の魔法を使ってみたから、それは身をもって知っている。
さて、ここまでがそれぞれの魔法についての簡単な説明だ。
では、本命の僕の体が何故こんなにもボロボロになってしまったのか?
今度はそれについて思い返すとしよう。
……とは言え仕組みは至極単純なものだった。
体を動かす為に僕達は酸素を使用する。
魔力を発動させる為に僕達は魔力を使用する。
酸素が無ければ動くことは……走ることはできない。
正確には走るのが辛くなる。
魔法もそれと同じ。
魔力が無ければ魔法を発動することは叶わない。
本来未知の侵略者は使用者の魔力が全快であることを前提に発動する能力となっている。
しかし僕はロクに魔力が回復していないにも関わらず、未知の侵略者を発動した。
能力の性質上、発動することはできる。
が、発動に必要な魔力が不足しているのも事実。
にも関わらず発動できたのは、その能力によって強制的に体内での魔力の生産速度を高めたからなのである。
良く言えば火事場の馬鹿力。
悪く言えばドーピングだ。
僕は神の寵愛の能力のおかげで常人よりも遥かに魔力の回復速度が高い。
しかし、勿論その回復速度には限界がある。
本来なら魔素を体内でゆっくりと循環させ、魔力を生産させるのに、それを無理矢理行ったのであれば体に負担がかかるのは当然のこと。
魔力を回復するという行為自体も実は体力を使っているのだ。
ただそれがあまりにも微量な疲労であるから気づいていないだけなのだ。
……まぁこれが真相らしい。
一度魔力を全使用して疲労困憊の中、無理矢理魔力を生産させるという荒業に僕の体が流石に悲鳴をあげた。
その結果がこれだ。
ローグさんやティルファさんには2度と同じことをしないようにと何度も念を押された。
この行為は本当に危険で、度重なる肉体の疲労と精神の疲労で灰人になっていてもおかしくなかったのだそうだ。
僕の体の治療の為に世界連盟勇者斡旋ギルドから数多くの医者がここに派遣され、その努力の甲斐があってなんとか一命を取り留めたらしい。
本来ならそんな状態の人間は必要最低限の治療しかしないのが普通なのだそうだが、聖魔混沌騎士団を倒し、近隣の国や町に更なる被害を出させなかったからそれを考慮した上で治療の許可が降りたと言っていた。
まさか……死にかけるとはな。
僕はあのままギルドに帰還することができずにその場で気絶してしまっていたそうだ。
後からきた勇者の人達が僕を発見し、保護。
そして僕の持っていた一方通行を使ってペガサス支部へと帰還。
後は治療を受けて、そのままベッドで寝ていたらしい。
その期間実に2週間。
本当にヤバかったのだと改めて実感した。
感謝をしたい気持ちは山々なのだが……
眠気が酷く、意識を保っていられそうにない。
少し、眠ろう。