魔導剣士ティルファ
時は少し戻り、レイが探索を始めティルファの元を去った後、ティルファは一人悩んでいた。
「レイ君にはああ言っちゃったけど何を作ろうか?水と火は魔法で代用出来るからいいとして、食料は何を持ってきてたっけ?」
ティルファはリュックの中から持ってきているだけの食料をその場に並べる。
その内容はというと、
『ウキロキッシュ (マグロのような魚) の薫製』
『乾燥ケタラ (ジャガイモのような野菜)』
『乾燥ナトマ (ニンジンのような野菜)』
『ケルティモ (熊のような動物) の薫製』
『12味調味料』
当然生の食料は無く、全て乾燥させているか薫製にして長期保存が出来るように加工された物ばかりである。
このまま食べても勿論美味しいのだが、レイに夕飯を作っておくと言ってしまった以上ちゃんと料理を作りたい。
ティルファはそう考え、手持ちの食料だけで何かいい料理を作れないかと思案する。
因みにこの食料、レイが観察眼を使えばこのような食料であることが分かる。
『ウキロキッシュの薫製
新鮮なウキロキッシュを素早く正確な手順で捌き、余計な物を完全に取り除いてから作られた上質な薫製。
歯応えがよく、魚であるにも関わらず肉のような質感を出し、度々一般の食卓に旬の食材として用いられる。
料理の材料としては多種多様な使い道がある』
『乾燥ケタラ
生のままでも食べられ、焼いてよし。煮てよし。揚げてよしの沢山の工夫をして食べることができる一般的な野菜の1つ。
しかし、乾燥させてあるため1度水につけてふやかさないと固くて食べることは出来ない。
栄養はあまりないが、味と腹持ちはいいので高温多湿の環境へ行く冒険者に人気がある』
『乾燥ナトマ
主に生で食されることが多く、その実には水分を多少含んでおり、砂漠などの水の確保が難しい環境へ行く冒険者に人気の野菜である。
しかし、乾燥させてある為水分は完全に失われており、水分補給の食材としては意味を為さないが、その代わりに味と栄養が増しているので野戦や野営が多い兵士に好まれている』
『ケルティモの薫製』
基本的に魔物があまり棲んでいない森や山に棲息している動物の肉で、生のままでは食べることが出来ないがなんらかの加工をすることで食べることの出来るようになる肉の1つ。
薫製にしてあるので多少固いがそのまま食べることができ、これを料理として使うことで他の食材の味を引き出すことが出来る。
その代わりにケルティモの肉自体に味はあまり無く、主に栄養をつけて腹持ちをよくする為に食される』
『12味調理料
その名の通り、12の味を自在に引き出すことのできる粉末状の調理料。世界中の料理人が愛用している1品。調味料ではない』
勿論ティルファはこのようなことは知らないので適当に評判が良い食材を持ってきただけなのだが、見て分かる通りこの組み合わせは最高と言ってもいい。
食材が互いの欠点を補うような効用を持ち、味は12味調理料で調整出来る。
これならよっぽど適当に作って大失敗をしない限りは不味くはならないのだが、それを知らないティルファは悩みに悩む。
「うーんどうしようかな~?………あ!そうだ!あれならきっとレイ君も喜んでくれるね!」
そして何か良い料理が浮かんだのか、リュックの中から携帯料理キット(まな板・ミニ包丁・ミニ鍋・ミニフライパンが収納されている箱)を取りだし、料理を始める。
「駆けよ風の音。風刃。溜まれ大気よ。水玉。火精よ踊れ。火玉。」
その様子はとても楽しそうで、手際よく食材を捌いていく。
ウキロキッシュの薫製、乾燥ケタラ、乾燥ナトマ、ケルティモの薫製を風の魔法で一口大に切り、水の魔法で鍋を満たし、火の魔法でコトコト煮る。
それからしばらくすると辺りに誰もが好きな「あの料理」に酷似した匂いが辺りに広がる。
「うん!」
味も問題なく、料理も完成間際になり盛り付けを始めようとした時、ティルファはあることに気づく。
「………あれ?………………あれれ??」
リュックの中をゴソゴソと探すが、「それら」は見当たらない。
「しまった………忘れちゃった………」
ティルファが忘れたのは食器。
皿が無ければフォークやスプーンも無く、箸さえもない。
「どうやって食べようか………?」
ティルファの中にいくつかの選択肢が浮かぶ。
①冷まして手で食べる。
②外に出て代わりになりそうな木を取ってきて加工する。
③魔法で浮かせて食べさせる。
④熱いまま自分が口に含んで、口移しで食べさせる。
⑤そもそも料理が出来なかったと嘘を言い誤魔化す。
⑥レイ君と一緒に打開策を考える。
そしてどれが適切かを考える。
①冷めると美味しくないから出来るなら避けたい。それにちょっと汚いし。
②危険だけど一番円滑にご飯が食べられる。
③調整が難しいけど出来なくはないからこれもありかな。
④いや!恥ずかしいから!なんでこんな考えが浮かんだの!?
⑤それはちょっとレイ君に悪い気がするなぁ………
⑥最悪それもありだけど、ちょっとみっともないから最終手段かな。
自問自答の結果現状②③の方法が一番適切に思える。
ティルファはまず、②の方法を試すとして、料理に向かって魔法を唱えてみる。
「見よ。これが奇跡だ。私は一切触れず、物を浮かせた。畏れ、崇めよ。我は神に祝福されし使徒なり。物体浮遊。………きゃあ!?熱ぃっ!?」
が、見事に失敗する。
物体浮遊は自身の意識を魔力に乗せ、遠く離れた物に干渉するという魔法だ。
簡単に言えば手の形をした魔法を出して物に触れるような感じである。
中級魔法なのであるが、その扱いは難しく、意識を完全にそれに向けていないと精密な動作をすることが出来ない。
故にティルファは魔法の操作に失敗し、掴んだ料理を辺りに撒き散らしてしまった。
因みにティルファが作った料理はスープのようなものだ。
具材が入っているとは言え、それは液体を掴むのと同じ。
実際でもそんなことは不可能に近いのに、ましてや概念的な魔法で同じことをしようとするのは至難の業。
最上級魔法まで使えるようになったティルファと言えども今すぐにはそれが不可能なことをこれで悟った。
「んん~………!!!まだレイ君帰って来ないよね?」
なのでティルファはもう1つの選択肢を実行することに決める。
「近くに樹は沢山あるし、ちょっとぐらいなら大丈夫なはず。でも確か外に出たらここの入口が見えなくなるんだよね?なら………愚かな探求者よ。そなたの敗因は己が準備を怠ったが故。悔しいか?悲しいか?ならば今一度挑戦せよ。そなたが諦めぬ限り、我はそなたを応援しよう。掴め。導の道を。迷不」
ティルファの使用した魔法は迷不という主に迷宮やダンジョンで使われる最上級魔法の1つである。
これは魔法を発動した地点からどれだけ移動してもその魔法を発動した地点に瞬時に戻れる一方通行のような効果を持つ。
また、暗闇でも使用者を中心に一定範囲を光で照らしたり、付近の罠の場所を探知出来るなど他にも様々な効果が備わっていて、財宝収集を生業としている人が多く修得している。
勿論今回ティルファが使用したように、この魔法を財宝収集以外の用途として使うことも出来る。
「これで大丈夫かな。よしっと。さっさと手頃な樹を切って戻ろっと」
ティルファは洞窟から出ると、簡単に切り倒せそうで低い樹を探して洞窟の周辺を歩き始める。
その時自分が出てきた場所を振り返って見てみるが、洞窟の入口らしき穴を発見することは出来なかった。
ただ、発見することが出来ないだけで出てきた場所に手を伸ばしてみると、見た目は岩肌しかないのにも関わらずその手は岩肌をすり抜け、中に入ってしまった。
そのまま岩肌に向かって歩くとやはり同じように体はすり抜けそこにはティルファが用意した料理が置いてあった。
(これだけ完璧に隠されると確かに偶然でもない限り発見することは出来ないだろうな。それに入口を隠すだけじゃなくて、臭いまで遮断されてる。多分音も)
ティルファの推測は当たっており、遮絶界は入口を隠すだけでなく、音・振動・臭い・光を遮断する効果を持っている。
ただこのことまではレイは把握出来ていなかったので説明が抜けてしまっていたのだ。
この魔法、実はレイが思っている以上に優秀な魔法なのだ。
ティルファはそのことを理解すると、迷不を使っておいて良かったと改めて安堵する。
それから暫くうろうろと歩いていると丁度良さそうな樹がティルファの目に入った。
「万里を見通せし我が主よ。あなたの力を我に一時の間お貸し下さい。確認目。………………うん。大丈夫そうだね」
そしてティルファは確認目という初級魔法をその樹に向かって発動する。
この魔法の効果は近くに生体反応があるかどうかを調べることが出来るというものだ。
ティルファはこれによりこれから斬り倒そうと考えている樹に鳥の雛などか弱い生物が居ないかどうかを確認したのだ。
確認の結果、どうやらこの樹には特に生き物が棲んでいる反応はなく、何の躊躇いもなく斬り倒せることが出来るみたいだ。
ティルファは剣を構え集中すると、自身を中心として水平に半月を描くようにゆっくりと剣を動かし、素早く剣を振る。
「魔導式剣術壱之型・魔空波斬!」
ティルファがそう言い、剣を振ると同時に剣先から剣圧により斬撃が放たれ、樹に衝突する。
ほんの少しの間、樹は何事も無かったかのようにその場に立っていたが、その数秒後にバキバキバキバキ!と周りの樹の枝を折りながら倒れていった。
「よしっと。こんなものかな」
ティルファが今使用したのは魔法や能力ではなく、純粋に鍛練により身につけた技である。
技は修得能力とよく同じものとして扱われることが多いが、これらには決定的な違いがある。
その技と修得能力との違いの代表例として挙げられるのは、『技はその技に定められた動作やタイミングを作らなければならず、修得能力・その他能力は完全にノーモーションで発動出来る』ということだ。
先のティルファでいくと、半月を描くような動作の後に剣を素早く振るような感じだ。
技の種類にもよるが、剣技・剣術というのはこのような動作をきちんと取らないと真の威力が発揮出来ないような創りになっている。
ただ、フェルグランのようにその『技』の真理まで理解し、奥義を完全に追究した場合はその『技』を能力として昇華することができ、技の真理まで理解し奥義を完全に追究しているが故に完全にノーモーションで技を放つことは出来るようになる。
それには当然、更に気が遠くなるような鍛練が必要なのであるが。
『ギギギ………ギィ!』
『ギャギャギャ、ギシシシシシ!』
「ん?あちゃ。音に反応して集まって来ちゃったか」
ふいに辺りが騒がしくなる。
ジャルグーン樹海に棲む魔物が集まってきたのだ。
日が落ちて暗くなったとはいえ、まだそう時間は経っていない。
魔物の多くはまだ活動しており、突然樹海に鳴り響いた騒音は何事かとその原因を確認しようと集まってきたのだ。
その数およそ60。
ジャルグーンマンやジャルグーンウルフを含め他にもさっきの戦闘では居なかった魔物も数種類確認できる。
しかも今はサポートをしてくれるレイも居ない。
絶対絶命である。
「いいよ。おいで」
これがティルファで無ければ。
『『『ギャギャギャァァァァ!!!!!』』』
ティルファがそう言うと同時にその場に居た魔物が一斉にティルファに襲いかかる。
「中速移動」
しかし、ティルファは脚力を強化する中速移動を無詠唱で発動し、その攻撃を避ける。
『ギギギィィィィ!!!』
魔法の詠唱破棄は何もレイの専売特許ではない。
鍛練さえ積めば魔法に適性のある者なら誰でも能力を使わなくても無詠唱で魔法を使うことができる。
勿論無詠唱で魔法を発動出来るようにする為には気の遠くなるような鍛練が必要なのだが、魔導剣士でありながら最上級魔法を使えるだけの鍛練を積めるティルファにとってはそのようなことは造作も無いことだった。
無詠唱で魔法を発動出来るにも関わらず、魔法名を言ってしまうのは単にティルファのクセだ。
「ん………結構多いね。でも私にとってはあまり関係ないかな。高速移動。」
中速移動の上位互換である上級魔法、高速移動により更に脚力を強化し、魔物の群れと距離をとる。
その差、約50m。
魔物の移動速度を考えると、ティルファがこの魔物の群れを殲滅するだけの魔法を発動するのに必要な詠唱を唱えるには充分な距離だった。
「………ふふ。罪に身を焦がせ。罪に心を刻まれろ。罪に業を鈍らせよ。大罪人なる汝に与えられる罰は永劫の苦しみなり。怖いか?恐ろしいか?止めて欲しいか?見逃して欲しいか?くく。汝の嘆願を聞くほど愚かではないわ。その身に宿った翅を罪に濡らせ!絶!!!!!」
『ギギ………――――――――――――』
ティルファが魔法を発動すると、指先からレーザーのような閃光が放たれ、その閃光は100m×100mの巨大な正方形を描き、区切る。
そしてその正方形の中に囚われた魔物の群れは一瞬にして樹海ごと消滅した。
この最上級魔法、絶は説明するまでもなく正方形の中にある生物・物質を問答無用に消滅させる魔法である。
その効果は絶対で、例え魔法に耐性のあるフェルグランや、極端な話魔王でさえもこの魔法にかかれば消滅してしまう。
しかし、この魔法は回避するのは簡単で区切られた正方形の中から脱出するか、効果が発動した時点で宙に浮いていればその効果が及ぶことはない。
簡単に言えばタイミング良くジャンプすれば回避することができるのだ。
勿論そんなことなど知らない魔物は何の抵抗も出来ずやられてしまう。
が、
『『『ギギギィィィィ!!!』』』
運良く正方形の中に入らなかった魔物がティルファに追撃をかける。
「………あ。囲い損じてたんだ。ま、いっか。魔導式剣術弐之型・閃閃月波!」
『『『ギギィィィィィィィィ………………』』』
閃閃月波は横に広く飛んで行く、剣圧により放たれる斬撃だ。
その斬撃はまるでカマイタチの如く鋭い一撃であり、それに魔法を付与して更に鋭くさせてあり、並大抵の防御では防ぐことは出来ない。
魔空波斬に比べると斬撃が飛んでいくスピードは劣るが、その分範囲が広く、より鋭くなっている。
ティルファを襲った残りの魔物の群れは先程と同じように為す術無く一瞬のうちに倒されてしまう。
この攻撃によりティルファを襲った魔物は全滅。
ティルファの圧勝である。
「ふぅ。ん~~!!!夕飯前のいい運動にはなったかなぁ~」
常人が見れば凄まじい戦闘であったにも関わらず、ティルファはまるで「ちょっと家の近くをジョギングしてきました」と言わんばかりに平然としてグッと背伸びをする。
この戦闘で分かる通り、ティルファ個人の戦闘能力はレイを軽く凌駕しており、実の所先の戦闘で『ティルファ一人であればジャルグーンベアーを含む魔物の群れを一人で殲滅出来た』。
にも関わらず、その戦闘で撤退を決めたのはただ単にレイという存在が邪魔であったからだ。
確かにティルファがサポートをして、レイが攻撃をするという戦い方に穴は無く、完璧と言える。
しかしそれはティルファがレイの実力に合わせ、尚且つレイが持つ実力を最大限に発揮出来るよう『ティルファ自身が自分の力を最大限に抑え込んだ』場合によるものである。
ティルファの戦闘形式は基本的に単騎特効・広域殲滅を軸にしたもの。
如何なる強敵でも魔導式剣術で切り伏せて、如何なる軍勢でも剣術と魔法を駆使して翻弄し、殲滅してきた。
故にティルファは仲間を必要とせず、力を付けてからは今日まで一人で生き抜いてきた。
自分が居る戦場に仲間が居れば、思うような戦い方が出来ないから。
と、言うよりもティルファの戦い方に付いていける人間がそう居ないからだ。
魔導剣士であるティルファは剣士の弱点である複数体の敵と戦うのは不向きという点を魔法で解決し、魔法使いの弱点である肉体的な力が他の職業の者に比べて低いというのを剣士としての鍛練で解決したが為に、一対一・一対複数のどちらでも戦える万能な人間になってしまったから。
だからこそティルファはジャルグーンベアーとの戦闘時に撤退を決めたのだ。
あれだけの数の魔物を全て倒すだけの戦い方をすれば間違いなくレイを巻き添えにしてしまうから。
だからこそティルファは夜に行動するのは止めようと言ったのだ。
ただでさえ人が居るだけで巻き添えにしないよう神経を張り詰めて戦っているのに、視界の悪い夜ならそこまで意識をするのは流石に不可能だから。
だが、だからと言ってティルファがレイの事をを煩わしく思っているわけではない。
レイの異世界魔法や未知の侵略者はティルファにとって冗談無く本当に頼もしいものであるから。
異世界魔法は単騎特攻。
未知の侵略者は広域殲滅。
一緒に居てこれほどまでに頼もしく、自分の本来の戦い方と良く似た力を持つ人を未だ見たことも会ったこともなかったから。
「それじゃ丁度いい樹も手に入ったし帰ろっと」
だからティルファはレイと一緒に居たいと思う。
もしかしたら、自分の力を一切抑えずに一緒に戦えるまでに成長するかもしれないと考えたから。
一人で戦っているからといって、仲間が欲しくないわけじゃない。
それどころか最近は一人で戦うことに孤独を感じてすらいる。
そこに出会ったレイ=キリサトという存在。
ティルファがレイのことを自分と肩を並べる存在にまで成長することを期待したくなるのも無理はない。
そうしてティルファは手に入れた樹に手を触れて、迷不によって洞窟へと帰っていった。
今回はティルファ視点の物語です。
レイの影に隠れてあまりティルファのことを語る機会が無かったので丁度良かったかなと。
見ての通りティルファはとても強いです。
伊達に聖魔混沌騎士団の草王リシェンを一撃で倒していません。
これからティルファがどう頑張ってくれるかは、既に頭の中で物語は完成しているので今後の天開を楽しみにしておいて頂けると嬉しいです。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
感想・評価・批評等なんでも受け付けておりますのでこれからもよろしくお願いします!
次回の投稿は次の火曜日です。