それでも僕は夢を見ていたかった。
「さて、と。それじゃこれからレイ君が知りたいことは私の知る限りでいいのなら教えようと思うんだけど……その前にレイ君はどの種類の勇者なのか教えて貰ってもいいかな?」
この世界に存在する勇者は大きく分けて4種類の勇者に分けることができる。
まず、元々この世界の住人でない人が元の世界で死を迎えてこちらの世界に来た転生者が勇者の職に就いた「転生勇者」。
現在まで確認されている転生者の全てがなんらかの強力な能力、もしくはチート能力を所持しているのを確認されている。
しかし、転生者の多くは他の種類の勇者よりも劣った能力を所持していることが多い。
なんでも転生する時に魂の力を磨耗してしまうからだとか。
僕もこの転生者なのだが、幸い僕の能力は強いものが多いみたいだ。……多分。
あんなにあっさりと無力化されたからなぁ……
流石にちょっと自信を無くす。
まぁいいや。
次に、同じように異世界の住人であっても死を迎えずに次元の歪みや召喚によってこちらの世界に来た転移者が勇者の職に就いた「転移勇者」。
転移者は元々住んでいた世界の理とこちらの世界の理が根本的に違うものが多く、こちらの世界では到底理解できそうにもないチート能力を持つ者が多い。
しかしその反面、こちらの住人にできることが転移者にはできないということも多々ある。
よくいるのが魔法が使えない転移者だ。
おそらく魔法や魔素の概念がそもそも存在しない世界から来たと考えられる。
勿論魔法が使えない分それ以外の力で別の才能を発揮しているのだが。
そして3種類目の勇者が「冒険勇者」。
冒険勇者はこの世界で生まれ育った人間が冒険者としてコツコツと努力を積み重ね、世界連盟勇者斡旋ギルドではないギルドから発行された普通の冒険者用クエストを1番簡単なEランクのクエストから始め、最終的に世界連盟勇者斡旋ギルドが発行するクエストと同難易度にあるSランクのクエストを達成出来た者だけが慣れる勇者の事。
冒険勇者は最初から強い能力を豊富に持ってこちらの世界に来た転生勇者や転移勇者と違って自分の実力だけで勇者の地位にまで登りつめたので実力・経験・能力の強さは他の勇者を圧倒するらしい。
ただその分冒険勇者の数は他2種類の勇者の数よりもかなり少ないとの事。
そして最後の勇者が「真勇者」と呼ばれる半ば伝説的な勇者だ。
真勇者はこの世界の出身の人間しかなれないと言われている純粋な勇者のことで、勇者としての才能を産まれながらに持つ、もしくは後天的に授かるなどして普通では絶対に得られないような強力な能力を所持していたと伝承に伝わっている。
最後に真勇者がいた時代が、あの魔王を倒した3000年前であり、それ以降は出現していないとされる。
それ故に真勇者は世界の危機に現れるとも言われているし、他の勇者には絶対に持つことのできない最強の能力を数多く所持することが出来るとも言われている。
一説には能力を1つ使っただけで3日3晩海が割れ続けた。
一説には万の軍勢を一撃で蹴散らした。
一説には複数の能力を組み合わせて惑星を創造した。
そんなチート能力の度を越えすぎているあり得ない伝承が伝わっているほどだ。
だから真勇者さえ現れればたった一人で再び魔王を倒し、魔族を駆逐できるとすら言われおり、「存在するけど存在しない神に等しい勇者」として宗教的に奉っている国すらある。
……まぁ、結局転生勇者である僕には関係ない話だな。
少し話は反れたが、これが4つの種類の勇者だ。
ただ真勇者だけは今現在実際に居る訳では無いので実質3種類の勇者に分類分けされる。
けれど、転生勇者だけはもう少し細かく区別される勇者だ。
「僕は転生勇者です」
「そっか。レイ君は転生勇者なんだね。ならどっちのタイプの転生勇者なのかな?」
それがこの細かく区別した場合だ。
一重に転生勇者と言っても2つのタイプがある。
1つ目は転生した時点である程度成長した肉体を獲得しているタイプ。
人によって成長の具合は個人差があるが、基本的にこのタイプの転生勇者には家族が存在していないことが多く、気がついたらいつの間にかその場に居る。
にも関わらず何故かこの世界の言語、文化、常識をまるで産まれたときから学んできたと思うほどに自分の知識としてある程度会得している。
僕自身がこのタイプなのでそれは疑いようのない事実だ。
他に見かけた転生勇者に聞いてもやはり同じみたいだった。
2つ目は赤ん坊から成長していくタイプ。
このタイプの転生勇者は赤ん坊の時から完全に自我を形成していて、成長をしていないが故に考えと行動がついてこないものの、そこそこの能力を身に付けることができるらしい。
この2つのタイプの最大の違いはその才能の幅だ。
前者のタイプは既に自分ができる扱うことのできる魔法、能力がほぼ決まっているのに対し、後者のタイプは成人に成長する過程で自らの成りたい職業、使いたい魔法、習得に時間のかかる成長能力など自分の好きな才能を伸ばすことができる。
例えば僕のように初めから剣士や錬精士の職業を持っている人は基本的にもうその職を変更することはできない。
こっちに転生した時点で魂にその職業が天職として刻まれてしまっているからだそうだ。
仮に僕のように剣士として転生した人間が魔法使いになろうと思っても転職をすることができない。
その代わりといってはなんだが、更に新しく別の職業に就くことは出来る。
今回の僕のように剣士……剣聖の職業を持ちながら勇者の職に就いたような感じだ。
転職が出来ないだけで職業を増やすことは出来る。
ただし、新しく別の職業を増やしたからと言ってその職業の全ての特徴や利点を得られるわけではない。
職業の特徴や利点を得られるのは最初に就いた職業のみで、それ以降に就いた職業はあまり反映されないのだとか。
僕で言えば、剣士が最初の職業なので魔法使いを増やしたとしても魔法を自在に使えるわけではなく、あくまでも少しだけ才能の幅が増えて魔法を使えるようになる、みたいな感じだ。
詳しいことはまだ僕も分からないのでそのうち資料を集めてまとめてみるとしよう。
「僕は転生した時点でこの肉体を獲得したタイプの勇者です。こっちの世界に来たのも一週間くらい前ですね」
「ん、なるほど。でもそれならもう基本的な予備知識も頭に入ってるのかな?」
「そうですね。能力のこととか、勇者のタイプとかは大体」
「それじゃ知らないのは魔王とかその眷族のことかな?」
かな?
あんなに魔物が強いとは思ってもいなかったし。
「はい。後はこの世界の政治……と言うか各国の軍事力?とかですね」
「なるほど。でもごめん。魔物のことは教えれるけど他の国のことは教えられないかな。その辺についてはあんまり詳しくないの」
「全然気にしないで下さい!教えてくれるだけでもありがたいので」
「ありがとうレイ君。じゃあ説明するね」
☆★☆★☆
「……こんな感じかな?」
「なるほど」
大体のことは理解できた。
魔王とその軍勢の勢力と戦力。
まず僕が戦った草王リシェンは魔王直属の軍団、『聖魔混沌騎士団』の一角を担う、その名の通り植物系の魔物の王だったそうだ。
数百年前には作物を腐らすなどして各国に甚大な被害を出す災厄級の魔物として扱われていたが、リシェンが聖魔混沌騎士団に入団してからは魔王の統治により、リシェンが無差別に作物を腐らすことは無くなり、作物による被害は殆どなくなったとらしい。
しかしその代わりとしてリシェンは魔王の眷族となったが故に更なる力を手にいれた。
それが職業能力「魔王の眷族」だ。
これは魔王の正式な配下となった者が自動的に会得する能力らしく、その効果は『魔王が存在する限り何度倒されても復活する』というのと『魔王の10分の1の力がそのまま代償なく付与される』というもの。
考えるまでもなく異常なスキルだ。
何度倒しても復活する、それも無制限にボスクラスの敵がだ。
唯一の救いは倒した敵がその場で復活することがないくらい。
復活するタイミングと場所は個体によって異なるらしく、次の日に復活する敵もいれば一年経っても復活しない敵もいるらしい。
だからといって安心できるわけではないが。
「この聖魔混沌騎士団の勢力はどれくらいなんですか?」
「草王リシェンを含める将軍と呼ばれる魔物が全部で108体。それをまとめる軍団長が12体。更にそれを指揮する魔帝が4体。そしてそれぞれの将軍の下に数多くの魔物が配下として加わっていて、将軍1体につき1つの軍団を形成しているの。現在確認されているのはそれぐらいかな」
「124体……その中でリシェンのように倒すことができたのはどれくらいいるんですか?」
「……将軍クラスで23体」
「23体!?それじゃ残りの敵は……」
「うん。今まで沢山の勇者が挑んでいったけど、その殆どが返り討ちになって死体として帰ってきた。今の私達じゃそれが限界」
「それじゃ挑んでいった勇者はもう……?」
「そうね。今も言ったけど、殆どの人が死体となって帰ってきた。死体が帰ってきたのならまだいい。酷い人だと体の一部しか帰ってこなかったり、そのまま行方不明になって捜索が打ち切られた人もいるの」
「で、でも!皆チート能力を所持していた猛者ばかりだったんですよね!?それなのにどうして!?」
「レイ君。まだちょっと勘違いしているようだから言っておいてあげる。聖魔混沌騎士団のメンバーは全てかつては災厄級の魔物として恐れられた魔物ばかりなの。今でこそリシェンは聖魔混沌騎士団の中で最弱の将軍として知られているけど、本来なら人間が太刀打ちできるような相手じゃない。長い年月をかけて先人達がそれぞれの将軍に有効な技、能力を開発してきたから倒せるようになっただけ」
「そんな……!なら僕達はなんの為に戦いを挑もうとしているんです!?」
「いずれ現れる真勇者にこの世界を引き継がせる為。私達は真勇者が現れるまでの繋ぎに過ぎない。魔王の世界征服を少しでも遅らせる為の駒でしかない。自惚れないで。私達が勇者だからといって世界を救えるわけじゃない。私達にできるのは魔王の世界征服を遅らせることだけ」
「…………!?!…………!!!」
ティルファさんの言うことはもっともだ。
たまたま前の世界で不幸な事故で死んで、たまたま異世界に飛ばされて、たまたまチート能力を獲得できたから、たまたま魔王を倒すことができた。
そんな夢物語を心の片隅で期待していた。
僕が転生者である以上、僕が真勇者である可能性は0だ。
しかし、それでも勇者の職に就けたのは事実。
勇者である以上僕もなんらかの功績を上げてあわよくば、よくある小説の主人公のように活躍できると思っていた。
でも現実はやっぱり……甘くないようだ。
「……厳しいことばかり言ってごめんね。でも、これが事実なの。どれだけ理不尽な能力を持った勇者が現れても、必ずどこかで力の限界が来て倒されてしまう。勿論今まで倒すことのできなかった将軍クラスの魔物を倒す勇者もいたんだけれどね……」
どうやらそんな奇跡が僕に訪れることは無さそうだ。
……でも、それならそれでも別にいい。
ありもしない奇跡を信じて待つよりも、そんな奇跡なんて訪れないと断言されたことで逆に吹っ切れた。
ティルファさんの言葉1つでその奇跡を諦めるのは早すぎるという人もいるかもしれないが、なんとなく本能的にそれが事実だと認識してしまっている。
多分これから先、どんなに僕が考えていた夢物語に近い話が僕にはあると言われても僕はそれを信じることをしないだろう。
だってそれは所詮夢物語でしかないのだから。
でも、ただの転生勇者にだってできることは沢山ある。
僕だって頑張れば聖魔混沌騎士団の誰かを倒すことができるかもしれない。
どうせ一度は失ったこの命。
異世界とは言え、僕の命が世界の為になるのなら喜んでこの命を差し出そう。
それがせめてもの、僕の運命に対する抵抗だ。
「ティルファさん」
「……なんでしょうか?」
「僕にもその反固有能力とかって会得できるでしょうか?」
「レイ君……?」
「ティルファさんに言われて気づいたんです。ティルファさんの言う通り僕は自惚れていました。もしかしたら自分が真勇者で世界を救う救世主なんじゃないかと。でも、そうではないのはよく分かりました。だから僕はこの命をこの世界の為に使います。幸いいくつか面白そうな能力を保有していますから。でも、折角そんな能力を持っていたとしても、相手に無効化されたのでは意味がありません!だから、もしできるのなら教えて下さい!あの能力の会得の方法を!」
「…………ふふっ」
「ティルファさん?」
「あ、ううん。ごめんね。レイ君のことが馬鹿馬鹿しくて笑ったんじゃないの。今までこうして何人もの新しい勇者にこのことを話してきたけれど、皆揃ってやけになって敵に挑んで死んでいくのが殆どだったから。こうしてレイ君みたいに前向きに考えてくれたのはレイ君が初めてだったから嬉しくて。ありがとね。レイ君」
「あ、いや、そんな……」
そんなに可愛い表情でお礼を言われたら何も言い返せないじゃないか。
「謙遜しなくてもいいの。……そんなレイ君に朗報です」
「え?」
「反固有能力封印は比較的簡単に会得することができます」
「本当ですか!?」
「はい。ただしそれは修行うんぬんの過程が必要無いだけという意味で、実際はかなり苛酷な戦闘を強いられることになります」
「……戦闘?魔物を倒してレベルアップとかそんな感じですか?」
「いいえ。そうではありません。ある魔物を倒すことで、反固有能力を会得することができます!」
「ある魔物?」
「アンティノイドと呼ばれる魔法生命体です。その魔物達が内包するエネルギーを自身の体に吸収することであの2つの能力を会得することができます」
アンティノイド……
ティルファさんがああ言うんだ。
簡単に勝てる相手ではないのだろう。
でも…この能力だけはなんとしてでも会得する必要がある!
「なら……!僕をそのアンティノイドがいる場所に連れていって下さい!」
「勿論!でも、アンティノイドはそもそもの個体数が少なくてあまり出会えることはないの。だからギルドに行ってアンティノイド討伐のクエストが出てないか確認しにいこっか」
「はい!」
「うん!それじゃペガサス支部に行ってみよ!」