討伐の報酬
「……ふむ。なるほど。レイはどんな勇者なのかと思ったが、どうやらかなり稀有な勇者……いや、人間みたいだな」
「かなり珍しいタイプ、ですか?」
「あぁ。所持している能力もそうなのだが、何よりも固有能力が異常なまでに多い。基本的に固有能力というものは固有というだけあって一人につき一つの能力しか所持し得ない。しかし、転生者、もしくは転移者だけは例外のようで、稀に固有能力を複数持っている人間はいる。だが、それでもその個数は三つか四つなのだがな」
そうなのか。
確かにティルファさんは能力が多いとは言っていたけど、固有能力が一人につき一つとは言っていなかったからな。
でも固有と言うくらいだし当たり前と言えば当たり前か。
「でも流石にその所持している能力の全てを完璧に使いこなせるというわけではなさそうだな。この魔導師と世界の理を知る者という能力はちゃんと使えないのではないか?厳密には使うことはできるがその真価をちゃんと発揮させてやれていない、か」
流石フェルグランさん。
お見通しか。
「はい。一応魔法の発動は出来るのですが、僕がちゃんと使うことができるのは中級魔法までの魔法と一部の異世界魔法だけです」
「やっぱりそうか。レイの職業と能力が全く噛み合っていないからな。でも、異世界魔法は使えるのか。レイはどの世界出身の人間なんだ?」
「僕は地球です」
「地球か。あそこは素晴らしい世界らしいな。ここ最近地球から来る人間が多くてな、勇者となったりこのギルドの職員として働いてもらったりと色々助かっているんだ。この世界にはない技術や知識を持っているからとても興味深い。それに何よりも私が素晴らしいと感じたのは地球の「にほんじん」とやらが伝えたスシやサシミだ。生で魚を食べることがあんなにも美味だとは初めて知ったぞ。あまりにも気に入ったから私が専属でその人間を雇ってな、週に一度は作ってもらうようにしているんだ。それに最近だと「かれーらいす」や「かんさいふー・ひろしまふーおこのみやき」や「かわらそば」なんかも―――――」
どうやらフェルグランさんは地球の文化がとても気に入っているようだ。
主に食文化かな?
その後もしばらくフェルグランさんは夢中になって地球の素晴らしさを僕に語ってくれた。
同じ地球出身の者としては悪い気はしないな。
どこの誰かは知らないが、いい感じに地球の魅力を伝えてくれてことを感謝するよ。
「……っと、申し訳ない。少々取り乱してしまった。話を戻そうか。それで異世界魔法だったか?レイはどんな感じの魔法を使えるんだ?過去にも色々と地球の魔法を見せてもらったがこの世界の魔法とはまた違った感じのようだからな。是非とも使って見せてくれないか?勿論私に向かって」
「………………」
「む?どうした?」
「……いや、なんでもありません。それではいきますね」
「あぁ。遠慮せずにこい」
なんかこう……
魔法の危険性を知っているだけにあれを躊躇いなく使えと言われると少し拍子抜けをしてしまう。
未知の侵略者が通じなかった以上僕の攻撃は一切通じないのだろうけど……
もう気にしたら負けか?
とりあえず業から使ってみようか。
「罪を償え。咎を認めよ。汝に降りかかるは天星よりの裁き。1を0としその身を清めたまえ。我は汝の罪を赦す者。『業』!」
「おぉ……」
フェルグランさんの頭上に前と同じよう魔方陣が現れる。
しかしその大きさはリフレクティノイドと戦った時の物と比べると遥かに小さい。
魔方陣が出現した高さもフェルグランさんの頭一個分くらい上の場所だ。
どうやらこの魔法は対象とした相手の体格に比例して発動する魔法のようだ。
……とはいえ魔方陣が大きいから、小さいからといってその効力にはなんの影響もない。
前と同じように黒い煙がフェルグランさんを包む。
そして恐らく既に中では魔法が具現化した剣がフェルグランさんを八つ裂き・串刺しにしているだろう。
本来なら。
「ふむ……やはり地球の魔法は中々に面白いな。私も一応魔法に精通した魔導師であるから内部から魔法の解除ができると思ったのだが……まさか出来ないとは。それに閉じ込められた後に全方向から剣のような物で攻撃されるのはひとたまりもなかったな。力技でも壊せないようであったし。なによりも最後に上の魔方陣から飛び出してきた楔だ。あれに少しでもダメージを与えられてしまっていたら私は動けなかったのではないだろうか?」
当然のようにフェルグランさんは無傷でその場に立っていた。
業の分析まで的確に終わらせて。
この人実は真勇者なんじゃないか?
いくらなんでも丈夫過ぎるだろう。
「他に使える異世界魔法はあるのかい?」
「え、えぇ。一応あることにはありますけど」
「なら、全部私に使ってみてくれ」
ローグさんがさっきフェルグランさんに戦闘馬鹿と言った気持ちが分かった気がする。
確かに戦闘馬鹿だ。
僕は使える限りの異世界魔法をフェルグランさんに使ってみた。
「天より落ちゆる命は神の命。1に苦を。2に死を。3に無を。神の落涙をもって己が無力を知れ。神雷!」
「憤怒を知れ。嘆きを知れ。汝が犯した罪は神罰に値する。けれども我は許そう汝の罪を。汝の恐怖と引き換えに。幽冥神罰!」
「天を見ゆるは大空の神。海を見ゆるは大海の神。山を見ゆるは大山の神。天の恵み、海の祝福、山の寵愛、その全てを一身に受け止めよ。崩!」
「万象を0で割るが如くの破滅の力。万象を0より創るが如くの創造の力。相反する二つの力が交わる時、そなたの運命は忌避される。忌命!」
「いや、中々のものだな。が、どれも私を傷つけるには値しないようだ。むん!」
「……嘘でしょう?」
あれだけの異世界魔法を喰らっておきながら、ほんの一瞬で全ての魔法を消し去ってしまった。
忌命なんかは絶対不可避の運命操作の魔法だった気がするんだけどなぁ……
なんか、うん。
もうこの人だけで魔王の侵略を防げるような気がする。
聖魔混沌騎士団とか余裕じゃね?
いやマジで。
「レイの今の実力がどれくらいなのかはなんとなく分かった。ありがとう」
やっぱり平然としてるし。
この人に弱点とかあるのだろうか?
「……正直フェルグランさんだけで聖魔混沌騎士団なんか余裕で殲滅できるんじゃありませんか?」
「ん?いや、流石にそれは無理だな」
清々しい顔で即答された。
「何故です?」
「少し待ってくれ…………ほら。一部だが私の持つ能力を書き起こしたものだ」
フェルグランさんに手渡されたメモを見てみると、僕が書いたような感じに能力の一覧が書かれていた。
その内容はというと、
職業能力
ギルドマスター(同じ組織の人間に強制的命令を発動できる)
枢機卿(ある一定以下の威力の能力・魔法を無効)
賢王(全ての魔法を真の威力で発動できる)
称号能力
賢王(全ての魔法の呪文詠唱破棄)
人類最強の男(攻撃力・守備力・体力・魔力・精神力の全ての値が倍増する)
固有能力
反転者(魔族と戦闘を行う際、全ての能力の効果は反転する。ただし1ヶ月に1度、3時間だけこの効果を任意で無効にし、その間全ての能力の効果を倍増することができる)
修得能力
龍獅子流剣術免許皆伝(龍獅子流剣術の全てを使うことができる)
開闢式法術免許皆伝(開闢式法術の全てを使うことができる)
終焉式法術免許皆伝(終焉式法術の全てを使うことができる)
これで一部なのかと疑いたくなるくらいの性能を持つ能力が書かれていた。
なんでフェルグランさんがあんなに丈夫だったのかがこれで分かった。
一定以下の威力を持つ能力と魔法を無効化って……
確かに人類最強と謳われている人の持つ能力だけはある。
……が、それ故にフェルグランさんが非常に脆い人であることも理解できた。
聖魔混沌騎士団を殲滅できないのはこれが理由か。
「分かってくれたかな?」
「はい。この、反転者という固有能力ですね」
「そうだ。この能力は中々に理不尽な効果でね、魔族と戦おうとすると私の持つ全ての能力が反転……その効果が逆になってしまうんだ。枢機卿なら、ある一定以下の威力を持つ能力・魔法で大ダメージを受けてしまうし、賢王なら全ての魔法が使えなくなってしまう。人類最強の男なんて攻撃力・守備力・体力・魔力・精神力が倍増ではなく4分の1になってしまうんだ。そうなれば私と言えども他の勇者と大差がないくらいにまで弱体化してしまう。基本的には私は魔族と戦闘を行うことが出来ない」
ローグさんの言っていた事実上人類最強の男と言っていた意味もこれで理解ができた。
確かに能力的には最強を誇れる力を持っているが、その力を魔族に対して行使できないのであればまるで意味がない。
でも、フェルグランさんに逆らうことができる人間がまず居ないことも事実だな。
「勿論1ヶ月に一度きりの反転者の能力を使えばその限りではないのだけど。まだやったことがないからなんとも言えないが、能力解放時の私なら最大20から30の聖魔混沌騎士団を倒すことができると見込んでいる。ただ、私が能力を解放できるのはこの本部が本当に壊滅させられそうになった時だけと各国の首脳会議で決まっているのだがな」
確かにそれだけの力を持っているのならいざという時の切り札に取って置きたくなる気持ちも分かる。
けど、この制限のせいでどれだけの人が死んでしまったのだろうか?
フェルグランさんの力を解放すれば救えた命は沢山あったのではないだろうか?
……フェルグランさんはどんな気持ちなのだろう。
そのことを考えると、少し辛い。
「……まぁこれが対魔王軍の殿を勤める組織のトップの正体さ。幻滅したか?大事な時に何も出来ない役立たずが君達勇者をまとめていると知って」
「そんなことはないと思います。フェルグランさんのその力は間違いなく他の人達にとって心の救いになっていると思います。確かにフェルグランさんは魔族と戦えないかもしれませんが、いざという時には戦えるじゃないですか。それも絶対的な力で魔族を殲滅できるまでに。だから僕は幻滅なんてしません。この世界に来て間もないなりたての勇者ですが、僕はフェルグランさんのことを尊敬します」
これは嘘偽りのない本心だ。
1つの組織のトップに立つ者は、その下にいる人に信頼されるだけの実力を持っていなければならない。
こんな世界なら尚更だ。
その実力を勝ち得る為にフェルグランさんはどれだけの努力を積み重ねて来たのだろうか。
きっと、並大抵の物ではない。
僕には到底真似できないと感じたからこそ、心から僕はフェルグランさんのことを尊敬できる。
この人が僕達勇者のトップで良かった。
「……久しぶりにそんなことを言われたな。職業柄あまりこうして誰かと密になって話すことがないからかもしれないが。レイには悪いが少し愚痴を言ってしまった。つまらない話を真剣に聞いてくれてありがとう」
「いえ、そんな」
「何、私はレイの言葉に救われたよ。……さぁ!こんな話はこれでおしまいだ。もう少し明るい話に切り替えようか。リフレクティノイドを討伐したレイへの報酬だ。望む物を言ってみろ。できる限りは叶えてやろう」
そういえば討伐報酬があるんだったっけ。
それもフェルグランさんのいう通り、望み通りの報酬を。
なら、お言葉に甘えて好きな物を貰うとしよう。
「当面この世界で1年間不自由無く生活できるだけの資金を援助してもらえませんか?」
「……なんだと?」
あれ?
もしかして駄目だった?
「そんなものでいい……というかその程度の資金なら各国の王族が援助してくれるぞ?職業能力に勇者があるだろう?勇者カードでを見せれば大体のことはなんとかなるぞ?」
「そうなんですか?」
「あぁ。能力と言うよりは援助してもらう為に必要な許可証みたいな扱いだがな。だから資金についてはあまり心配しなくてもいい。勿論国によって限度はあるが」
そうなのか。
でも、なら今の僕に必要な物って無いことないか?
お金を援助してもらえるのなら衣・食・住は問題ないわけだし。
……あぁでもそうだ。それなら別にやってもらいたいことがある。
「でしたら今回リフレクティノイドの被害に合った国や村に最大限の援助を行ってあげて下さい」
「……いいのか?それで?」
「はい。お金がちゃんと確保できるのでしたら特に必要な物はありませんので」
「本当にいいのか?」
「はい」
「…………クリスティア!」
「はい!」
「うぉ!?」
突然何もない場所から音もなく長身の女性が現れた。
転移系の能力か魔法か?
「霊峰アルナド付近の街、村の支援を倍にするよう近隣の支部に要請してくれ」
「分かりました!」
フェルグランさんがそれを伝えると、また音もなく女性はその場から消えた。
「少し驚かしてしまったな。今のは私の秘書を勤めてくれているクリスティアだ。秘書とは言っても私の側に居ることはあまりないが。普段は各支部を転々と回って私や更に上の組織からの命令を伝える仕事をしてくれている。もしかしたらまたどこかで会うかもしれないからその時は宜しく頼む。少々やかましい奴ではあるが悪い奴ではないから」
「分かりました」
「さて、これでレイの報酬は問題ないわけだが、世界連盟勇者斡旋ギルドのトップとしてこれで終わらすわけにはいかない。下手をすればまた国が1つ滅亡していたかもしれないのだ。あれしきの報酬で終わらせてしまっては私の威厳にも関わってくる。だから、誠に勝手ながら私の方から今回の健闘を讃えて贈り物をさせて欲しい」
「クリスティア!まだ居るか!」
「はい!」
「観察眼と声明の能力珠を持ってきてくれ。確か第一禁庫にあったはずだ」
「分かりました!あ、フェルグラン様!」
「なんだ?」
「先程の伝達が終了したことを報告します!ギルドのクエストとして近くの冒険者や市民に応援を要請するようです。転送石板の準備も完了しています!」
「そうか。ご苦労」
「はい!それでは!」
伝達が終了した?
まだものの数分しか経ってないぞ?
「不思議そうな顔をしているね。やっぱりクリスティアのことが気になるかい?」
「いくらなんでも早すぎませんか?転送石板で移動して伝えるにしてももっと時間はかかるでしょうし」
「そうだな。普通に伝えたならもっと時間はかかる。……まぁ気になるなら自分でクリスティアに聞いてみるといい。どうやったのですか?って。ネタをバラすとあいつの能力によるものなんだが、あまりポンポンと仲間の力を話すわけにはいかないからな。悪いが私の口から言うことはできない」
「なるほど」
まぁそうだよな。
フェルグランさんのいうことはもっともだ。
どこから情報が漏洩して敵に漏れるか分からないんだ。
これぐらいの用心はしなければいけないか。
「フェルグラン様!観察眼と声明の能力珠を持ってきました!」
「ありがとう。それでは通常の業務に戻ってくれ。わざわざすまなかったな」
「いえ!これが私の仕事ですから!失礼します!」
「……よし。間違いないな。これが私からの贈り物だ。受け取ってくれ」
フェルグランさんがそう言って手渡してきたのは二つのビー玉程の小さな球体だ。
色は透き通った緑と茶色だ。
「これはなんなんですか?」
「名前を能力珠という。それを使うことで、その珠に封じられた能力を会得することができる」
「え!?」
なんという便利なアイテム……!
そんな物があるのか!?