お屋敷
真っ青な視界に浮かぶ入道雲が、青とのコントラストと太陽の光の反射で、とても視界に入れたくないものになっている正午頃。
Mは日陰の中で、遠慮なく寛いでいた。
今、Mの視界は、360度どこを向いても、海が太陽の光を反射する。と、いうなんとも要らない光景が映っている。
Mは、海の上の線路を走っているトロッコの様なものに乗っている。それは、吹きさらしになっていて、前後左右から風が遠慮なく吹き抜ける形になっている。今の時期はとてもありがたい。
1人、誰もいない列車の中で、座席を思い切り占領して寝転がる。
ビニル特有のつるつるした感触と、ひんやりとした冷たさが気持ちいい。
「はああぁ…。しあわせー…」
べったりと座席に張り付いたMが唸るように呟く。
「あ、そ。海からの湿気がはんぱねぇけどな」
「んー…。風があるからいいやぁ」
「んっとに幸せな奴だな、おい。」
*
ゆっくりとした時間の流れはやがて、鬱陶しいものになるというのは、本当の話らしく、すぐ飽きてきた。
「ひーまーーーー。ひまひまひまひまひまひまーーーーーーーーー!!!!」
「だぁぁぁぁぁぁ!!うっっっっっっせぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
声は大きく開いた窓の外に突き抜けて、すぐに消えた。
「だって…」
「暇なんならこいつ押せばいいだろ!」
「へ?…何これ。自爆スイッチ??」
「んな訳あるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ぽっかりと口を開けた壁には、窓を仕切るための枠がある。そのひとつは他よりも太くなっていて、人が座っても届く高さによくある(よくあっても如何かと思うが)、赤色に塗られた親指ぐらいの大きさのスイッチが、はめ込まれていた。
フード曰くそれは、次元を歪ませ、そこから行きたい駅にひとっ飛び出来るというボタンらしい。
「へー…。んなもんあったんだぁ」
「行きも思いっきり使ってましたけどね?」
「そうだっけ?覚えてないやぁ」
フードは能天気な奴だと思いながらも、口にはしなかった。
「これって押したら良いんだっけ?」
肯定すると、
「開けー、ゴマだれたっぷり坦々麺!!!」
という、訳の分からないへなちょこな呪文を唱えながら、人差し指をぴんと立てて、「ぽちっとな」みたいな効果音が似合いそうな押し方で押す。
トロッコの進む先の虚空に、一筋の線が入る。そこがみるみるうちに周りの風景を歪ませながら広がった。広がった黒色やら濃い紫色やら色んな色の亀裂が、トロッコの少し先にどっかりと居座る。
トロッコはためらう様子もなく、すんなりとその中に車体を埋めていった。
「うわっはあぁい!なんか変なかんじいー!!」
子供の様にはしゃぐMに対して、
「行きもこんなんあったなぁ…」
と、フードは遠い思い出に浸るようにぼやいた。
切れ目の中は、宇宙にある星みたいな光が沢山あった。星々は互いに重なり合って、星の雲を生み出していた。数え切れないほどの星たちが、主張しあうように、五月蝿く光っている。
まるで宇宙の中に放り出された感じで、ふわっと体が浮く感覚に包まれる。暗い色を塗りたくった世界に、真っ白なミルクをぶちまけたような宇宙は、何も照らすことは無く、ただ静かに、騒々しく、嬉々として光り続けていた。
美しいこの世界は、夢みたいに、確認する間もない速さで消えた。
夢と言うのは目が覚めると、何を見ていたか忘れてしまうものであって、そうそう記憶に残っているものではない。
覚えていたとしても、現実のモノなのか、夢のモノなのか、分からなくなるものだ。今の体験も、そんな感じである。
「おお…。別ん場所だ…」
次に目に飛び込んできたのは、古びたコンクリートのホーム。少し暗くて、見事に灰色一色だった。夜中に来れば確実に幽霊が出そうな勢いだ。
「あー…、帰って来たぁ」
「?…ここ何?」
Mが訝しげに聞いてきた。
ー…あぁ、なんか呆れる奴だ…。
「ここ屋敷だぜ」
「ん?屋敷…?……っあぁ!!あそこかぁ!」
「やっと思い出したのか…」
「ん?なんか言った?」
「なんも」
ホームはなんと屋内で、高い天井には電球がぶら下げてあり、蛾などの虫が群がっていて、ホームの床に、影を落としていた。