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Mの法則   作者: 猫又 杷槻
4/11

そろそろかな

 青い空に、だだっ広い平原。その真ん中に、人が通って出来た道があった。

 そこに動かない点が1つ。


「なんか来た」

「うっっわあぁ…」

 無表情のMと、心底しんそこ嫌そうなフードが見つめる先には、小さな砂埃と大きな砂埃が、間隔かんかくを取りながらこちらへ向かってくる光景。


「…俺のこと破るなよ…?」

「んー…。保障はないけど」

「しろよ」

「どうせ…、ねぇ…」

「…それでも期待した俺が馬鹿だった」

「ばぁーか」

 砂埃は一瞬で、彼女らを飲み込んだ。


 砂埃は1人と1着を囲むように停まる。

「やあ、おじょうさん!」

「これから一緒にお茶でもどうだい!?」

 タンクトップを着た男と右目が潰れた男が言った。エンジン音が五月蝿いので大きな声を出す。

 Mが顔をしかめたので、エンジンを止めさせる。周りが一気に静かになった。


「こんな所でナンパなんて珍しい人も居たものですね。 相当下手なのか、キチガイか…ですかね?」

「いやいや、そんなんじゃないさ!世界の果てには、見たことの無いような美しい花が咲いているって…言うだろう?だから来てみたんだ。そしたら、そのお話通り美しい花を見つけたってわけ」

 帽子を被った男が肩をすくめながら言った。

「それが私だった…と言うことですか」

「そうそう」

 Mは一度俯き、帽子を被った男をしっかりと、しかし睨むようなことはせず、射すくめた。


「それでー?お茶のテイストは?麻酔弾?催眠ガス?それとも毒入り紅茶?」

 楽しそうに言ったフードの言葉に、禿頭とくとうは眉を顰めた。

「私は催涙ガスがいいなぁ…」

「選択肢はまるっきり無視ですか…」

「そのほうがよくない?麻酔イヤ」

「…ほんとお前って空気読まないよな」

「あんたに言われたくないわ」

 などと話していると、禿頭が話の流れを断った。

「できれば…」

 Mが禿頭に視線だけを向ける。

手荒てあらな真似はあまりしたくないんだが…」

「そうですか。では、他を当たって下さい」

 即答だった。


 禿頭はため息をつきながら、仲間に目配めくばせをする。すると、各自でハンドガン又はナイフ等を持って、Mを円状に囲む。

 Mはそれらに対して何も、モーションを取らなかった。

「なんだ?急に怖くなったのか?」

 右目の潰れた男が笑い混じりにいった。かすかに声が震えていた。

「痛い目見るのはそっちだと思うけどなぁ?」

 さも当然というようにフードが口を挟む。

「はぁ?そんなのあるわけないだろ。こっちは大人の男5人だぞ?しかもそっちは武器ひとつ持ってねえじゃねえか!」

 暑さで理性が崩れかけているのか、すばしっこそうな男はへらへらと笑いながら言う。

「大人しく降参するなら今のうちだぜ?お譲ちゃん」

 余裕がありそうに、帽子を被った男がハンドガンを回しながら言った。

「しないかなー」

 フードが返す。Mは何も反応しない。

「何故だ?」

「さぁ?…ま、だけど…」

 いぶかしげに聞く禿頭と、痺れを切らした様に貧乏ゆすりを始めた右目の潰れた男が、目を向ける。

「最終判断はこいつだから。俺が口挟んでも意味無いんだけどね」

 次の瞬間、乾いた破裂音が3発。立て続けに鳴った。


「なっ…ぁ…!?」

 驚きの声は、金属と金属がぶつかり合う鈍い音でほとんどかき消された。

 がしゃん、がしゃがしゃん。

 地面に落ちた麻酔弾は、お互いぶつかり合ってガラスの本体を割り、中身を撒き散らした。

「う…嘘だろ…。あり得ねぇ…」

 右手に「愛人あいじん」を握ったMは、苛立たしい男達を無言で牽制する。

「あーあぁ。しぃーらね」

 フードがぼやく。

 綺麗な顔は、何事も無かったかの様に真顔で、自分を狙った銃口を見つめる。


「ひっ…」

 撃った張本人ちょうほんにんはと言うと、恐ろしさに震えて膝を笑わせていた。

 じろり、と禿頭がMを見据みすえた。Mは何もしなかった。

「仲間がいきなり無礼をした。すまない」

 やんわりと銃口を下げさせる。驚いたように禿頭を見つめると、しっかりと頷きかえされた。

「どうか許してほしい」

「別に怒ってないよー。ただ…」

 そこから先の言葉はさえぎられて、聞くことが出来なかった。

「うざったいから消えて」

「うーわー。言葉濁にごさないねぇ」

 きっぱりと本音を漏らした相手に向き直った禿頭は、静かに、重く言った。

「そりゃ残念だ」


 言い終わった瞬間に「愛人」が、一番近くに居たすばしっこそうな男の顔にめり込んだ。

 右頬を引き裂き、左頬へ亀裂きれつを広げた。脳みそが収まっている上側と、薄く開いた口が付いている下側が別々になるのにかかった時間はわずか、0.2秒。


 誰も反応しなかった。


 と、言うよりも、反応できなかったと言った方が的確である。

 何せ、事の起こりが早過ぎた。しかも、彼女がこんな行動を行うとは誰も、思っても見なかったから。


 あまりにもシンプルかつ、唐突に仲間の顔が綺麗に切断されたので、そこに居たM以外の人物はぽかん、と口を開けている。皆、今さっき起きた事を瞬時しゅんじに理解し、認めようとはしなかった。

 ただただ赤い色が広がり、聞きなれた声の断末魔だんまつまが小さく途切れていった。


 皆が冷静を取り戻すまでの間に、Mは暖かい死体を踏んづけて、後ろに居た右目の潰れた男に刃を向ける。

「へあ?」

 なんとも締まりのない遺言を発した男は、腹を深々と刺され、バランスを崩し、冷静を取り戻した帽子を被った男の弾によって命を絶った。

「え…」

 黒い少女を後ろから狙って撃った弾丸は、味方の頭に当たり、派手に頭蓋骨と脳みそを撒き散らせながら頭を粉々に粉砕ふんさいする。

 帽子を被った男は、動けなくなっていた。ひどく、喉が渇いていた。

 カラカラの喉から紅い花を咲かせて、目の前が真っ暗になる前に見た光景は、


 楽しそうに笑う不気味な少女の顔と、いつの間にか空を覆っていた黒い雲。そして、自分が咲かせた紅い花だった。


 Mは、一瞬で間合いを詰め、男の喉を突いた自分を、物凄い形相ぎょうそうで睨む影に気付いていた。

「動くな!!!」

 鋭い声で、タンクトップを着た男に怒鳴どなられる。

「何でしょう?」

 面白くなさそうにだらだらと視線を移すMの顔には、狂気おも感じさせる笑顔があった。

 ぶるりと背筋が凍ってしまうのを感じながら、必死でMを狙う。

「…何でしょう?」

 気持ちを落ち着けられていない仲間の変わりに、禿頭が言う。

「武器を捨てろ。そしてゆっくりと手を上げろ」

 またもだらだらと視線を移す。この絶体絶命の状況で、笑みを絶やさない少女の神経を疑いながら言った。


「…しないと言ったら?」

「…?」

 目を見開けずにはいられなかった。

「だから、しないって言ったら如何するんですか?」

 笑顔の後ろで、顔が爆ぜた。


 少女が背中から前に移した左手には、自分のハンドガンが握られていた。唯一ゆいいつサイレンサーが取り付けられたハンドガン。

 自分の握っていたハンドガンは、右目の潰れた男が持っていた麻酔弾用に改造したハンドガンだった。


「(いつの間に…)」

 驚愕きょうがくの色を隠すことが出来なくなり、うろたえてしまう。

 道理で標準が合わせやすかった訳だ、と何故か納得してしまった。


「如何したんですか?」

 いつの間にか目の前でしゃがんでいた少女の存在に驚いて飛び退こうとした。が、上手く飛び退けず、しりもちをついた。ハンドガンが手を離れ、地面を転がった。

「!?」

 そんなことも気にめず、急いで足元を見る。すねからどくどくと血を噴出ふんしゅつさせている自分の足を見た。足首だけが地面に自立していた。

 恐怖で声も出ず、痛みさえ感じることはなかった。


 ぽつぽつと雨が降り出し、やがて大降りの雨に変わった。雨は大量の血を薄め、倍の速さで色を広げた。

「…!……!!!」

 ぱくぱくと口だけが動く。

 それを見て満足した様に、にんまりと笑ったMは男の額に銃口を押し付ける。


「…あなた達が見つけた花は、得体の知れない恐ろしい花でしたね」


 銃声は五月蝿い雨の音でかき消された。


     *


「スコールだね」

「なにそれ」

 先ほどとは打って変わって真顔のMがたずねる。

「主に熱帯地方でよく見られる自然現象だ。すぐ上がる」

「…此処熱帯だっけ…?」

「うん。森林伐採のし過ぎでこうなってるだけ。大丈夫だ。所々に人工的に植えられた木の苗があったから、しばらくすれば元の鬱葱うっそうとした森に戻るよ」

「ふーん…。どうせもう此処には来ないけどね」

「まぁそうだな」

 土砂降りの雨に打たれながら話をする1人と1着の周りには5人の死体が、雨に汚れを落とされて綺麗になっていた。

 Mはフードを脱ぎ、頭からびしょ濡れになっていた。髪が顔や首に張り付いている。そのお陰で返り血も綺麗に流されていた。


「多分この近くに森があるんじゃないかな?」

「…近くって言っても結構遠いんじゃないの?」

「ごもっともで」

「役立たず」

「しどいわぁっ!!」

 女の様な声を発して白い目で見られる。きちんと謝った。


「まぁでも、それがあんじゃん」

「それ…?」

「バイク」

「…」

 心底嫌そうな顔をした。


     *


 雨も上がり、綺麗な空の下。平原を横切る砂埃がひとつ。

「なかなか上手いじゃん」

「ケツが痛い」

「…うん。我慢しろ」

 周りにはだんだんと緑が増えてきた。遠くに森が見える。

「あれだあれだ。俺らが通ってきた森」

「ふぅーん…」

 興味が無いように感じた。


 だんだんと森が近づき、緑に飲み込まれる。森は、強すぎる太陽の光はさえぎってくれるものの、湿気が多く、涼しいとは言いがたかった。

 ずっと走っていると、急に視界が開けた。

「おっ、抜けた~♪」

「ほんとだ。…海が見える」

「だねぇ。線路が見えるねぇ」


 目の前には綺麗な青色の海が限りなく広がっていた。その上には、延々と続く線路が。物理的にはあり得ない。しかし、目の前にある景色ではそれが、ごく普通に成り立っていた。


「そろそろかな」


 Mの乗ったバイクは、海辺にある小さな小屋へと走っていって、やがて見えなくなった。

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