鳥たちの話
それは、煽る材料にしかならないって、気づいてない、んだろうなあ。
腕の中で、抱え込んだ細い体がもぞもぞと動いている。
落ちつかなさげに視線をあちこちさ迷わせたあげく、顔を横に背けてしまった。
そのせいで白い首筋を晒してしまっていることなんか、ちっとも気づいていないようだ。
「美味しそう」
べろり、と舐めあげてみれば、慌てたような声があがった。
「うひゃ、なにするんですかっ」
「何って……ええと、いただきます、の前の味見?」
ぴたり、と動きをとめて、恐る恐ると言った様子で見上げてくる。
その目は、まさか冗談ですよねと言っていたが。
ずっと欲しかったものが目の前にあって。
もう我慢はできそうになかった。
にっこり笑ってみせると、彼女はひきつったような笑みを浮かべた。
「ええと、それ、確定ですか」
今度じゃ駄目ですかと言いだしそうな彼女に駄目押しをする。
「確定だよ。だって、ほら」
彼女の細い腰のあたりに、自分の腰を密着させる。
すると押し当てられた熱に気づいた彼女は、たちまちうろたえた。
その気持ちもわからなくはない。けれどここで逃げ道を塞いでおかなければ、何のかんのと理由をつけて彼女は姿を消しかねない。
五年前、彼女が姿を消した時、心底悔やんだ。どんな手段を使ったのか、足取りをきれいさっぱり消した彼女を探し出すのは容易ではなかった。
彼女がどんなに拒否しても、一緒に街へ戻るべきだったと何度悔やんだか知れない。
今回だって、彼女を見つけ出せたのは、ほんの偶然だったのだ。
彼女の傍に、いまだ誰もいないと知ってどんなに安堵したか……彼女は知らないのだろう。
引く気配がないのを見てとってか、彼女は目元を赤くしたまま、早口に言った。
「うう、美味しいかは疑問ですが、どうぞっ。でもあの……」
「なあに?」
「い、痛くしないで下さいね」
恥ずかしそうに顔を背けた彼女を、まじまじと見おろした。もしや、と思って尋ねてみる。
「もしかして、きみ、はじめて……とか」
「わかってるならきかないで下さいっ」
目元も首筋も朱に染まっている。睨まれてもそれは怖いどころか。
さっきまで、本当に優しくするつもりだったんだよ?どろどろに優しくして甘やかして、それで僕から離れようなんて気は起こさせないようにするつもりだったんだけど。
煽るきみが悪い。
「あ~……先に謝っておくね?」
「何がですかっ」
「泣いても途中で止めてあげられなさそうだから。ごめんね」
「ええ、ちょっと…っ」
抗議の言葉を口にしかけた彼女を、それこそ唇を塞ぐ事で黙らせる。
深い口付けに次第に酔っていく彼女を腕に抱いて、心の中でそっと呟いた。
ごめんね、諦めて……と。
目覚めた彼女の機嫌は地の底を這っていた。しきりに腰が痛い、人でなしと恨みがましく呟いている。
彼女はベッドの上、毛布にくるまったまま自分を近寄らせてくれない。
酷い事をした自覚はあるけれど、流石にそろそろ辛くなってきた。
「ねえ、僕が悪かったよ。そろそろ、機嫌なおしてくれないか?」
彼女はつんとそっぽを向く。
ふう、とため息をついて言葉を続けた。
「そりゃ、抜かずに何回もきみの中で出したのは謝るよ。初心者相手にする事じゃあなかったよね」
「だから、しれっとそういう事言うの止めて下さいってっ」
「あ、やっとこっち見てくれたね」
彼女は顔をしかめてこちらを見ている。視線が逸らされないのをいい事に、ごめんね、と言った。
そろりと手のひらを伸ばし、頬を撫でても、振り払われることはなかった。
「……少し怖かったんですから。もう、あんなの嫌ですよ」
「努力しましょう」
「努力なんですかっ」
彼女の体をすかさず抱き込み、くすくすと笑う。
「ごめんね。諦めてよ。なにせ五年の間にあらゆること妄想しつくしちゃったんでね」
「わたしに何させる気ですかっ、まったくもうっ」
口では怒ったふうに言いながらも、彼女は大人しく腕の中に収まってくれている。
それに心から安心して……彼女に口づけた。
END