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BIRD CAGE  作者: 水花
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ねえ、約束しましょう。

 いつか、どこかで会うことを。




 目覚まし時計の軽快な電子音が鳴り響く。

もう朝か、も少し寝てたいけどな~……仕方ない、起きるか。

内心で葛藤を繰り返しすと、リーフェイは手を伸ばし、鳴り続ける目ざまし時計を止めた。

 ああ起きたくないなあ、今日は何やるんだっけか。

粉が古くなる前にクッキー生地でもたくさん作って冷凍して、天気よさそうだったらシーツ替えて洗濯して、ああそれから本格的に寒くなる前に家、ガタきてないか見回っておかないと。趣きがあると言えば聞こえはいい、古ぼけた外観に見合わない、最新式の設備が整っている家屋とはいえ、やはりあちこちに不具合があるのだ。

ここへ来た当初はそれを知らず、応急処置をするまで吹き込む冷気にうっかり凍えそうになったりも、したっけ。それは全力で回避したいし。

 目ざまし時計を止めた姿勢のまま、つまりはうつ伏せて手だけ布団から出した姿勢のまま、取りとめなく考えることしばし。傍から見れば可笑しな格好だろう。

けれど、そうしてつらつら本日の予定を頭の中で組み立てていると、ぼんやりとしていた頭がようやく使い物になってくるのだ。これはもはや、朝の自分の儀式みたいなもの。

半分くらい、温かい布団の中から出たくないって気持ちもあったりも、する。

ああ、まずいこのまま二度寝に突入しそう。リーフェイはこれではいけない、とふるふると頭を振った。

ええい、仕方ない起きるとするか。

今日もお仕事てんこもりだし。

温かな布団から出て、カーテンを引きあける。空は快晴、いい洗濯日和だった。



 リーフェイは大きな欠伸をしながら、ことこと煮えているスープの鍋をおたまでかき回す。

うん、あと少しじゃがいもが煮えたら出来上がりかな。一口味見。美味しい美味しい。

 うう、髪の毛うっとおしいなあ。えい、括ってしまえ。跳ねてもまとめたら誤魔化せるから、楽っちゃラクだけど~どうせ、ココいたら出会いなんてないしねえ。

もともと身なりには……もちろん清潔にはしてるけど……無頓着だったのがここへ来て輪をかけてしまった。肩まで伸びた髪の毛は首の後ろで一つに括り、うっとおしい前髪はヘアバンドでつるんとおでこ丸出しにするかピンで留めている。ちなみにヘアバンドもピンも、もともと自分の持ち物ではない。うわ、メガネ曇ったっ。

 独り言を言いながら朝食の準備をするのも、いつもの事だ。

ココにいたら、独り言多くなるよねえ、とこれまた独り言。何せ普段顔を合わせるヒトなんて、自分の他には二人しかいない。うち一人は用件のみしか話さないヒトだし。

リーフェイはこの家でハウスキーパーをしている。

前述の二人とは、雇い主であるこの家の主人と、その子どもだ。

仕事じたいに問題はない。雇い主にはイササカ言いたい事がないでもないが、それはどこの職場でも同じだろう。子どもも元気いっぱいの子で、時々はらはらさせられるが、いい子だと思う。

問題は家の内部ではなく、外部……この家の立地、外的環境にあった。

けれど、リーフェイがここで働いているのはその外的環境の所為でもあり、その環境が自分にとってまさに渡りに船だったからでもある。

「うん、これでも十分理想的な環境だしね、コレ以上文句言っちゃバチがあたるよね」

 パンは皆揃ってから焼けばいいし、チーズ入りオムレツも出来た。

付け合わせの野菜はトマト切ってレタスでもちぎって~。

 あとはリンゴとヨーグルトでいいかなっと。手順を頭の中で考えて、そろそろみんな起きてくるころかなとちらりと腕時計に目を走らせる。

リーフェイが嵌めているのは、ばっちりしっかり防水仕様の腕時計だ。この家には何故か時計というものが見当たらない。ほんとにねえ、センセイ……リーフェイは雇い主の事をそう呼んでいる……何で時計家に置かないかなあ。キッチンとか~ダイニングとかくらいには置いて欲しいんだけどな。

 普段からアクセサリーも身につけないリーフェイとしては、実のところ腕時計を嵌めるにもうっとおしかったりする。だから何度か雇い主であるセンセイにお願いしてみたものの。別に困ることじゃないだろうと却下された。

あくまで雇われの身であるリーフェイには、それ以上云い募ることもできず、結果日々ぶつぶつと零しているというわけだ。

 雇い主のいつもの難しい顔を思いうかべ、ふうとため息をつく。そこへ。ぱたぱたという軽い足音と、アルトの声が背中の方から聞こえてきた。


「おはよ。今日の朝ごはん、なに?」

 声の主は雇い主の子どもの、ユーリだ。リーフェイは使った調理器具を洗いながら、振り返らずに答える。

「今日はチーズ入りオムレツとじゃがいものコンソメスープ。センセイは?」

「まだ寝てる」

「じゃあ起こしてきてよ」

「ええ~父さん寝起き悪いから、ヤなんだけど~」

「雇い主起こすのは、わたしの仕事内容に含まれてませんので、あしからず」

 そう、自分のお仕事はこの家のハウスキーパー。家事全般を受け持つけど、雇い主が見苦しくない程度の身なりをすることに気を配ることは、まあ“家の中を快適に保つこと”に含まれると思うけど、雇い主を起こすことは業務範囲じゃない。というのは建前だということを、ユーリも知っているだろうけど。

 にっこり笑えば、ユーリは子どもに似つかわしくないため息をつく。

「……わかったよ」


 ユーリは渋々といった様子でキッチンを出て行く。そして父親を起こそうと奮闘しているらしき声がキッチンにまで聞こえてきた。

さて、今日はどのくらいで雇い主は起きてくるだろうか。起きてくれるのだろうか。

 実のところ仕事云々より、あの寝起きの悪いセンセイを起こすのがもう面倒なのだ。匙を投げたと言っていい。

 10分くらいで起きてくれば御の字だろう。

昼夜逆転している雇い主……センセイは、とくに朝は弱いのだ。生活のリズムが自分たちとは全く合わない。基本昼間は眠っていて、あたりが暗くなった頃起きだして仕事を始める。食事もいつ取っているのか不明だ。冷蔵庫の中身が消えていたり、片手で摘める食事を部屋に差し入れていたりするとそれらがなくなってたりするから、仕事の合間に食べてはいるのだろうけど。

 イイ大人なんだから、いくら自分がハウスキーパーだからって、あれこれ口出しするのははばかられるし。

そんなこんなで、ヘタをすれば、あれ何日マトモに顔合せてないんだろう、なんて事態にもなったりしかねないんだけど。

事実、自分がここへ来た当初はそうだった。

だけど、あまりな状況に自分が口出しすることじゃないと思いながらも、センセイに言ったことがある。一緒に暮らしているんだから、仕事が立て込んでない時くらい、子どもとちゃんとご飯食べましょうよと。

センセイも、流石にまずいと思ったのだろう。というか、思うのが遅すぎな気もする。これまでのハウスキーパーさんたちの苦労が偲ばれる。

センセイは、朝食はみんな揃って食べるようにする、なんて言い出した。

皆、の中にリーフェイも含まれていたようで、三人揃って食卓につくようになった。まあ三人しかこの家で暮らしていないし、雇用関係にあるとはいえそこまで線を引く気がないのだろう。リーフェイとしても片づけが一度で済む方が楽だし。

ただ、その言いだした本人が、なかなか起きてこられないのは、予想どおりだったけど。

もういい加減に起きてよっ、そんな声と、不明瞭なくぐもった唸り声が聞こえてくる。

腕時計を見る。すでにここで五分経過。スープの火は止めておく。皆が揃う頃には少し冷めて、飲みごろの予定なんだけど。

使い終わった包丁やまな板、フライパンを片づけていると、軽い足音と、重たい足音が聞こえてきた。

「センセイ起きました?おはようございます」

 欠伸をしながら、どうやらセンセイはおはよう、と返してくれたらしいけど、その声は不明瞭にくぐもって、なんのことやらわからない。センセイは半分目を閉じた状態で、よろめきながら歩いてくる。イチオウ眼鏡かけてるけど、銀色の髪の毛は鳥の巣のようにぼさぼさだし、服もよれよれ。

あの服いつから着てるんだっけか?いい加減洗濯しないとやばいかも。いっそ身ぐるみ剥いじゃおうか。

ちらりとそんな考えが頭をよぎる。うん、まあ出来ないけどね。しないけどね。イチオウ雇い主だしね。

その横で、ニガムシを噛みつぶしたような顔のユーリ。細い腕を腰にあてて、唇を尖らせていた。

父親そっくりの緑の目を吊り上げている。

「も~父さん起こすのヤダ。朝から腹立つしっ」

「まあまあまあ。そんな事言わずに、皆揃ったし、朝ごはん食べようよ。さて今日も自信作ですよ!センセイ、ご飯食べたら寝ていいですから、この前みたいにスープにアタマつっこまないで下さいね。ちゃんと味わって食べてくれないと悲しいです!」

「……わかってる……」

 低い平坦な声で、センセイは返事をする。ああこれはまた食べてる途中で寝ちゃうかも。目だって半分くらい閉じかけてるし。

 気をつけないと駄目かなあ。リーフェイは子どもより世話の焼けると、こっそりため息をつく。

トースターにパンをセットして、スープ皿にスープをよそい、テーブルに運んだ。カフェオレを入れてそれぞれの前に置く。パンの焼けるいい匂いがしてきた。

ジャムもバターも準備万端。さあ後は食べるだけ。がしゃん、とトースターからパンが出てくる。


「いただきます」

「……いただきます……」

「はい、召し上がれ~」


 これがいつもの朝食の風景。この大陸最高峰、“天の峰”にほど近い、ティンシャ山の「コンラッド・シュタイン邸」における、いつもの風景だった。

 リーフェイもぱくりと一口食べる。今日の朝ごはんの出来は、いつもと同じ。上出来だった。



「とりあえずこんなところかな」

 センセイが部屋に戻る寸前にシーツやベッドカバーを回収し、ついでに着てるもの全部脱いでもらって(身ぐるみ剥がして)、洗濯機に放りこんだ。もちろん自分のシーツやベッドカバーと、ユーリの分も忘れずに。

 天気がいいので、たくさん洗濯物をしてしまうつもりだった。

いっそセンセイ自身をまる洗いなあと思う事もあるけど、それは我慢。

それからセンセイが仕事場にしている書斎へ、ゴミや使い終わった食器の回収に行く。

食器棚からカップがごっそり減ってるから、ここだろうなあとは思ったけど、案の定センセイの机の上には五つも六つもカップがあった。

使い終わったら流しに持ってきてくれればいいのに、なんでそれができないかなあと、諦めたように思う。

丸めた紙が書斎の隅に転がっていて、それをゴミ袋に突っ込んで、床が見えているところだけ丸く掃除機をかけて終了。あくまで明らかなゴミの回収と空きスペースの掃除だけに努める。

いや、センセイの机の上にある、乱雑に積み上がった本と書類が、今にも雪崩を起こしそうで片付けたかったけど、それから部屋中に塩の柱のごとく積まれた本を整理したい衝動に駆られたけど!

アレらにはセンセイなりの分類があるらしいので手は出さない。

というか、一度やらかして、センセイに怒られたからなあ……あれは本当に怖かった。

大声を出すとか怒鳴られるとかではなく、ひたすら静かに怒ってて。空気まできいんと凍りつくような感じ。

もともとぶっきらぼうな喋り方をする人だけど、輪をかけて言葉が少なくなって。

情けなくもユーリに「どうしようっ」て半泣きで相談しちゃったよ。

次からはしません、って謝ったら許してくれるよ~なんて気楽に言われて、半信半疑で謝ったら、センセイはすぐに許してくれたけど。もうあんなブリザードの中に放り出されたくはないので、センセイと何をどこまでしたらいいのか取り決めをしたのだった。最初にしておくべきだったと痛感しましたよ。

まあ、書斎以外の場所は自分の好きにしていいとのことだったけど。例外は時計のことくらいで。

こと、書斎でのその一件以外で、センセイが怒った事はないのだけどね。というか、他の事には徹底して関心がないんだなとリーフェイは見ている。

それから家じゅうに掃除機をかけ……など、用事を片づけているとあっという間に昼が来る。

昼は簡単な物でユーリと二人で済ませた。センセイは夕方近くまで起きてこない。ユーリは遊びに行って来ると言って出掛けてしまったから、家の中はしんと静まり返っている。

 ちょっと休憩しようと、湯を沸かしてコーヒーをいれた。おやつ用にと焼いていたクッキーを、味見がてら口に放り込む。ほろりと崩れるクッキーは甘さ控えめで美味しかった。

 我ながら、料理にお菓子作りに、掃除に洗濯、随分上手くなったものだと自画自賛する。

いつでも嫁にいけるわとリーフェイは思う。

 ここに来た当初は、もちろん一通りはできたけど、今ほど上手くは出来なかったし、なにより。

 

こんなに長く“ここ”に居る事になるなんて、思いもしなかった。

 ここに居るのが、こんなに楽しくなるなんて、思いもしなかった。

 ほんの少しの間でいいから、あの人たちが自分を見つけられない所へ行けたらいいと、思っていただけなのに。


 


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