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常闇の魔女  作者: 空色
第1章 魔女の末裔
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8





合同際の当日、色鮮やかな花弁が舞う中を、人々が行き交っていた。

花かごを持った少女達があちこちで花を売り、通りに面した家々の窓から花弁が舞い散る。

まだ午前中だというのに、王都は国中の人間が集まったかのような賑わいを見せていた。


段々と人が多くなってきた通りを、ユーリは目当ての店を探しながら歩く。

同僚に借りた王都の地図によると、この辺りだったはずだ。

まだ時間はたくさんあるので、のんびりと店を探しながら、先ほど訪れた知己の店を思い出す。


久しぶりに赴いた彼の店は、以前の小さな町で見たときより、品物の数もそれなりに充実していた。

そして、なにより驚いたのは、彼がいつの間にか結婚していたことだ。

何も準備をしていなかったため、たまたま持っていたパディールの焼き菓子をお祝いとして渡した。

熊の様な外見に似合わず、意外と甘党な彼とかわいらしい奥さんには喜んでもらえたようだったから、取り合えずよしとする。


その後、いつも通り商売は行ったので、ユーリの懐はそれなりに潤っていた。

すでに3つほど屋台や店舗を回り、野菜や薬草の苗、あるいは種を購入している。


絶対に荷物が多くなるだろうと踏んで、運搬用の魔法袋を持ってきて良かった。

魔力のない人間も扱えるよう、あらかじめ魔術のかけられた袋は、両手で持てる大きさでありながら、かなりの量のものを入れられる。

その使い勝手の良さから商品化され、爆発的に売れたものの一つだ。

腰にぶら下げた皮袋を、ローブ越しに無意識に撫でていたユーリは、視線の先に目的の店を見つけた。


器用に人を避けながら店に近づき、店頭に並べられた野菜の苗を見渡す。

どの苗も葉が青々と茂っていて、元気がよさそうだ。

ユーリは思わず笑みを浮かべながら、購入する苗を選ぶためにしゃがみ込んだ。

さすが王都と言うべきか、よく見かける野菜でも、様々な種類が並べられていて目移りしてしまう。



「おじさん、このサブワ菜の中で一番甘味があるのはどの種類ですか?」

「そうだな、これは生で食べるとちょっと苦味があるけど、湯がくと一気に甘味が増してお勧めだな」

「んー、じゃあ、これを1株と、エルドの赤い実と黄色い実がなる苗を2株ずつ下さい」

「あいよ、まいどうあり」



代金を支払って魔法袋に商品を入れてもらい、ユーリは店を後にした。

少し早いが、昼食にしようと屋台を覗く。

自分は午前中の休暇なので、昼は城に戻って食べても良いのだが、せっかくなら祭りの雰囲気を味わいたい。


果物のジュースとパンを買って、たまたま空いていた噴水の端に腰掛ける。

デザートはどうしようかと考え、来る時に見かけたクレープの屋台を思い出す。

あそこで、旬の果物の入った甘いクレープを買って帰ろう。


パンを食べながら、ユーリは通りを歩く人や、同じように休息する人を見るともなしに眺める。

誰もが顔を綻ばせ、合同際を楽しんでいるようだった。


ジュースまできれいに飲み終え、ユーリは大きく体を伸ばす。

中央広場の大時計を確認すると、南門への集合時間までまだ1刻ほど余裕があった。



(うーん、そろそろ帰ろうかな)



欲しい物は粗方買い終わり、人通りもだいぶ増えてきた。

戻るには丁度良い頃合いだろう。

城へ向かって歩き出そうとしていたユーリは、視界の端に一つの露店を捉える。

骨董や雑貨など、実に雑多に物を並べたその店は、やや奥まった路地に店を構えていた。

他の店が多くの人で賑わっているにも関わらず、その屋台だけは閑古鳥が鳴いている。


何となくその店に近づき、店頭に並べられた物を物色する。

店主であるだろう老婆は、ちらりとユーリに視線を向けただけで、すぐに俯いてしまった。

どこか陰鬱とした空気に、なるほどこれでは人が来ないはずだと納得する。


思わず苦笑していたユーリだったが、粗雑に置かれていたあるものを見つけて目を丸くした。

それはこのような露店で出すにしては随分と質が良く、値段を見てさらに驚く。

本来の、売られるべき場所で売られれば、この数倍の値はつくだろう。


懐に残る硬貨で十分にこと足りるそれに、ユーリは考え込む。

露店の前に座り込み、腕を組んで目を細める。

様々な思いが心中を駆け巡り、やがて彼女は諦めたように息を吐いた。



「すみません、これを下さい」



初めてまともに顔を上げた老婆が、にやりと笑った。







*************






合同際はつつがなく終了し、後夜祭も無事に終えた城内は活気付いていた。

下働き用の食堂でも、特別に牛の肉が振舞われ、宴のような盛り上がりを見せている。

酒は入っていないだろうに、そこかしこで乾杯の声が上がり、笑い声が響く。

厨房の料理人までもが参加し、大変な騒ぎとなっていた。

その中を、ユーリはそっと席を外し、食堂を後にする。


下働きの仕事が終わるこの時間に、ラズフィスと会う約束をしていたからだ。

ユーリは約束の場所へ足を向けながら、先日リュエの花を届けるついでに、殿下の伝言を伝えに来たカーデュレンを思い出す。

彼はそれなりの身分の人であって、あんな風に使い走りにするような人物ではないだろうに。

カーデュレンは嫌な顔一つせず、ユーリの返答をラズフィスに伝えてくれたようだった。


大樹の根元まで来たユーリは、そっと幹の表面を撫でる。

色々な意味で思い出の場所となったこの樹も、今日でお別れとなると何処となく感傷的になった。

幹に背を預け、だいぶ高くなってきた月を眺めていたユーリの耳が、軽い足音を拾う。

振り返ると、ラズフィスが大樹の方に駆けてくるところだった。



「ユーリ、待たせたか?」

「いいえ、それほどでもございません」



息を弾ませ、頬を紅潮させたラズフィスは、夜会を抜け出してきたのか正装していた。

白の礼服は彼の金糸によく似合っており、飾り気の多いピアスが耳を彩っている。

その姿は輝いており、まさに王子そのものだった。



「そのお衣装も、よくお似合いです」

「そうか? 今年は盛大にしなければと、周りがうるさくて苦労した」



煩わしそうに眉根を寄せるラズフィスに、ユーリは苦笑をもらす。

選ぶほどに衣装を持たない自分では、知りえることのない苦労だろう。

己と彼では住む世界が違うということを感じ、何故だかこの上もなく安堵した。


いつもの様に大樹に登ろうとしたラズフィスを、ユーリは慌てて留める。

きっと、彼女には考えられない程の値であろう服が、木屑まみれになるのは避けなければならない。

不満げなラズフィスを宥め、変わりに木の根元にハンカチを敷いて、そこに彼を座らせる。

ユーリが彼の近くに腰を下ろすと、ラズフィスは嬉しそうに顔を綻ばせた。



「この所、祭りの準備や魔術の訓練で忙しかったが、ようやく落ち着いたのだ。これでまた、ユーリと会えるな」



彼の言葉に、ユーリは声を詰まらせる。

そう言えば、カーデュレンには伝えていたが、ラズフィス自身には臨時雇用の話をしていなかった。

これほど喜んでくれているのに、自分の一言が彼の気分を害するかと思うと、居た堪れない気持ちになる。

だが、彼に手を貸しておいて、甘い顔を見せておいて、ここから逃げ出すのは己のエゴだ。

自分の後始末は、自分でつけなければならない。

ユーリはラズフィスに向き直ると、深く頭を下げた。



「殿下、申し訳ございませんが、それはなりません」



ユーリの言葉に、ラズフィスの顔から表情が抜けた。

伏せた頭に、彼の視線が刺さるのを感じる。



「何故だ。ユーリは南で働いていると言っていたではないか。なら、今までと変わりないだろう」

(わたくし)は元々、臨時雇用の身でございます。明日の早朝、城を発たねばなりません」

「なら、余がユーリを雇う。そうすれば、城にいられるのだろう」

「それはできないことだと、ご自分でもよく分かっておいでのはずです」



カーデュレンは後宮での就職の話をしていたが、あれは王や王妃の口添えあってのことである。

一度断りを入れたユーリが、厚かましくもお願いすることはできない。

ラズフィスは確かに第1王子ではあるが、まだ何の権利も持たぬ子供なのだ。

城の人事に、口を挟むことはできないだろう。

それをよく理解している彼は、ユーリの指摘に口を引き結んだ。


沈黙が続き、そっとユーリが顔を上げた瞬間、小さな体が腕の中に飛び込んできた。

思わず抱きとめ、自分の胸元を見下ろす。

背中に回った彼の両手が、きつく服を握り締めるのが分かる。



「お前といるとどこか暖かくて、側にあるのが心地よかった。せっかく、仲良くなれたのに」

「殿下……」

「行かないでくれ、ユーリ。余の側に居てくれ」



もし、自分が年端も行かない少女であったなら、思わず頷いていたかもしれない。

だが、そうするには彼女は身の程を知っていたし、歴史と、人と、関わる恐ろしさを知りすぎていた。

ユーリは謝る変わりに、そっとラズフィスの背に手をまわす。

嗚咽する度に揺れる背中をさすり、静かに目を閉じる。

忙しく巡る日常の中で、どうか自分との出会いが薄れていくように。



(できることなら、そんなこともあったと笑いながら思い出してくれれば良い)



願わくば、月日の中で暖かい思い出となるように。

ただ、それだけを思った。







*************







暫らくそうして泣いていたラズフィスだったが、次第に落ち着いてきたようだった。

俯いたままではあったが、ユーリから体を離し、涙で濡れた顔をぬぐう。



「お側に居ることは適いませんが、遠くより殿下が立派な王となられることを願っております」



ユーリの言葉に、ラズフィスは小さく頷いたようだった。

気持ちを落ち着けるように、大きく息をはいた彼をみつめてから、ユーリは懐を探る。

ラズフィスが顔を上げた気配を感じながら、持ってきていた魔法袋から目的の物を取り出した。

彼女が手の上に乗せて見せたのは、片手であまる程度の飾り袋だった。



「殿下、(わたくし)が側に居られない代わりに、お渡ししたい物がございます」



涙で濡れ色を深めた新緑が、袋とユーリの顔を往復する。

彼女が差し出すと、彼は大人しくそれを受け取り、紐を解いた。

中から転がり落ちてきたのは、美しく鮮やかな翠の宝石がはめ込まれたピアスだった。



「こちらにはめ込まれておりますのは、殿下の第2属性である風の魔力が込められた守り石にございます。装飾品としては、殿下が日ごろ身に着けておられる物とは雲泥の差でございますが、守り石としての効果は保障いたします」



午前中、あの路地の店で見かけた耳飾。

それなりの職人が作ったのであろうそれは、装飾品としては劣るが、魔道具としては中々の代物だった。

魔石も質の良い物を使っており、ラズフィスのまだ安定しない魔力を整える程度の役割はしてくれるだろう。

王族が身に着けるような物ではないが、懐に持っているだけでもある程度の効果は望める。

本当は、石だけ外してもらおうかとも思ったのだが、いささか時間が足りなかった。

急いだがために石を傷つけてしまっては、元も子もない。



「身に着けずとも効果はありますので、宜しければ懐にお持ち下さい」



そして、彼の魔力が安定した暁には、捨ててもらっても構わない。

ユーリの言葉を黙って聴いていたラズフィスだったが、徐に己のピアスを外し、ユーリに差し出す。

訝しげにそれを見つめていると、強引に彼女の手に耳飾を置く。



「持っていてくれ」

「殿下、何をなさるおつもりですか?」



困惑気味にそれを受け取ったユーリは、顔を上げてその光景を目にし、驚きで目を見開いた。



「殿下! お願いですから、お止めください。それは殿下が身につけられるような代物では……」

「ユーリも余のお願いを聞いてくれぬではないか。なら余も聞かぬ」



不機嫌そうに頬を膨らませたラズフィスは、それでも手際よく耳飾を着け終えた。

彼の耳に、自身の瞳とよく似た翠が煌めく。

困ったように眉尻を下げるユーリに視線をやると、彼は悪戯を成功させた子供のように笑った。



「どうだ、似合うだろうか?」

「身に余る光栄、勿体のうございます」



あまりにも満足そうに笑うものだから、ユーリも苦笑を返した。

露店で購入した飾り気のないピアスであったが、華やかな顔つきのラズフィスにはそれなりに合っているようだった。

元々ラズフィスがつけていた耳飾を返そうとすると、彼は首を振ってユーリの手を押し戻す。



「その耳飾は、ユーリに貸してやろう。余が王となったら迎えに行くから、王都に戻って来て返してくれれば良い」

「それでは、(わたくし)が王都に行くことが前提ではありませんか」

「なんだ、素直について来てはくれないのか」



呆れた様に肩を落とすユーリに、ラズフィスは不満げな声を漏らす。

彼が王になるころには、自分は記憶の中の人物となっているはずだ。

そもそも、自分の住む辺境の村など、場所もよく知らないだろうに、どうやって探しにくるつもりなのか。

だが、今だけ、彼の思いに付き合うのも良い。



(わたくし)は森での生活をそれなりに愛しておりますので、それを捨てても良いと思えるほどご立派になられておいでなら考えますよ」

「絶対だぞ、約束をしたからな」



幼い子供の、ままごとの様な口約束だ。

年を重ねるにつれ、いずれ彼もそれを知るだろう。


彼女は、屈託なく笑う少年に、苦い思いを隠して笑う。

彼ら二人の姿を、月だけが見ていた。






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