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常闇の魔女  作者: 空色
第1章 魔女の末裔
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日が落ち、夜の帳が下りる頃、ようやく王城の使用人たちの仕事は終わる。

夕食を終え、手早く身を清めた後、各々割り当てられた部屋へと引き上げていく。

そんな中で、消灯前の下女部屋では、数日後に迫った祭りの話題が盛り上がりをみせていた。



「ねぇ、祭りの日はどんな服を着てく?」

「どんなって、あたしは王都に出て来た時の服くらいしかないもの」

「そうよね、王城の下働きの服のが良い生地使ってるんだもん、やあね」

「あぁ、楽しみすぎて眠れなくなっちゃう」

「えー、今から? 気が早すぎよ」



狭い部屋の中に二段ベッドが3つ並ぶだけの、実に簡素な部屋だが年頃の娘が集まればそれだけでいくらか華やぐ。

ベッドの上で髪を梳いたり、シーツの皺を伸ばすなど、それぞれに寝仕度を整えながら、彼女達は軽やかに笑った。



「私、一度でいいからパディールのお菓子を食べてみたかったの」

「高級なお菓子も魅力だけど、あたしは屋台の食べ歩きがしたい。だって、国中の名物が味わえるって聞いたもん」

「あら、アデルったら、この前夢の中でお腹一杯食べてたくせに。あたし、知ってるのよ」

「やだ、何よそれ、夢でのことなんか覚えてないわよ!」



地方からの出稼ぎの身とはいえ、そこはやはり女性。

ファッションや甘味など、話題は尽きることなく移り変わっていく。

お互いにからかい合い、一際高い笑い声が響いた瞬間、部屋の戸を叩く音がした。


彼女達は黙り込み、やや強張らせた顔を見合わせる。

消灯にはまだ間があったが、少しばかり煩くしすぎただろうか。

隣の部屋からの苦情であったらと考えると、彼女達の腰も重い。

再度叩かれた扉に観念して、一番年嵩の娘が対応する。

戸口で暫らく対応していた彼女は、やがて困惑したような表情で戻ってきた。



「ユーリ、女官長様が呼んでる」

「え、私?」



てっきり煩くした事を叱られるのだと思っていた彼女達は、皆同じような顔をしてユーリを振り返る。



「やだ、ユーリ。何か失敗でもしちゃったの?」

「心当たりはないんだけど……」

「どっちにしろ、外で女官長様が待ってるから、早く行った方がいいよ」

「なんか、気をつけてね」

「馬鹿、何を気をつけるのよ」



口々に慰めや励ましをくれる少女達に、ユーリは苦笑を返す。

春めいてきたとは言え、夜になればそれなりに冷えるだろう。

上着を肩にかけ、同僚達の視線を背中に感じながら、彼女はドアを開け暗闇に身を滑り込ませる。

静かに戸を閉めて顔を上げると、下働きを纏めている女官長が廊下に佇んでいた。



「南地区、洗濯場配属の第8班、ユーリですね」

「はい、そうです」

「よろしい、私の後について来なさい」



女官長は踵を返すと、足早に歩き出す。

足音を立てないよう気をつけながら、ユーリは彼女の後に続く。

人気のない廊下は何処となく薄暗く、寒々としている。

ユーリは小さく身を震わせ、上着に顔を埋めた。


暫らく歩き続けると、僅かに廊下が広くなり、置かれている調度品は質の良い物に変わる。

どうやら、いつの間にか管理者用の棟へ来たようだ。

南地区でも最北に位置する管理棟は、普段なら滅多に足を踏み入れることはない。

王城に雇われる際に一度だけ面接で訪れたような気がするが、あの時は正直混乱していたため殆ど覚えていなかった。

廊下の両端には、下女部屋の質素な扉とは違い、重厚な木目の扉が並んでいる。

その中の一つに近づくと、女官長はユーリに待つよう声をかけて扉を叩いた。



「カーデュレン様、彼の者を連れてまいりました」



ややあって、中からくぐもった男性の声が聞こえた。

女官長はユーリを振り返って頷くと、部屋に入るように促した。



「第3魔導師団団長があなたをお待ちです、失礼のないように」

「あの、なぜその様な方が私をお呼びなのでしょうか?」

「理由は直接ご本人にお聞きなさい。私は向いの部屋に居ます、話が終わったら声をかけなさい」

「……分かりました」



服の裾を音もなく翻し、女官長は廊下を横断すると部屋の中へと引き上げてしまった。

ユーリの気の重さに比例して、吐き出された息も重く、無人の廊下に響く。

自分の背後にある扉から、異様な空気がかもし出されている様で、できることならすぐにでも下女部屋に引き返したかった。


この国には、各王族ごとにつく近衛の他に、10からなる騎士・魔導師の集団があり、特に第1から第3は王直属の部隊となる。

ユーリをここまで連れて来た女官長は、第3魔導師団の団長と言っていた。

つまり、王の部下である人物が、一枚の壁を隔てた向こうに居るということだ。


恨めしげに戸を睨みつけるが、それで中の人間が居なくなるわけでもない。

そして、いつまでも放置していて良い相手でもない。



(あぁ、もう、本当に……。心底森に帰りたいんですけど)



王都に来てから幾度となく思ったことだが、今日ほど切実に願ったことはない。

今、廊下に誰も人がいなくて幸いだった。

一人で空笑いをするユーリを見たら、誰もが一歩距離を置いたことだろう。

肩を落とし、諦めの境地で扉を叩く。



「洗濯場配属、第8班のユーリでございます」

「どうぞ、入ってください」



一旦気を落ち着かせて、彼女は姿勢を整える。

前を見据えると、扉を開く手に力を入れた。






*************






「失礼いたします」



南地区の応接間であろうその部屋は、暖炉に火がくべられほど良く暖まっていた。

それなりの広さがある室内に、ゆったりと身を預けることのできるソファーが二つある。

真ん中にはしっかりとした作りのサイドテーブルが置かれ、存在を主張していた。

それとなく室内を見渡していたユーリは、視界の端に動く影を捉える。

ソファーに座っていた人物が立ち上がると同時に、ユーリは深く腰を折った。



「ユーリ殿、どうか顔を上げてください」



かけられた言葉に、彼女は無礼にならない程度に視線を上げる。

王族直属である証の白のローブは、第3魔導師団の色なのであろう青紫で縁取られていた。

襟元には、団長を示す六芒星をモチーフに描かれた、ローブを止める金具が光っている。

艶やかな蒼銀の髪に、少し濃い飴色の瞳をした第3魔導師団長殿は、まだ年若い青年だった。


だが、魔導師の年齢を外見で判断するのは難しい。

魔術を扱う者はその魔力ゆえか、或は精霊の加護によるものかは分からないが、著しく老化が遅いのだ。

力を扱うに適した肉体を保持し、魔力の衰えと供に老いが始まる。

そのため、魔力の高い王族や魔導師は長寿が多いと聞く。

目の前の人物も、団長に登り詰めているくらいなのだから、見た目通りの年ではないだろう。



「廊下は寒かったでしょう、どうぞこちらへ」



穏やかな笑顔で手招かれ、ユーリは恐る恐る中央へと近づく。

促されて座ったソファーは、体が沈みこむほど柔らかだ。

あまりの場違いさに、下女部屋の硬いベッドが恋しくなった。



「わざわざご足労をかけ、申し訳ありませんでした。本来ならこちらから赴くべきだと思ったのですが、女官長殿に止められまして」



魔導師団長の言葉に、ユーリは心の底から彼を止めてくれた女官長に感謝した。

もしそんなことになっていたら、下女部屋では悲鳴を通り越して絶叫が響き渡っていたことだろう。

一般人である同室者の少女達が、魔導師団長の顔を知るはずもない。

それでも、魔力持ちの、しかも明らかに身分が高いと思われる人物が現れたら、間違いなくパニックになったはずだ。

さらに、その人物が自分を訪ねてきたなどと発覚したら、その後は朝まで質問攻めだろう。

簡単に予想できる状態に、それだけで疲労感が増した。



「いえ、それよりも、私のような下女に、どういったご用件でございましょう」

「まずは突然御呼び立てし、困惑させてしまいましたことをお詫びします。私は第3魔導師団長を務めております、フォルセデオ・カーデュレンと申します」



彼の身分は部屋に入る前に聞いていたし、名は女官長が扉の前で呼びかけていたため、何となく知っていた。

だが、魔導師団長の次の言葉に目を見開く。



「第1王子ラズフィス殿下の側仕えも兼任しております」



同時に、彼のような人物が自分を訪ねてきた理由を悟る。

突然の第1王子の魔力の開花に、周りの人間はひどく驚いたことだろう。

そして、何があったのかをラズフィスに尋ねたはずだ。

ユーリは特に口止めをしていたわけでもないので、彼は素直に答えたのだろう。

ただ、周りの人間が自分を短時間で探し出したことは予想外だった。


自分はラズフィスに、南地区で働いているとことと、名前以外は何も教えていない。

ユーリなどという名前は有り触れていたし、実際に同じ名前の同僚を何人か知っている。


魔力を頼りにするとしても、彼女の力はラズフィスが気付かなかったほど微弱なものだ。

熟練した魔導師ならまだしも、たくさんの人間に混じってしまえばそう簡単に見つかるものではない。


ただの下働きを探すのに、上の人間がそこまでの時間も労力も割くとは思えなかった。

あと数日すれば合同際となり、それが終わればユーリの勤めも終わる。

自分を探し出される前に、容易に森に帰る事ができるだろうと、そう考えていたのに。


己の考えの甘さに、苦虫を噛み潰した心持になる。

さらに、未だに平穏にしがみ付こうとした自分に気付き苦笑した。


ラズフィスに覚悟を強いておきながら、己のなんと臆病なことか。

だが、長い年月をかけてユーリの中に育ってしまった恐れは、そう簡単に消えることはない。

心を決めたと思ったあの時、本当は覚悟なんてできていなかった。

きっと、これからも諦めきれずに、みっともなく逃げ続けるのだ。



「よく、見つけられましたね。私は殿下に、名前しかお教えしていませんでした」

「国王陛下と王妃陛下に頼み込まれては、必死になるしかないでしょう」

「そこまでしていただくような人間ではありませんのに」

「そんなことはありません」



団長は真っ直ぐにユーリを見て、深く頭を垂れた。



「ユーリ殿、ラズフィス殿下の魔力を目覚めさせて頂いたこと、お二人に代わり感謝いたします」

「カーデュレン団長様、頭を上げてください。その様にされては困ってしまいます」

「いいえ、私からも、ぜひ礼を伝えたかったのです。最近の殿下はよくお笑いになる。今思えばあなたのおかげだったのでしょう。心よりお礼申し上げます」



大樹でのラズフィスを思い出す。

彼はユーリのする、村や街の話に興味を示し、習慣に驚き、よく笑い声を上げていた。

精霊に愛される色に相応しく、日の光のように朗らかな笑みだった。

彼の少年の苦悩が、あの僅かな時間だけでも取り払われていたのなら、これほど幸いなことはない。



「殿下はいま、どうされておいでですか?」

「今までの分を取り戻すべく、魔術の教師に術の教えを乞うておられます」

「そうですか、それはようございました」



ラズフィスなら、すぐにコツを掴み、息をするように魔術を使えるようになるだろう。

俯き小さく微笑むユーリを、いつの間にか頭を上げたカーデュレンが静かに見つめていた。








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