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王や兵達の出立から3日後、ユスティナはとある貴族の邸宅の中庭に立っていた。
いつもは無造作に背に垂らされている深緑の髪は、高い位置で一つに結い上げられ、薄汚れた白衣ではなくえんじ色のローブに身を包んでいる。
そこにいるのは研究室の室長ではなく、第5魔導師団の団長ユスティナ・カーデュレンだった。
王の精霊が兄弟石から聞き出した情報を元に、ユスティナら別働隊は国王暗殺未遂の首謀者と思わしき人物の身柄確保に動いていた。
しかし、どうやらあちらも予想はしていたらしく、屋敷に踏み込んだ時には、当人の姿かたちも見当たらなかった。
無駄足を踏んだかと思っていたのだが、捜索を続ける内に禁術を利用して封じられた隠し部屋が発見された。
だが、扉は数人の騎士がこじ開けようとしても、魔術を使ってみても傷一つつかない。
手詰まりかと思われたが、不意に思い立ったユスティナは、一度屋敷から出て外側の窓から侵入を試みた。
外側もそれなりに防御術がかけられていたようだったが、扉に施されたものよりは幾分か甘かったらしい。
彼女が魔術と手製の爆薬で幾度か衝撃を与えている内に、激しい音を立てて結界と窓が砕け散った。
なんとか窓枠に縄をかけ、そこから踏み込んだ先には異様な光景が広がっていた。
所狭しと積み上げられた様々な禁書、棚を埋め尽くす呪具、床に幾重にも描かれた魔法陣と、部屋は何らかの儀式にでも使っていたかのような有様だ。
嫌悪感を隠しもしない表情で、ユスティナが全ての押収を命じたのが一時ほど前のことだった。
あまりの数の多さに、一部はこの場で処分していくことに決めたのだが、それでも馬車2台分くらいの押収品が残っている。
「カーデュレン様、こちらはいかがいたしますか?」
邸宅の中を捜索していた騎士が、古びた書籍の束を指し示し、彼女に問いかける。
ユスティナはそれを一瞥すると、興味なさげに視線を逸らした。
「他の物と同様、あの山に放り込んでおけ」
中庭の一角には、すでに大量の古書や呪具が積み上げられ、山をなしていた。
騎士がそちらへと歩んでいく後姿を見送っていると、隣から隠しもしない溜め息が聞こえてきた。
「それにしても、よくこれだけの禁書や呪具を集められたものですなぁ」
やれやれといった風に首をふるのは、鼻の下に蓄えた髭が印象的な男で、第1騎士団団長のアルマンだ。
王の即位10周年の際、久々に王都へ出てきた孫達とはしゃぎすぎ、暫らく腰を痛めていたらしい。
本人は、今回の北の遠征について行く気でいたのだが、副官であるフォルトに止められたのだそうだ。
納得がいかないと騎士達の鍛錬場でひと暴れした後、王に呼び出しをくらい、身体を慈しむよう伝えられて、ようやく諦めがついたのだとか。
腰も本調子でないくせに、随分と元気なご老人である。
そんな視点で見られているとは思ってもいないであろうアルマンは、ご自慢の髭をひと撫でしてユスティナを振り返った。
「邸宅の捜索は粗方終えたようですが、肝心な主人の姿は見えず。屋敷で働いている者達は、主が何をしていたのかは知らぬようですぞ」
屋敷の使用人達は、駆け回る騎士や魔導師達に困惑顔だ。
更には、自室に篭っていたはずの主人の姿もなく、青い顔のまま固唾を呑んで成り行きを見守っていた。
本来なら使用人に指示を出す役割を担う執事も、主人と共に行方を暗ませていることから、その人物も何らかの事情を知っていると考えられる。
多少手間ではあるが、一旦王城へ戻ったら、両人の手配書を作成する必要があるだろう。
「さて、大方振り分けは済んだようですが、あれをいかがなさるおつもりか?」
ユスティナが城へ戻ってからの段取りをつけていると、処分を待つ禁書や呪具の山に視線を向けた、アルマンが難しい表情で声をかけてきた。
「決まっている」
彼の問いに鼻で笑いながら、ユスティナは魔力を構成しつつ小さく詠唱した。
彼女が指を鳴らして魔術を発動すると、積み上げられていた処分品の山が赤々と燃え上がった。
近くで作業していた者達が、驚いて距離をおくようすを見つめながら、アルマンは楽しげに笑い出す。
「さすがはカーデュレン殿。なかなか豪快な処分の仕方ですな」
「お誉めにあずかり光栄だ」
ユスティナはアルマンの言葉に、特に感慨を示す風もなく肩をすくめる。
燃えているものの中に木材でもあったのか、パチパチと音を立てて火花が爆ぜた。
「しかし、宜しかったのですかな?」
黙ってゆらゆらと揺れる炎を見つめていたユスティナだったが、唐突に問われ訝しげに眉を寄せた。
「あれほどの品、研究畑の貴殿らにとっては、貴重なモノだったのではありませんか?」
「アルマン殿、見くびってもらっては困る」
眉を寄せたまま、彼女は声を低め、僅かに不快を滲ませる。
「我々は、確かに魔術に対して貪欲だ。それこそ、奇人変人と言われるくらいには」
室長を初め、研究室の者達が常識外れであることは、自他共に認める事実である。
作った魔法薬の効果を知るために、躊躇なくお互いに飲ませたり、毒消しの効能を確認するためにわざと毒を飲んだりすることもあるほどだ。
他の人間からすれば、頭がおかしいと思われても仕方がない。
それもこれも、魔術や魔法薬の全てを知りたいという強い欲求のなせる業だ。
「だが、禁術に手を出すような愚かなまねはしない」
変人と言われようとも、彼らは人の道を外れるような事は決してしない。
己の研究に誇りを持ち、魔術そのものを愛しているからだ。
誰一人として、世界の理を曲げ、魔術の根底を覆すような禁術には見向きもしないだろう。
「これは、失礼な事を申しましたな」
「分かっていただければ宜しいのです」
アルマンは面白そうに片眉を跳ね上げた後、小さく頭を下げた。
その直後、間延びした女の声がユスティナを呼んだ。
「しつちょーう」
「何だ」
声の主は茶色の髪の女性で、ユスティナと同じ赤のローブに身を包んでいる。
ただ、肩まで伸びた髪は所々鳥の巣のように絡まりあい、櫛を入れていないのが見てとれた。
ローブもよれよれとしており、全く身だしなみに頓着していないことが伺える彼女は、研究室のメンバーの一人だ。
というか、ユスティナの部下である研究員達は、ほぼ第5魔導師団の人員だった。
そのため、当然この邸宅の捜索に参加しており、あちらこちらに見慣れた顔が見える。
周りの騎士や他の魔導師団員が変人と名高い彼らを、どこか遠巻きに観察している様は少し滑稽だ。
そんな周囲の視線など気にもせず、女性団員は瓶底のように分厚いレンズの眼鏡を押し上げ、上司であるユスティナに小首を傾げつつ質問を投げた。
「禁書とか、呪具を燃やした炎って、体に毒ですかぁ?」
「そんなわけあるか。ただの焚き火だ」
異質なモノを燃やす炎を焚き火と称する第5魔導師団長に、近くにいた騎士がぎょっとしたように目を瞠った。
普通なら呪いを恐れて、ああいった品を処分する人間はそうそういない。
だからこそ、これ程までに古い道具や書物が残されているのだ。
それをやってのけた挙げ句、全く意に介していないユスティナは、さすが変人奇人達をまとめ上げる人物と言ったところか。
「あ、じゃあ」
彼女の答えに、どことなく嬉しそうな表情をした女性は、ごそごそと懐を探り始める。
じゃーん、と口で間抜けな効果音をつけながら、彼女が両腕を突き出した。
その背後で、他の団員達も次々に同じモノを取り出していく。
ある者などはどこに隠していたのか、両腕に余る程の量を持ってきていたようだ。
代表として声を上げた女性はこくりと首を傾げ、にこにこと笑みを浮かべる。
「タロム、焼いても良いですかー?」
タロムとは一般家庭でも安価で手に入れることのできる野菜の一つで、ある地方では主食にもなっているらしい。
薄灰色の皮に覆われた実は丸々と太り、大変食べ応えがありそうだ。
そう言えばタロムは彼女の好物の一つだったな、と思い出しながらユスティナは口角を上げる。
「好きにしろ」
「わーい、やったー!」
団長であるユスティナから許可を得た女性は、うきうきとした様子で燃え上がる処分品の山に走りよる。
わいわいと騒ぎながら、他の団員達もタロムを厚紙で包み込み、次々に火の中へ放り込んでいく。
その異様な光景に、周りの騎士達は一歩引いたまま顔を引き攣らせていた。
アルマンはさすがに表情を変えることはなかったが、ほんの少し目を丸めた後、隣に立つユスティナへと疑問を投げかけてきた。
「あれは一体何なのですかな?」
「耄碌されたか? アルマン殿。どう見ても、まごうことなきタロムだろう」
「これは手厳しい」
涼しい顔で答えたユスティナに苦笑をもらし、アルマンは再び炎の周りに集まる者達に視線を向ける。
「第5魔導師団の団員達は、何故あのようなものを?」
タロムは保存がきき、熱や湿気にも強いため、戦場や遠征に持ち込まれることもある。
しかしながら、今回の調査は国内のであり、容易に魔術での往復ができる場所だ。
つまり、これといって保存食を持ち歩く必要はない。
不可解そうに眉間に皺を寄せたアルマンに、ユスティナはくつりと笑みをもらす。
「なに、最近あれらは美味い野菜や果物にご執心でな」
本来の研究の片手間に、どうしたら野菜の旨みを引き出せるかの実験に余念がない。
試せる機会がどこに転がっているかも分からないので、ああして持ち歩いている者も少なくないのだ。
単に、美味いものを食いたいという欲求が、なきにしもあらずではあるが。
「今、研究室の客分に、野菜を作るのが趣味の者がいるのだが、これが中々上物でな。あのタロムも、蒸かしても良いが、焼くとほくほくして、更に甘味が増す」
「ほう、それは良いことを聞きましたなぁ」
見かけによらず、実は甘いものが好きなアルマンは興味深げに頷いた。
そんな彼の前に、焼きたてのタロムが突き出された。
「アルマン団長様もどうぞ」
「おぉ、これはなかなか……」
焼きタロムを口にしたアルマンは、素直に口を綻ばせた。
その様子を見て、彼にタロムを差し出した団員も、きししと不思議な笑い声を立てる。
家宅捜査の最中とは思えない和やかな光景に、ユスティナは思わず笑みを浮かべた。
一つ息を吐き、彼女は顔を上げ、遠くへ視線を向ける。
ここから見えるはずもないが、このまま真っ直ぐに進み、幾つか山や川を越えれば北の大地に辿り着く。
王が都を発って3日、順調に進んでいるならば、セルゼオン邸を出立し、今頃は魔女の森へと足を踏み入れているはずだ。
王の出立の直前、ようやく彼の精霊がユーリが身に着けていた兄弟石から全てを聞き出すことに成功した。
そこから聞いた話によると、ある人物がユーリに何やら魔術を施したのだという。
恐らくは精神の操作か、傀儡の術か何かであったのだろう。
そして、ユーリはラズフィスを襲った後、部屋から忽然と姿を消したわけだが、術が解かれていなければ彼女は術者の元にいる可能性が高い。
精霊の口から術者の名を聞いた彼は、一瞬黙り込み、そしてユスティナにこの捜索を命じた。
自ら赴かなくて良いのかと尋ねると、ラズフィスは苦笑を浮かべたまま首を横に振った。
真相を確かめたい気持ちも、ユーリを助けに行きたい気持ちもあったろう。
だが、彼は魔女の森へ行くことを選んだ。
暗殺未遂の首謀者を捕まえることは誰にでもできるが、常闇の魔力に対抗できる可能性を持つのは己だけだと分かっていたからだ。
彼は自分個人の想いよりも、王としての責任を優先させたのだ。
「幼き日に、私はユーリの前で誓ったのだ。王になると、自分の選んだ道を迷わず進んでみせると。約束を破っては呆れられてしまうだろう」
そう言って、彼は全てをユスティナにたくし、転移魔方陣の中へと消えていった。
結局は一歩遅く、術者である邸宅の主も、ユーリも、見つけることはできなかったのだが。
思いにふけっていたユスティナを、突然の騒ぎが引き戻す。
「最後の1個、いただき!」
「ちょっと、それは、私がユーリちゃんからもらったんです! 返せぇ!」
「あの子が薬草探しから戻ってきたら、またもらえるって。けちけちすんなよ」
「くそー! ユーリちゃんに言いつけてやるぅ」
どうやら残り一つのタロムを巡って、団員同士が軽い魔術戦を始めたようだ。
殆ど攻撃性のない水の掛け合いや、風のぶつけ合いだが、周りも面白がって囃し立てているようだった。
(ユーリ、早く戻って来い。あいつらも、私も、陛下も、お前を待っている)
小さく息を吐き、ユスティナは北へと視線を向ける。
信じてもいない神に、柄でもなく願ってしまいそうだった。
晴れ渡った空に、大きな歓声が響き渡る。
彼女が呆れて鉄槌を下すまで、数名の騎士も加わった乱闘は暫らくの間続いていた。




