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常闇の魔女  作者: 空色
第3章 忍び寄る影
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ひとまず戦闘の勝利による興奮が冷めた頃、魔導師や研究者は祭壇の周りに集まり、詳しい調査を始めた。

洞窟の最奥の壁にある割れ目の前に立てられたそれは、祭壇と言うより祠に近い。

泉の底、表に出ている隠れ蓑の方が、よほど豪勢な作りだ。

それを真剣に検分していたカーデュレンは、一つ息を付いて顔を上げた。



「どうやら、この祭壇に彫られた構成図は、特殊な加工を施されているのか、劣化はしていないようですね」

「では、なぜ水源が枯れたのだ」



隠れ蓑の方を調査していたせいではあるが、当初の推測では水源の枯渇は、構成図が彫られた石碑が劣化したために起きた現象だと考えられていたのだ。

それが無事だと言うのなら、一体何の原因があってこの泉は消えてしまったのか。

隣で調査を見守っていたフォルトが、難しい顔のままカーデュレンに尋ねる。



「問題は構成図というより、流れる魔力が原因のようです」



カーデュレンが言うには、外から意図的に刺激を受けたか、もしくは、ごく稀な事ではあるが、この地域一体に流れる魔力の質が変わったのか。

祭壇を作った当初に設定した魔力とは別のものが混じり、術の発動を抑制してしまっているようだ。



「それは、元に戻すことは可能なのか」

「古の魔術をかけ直すよりは、遥かに簡単でございます」



ラズフィスの問いに、カーデュレンは笑みを返す。

安堵の息を漏らし、ラズフィスはその場の魔術師達に作業を命じる。

彼らは一礼して王の命に答えると、早速魔力の流れを正常に戻す作業に取り掛かった。








*************








あれから暫らく経ち、魔導師達は祭壇に流れる魔力の最終調整に入った。

彼らが真剣に作業を続ける間、他の面々は思い思いに過ごしている。

特に研究者達は、再び泉の底に沈んでしまう貴重な研究対象の記録を少しでも多く残そうと必死なようだ。

そんな中、ユーリは一団から離れた場所で、一人壁にもたれ作業を眺めていた。

その手には虹色の鉱石が密やかに輝いている。

ぼんやりとしていたユーリだったが、近付いてくる足音に顔を上げた。



「ユーリ」

「お疲れ様でした」



今回の功労者の一人であるラズフィスに、労いの言葉をかける。

彼は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべ、ユーリの隣に立ち壁に身を預けた。

そんなラズフィスを視界の端に入れたまま、ユーリは作業を見守る。

魔力の流れを整えるだけの作業なので、当初に考えていたよりはかける労力も少なく、短時間ですむはずだ。

視線はそのままで、ユーリは肩を竦め、ぽつりと呟いた。



「それにしても、あなた、本当に規格外ですね。ゴーレムを一撃で倒すなんて、聞いたことないですよ」

「惚れ直したか?」

「残念ですが、元々惚れてないので無理です」



呆れたように息を吐き出したユーリだったが、ついで穏やかな笑みを浮かべた。



「でも、そうですね。惚れ直しはしませんけど、見直しはしましたかね」

「そうか」



隣から聞こえてきた、存外静かな相槌に、ユーリは笑みを深くする。



「魔力が使えるようになった後も、武術の鍛錬、続けていたんですね」

「ああ、魔力だけに頼って、何かあった場合に対処できないのでは困るからな。王太子時代は軍に所属したりもしたが、老君共に相当こき使われたぞ」



あいつらは遠慮を知らないからと呟き、疲れたような溜め息を吐く気配に、ユーリは小さく笑い声を漏らした。

たが、ひとしきり笑った後、己の手にある石に目を落として黙り込む。

急に静かになった彼女を訝しみ、ラズフィスは首を傾げた。



「どうかしたのか」

「いえ……」



そう言って、再び口を閉じたユーリの視線を追い、ラズフィスは目を瞬かせる。

彼女が手にしている鉱石には、覚えがあった。

まぁ、先程自分が砕いたものなので、当たり前と言えば当たり前だが。



「それは、ゴーレムの核か」



ラズフィスの問に、ユーリは頷いて返した。



「ええ、これって、結構高価で貴重な素材なんです。当たり前ですけど、市場じゃ滅多に手に入りませんからね」

「それなのに、残してしまっていいのか」



彼女の言葉に、ラズフィスは洞窟の中央に視線を向ける。

ゴーレムの成れの果てである土山の上には、拳大の鉱石が今も鎮座していた。

薬の原料に目がないユーリにしては、珍しいことだった。

なにせ、彼女は普段原料に使わない部分さえ、後々役に立つかもしれないからと残しておくような人間なのだ。



「彼が存在した証ですし、全部持っていってしまうほど、空気の読めない人間じゃありませんよ」



ラズフィスの問いに肩を竦め、ユーリは首を振る。

そのまま足元に視線を落とすと、囁くような声で呟いた。



「少し、考えていたんです」



ラズフィスは俯く彼女に、無言で先を促す。

黙って話を聞いてくれる様子に苦笑して、ユーリはぽつりぽつりと言葉を続けた。



「彼らゴーレムは、心のない人形と言われています。ただ、与えられた任務をこなす事が存在意義であると」



主人の命令をこなすためだけに創られた、胎児のように素直で人に満たない未熟な人形。

そもそも、ゴーレムとはその様な意味を持つ言葉だ。



「でも、心を持たないおかげで、彼は自分の祖国が疾うの昔に滅んだ事も、孤独や虚しさ、哀しみと言う感情も知らず、己の使命を全うして壊れることができた」



自分が生み出された理由を考えることもなく、独り残されてまで動き続けなければならない苦しみを疑問に思うことなどない。

そんな無駄なものは、人形には必要ないからだ。



「そうした彼の生涯は、果たして幸せなことだったのだろうかって」



悲しいと思うと同時に、少し羨ましくもある。

だって、何も考えずとも良いなら、今でも時々くすぶる胸の痛みに苛まれずにすむのだ。

自分にとって、それはとても魅力的な誘惑だった。

そのまま深く考え込んでいたユーリは、隣で身じろぐ気配に我に返る。

隣に視線を向けると、ラズフィスは顎に手を当て暫し考えているようだった。



「それは、タハルトの言葉に似ているな」

「タハルト……、ですか?」



古の思想家の名に、ユーリは首を傾げる。

ラズフィスは頷き、唱うように淀みなく言葉を紡ぐ。





《あるものが私に言った。

 悲しみも、苦しみもない一生こそ、幸福に違いないと。

 しかし、あるものはこう言った。

 何も感じぬ人生の、どこが幸せだと言うのか。

 苦しみを乗り越えて得た喜びこそ、真の幸福であると。

 私は未だに、そのどちらが幸福であるのか、答えを出せずにいる》





「はるか昔から、人が繰り返してきた問いだ。今、ここで、私達が少し考えたところで、答えなど出るものではないだろう」



いつの間にかこちらを見下ろしていた翠の瞳を、ユーリはじっと見つめ返す。

暫しの静寂の後、彼女は土山に視線を向けた。



「そう……ですね」



そうして、思いを馳せるように目を細めた。



「それでも、問わずにはいられないのが、人という生き物なんでしょう」



ユーリが苦笑交じりに目を伏せた時、祭壇の方で歓声が上がる。

どうやら、無事に魔力の流れを元に戻すことができたようだ。

時期に、この洞窟も再び水の底に沈むだろう。

古の祭壇と、それを護り続けたゴーレムの核と供に。


手の中にある虹色の核に指を這わせ、ユーリは静かに目を閉じた。

もし、ゴーレムに心があったなら、彼は既に失われた月日に想いを馳せ、祖国の夢を見るのだろうか。

それは、誰にも分からぬ事だ。

だが、そうであれば良いと、ユーリは思わずにはいられなかった。








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