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祭壇を護るのがゴーレムとあっては、下手に手を出すのは危険だ。
ひとまず地上に戻って作戦を練ることになり、ユーリ達は階段を引き返した。
地上で待っていた面々は、もたらされた情報に一様に難しい顔をする。
この水源を維持していたのが、古代アシュヴィアの魔術であると言うなら、あのゴーレムも当然彼の国のモノだろう。
古代アシュヴィアのゴーレムと言えば、まず思い出されるのが当時最強と謳われた、魔導師が造り出したゴーレム兵団だ。
その体は鋼よりも固く、あらゆる武器を跳ね返し、魔術に対しても一定以上の防御力を誇ったという。
更に再生力も高く、少しの傷であれば瞬く間に消え、何事もなかったように攻撃を再開したのだそうだ。
そんな化け物を、果たして退ける事ができるのだろうか。
「唯一、ゴーレムを止める方法があるとすれば、核を破壊することです」
それまで説明を続けていた研究者が血の気の失せた顔で口を閉じると、辺りは静寂に包まれた。
各々が顔を見合わせる中、眉間に皺を寄せたフォルトが疑問を口にする。
「核とは、一体どのようなものなのだ?」
「あんたは、さっき目にしてると思うけど」
「先程とは、地下でのことか」
「あのデカブツ、こっちを向いてたから、見えた筈だよ」
ユーリの言葉に、フォルトは考え込むように腕を組む。
「見えたと言うことは、核とは表面に現れているモノなのか」
「あいつの場合はね。そうだな、ちょうどこの辺りだったんじゃない」
ユーリはそう言いながら、己の胸付近を指し示す。
その仕草に、フォルトは目を見開いた。
「では、あの虹色に光っていた鉱物が!」
「そう、アイツの核ってわけ」
頷いて見せてから、ユーリは両手を広げて肩を竦めた。
だが、核の場所が分かったところで、根本的な解決にはつながらない。
ゴーレムの種類は数あれど、あれは最も破壊するのに難儀するものなのだ。
あのゴーレムが、土塊の身体で額に《真理》の文字を掲げた、良くあるタイプであったなら、話はもっと簡単だっただろう。
定説どおり額の文字を消し、壊してしまえば良い。
簡単には壊せないからこそ、かつて多くの国が古代アシュヴィアのゴーレム兵と争うことを忌避した。
「核を壊すには、直接そこに魔力を流し込むようにして、魔術を使う以外に方法がありません」
「つまり、ゴーレムに限りなく近付いた上で、それなりの攻撃を与えなければならないと言うことですね」
「その通りでございます」
その場に落ちる重い空気に、誰もが口を閉じて黙り込む。
「なぁ、もうこの泉は諦めた方が良いんじゃないか?」
「馬鹿、何を言っているんだ、口を慎め!」
端の方でそわそわと会議を見守っていた新米従者が、小さく言葉を漏らして近くに居た先輩従者に窘められている。
「だって、どう考えたって危険の方が多いじゃないですか」
「だが、ここを諦めれば、この森は廃れる」
「でも、ゴーレムって力は強いし、防御は硬いし、簡単に倒せるものじゃないんですよね?」
「それは、そうだが……」
本人達は小声で話しているのだろうが、しんとした森の中ではその声が良く通る。
いつの間にか注目されていることに気付いた彼らは、慌てて口を閉じて直立した。
だが、誰もがそれ以上新人従者を咎める事はしない。
彼が口にしたことは、その場に居る者達が少なからず考えたことだったからだ。
危険を冒してまで、この水源を復活させる価値があるのかと。
ここを水源としていた村には、別の場所を提供すれば良い。
治安に関しては、王都から暫らく兵を派遣すれば何とかなるだろう。
だがそれは同時に、この泉の周りの命を見捨て、引いては森の生態系が変わるのを見て見ぬふりをすると言うことだ。
静まり返った中で、黙って成り行きを見守っていた王が溜め息をついた。
「ならば、余が行こう」
「な! お止め下さい、自らお出になるなど、御身が危のうございます」
ラズフィスの言葉に、いち早く反応したのは側で控えていたフォルトだった。
自分達騎士がいるというのに、王自ら危険の矢面に立たせるわけにはいかない。
フォルトに同調して声を上げる騎士達を見ながら、ラズフィスは小さく首を振る。
「だが、良く考えてみよ。魔導師ではゴーレムに近づくことが難しく、そなたら騎士では魔力が足りぬ。ならば、余が行くのが効率が良い」
「ですが……」
「まぁ、お待ち下さい、フォルト殿」
尚も言い募ろうとしたフォルトの肩を叩き、彼を止めたのは王の副官でもあるカーデュレンだった。
「陛下のおっしゃられることも、最もです。ここはお任せする他ないでしょう」
「カーデュレン殿!」
「陛下が問題なくゴーレムに接近できるよう、全力でお助けする。それが我々側近の勤めはありませんか?」
にこやかに返されて、フォルトは口を噤む。
暫し自分の中で逡巡し、やがて諦めたように息を吐いた。
「……分かりました」
「では、決まったな」
フォルトの答えを聞き、ラズフィスは己の精霊に呼びかける。
「リリアージュ」
『はい』
「一時、お前の力を解放する。好きにせよ」
『リリア、頑張ります!』
王を中心に、ゴーレムを倒すために準備を始める面々を遠巻きに眺め、ユーリは目を細めた。
「心配ですか?」
「カーデュレン殿」
側に立った彼を一瞥し、ユーリは再び視線を戻す。
「他でもない、あなたが推したんです。心配など無用なんでしょう」
「ええ、そうですね」
元々、フェヴィリウスの王族は強大な魔力を持つものが多い。
魔力の強い者同士で婚姻を繰り返してきたのだから、自然とそうなったのだろう。
王族の魔力は、魔導師団に所属する魔術師に、勝るとも劣らない。
その王族の中で、最も魔力の強いものが、王となる。
つまり、フェヴィリウスの王とは、国内で最強の魔導師の内の一人なのだ。
国王の存在が、脅威に対する矛であり盾である。
「ゴーレムに近づくことさえできれば、陛下は簡単に撃破して下さると確信していますから」
微笑むカーデュレンに、ユーリは片頬を引き攣らせる。
薄々感じていたことだが、この第1魔導師団長殿は柔和な顔をして食わせ者だ。
笑みを深くした彼は、魔導師を引き連れて地下への入り口へと消えた。
その後ろ姿を見送って、ユーリは頭を振る。
(本当に、とんでもない国ですね、フェヴィリウスという国は)
次々と地下へ踏み入れる騎士の後に続き、ユーリは再び階段へと足を向けた。




