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常闇の魔女  作者: 空色
第3章 忍び寄る影
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「駄目だ、許可できない」

「何でですか、納得できません」



客室内は数刻前の和やかな雰囲気とは一転し、冷たい空気に晒されていた。

その中心となっているのは、腕を組み顔を顰めているラズフィスと、それを睨みつけるユーリ。

リリアージュはその二人をおろおろとしながら見上げ、カーデュレンはとばっちりを避けるために傍観に徹している。

暫らくして重たい息を吐き出したラズフィスは、目を瞑り首を振った。



「何度も言っただろう。何が起きるか分からないのに、一般人を巻き込むわけにはいかない」

「不足の事態があった場合、使える知識の多い方が良いに決まってるじゃないですか」



確かに、彼の地にかかる魔術があれだけとは限らない。

何かあったときに頼れるものが多いに越したことはないのだ。

だが、あの水源があるのは西部、つまり魔女の呪いの被害者が最も多い土地だった。

魔女の末裔であるユーリを連れて行けるはずがない。


今まで病のことを知らなかった彼女に、わざわざ不安を与えるのも気が引けるが、このままではどこまで行っても平行線だ。

そのため、ユーリには西部で患者が多く見受けられること、感染性があることも否定できないことを話した。

だが、病を恐れて諦めるだろうと思っていた彼女は、首を傾げて不思議そうな顔で言った。



「知ってますよ、私も少し図書館で調べましたから。それがどうかしましたか?」

(どうかしましたか、ではないだろう)



頭痛を覚えて、ラズフィスは思わず頭を抱えたくなった。

知らずについて来るつもりであったならまだしも、理解した上で来るというなら性質がわるい。

諦めさせるにはそれなりの労力が必要ということだ。

遠い目をするラズフィスに、ユーリは真剣な表情で静かに声をかける。



「罹患するかも分からない病より、森が荒れてしまう方が害が大きいと、あなたなら分かるはずです」

「……」



ユーリの言葉に、ラズフィスは押し黙った。

森の環境が変わるということは、即ちそこに住む動植物に影響を及ぼすことになる。

さらには、そこに住めなくなった獣が近隣の村を襲わないとも限らない。

王であるならば、多くの被害を食い止めるために動くべきなのだ。


だが、母を魔女の呪いで亡くしたラズフィスにとって、あの病は鬼門だった。

そして、一度ユーリを失ったと思った自分が、心の底で恐れていることも知っている。

魔女の呪いのせいで、今度こそ彼女を永遠に失うかもしれないと思うと背筋が冷えた。



「陛下」



静まり返った室内に、ユーリの声が響く。

きつく拳を握った後、ラズフィスは溜め息と供に力を抜いた。



「少しでも体調が悪くなるようなら、嫌がっても王都に強制送還させるぞ」

「かしこまりました、陛下」



ラズフィスに頭を垂れたユーリに、今まで黙ってうずうずとしていたリリアージュが飛びつく。



「ユーリ様も西に行くんですか? リリア達と一緒! 嬉しいです」

「ええ、よろしくお願いしますね」



幼く、ましてや病とは無縁の精霊である彼女は、さすがにラズフィスの苦悩は伝わっていないようだった。

あまりの喜びに、ふわふわと宙を浮くリリアージュの頭を撫で、ユーリは笑みを浮かべる。

複雑な表情でユーリ達を見ていたラズフィスに視線を移し、小さく小首を傾げて見せた。



「それに、あの森、貴重な薬草がたくさんあるんですよね。ついでに収集させて下さい」

「……何だ、それは」



ユーリの漏らした本音に、ラズフィスはがっくりとソファーに身を預けた。

自分はあれほど真剣に悩んだのに、彼女のこの軽さは何なんだ。

哀れむカーデュレンの視線に苛立ったのと、どっと押し寄せた疲労感に片手で目元を覆う。



「どんな薬ができるか、今から楽しみです」

(お前だって、十分変態的な研究者じゃないか)



聞こえてきたユーリの弾む声に、ラズフィスは心の中で大きく息を吐いた。








*************








今回は正式な視察ではなく、ラズフィスは大々的なものにする気はないようだった。

王都に残る宰相に不在時の仕事を引き継ぎ、夜が明ける前に王城を発った。

西部に赴くのは、先日帰還した調査団に、王の身辺のものを加えたごく一部の人間だ。

ただ、調査団は優秀な騎士、魔導師で構成されていたこともあり、そのまま王の護衛としての役割も果たすことができる。


その中に、一人だけ異質な存在が混じっていた。

騎士でもなく、魔導師でもないその人物は、銀色に光る不気味な面を着けている。

王の知り合いであるらしい仮面の人物は薬師でもあり、変わった魔術に精通しているのだそうだ。

王妹殿下誘拐事件に関わった騎士数名はその人物を知っているが、初めて目にする人間にとっては不気味な存在であることに間違いはない。

食事等の休憩の際、王がわざわざ仮面の薬師の元へ話しかけに来るのを、遠巻きに眺めていた。


日が落ち始めこれ以上進むのは危険と判断し、昨日に引き続き本日も森での野営となった。

食事を取った後、体を休めるために各々が準備をしている中、一人の騎士が薬師の隣にたった。

軽く頭を下げる騎士に対し、薬師は彼を一瞥すると興味を失ったように、ふいと視線を逸らす。

少し戸惑った様子の騎士、フォルトを視界の端に捉え、ユーリは肩を竦める。



「僕に何か用?」

「いえ、……いや、本当にがらりと雰囲気が変わるのだな」

「そりゃあ、長いことこの姿で商売してきてるんだから、板について当然なんじゃない」



そっけないユーリの態度に、フォルトは内心で舌を巻く。

本来の彼女とは、出立の数日前に客室で改めて顔合わせをしていた。

フォルトにとっては、仮面の薬師としての印象が強かったのだが、王と供に自分を迎えた人物は普通の女性だった。


特別綺麗な顔をしているわけではなく、見られない顔という訳でもない。

どちらかといえば可愛らしい部類に入るだろうが、市井に混じってしまえば目立たないだろう普通の娘だ。

仮面の薬師が男だと思っていたフォルトは驚いたが、それ以上にその雰囲気に驚愕した。

ピリピリとした気配はなりを潜め、どちらかといえば温かな空気が室内を満たしている。

無礼な人間だと思っていた薬師が、深々と頭を下げて「よろしくお願いしますね」と微笑んだ時には、さすがに目を丸めた。


さらに、彼女が西への視察に供に赴くと聞き、思わず王を凝視する。

一般人の、しかも女性が遠征について行くなど、正気の沙汰とは思えない。

そんなフォルトに、王は肩を竦めて苦笑した。

もう何度も考え直すように言ったが駄目だった、諦めろ、と。


しかし、フォルトとしても、そう簡単に頷く訳にはいかない。

騎士である彼らにとって、女子供や弱きものは護るべき対象だと、幼い頃から叩き込まれているのだ。

いわゆる騎士道というものだが、それは今のフォルトの行動指針だった。


渋る彼に、ユーリは暫く首を傾げて考えていたが、やがて手を叩いて頷いた。

ならば、女と思えなければどうかと提案してきたのだ。

訝しげに眉をしかめるフォルトに、彼女が提案したのは、ユーリとしてではなく、ルースとして視察に参加するというものだった。


確かに、初めて薬師を見た時、自分は男であると思っていた。

ゆったりとしたローブということもあったが、少し線の細い少年だとしか考えていなかった。

声色も今話しているユーリの時よりもぐっと低く、何より雰囲気が女性の持つ柔らかなものとは程遠かったのだ。


だからこそ、ルースの正体を知った時は、顔には出さなかったが随分と驚愕したのだ。

先ほどの事を思い出していたフォルトに、ユーリは如何ですか、と問うてきた。

確かに男と間違えはしたが、今は『彼』が『彼女』であることを知っているのだ。

そう簡単に納得できるものではない。


尚も渋るフォルトに、ユーリは意外と強情なんですね、と苦笑した。

そして、何でもないことのように言ったのだ。

これでも私、一人でトゥリジール山を越えたことあるんですけどね、と。

トゥリジール山と言えば、高く険しい山として有名で、大の男でも山越えには苦労するのだ。

それを女一人で越えるなど無謀というものだ。


ユーリの言葉に逸早く反応したのは王で、あまり無茶はするなとユーリを窘めていた。

必要に迫られてですよ、仕方がないじゃないですか、と不満げに声を上げた彼女はフォルトに向き直り笑みを浮かべた。

そういうことだから、王都を出たことのない新米従者よりは動ける自信があるとユーリは事も無げに言う。


今回の遠征は戦もなく、演習にはもってこいだと考え、何人かの新入り従者を連れて行くことなっていた。

そのため、そこを突かれてしまうと、少し痛いのだ。

ユーリは微笑みながらフォルトを見つめいる。

暫く無言の応酬が続き、やがてフォルトは大きな溜め息をついた。

彼が敗北を認めた瞬間だった。


そうしてユーリはこの視察に参加することになったのだが、宣言した通り彼女は完璧に仮面の薬師となっていた。

両方と会ったことのある自分ですら、本当は別人なのではないかと疑う程、雰囲気が変わっている。

さらに、彼女はもう一つの言葉も実行してみせた。


それなりに厳しい道のりの中、へばり始める新米従者のなかで、涼しい顔をして一団について来ている。

周りに誰も居ない時に、なぜそんなに体力があるのかと彼女に質問したこともあった。

彼女はユーリの顔で微笑むと、薬草の収集って意外に体を使うんですよと悪戯っぽく笑った。









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