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常闇の魔女  作者: 空色
第3章 忍び寄る影
25/80

3


あれからすぐに執務室へと戻ったラズフィスは、カーデュレンと額をつき合わせて書類を眺めていた。

何枚か重ねられたそれは、今までに報告された魔女の呪いの患者リストと調査書だ。

名前、性別から、出身地、果ては死亡した状況まで、客観的ではあるが事細かに書かれている。


その中で、ラズフィス達が注目しているのは、病を発症した場所だった。

広域地図で示した印は、西を中心に王都を越え、東まで広がっている。

だが、逆に山脈に囲まれた南部や、大河を渡った先の北部には殆ど見当たらない。


南はともかく、北部は魔女の末裔が産まれる確立の高い地域だ。

当然その地に住む末裔も多いのだが、発症率は末裔の少ない南と同程度しかない。

険しい顔のまま、ラズフィスは椅子の背もたれに体を預けた。



「こうしてみると、一目瞭然だな」

「えぇ、確かに」



原因不明の病に怯える民に、新たに発覚した情報は速やかに伝え、衛生面の整備を行った。

医師や薬師、研究者からなる調査団もつくり、原因や予防方法について調べさせたりもした。

だが、一向に病の全貌はつかめず、患者は数自体は多くはないものの着実に増えていく。



「特定の場所で病が発症すると言うことは、やはり伝染性があるということでしょうか」

「どうだろうな、同じ家に住んでいて、発症しないことを考えると疑問だが」



一度、病は人から人へと感染するものかもしれないとの仮説が立てられたことがある。

しかし、同居人に患者が出ていないことから、その仮説は否定された。

元々患者数が多いわけでもなく、その中で魔女の末裔が集まっていた世帯というのも少ない。

検証するのに十分な件数とはいえないが、前例のないことでは首を傾げざるをえない。



「あるいは、気候や土着の習慣が関係するのかもな」



感染性が分からず、それでも一定の地区で患者が多いとなれば、今考え付くのはそれ位しかなかった。

ラズフィスは溜め息を付き、軽く己の眉間を揉む。

随分と話し込んでいたようで、いつの間にか辺りは薄暗くなっていた。

部屋の灯りをともしていくカーデュレンを眺めながら、ラズフィスは顎に手を当てて目を細めた。



「とにかく、一度西に視察に行く必要があるか」



最後に燭台を持って戻ってきたカーデュレンは、それを執務机の上に置く。

一瞬揺らめいた炎に影が踊り、すぐに机の上を照らしだした。



「でしたら、フォルトの報告をお聞きになってからが宜しいでしょう」

「そうだな、ついでにあちらの様子も見てくるか」



先日、急に自領のクルド村にある水源が枯渇したと、ある領主から調査の要請があった。

湧き出る水量が豊富であることで有名な場所が、唐突に干上がったとなれば異変が疑われる。

何か大きな災いの前触れとなることもあるのだ。

ラズフィスは調査団を村へ派遣しており、先ほど調査を終え一度王都へ戻ると先触れがあった。

フォルトが報告書を持って戻ってくれば、そちらの対策も立てねばならないだろう。

次々と舞い込む問題に辟易としていたラズフィスだったが、ふと思い出してカーデュレンに視線を向けた。



「クルド村と言えば、レストリア領に近い。久方ぶりに伯父上にご挨拶にでも伺うか」



父方の伯父に当たるレストリア公爵は、近年魔力や体力の衰えが出てきたのか、体調を崩して寝室に篭ることが多くなったと聞く。

自分自身もそうだが、姉妹、弟達も心配していたのだ。

西の端に位置するレストリア領は遠く、このような機会でもなければ直接見舞うことも難しい。

ついでのようで申し訳ないが、ラズフィスは伯父を訪問することに決め、先触れの手紙をしたためることにした。



「では、見舞いの品も用意させましょう」

「頼む」



カーデュレンは様々な土地で、王の副官として交渉に当たっている。

彼に任せておけば、手土産の品はまず間違いはない。

ラズフィスは早速書に取り掛かるため、執務机に向き直った。








*************









西への視察準備を整えながらフォルトの帰還を待つ間、王城はいつもと変わらぬ日々が過ぎていた。

毎日の恒例になりつつある、午後の王の訪問に対応していたユーリは、その日、珍しい来客に目を丸めた。

自分が執務室へ訪れることがあっても、彼が客室を訪ねることは滅多にない。

取りあえず中に入るよう促すと、カーデュレンは一礼し客室へと入ってきた。

席を勧めるユーリに断りを入れ、彼は苦笑して詫びた。



「申し訳ありません、ユーリ殿。執務室に陛下がいらっしゃらなかったので、こちらに御出でだろうとふんでお邪魔させていただきました」

「いえ、それは構いませんけど。あなた、また抜け出してきたんですか」



ラズフィスに呆れた視線を向けながら、ユーリは溜め息をつく。

それに肩を竦めて見せてから、ラズフィスは真剣な表情となるとカーデュレンに視線を向ける。



「わざわざここまで捜しに来るからには、急ぎの用件なのだろう。……西か?」

「はい、耳にお入れしても?」



ラズフィスが頷くと、カーデュレンはユーリに頭を下げてから、王の側に寄って耳打ちする。

ユーリは彼らから視線を外し、茶を飲みつつ己の膝に陣取るリリアージュの頭を撫でた。

暫らく難しい顔をしてカーデュレンの報告を聞いていたラズフィスだったが、やがて目を細め小さく唸った。

視線を上げ、向かいで寛ぐユーリを見る。

彼女を巻き込むのは気が引けたが、確かにカーデュレンの言うことも一理あった。

問題は急を要するため、諦めて溜め息をつくと、ラズフィスはユーリの名を呼んだ。



「ユーリ」

「何です? お帰りになるのでしたらどうぞ」

「……いや、まだ帰らないが。お前はどうして私をそうも帰したがるんだ」



微妙な表情でユーリを見つめるラズフィスに、カーデュレンは哀れみの視線を向ける。

それを無視し、ラズフィスは温くなった茶を一口飲んで気持ちを切り替えると、ユーリに向き直った。



「お前は時々、応用というか、我々では考え付かない魔術を使うだろう」

「そうですね、色持ちの方々から見れば少し変わっているかもしれません」

「とある村で奇妙な魔術の構成図が発見されたのだが、ユーリにも意見を聞きたい。構わないか?」

「私の知識がお役に立つようなら」



確かに、ユーリの使用する魔術は自分で改良したものも多く、一般に知られている魔術と一線を画する。

育ての親も一風変わった人だったので、教わったものも加えれば相当な量の術を知っていた。

そんな知識など、何に必要なのかと不思議に思いながらも、ユーリは頷いてみせた。

カーデュレンはユーリの返答を聞き、ラズフィスに視線を送る。

彼が軽く頷いて了承したのを確認すると、先ほどすすめられた席に座り、懐から一枚の紙を取り出した。



「これがその魔術式です。私としては、古のものである気がするのですが、損傷が激しくていまいち確信が持てないのです」



帰ってきたフォルトの報告によれば、件の水源である泉は完全に干上がっていた。

そして、その湖底に奇妙な魔術式の構成図が描かれた祭壇を見つけたのだそうだ。

恐らく、永い間水中にあっただろうそれは、藻が絡みついたり、損傷が激しかったりと、原型を留めていない。


取り合えず書き写してみたものの、このような構成図は見たことがないと、調査に同行していた魔導師達も首を捻った。

このまま水源の枯渇が続けば、村が困窮するだけでなく、水源のある森の生態も壊れてしまう。

その祭壇が水源に関連しているのだろうが、このままでは埒が明かないと判断し、フォルトは一度王都へ戻ることにしたようだ。


しかし、王都の魔導団ならば知る者もいる筈とふんだのだが、ここでも明確な答えは得られなかった。

報告を受けたカーデュレンも、それが古代魔術と言われるものの類であることは推測できた。

だが、似た形式のものは幾つか知っていたが、カーデュレンの知るどの魔術とも一致しない。

図書館の古文書を調べてみたが、そちらも思うような収穫はなかった。


後は、王族に伝わる魔術を当てにするしかないと肩を落とした彼だったが、ふとあることを思い出して暫し悩む。

現在、この王城にはもう一人、特殊な魔術を使う人間が滞在している。

一般人である彼女の手を煩わすのは気が引けたが、この際形振り構っている暇はない。

そこで、藁にも縋る思いで、客室を訪れたと言うわけだ。

手がかりだけでも構わないと思っていたカーデュレンだったが、ユーリの口から飛び出した言葉に目を丸めた。



「あぁ、これ、アシュヴィアの古代魔術式ですよ。確か水源の探索や維持に使われていたような……」

「「は?」」



魔導師団があれほど首を捻っていたことを、実にあっさりと言ってのけたユーリは、詳細を思い出すかのように眉根を寄せる。



「それは、……真ですか?」



あまりの展開に唖然としていたカーデュレンだったが、口から零れたのは真偽を問う言葉だった。

しっかりと頭が動いていないながらもそれが出るあたりはさすが王の副官と言える。

ユーリは記憶を探っているのか、顰めた顔はそのままに小首を傾げた。



「えぇ、以前、家にあった古文書で見たことがあります。随分劣化してるみたいですけど、間違いないと思います」

「なぜそんな物がお前の家にあるんだ」



カーデュレンと同じく、暫し呆けていたラズフィスだったが、我に返ると興味深そうにユーリを見る。

古代アシュヴィア王国と言えば、千年以上も昔に滅んだ国だ。

彼の国は独特の魔術文化を築いていたようだが、時の流れと供にそれも廃れた。

今や古文書にその軌跡が残るくらいで、詳しいことはまだ解明されていない。

その王国で使われていた魔術など、容易に知りえることではないのだ。



「私の育ての親が古代魔術の研究をしていまして、まぁ何というか変態的な研究者、兼愛好家だったんですよね。古文書から怪しい書籍まで集めてくるので、家が書物だらけになりまして。ほんと、整理には苦労しました」

「……そうか」



色々と思い出したのか遠い目をして空笑いするユーリに、ラズフィスは深く追求するのは辞めることにした。

ようやく平静を取り戻したらしいカーデュレンが、真剣な顔をしてユーリに詰め寄る。



「それで、その古文書の信憑性は?」

「なんとも言えませんけど、三割くらいですかね」



決して高い数字ではないが、他に手がかりのない今は確認してみる価値くらいあるはずだ。

カーデュレンは客室の机からペンを借り、懐から紙を一枚取り出すと机の上に並べる。



「その構成図を描き出すことは可能ですか?」

「うーん、私、図を描きおこすの苦手なんですよね」



苦笑いをするユーリに、カーデュレンはがっくりと肩を落とす。

魔力を組み合わせ、練り上げる様子を線で表すには、それなりの知識と技術が必要だ。

素人が描いても、ただぐちゃぐちゃに描き殴られた線にしか見えない。

しかも、古代魔術となれば、複雑な構図となるだろう。

一度見たことがあるとは言え、描くのは至難の業となる。



「……そうですよね。つい無理を言ってしまい、申し訳ありませんでした」



分かってはいたのだが、やっと糸口が見えただけに、カーデュレンは目に見えて気落ちしている。

本当は家から古文書を持って来れれば良いのだが、日常では殆ど読み返すこともなく、探すとなれば大規模な捜索をしなければならない。

そもそも、ユーリは現在軟禁中の身だ。

どうしたものかと考えていたユーリは、ふと良い方法を思いく。

そっと視線を下ろすと、つまらなそうに体を揺らしていた精霊と目があった。



「魔力が全く足りないので発動はできませんけど、術を構成する程度なら無駄にあの人が色々と教えてくれたのでできると思いますよ。この子に可視化してもらったらどうですか?」



古来より、精霊は時折気に入った人間に自分達特有の魔術を伝授する。

その時に、分かりやすいように魔力の流れを光りの線で描くのだ。

本来は、精霊が己で魔力を構成させながら色をつけていくのだが、頑張れば他人が組んだものに色づけすることも可能だろう。

今まで傍観していたラズフィスが、己の精霊へと目を向ける。



「できるか?」

「リリアに任せてください!」



ようやっと出番がきたことに、リリアージュは満面の笑みで瞳を輝かす。

立ち上がり、嬉しくて仕方がないというように、くるくると腕を回した。

そんな精霊に笑みを零したユーリは、一つ息をついて姿勢を整える。

目を瞑って意識を集中させると、慎重に魔術の構成を始めた。








*************








「凄い! この幾何学模様に、複雑に絡んだ魔術式!惚れ惚れします!」

「……カーデュレン殿は大丈夫なんですか?」



ユーリは目の前の光景に、若干身を引きつつラズフィスへと尋ねる。

視線の先では、滅多に感情を顕にしない魔導師が、瞳を輝かせて構成図に見入っていた。

その様子に苦笑しながら、ラズフィスは肩を竦める。



「あいつも、お前の言うところの変態的な研究者だからな」

「はぁ、どこにでもいるんですね、そんな奇特な人が」



興奮冷めやらぬカーデュレンを視界の端に映しながら、ユーリはすっかり冷め切ってしまったお茶を入れなおす。

自分の仕事が褒められて嬉しいのか、リリアージュがカーデュレンの周りをぴょこぴょこ跳ねていた。

陶器の擦れる音に振り返ると、紅茶の注がれたカップが自分の前に置かれている。

ラズフィスは礼を言って紅茶を味わってから、ユーリへと視線を向けた。



「悪かったな、お前の手を煩わせて。おかげで早々に解決に向かいそうだ」

「お役に立てて光栄ですけど、一体何だったんです?」



協力してもらっておきながら黙っているわけにもいかず、ラズフィスは水源の異変について大まかな話をする。

ユーリは旅をすることもあると言っていたが、西部にも行った事があるようで軽く頷きながら聞いていた。

一通り話しを聞き終えると、ユーリは腕を組んで背もたれに体を寄せる。



「西の村……ですか」

「あぁ、小さな村らしいが、どうかしたか?」



何事かを考えている様子のユーリに、ラズフィスは問いかけた。



「いえ、その村の水源って、もしかしてパルドペの森じゃないですか?」

「そうだ。よく分かったな」

「昔、行ったことがあるので、何となく」



以前行ったことがあるというのも驚いたが、見事に言い当てたユーリに、ラズフィスは目を丸めた。

自分は森や村の話はしたが、名を出したつもりはないし、限定できるほど詳しく話したつもりもない。

よく言い当てたものだと感心していると、不意にユーリが顔を上げる。

何故だか、嫌な予感がしてならない。

真っ直ぐ自分を見つめる黒曜に、彼は思わず顔を引き攣らせた。




「陛下、(わたくし)、お願いがございます」



そんなラズフィスをきれいに無視して、ユーリは満面の笑みを浮かべた。










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