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常闇の魔女  作者: 空色
第3章 忍び寄る影
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2



あれから数日が経ち、ユーリは暇を持て余していた。

もちろん、図書館や中庭は興味深く、赴けば気分も高揚する。

だが、部屋と決まった場所の行き来では、息が詰まるというものだ。


カーデュレンに待遇を訴えてからは、一人になれる時間が増えたものの、今度は有り余る時間がユーリを辟易させた。

いっその事、昔のように洗濯場で働かせてもらった方がよほど有意義だろう。

仕事を増やすことを申し訳なく思いながら、ラズフィスやカーデュレンに訴えると、苦笑されながらも検討してもらえることとなった。

だが、当面のところはいつも通りの生活を余儀なくされ、ユーリは暇を潰しに中庭に来ていた。



「あー、暇です」



初めのうちは、朝早く起きずともよい状況に感動したが、何日も続くと逆にあの忙しない生活が懐かしく思えてくる。

退屈は人を殺すと言うが、このままでは本当に体が腐ってしまいそうだ。

思わずユーリが呟くと、自分の脇でしゃがれた笑い声が上がった。



「贅沢者だなぁ、お嬢ちゃんは」



じと目で隣に視線を向けると、立派な白髭を蓄えた老人が肩を揺らしている。

彼は王城の庭師の内の一人で、ユーリが頻回に赴く中庭で出会った。

何度か顔を合わせてはいたが、熱心に植物を観察するユーリに興味を持ったらしかった。


あまりにも暇を持て余した彼女が、彼が管轄する中庭の一角を借り受けたいと申し出ると、快く了承してくれた。

せっかくなので、城に植えられている薬草の苗を分けてもらい、そこで栽培を始めた。

城を出て行くときには、今度こそ自分で育てた苗をもらって帰るつもりだ。

ユーリ専用の区画となりつつある一角を眺めながら、彼女は溜め息を付く。



「そうは言いますけど、そろそろ限界です。畑仕事がしたい、薬草育てたい、薬の実験がしたい、とにかく体を動かしたい。最近考えるのはそればっかりですよ。と言うわけで、ジョゼフさん、お手伝いさせてくださいな」

「そのキラキラした、薄手の服でかね」

「はぁ、そうですよね。分かってましたよ」



苦笑する庭師に、ユーリはがっくりと肩を落とす。

土いじりをする時には、彼女は必ず元々着ていた服と、ローブで作業をすることにしていた。

しかし、今日に限って侍女はユーリの服を洗濯に出してしまっていた。

結果、彼女が現在身につけているのは、サラリとした肌触りの濃紺のドレス。

飾りの付いてないものを選びはしたが、地面にしゃがんで作業すれば確実に汚すだろう。

そのため、ユーリはジョゼフの仕事を、指を咥えつつ見つめていたのだ。



「せっかく、新しい苗を植えられると思っていたのに。残念です」

「まぁ、そうすぐには枯れんよ。明日またおいで」



非常に残念がるユーリに、ジョゼフは自分が代わりに植えようかと提案してくれたが丁寧に断った。

どうせ育てるのなら、植えるところから己の手で始めたいからだ。

未練がましく苗を眺めていたが、今日はもうどうすることもできない。

諦めて、大人しく部屋へ帰ることにする。

ベンチから立ち上がり、作業中のジョゼフに暇を告げた。



「申し訳ないんですが、明日まで保管しておいてもらっても良いですか?」

「構わんよ」



作業を止め、見送ってくれる庭師に手を振ると、ユーリは自室に向かって歩き出した。








*************








「ユーリ様!」

「うわ!」



客室の窓辺で本を読んでいたユーリは、突然背後から抱きつかれ、思わず手に持っていた本を取り落とす。

慌てて後ろを振り返ると、守り石の精霊が自分の背中にぶら下がっていた。

状況が飲み込めず、ユーリは目を丸めていたが、すぐにその僅かな重みは引き剥がされる。

猫の子のように精霊の襟首を捕まえたラズフィスは、苦笑しながら彼女を床に下ろす。

不満げに頬を膨らませる精霊の額を、軽く拳で小突いた。



「急に人に飛び付くな。危ない」

「だって、主様ばっかりずるいです。リリアもユーリ様に会いたいのに!この前は置いて行かれました!」

「お前が寝ていたからだろう」



精霊の眠りは、人のそれとは違い、魔力を濃縮するための儀式に近い。

途中で中断させるのは、精霊の力を劣化させる要因ともなるため、翠の守り石は専用の魔具である箱の中に保管されていたのだ。

眠りから目覚めたばかりのリリアは、まだ内包する魔力が馴染んでいないのか、その姿も不安定に透けている。

先ほどから、窓を開けていないにも関わらず、室内に風が吹いているのもそのせいだろう。



「もう少し寝ていろ」

「うぅ」



ラズフィスに窘められ、リリアージュはうなり声を上げた。

確かに、まだ眠気が残っており、気を抜くと空気に溶けてしまいそうだった。

残念ではあるが、今日は諦めるしかない。



「ユーリ様。今度、リリアも遊びに来ていいですか?」

「え? あぁ、構いませんよ。」



ユーリの答えに満足げに微笑むと、精霊はラズフィスの耳飾の中に吸い込まれていった。

嵐のような勢いで精霊が去り、室内にはなんとも言えない沈黙が落ちる。

ラズフィスは一つ咳払いをして、肩を竦めた。



「悪かったな。入室の許可が出るまで待てと言ったのだが、止まらずに飛び込んだんだ」

「……まあ、良いですけどね。と言うか、また来たんですか?」

「来ては不味かったか?」

「不味くはないですけど、こんな平凡な人間のところに来たってなにも面白くないでしょうに」



この所、毎日のように来訪するラズフィスに、ユーリは呆れたような視線を送る。

面白みもない女の顔を見ているより、美しい側妃の元へ赴いたほうがよほど有意義な時間を過ごせるはずだ。

ユーリは実際にお目にかかったことはないが、友人から聞いたところによると、系統は違えど妃達は王の隣に並んでも劣らないほどの美姫ばかりだとか。


何度かラズフィスに勧めて見たものの、彼は曖昧にはぐらかし、結局のところ一時ほどを客室で過ごし帰っていくのだ。

両手に華どころか、至宝と言っても差し支えないだろうに、もったいない。

取り留めなく考えていたユーリだったが、隣に人が立つ気配に顔を上げる。



「窓を開けても構わないか?」

「どうぞ」



頷いて返すと、ラズフィスは出窓を開け放つ。

優しく室内に吹き込む風に、ユーリは目を細める。

南向きに位置する出窓の向こうには、トゥリジール山を眺めることができた。


現在、ユーリが過ごすこの客室は、北地区に分類されているため、気軽に南地区に出入りすることはできない。

前にラズフィスを追いかけた時のように、堀を越える事は可能だ。

だが、城の主である彼はまだしも、ただの客である自分が、悪戯に城を警備する騎士を刺激するのも気が引けた。


そのために、もう随分と大樹に近づいていない。

穏やかな気持ちになれるあの場所が、ユーリはやはりとても好きで、今でも懐かしく思う。

出窓から眺める風景は、大樹の上で目にする光景とよく似ていた。



「帰りたいか?」



ぼんやりと景色を見つめていたユーリだったが、唐突に質問され、ラズフィスへと視線を向ける。

出窓に手をつき、いつの間にか彼女を見下ろしていたらしい彼と目が合う。



「帰りたいと言えば、帰してもらえるんですか?」

「……いや、今はまだ無理だ」

「じゃあ、そういうこと言わないでくださいよ」



逸らされた視線に暫し彼を睨め付けてから、ユーリは再び窓の外に目を向ける。



「まぁ、住み慣れた家なので、愛着はありますけどね」



今は見えない、山の向こうの森に思いを馳せて苦笑する。

森の奥にある自分の住まいは小さな小屋で、客室の風呂等を合わせればすっぽりとこの中に納まってしまう。

家具だって、近くの町や村で購入した中古品で、あちこちに傷が付いている。

居を構える森にしたって、恵みを与えてくれると同時に、自然の厳しさも併せ持っていた。

木の実一つ拾えないこともあれば、餓えた獣に襲われることもある。

それでも、今のユーリにとって家と言えるのは、あの森にある粗末な小屋だった。

ユーリの笑みをどう捉えたのか、ラズフィスは気まずげな表情をして目を伏せた。



「悪いな。お前を待つ家族は心配しているだろう」

「それは気にしなくて良いですよ。いませんから、そんな人」



何気なく口にした言葉だったが、ラズフィスはユーリを振り返ると目を丸くする。

その様子に、ユーリは小首を傾げた。



「あれ、言ってませんでしたっけ? 私、森には一人で住んでるんですよ」

「父母や、兄弟は?」

「いません。そもそも、私、孤児でしたから」



自分を拾って育ててくれた人はいたが、もうとうの昔にこの世を去っていた。

その人が亡くなってからは、あの森でずっと一人生きてきた。



「家族と言えば、遅くなりましたが……」



自分の育ての親のことを考えていたユーリは、不意にあることを思い出す。

未だに衝撃が覚めやらぬ様子のラズフィスに向き直ると、立ち上がって深々と頭を下げた。



「前国王陛下並びに王妃陛下におかれましては、真に御愁傷様でした。心よりお悔やみ申し上げます」



驚いたように数回瞬きをして、ラズフィスは苦笑を浮かべ、視線を窓の外に戻す。



「知っているとは思うが、父は10年前に流行り病で亡くなった」



いくら貴族に疎いユーリと言えども、自分の住まう国の王の逝去くらいは情報を得ている。

友人である薬屋が、今世陛下は今年で即位10周年と言っていた。

ならば、ラズフィスは父が死してすぐに後を継ぎ、この国を治めることになったはずだ。

悲しみに浸る暇すらなかったことだろう。


翠の瞳には王都と、どこまでも続く広い大地が映っている。

だがラズフィスが見ているのは、その風景ではなく、今はもう届かない遥か遠くの情景なのかもしれない。

ユーリは黙って彼の隣に立ち、フェヴィリウスの王都を眺めた。

ラズフィスはほんの少しユーリを見下ろしていたが、すぐに視線を戻す。



「母は私が13の時に、魔女の呪いで儚くなられた」

「……魔女の呪い?」



そして、彼が静かに続けた言葉の中で聞きなれない単語を耳にし、ユーリは眉を顰める。



「市井でも、それなりに話題となっているだろう。魔女の末裔のみがかかる病のことだ」



ラズフィスから病の話を聞くうちに、ユーリの表情は徐々に険しいものになっていく。

本来、己の中に保有しておける魔力量は、力の属性と同じように生まれたときに決められている。

精霊の加護を受け、魔力が増すことはあっても、限度を超えた魔力は自然と外に放出される。

容量に空きがある器に水を入れることはできても、一杯になってしまえばこぼれ、溢れてしまうのと同じことだ。

だからこそ、肉体が耐えられない程の力を、身の内に溜め込むなどありえない。

そもそも、加護が与えられることのない魔女の末裔は、魔力が衰えることはあっても、増すはずがないのだ。



「待ってください、そんな病、聞いたことありませんよ」



顔を顰めたままユーリが呟くと、ラズフィスは呆れたような視線を向けてきた。



「……お前、少しは森から出た方が良いぞ」

「別にそこまで引きこもってませんってば」



確かに、多くの時間を森で過ごしてはいるが、定期的に近くの村や町には顔を出している。

それなりに話もするし、噂話だって耳にしていた。

だからこそ、流行り病や先代国王の逝去などは人伝に聞いて知っている。

確かに、南の町村は四方を山で囲まれているため、情報が入りにくい。

だが、近隣でそのような奇怪な病で人が亡くなれば、それなりに噂になるはずだ。



「少なくとも、南の村や町ではそんな風に魔力が膨張しすぎて亡くなった人はいませんでした」



この20年で、自分の知っている中で死んだ魔女の末裔の死因は、老衰と流行り病と事故くらいだ。

元々南に住む末裔の人口は少ないが、それにしてもあまりに認識が食い違いすぎだろう。

二人はお互いに顔を見合わせ、暫し沈黙する。

ラズフィスも難しい顔をして、顎に片手を置き何か思案しているようだった。



「ユーリ、悪いが少し調べたいことができた」

「どうぞ、暫らく来なくても構いませんよ」



ユーリの言葉に苦笑すると、ラズフィスは客室を出て行く。

その後姿を見送ったユーリは、出窓に腰掛け空を睨みつける。



(魔女の呪い、ね)



自分の知らない間に、王都では妙なものが流行りだしたようだ。

窓枠に背を預け、ユーリは20年前と変わらぬ様子の王都を見下ろした。










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