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常闇の魔女  作者: 空色
第2章 仮面の薬師
20/80

10



暫らくして、ユーリを拘束していた腕の力が緩められる。

ゆっくりと体を起こしたラズフィスは、閉じていた瞼を開き彼女を見下ろした。

眩しそうに自分を見つめる瞳に、ユーリは小首を傾げて見せる。


20年前に、女の子のようだと感じた、線の細い少年の面影は殆ど見当たらない。

今のラズフィスは、顔立ちは変わらず整っていながらも、どちらかと言えば精悍な顔つきと言える。

変わらないのは、金糸の合間から覗く新緑くらいか。


その翠の瞳には、困ったような顔をした自分が映りこんでいる。

あまりに近い距離に、少し離れようと一歩下がると、両手の先を掴まれた。



「少し、話をしたい。だめか?」



懇願するように指先を握られ、ユーリは小さく息を吐いた。

頭ごなしの命令なら、罪悪感なく突っぱねられるのに、そんな風に頼まれては断れない。



「……そうですね。休むには、しばし早い時間でございましょう」



ユーリが苦笑しつつ答えると、ラズフィスの瞳が細まり口元が弧を描く。

満面の笑みを浮かべていたあの頃と比べれば、なんとも穏やかな笑い方になったものだ。

ラズフィスが人払いを命じると、カーデュレンを除いた侍従や騎士が扉の外へと出て行った。

動く気配を見せない彼に、ユーリは視線を向ける。

笑みを浮かべたままのカーデュレンは、ラズフィスに向き直ると深々と頭を下げた。



「陛下、一つ宜しいでしょうか」

「なんだ」

「ユーリ殿の捜索に加わった者として、同席させていただいても?」



あの嵐の後、ユーリの生存を絶望視しながらも、カーデュレンは仕事の合間を縫って捜索に加わった。

崖崩れのあった周囲や、川の下流にある村、彼女の故郷と思われる森も、それはくまなく探したのだ。

それでも、ユーリの行方は知れなかった。

その彼女が、生きてこうして再びラズフィスの前へと現れることのできた理由に興味を引かれたのだ。



「構わないか?」



ラズフィスに問われ、ユーリは肩を竦める。



「特に面白い話でもありませんが、それで宜しいのでしたらどうぞ」



ラズフィスに上座を勧め、彼が座ったことを確認して、自分もソファーに腰を下ろす。

向かいの席をカーデュレンに勧めたが、彼は断ってラズフィスの隣に立った。

王と同じようにソファーに座るのは不味かっただろうかと考え、ユーリが腰を浮かそうとした時、小さな手が彼女の膝にかけられた。

膝元を見下ろすと、守り石の精霊である幼子がじっとユーリを見上げていた。



「えーっと、どうかしました?」

「リリアは、ユーリ様のお膝の上が良いです」



その言葉に唖然としている間に、彼女はソファーをよじ登り、ユーリの膝の上に満足げに腰を下ろした。

声もないまま、目を丸くしていると、ユーリを見上げて満面の笑みを浮かべる。

幼い精霊の言動に、ユーリは困惑した。


本来、精霊とは相容れぬ魔力を持つ魔女の末裔は、彼らに好かれることはまずない。

まれに姿を見せることはあっても、自ら近づいてきたりはしないのだ。

あまりの動揺にユーリが固まっている間に、リリアは彼女の腕を掴み、自分を包み込む形となるよう己の腹の前で交差させた。


突然、思い切りふき出す音が聞こえ、ユーリは顔を上げる。

視線を上げると、腹を抱えて懸命に笑いを堪えるカーデュレンと、何故か複雑な顔をして頬杖をつくラズフィスがいた。

自分がそうとう情けない顔をしていることは理解しながら、助けを求めるような視線を二人に送る。



「あの……」

「すみません、別に、ユーリ殿を笑ったわけではないのです。ねぇ、陛下」

「……」



カーデュレンを横目で睨みつけていたラズフィスだったが、溜め息をついて眉間に手を当てる。

この状態の彼に何を言っても無駄なことは分かっているため、無視することに決めてユーリに視線を戻した。



「まぁ、あまり気にするな。それより、教えてくれ。お前は今まで、どこでどうしていたのだ」



唐突に本題に入られたユーリは、一瞬呆けていたが、直ぐに表情を真剣なものへと変える。

カーデュレンも笑うのを止め、一つ咳払いをすると姿勢を正した。

ユーリは少し考えるように、顎に手を当て眉を顰める。


この20年で、自分を取り巻く環境がそれほど変わったわけではない。

土砂崩れに巻き込まれて数年は、それなりに変化もあったが、その後は前と同じく平穏な日常を営んでいた。

ただ、きちんと説明するとなると、細かい部分も話さなければならず、色々と面倒なのだ。



「そうですね、端的に申し上げるなら、土砂崩れの後、助けてもらった夫婦の小屋で1年間療養して、その後は元の森で変わらない日々を過ごしておりました」

「……端的すぎるだろう」



思わず突っ込みを入れたラズフィスに、ユーリは微笑んだまま僅かに視線を逸らす。

その顔には、ありありと面倒とかかれていた。

元々、面倒くさがりなきらいはあったが、彼女は果たしてここまで感情を顕にする人間だっただろうか。


ラズフィスほどユーリとの接点がなかったカーデュレンなど、驚きに目を見開いている。

自分の中で彼女の人物像が若干崩れるのを感じながらも、ラズフィスは詳しい事の顛末を話すよう促した。


一方、ユーリは現実逃避のために、ひたすらに己の膝上に座する精霊の頭を撫で擦っていた。

柔らかな髪を梳かれ、精霊は嬉しそうにきゃっきゃと声を上げている。

このまま諦めてくれないだろうかと期待していたが、ラズフィスに無言で見つめられ、彼女はやがてがっくりと肩を落とす。



(まぁ、そうですよね。私だったらふざけるのも大概にしろと憤慨する自信があるもの)



その点、ラズフィスは懐の深い人間に育ったようだ。

一つ深い溜め息を吐き、ユーリはラズフィスへ向き直った。



「どこから説明すれば良いのやら……。では、お伺いいたしますが、陛下は(わたくし)の使用していた魔術について、どこまで聞き及んでおいでですか?」

「それほど詳しくは聞いていない。だが、クリスティーナや護衛から聞いたところによると、跳躍力に優れていたという事だったが」



そもそも、事件についての報告書はラズフィスへと届けられていたが、仮面の薬師個人についてはそれほど情報量は多くない。

犯行グループとの接点が薄いと分かってからは、書類に殆ど名前さえ載っていなかった。

時折執務室を訪れては、薬師を開放して欲しいと訴えるクリスティーナから、監禁されていた時の話を聞かされるくらいだ。

ただ、彼女の場合は多分に主観が取り入れられているため、話半分で聞いていた。

だから、先ほど薬師が王城の塀を軽々と飛び越えたと聞き、妹の話も誇張だけではなかったのかと驚いたのだ。



(わたくし)の使用致しましたのは補助魔法の応用で、補助する部分を集中させることにより、身体強化を行う術でございます」

「それは、よく騎士の使用する、体力を向上させるものと何か違いがあるのでしょうか?」



ユーリの言葉に、今まで黙って話を聞いていたカーデュレンが質問を投げかける。

彼は現在、王の副官であると同時に、国の魔導師を束ねる立場である、第1魔導師団の団長となっていた。

そのため、魔女の末裔の使用する魔術に興味を引かれたようだった。



「細かい部分は多々ありますが、一番の違いは魔術をかける範囲と使用する魔力の差ですね」



騎士の使用する魔術は、主に総合的な身体能力を上げるものである。

例えば、力の増強を行った場合、腕力、脚力、持久力等全ての部分で能力が底上げされるのだ。

だが、当然魔術を行使するのに必要な魔力量も多い。

魔女の末裔程度の魔力では、術を構成することはできても、効果を発動するには至らないのだ。


片や、ユーリの使用する魔術は、術の作用する部分を一点に集中させるものだ。

そうすることで、僅かな魔力でも、ある程度身体能力を向上させることができる。


この術の利点は、何と言っても力の節約という点に限るだろう。

ただ、末裔のように魔力の少ない者は、魔術に頼ることはしないため、この分野は殆ど研究されていないのだ。

逆に、魔力の豊富な人間には、節約するという概念がないのか、あまり周知されていなかった。



「私が良く使うのは脚力を上げる術ですが、けっこう便利なんですよ。旅の途中で野党とか獣に襲われた時に重宝します」



己の身を守るのに、最も効果的なのは相手から逃げることである。

下手に反撃するよりは、確実に助かる確率が増えるし、相手を撒いてしまえば後腐れもない。

女性の一人旅だと、金目の物や娼館への身売り目的で襲撃されたり、変な人間に声をかけられて面倒なのだ。


だが、旅に出る時、《ルース》の格好をするようになって、襲われることは少なくなった。

薄汚れたローブを纏った、不気味な仮面を着けた人間に、誰も好き好んで近づかないからだ。

商売をする時にも、足元を見られて薬を安く買い叩かれることもない。

無駄な魔力も使わずにすむこの姿を、ユーリはけっこう気に入っているのだ。



「フェヴィリウスでも、襲われることがあるのか?」

「王都周辺は治安も良く、そのようなことはございませんが、辺境の地ではまれに」



顔を顰め、問うてくるラズフィスに、ユーリは苦笑しながら頷いた。

獣はともかく、野党の類は王としては見過ごせぬ事なのだろう。

カーデュレンも厳しい顔つきをしており、何か対策でも考えているようだった。



「話を戻しても?」

「続けてくれ」



ラズフィスが頷いたのを確認し、ユーリは20年前の事を思い出しながら口を開いた。







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