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常闇の魔女  作者: 空色
第2章 仮面の薬師
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6



あっという間に室内は甲冑で埋め尽くされ、彼らはクリスティーナとルースを取り囲んだ。

白亜の甲冑を着けた騎士の内の一人がクリスティーナを確認し、一歩進み出ると冑を取って跪く。

焦げ茶色の髪を後ろに流した彼は、一度深く頭を垂れ、顔を上げてクリスティーナを見つめる。

きつい印象を受ける深緋の瞳が、彼女の無事を確認して和らいだ。



「ご無事でおわしましたか、クリスティーナ様」

「フォルト! 本当にフォルトなの?」

「お迎えにあがるのが遅くなりましたこと、お詫び申し上げます」



見慣れた顔に安堵し、クリスティーナの両目からぼろぼろと涙が零れ落ちる。

そんなクリスティーナに近づき、フォルトは片腕に彼女を座らせると軽々と抱き上げた。



「おみ足が汚れますゆえ、ご容赦ください」



しゃくりあげ、言葉にならないクリスティーナは、顔を覆って頷いた。

彼女を穏やかな眼差しで見守っていたフォルトだったが、背後を振り返ると厳しい表情でルースを睨み付けた。

彼が右手を上げると、騎士達がルースの周りを囲み、刃を突きつける。

急に室内に走った緊張に、クリスティーナの涙が止まった。

騎士の一人がルースの背後に回り、拘束するのを目にして慌ててフォルトの肩を叩く。



「フォルト、何をしているの。あの人は悪い人ではないわ」

「疑わしい者を放っておくわけには参りません」

「でも、ルースはわたくしを助けてくれたのよ」

「クリスティーナ様に取り入る目的やもしれません」



全く聞く耳を持たないフォルトに、クリスティーナは地団太を踏みたくなる。

彼はとても優秀な騎士だが、堅物で融通が利かないのだ。

そうしている間にも、ルースは背を押されて部屋から連行されようとしていた。

クリスティーナはフォルトの腕からもがいて飛び降りると、腰に手を当てて彼を見上げる。

背筋を伸ばし、息を吸って室内に凛と響く声で呼ばわった。



「フォルト、わたくしの言うことが聞けないのですか?」



フォルトがクリスティーナの前に跪き、室内の騎士全員が彼に習う。

戸口に立つルースだけが、クリスティーナを真っ直ぐ見つめていた。



「クリスティーナ・イオル・フェヴィリウスの名において命じます。わたくしの恩人を無下にすることは許しません」



その名に、国名を持つと言うことは、すなわち王族であることを意味する。

フェヴィリウスに住まう者ならば、誰もが知っている事実だ。

そして、ルースは彼女の名に眉を寄せる。

王族好きの知己に植え付けられた知識から導くと、クリスティーナ王妹殿下は現国王陛下の同母の妹君だったはずだ。

どうりで王直属の証である、白の甲冑を着けた騎士が多い訳だ。



「……承知いたしました」



その白亜の騎士の筆頭であるフォルトは、深く礼を取り、立ち上がって部下に指示を出す。



「その方を城へお連れし、客室へお通ししろ」



ルースを連行していた騎士は、拘束していた縄は解いたものの、そのままルースを部屋から連れ出す。

クリスティーナは非難の意味も込めてフォルトを睨んだ。



「クリスティーナ様のお気持ちは分かりますが、犯罪の場に居た者を、話も聞かずそのまま開放するわけには参りません」



クリスティーナとて、一国の王族としてそれは良く理解している。

犯罪を放置していては、治安が乱れ、国が乱れる。

ただ、心情が追いついていかないのだ。

俯いたまま小さく頷いたクリスティーナに、フォルトは苦笑し彼女を再び抱き上げた。

彼は深く礼を取る騎士達の間を抜け部屋を横切る。


フォルトの肩に手を置き、クリスティーナは後ろを振り返る。

数日間を過ごした部屋が、徐々に小さくなっていく。

あの空間で、自分はたくさんの事を考え、様々な感情を知った。

とても怖い思いをしたりもしたが、あの中で自分は王族ではなく只のクリスだった。

何ともいえない思いが胸にこみ上げ、クリスティーナの視界が滲む。


幾つかの部屋を通り過ぎたが、あらかた処理が済んでいるのか騎士の姿がまばらにあるだけだ。

今まで地下の部屋にせいか、差し込む光りがやけに明るく感じる。

天井についていた小さな窓は、外までの距離が長い分あまり光りを通さなかったのだろう。

フォルトの手によって、建物の入り口が開かれ、風がクリスティーナの赤い髪を撫でて行く。


涙を拭い、前を向くと、久方ぶりに見る太陽の光りが彼女の瞳に突き刺さった。

何度か瞬きをし、風景を写し始めた彼女の視界に移ったのは、自分が愛用している専用の馬車だった。

その前には、クリスティーナ付きの侍女が、目に涙を浮かべて立っている。

クリスティーナにとっての日常が、確かにそこにあった。



(ああ、わたくしは、帰ってきたのだわ)



万感の思いを胸に、クリスティーナは王都を駆けて行く風に目を細めた。








*************







フォルトは後処理を部下に命じ、城へ戻るとそのまま王の執務室へと向かう。

重厚な木目の扉の前にいた近衛兵士達が、フォルトに気付き騎士の礼をとる。

先触れは既に届いていたのか、彼らが中に声をかけると直ぐに入室の許可がでた。

近衛兵士の開けた扉を抜け中に入ると、フォルトは立ち止まって深く頭を垂れる。



「陛下、ただいま戻りました」

「フォルトか。ご苦労であったな」



執務机の前で仕事を片付けていた王は、目を通していた書類を一旦置き、フォルトへ視線を移した。

労いの言葉をかけ、顔を上げさせる。

もう随分と長い付き合いとなるフォルトだが、近衛から第1騎士団副団長となった今でも、生真面目な所は変わらない。

自分が父の後を継ぎ、王となった頃は既に側にいた彼は、古参の人間の部類に入る。

だが、執務室にいる間は、決して馴れ合うような態度は取らなかった。



「クリスティーナ様はいかがされていますか?」



いつの間にか側に来ていた副官が、フォルトに向かって問いかける。

彼はそれこそ産まれて間もない頃からの付き合いだが、真面目さはフォルトと張るだろう。

ただし、かつて自分の教育係を勤めていたこともあるため、フォルトと違って物言いには遠慮がない。

そんな己の副官ではあるが、クリスティーナの一件ではそうとう気を揉んでいたらしかった。

先ほど、フォルトの先触れから彼女の無事を聞き、小さく安堵の息を付いていた。



「は、殿下はさすがにお疲れのご様子で、すぐに湯浴みを為さり、お休みになられたとのこと」

「そうですか、ご無事なようで安堵いたしました」



フォルトも穏やかな笑みを浮かべていたが、真剣な表情となり王へと視線を戻した。

王は片眉を跳ね上げ、フォルトを見やる。

彼がこの様に姿勢を正すからには、何かしらの報告があるのだろう。



「つきましては、陛下にお伝えしたきことがございます」

「良かろう、申してみよ」



まずフォルトが報告したのは、クリスティーナが捕らわれていた組織についてのことだった。

詳しい出所は調査中だが、どこぞの貴族から得たのであろう資金を使い、表向きはサロンのようなものを開いていたようだ。


だが、実際はあの建物の中で、麻薬の売買や、売春などを行っていたらしい。

フォルト達第1騎士団が踏み込んだ際、十数人の男女が保護された。

彼らは強制的にあの場に連れてこられていた被害者で、その殆どが僅かな魔力を持つ魔女の末裔だった。


クリスティーナを発見した部屋に転がされていた無精ひげの男が、あの建物を統括していたようだが、捕まえる人間を指示していたのはもっと上の人間だったらしい。

男はすでに他の仲間と共に牢に入れられているが、恨み言のような事を話すだけでたいした情報は得られなかった。

どうやら、仲介者を介してやり取りしていたようで、上からは捨て駒扱いだったのだろう。

保護した被害者達は何度か薬を使わされたため、軽い依存症となっていたが国の救護施設で適切な治療を受ければ、元の生活に戻ることも可能だ。



「以上にございます」

「また、魔女の末裔がらみの事件ということですか」



副官は顎に手を置き、考え込むように目を伏せた。

王も肘置きに頬杖をつき、溜め息をつく。


この数年、王都近辺で魔女の末裔に関する問題がぱらぱらと浮上していた。

今回のように誘拐や監禁ということもあれば、物言わぬ遺体となって発見されることもある。


そして、極めつけが魔女の末裔のみがかかる奇病だった。

元々、西部では数名の患者が確認されていたようだが、十数年前頃から少しずつ患者が増え始め、広く認識された病である。


その病は、発病して間もないころは自覚的症状もなく、健常者となんら変わりはない。

患者が自覚症状として頭痛を訴え出すのと同時期、徐々に魔力が増大し始め、やがてそれは本人の許容量を超えてしまう。

死神の影が見え隠れする頃には、患者は人形のように意思のない、生ける屍となる果てるのだ。


己が制御できぬ魔力は、徐々に人を狂わせ、体調を蝕み、やがて死に至らしめる。

増えたとは言え、まだこの病はそれほど症例は多くない。

しかし、その不気味な病を、王都では魔女の呪いと呼び恐れていた。


事件にしろ、病にしろ、調べを進めてはいるが、目ぼしい成果が得られないのが現状だ。

苦々しい思いに、王は顔を顰めた。



「引き続き、調査に全力をあげよ」

「「畏まりました」」



王の言葉に、フォルトだけでなく、副官も深く頭を垂れた。



「時にフォルト、今回の被害者のリストはあるだろうか」



顔を上げた副官が自分を一瞥するのを感じながら、王はフォルトに訊ねる。

通常、そこまで大きな事件でもない限り、国王である彼が被害者の名まで確認することはない。

細々したものまで王に報告していては、他の仕事に差し支えてしまうため、王が目を通す必要のあるものを副官が振り分けているのだ。

しかし、魔女の末裔に関する資料だけは、毎回のように王自身が欲する。

それを心得ているフォルトは、すでに部下に命じ、リストの作成に取り掛からせていた。



「現在、作成させているところにございます。暫しお待ち下さい」

「構わぬ、出来あがったら余に知らせよ」

「は、畏まりました」



踵を返し部屋を出て行くフォルトの背を見送った後、副官は小さく息を吐いた。

そして、同じように扉を見ていた王に視線をやる。



「ラズフィス陛下」

「分かっているのだ、もう諦めなければならないことは」



今世のフェヴィリウス王、ラズフィスは椅子の背に体を預け、深く息を吐いた。

毎回、彼は作成された被害者の情報の中に、ただ一人の名前を探す。

そうして、名が見当たらないことに安堵し、同時に落胆するのだ。


諦めて、忘れてしまおうかと考えたことは何度もある。

二十年前のあの嵐の翌日、ラズフィスは無理を言って、カーデュレンに現場に連れて行ってもらった。

そして、現場の惨状に愕然としたのだ。


何らかの力を持った人間なら、あるいは助かることも可能だったかもしれない。

しかし、普通の人間となんら変わらない程度の、魔女の末裔である彼女が巻き込まれたのだとしたら、一溜まりもなかっただろう。

カーデュレンが、早々に彼女の生存を諦めてしまった理由が、ラズフィスにも分かってしまった。


だが、被害者の女性が見つからないことに、ラズフィスは一縷の望みを持っていたかった。

もしかしたら、彼女はどこかに流れ着き、一命を取り留めて、今は穏やかな生活を送っているかもしれない。


そんなラズフィスを、彼の冷静な部分があざ笑う。

あの状況で、彼女が生きているはずがない、馬鹿げた望みだと。


分かっていて、それでも諦めきれないのだ。

本当に、どうしようもない。

ラズフィスは己の愚かさに苦笑し、静かに目を伏せた。





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