急転直下と私
「二人に、ねぇ。随分面白体験したじゃないか」
私たちの話を聞き終わると、パパはそんなふうに笑った。
「何が可笑しいんですか、臣」
鋭い目つきでキアが言った。キアがこんな表情をするところを、久しぶりに見た。
「いやいや。娘が二人になったと思うと、嬉しくて」
ひゅっ、と、一瞬で、パパの頬にリュカのハンマーがそえられた。
「私はあなたの娘じゃない。勝手に父親面しないで」
「おやおや。嫌われたものだね。最近スキンシップが足りなかったからかな?」
「それ以上何かを言えば叩き潰す」
リュカが脅すと、パパは肩を竦めて部屋の隅へと移動した。
「眠ってもよろしいでしょうかマイマスター?」
ムカつくくらい楽しそうな笑顔で、パパは聞いてきた。からかってるんだな。
「ダメ。明日私達が起きるまでずっとおきていろ……って、いうのは冗談」
リュカはそう言って口元を押さえた。笑いを表現しているらしい。
「ありがたき幸せ」
そう言ってパパは早々と眠りについた。
「……私達も寝よっか」
リュカの提案に、頷く。私はパパが寝てる場所からできるだけ離れて横になる。
「キア、私達が寝ている間、何もしちゃダメだよ」
私がそう言うと、キアは神妙な表情で頷いた。
「一緒に寝よ」
リュカが私の懐に潜り込んでくる。私が彼女を抱きしめると、リュカも私の背に手を回してきた。
「……」
安らかな気持ちで、私達は眠りについた。
夢は、見なかった。
……けど。私たちは忘れていた。
外の世界でも、忘れ物や宿題を忘れたり、なんてことはたまにあった。特に私は虐待されていて、学校どころではなかったことが多々あったから、本当によく忘れた。
そのときは、先生から叱られた。
けど、けれど。
今回の代償は――
「いやぁぁぁぁぁぁあ!」
私はリュカの叫び声に触発された。
「――!」
私は、驚きで思考が無になった。
リュカが、裸にされて……!
「見、ない、で! おね、が、いぃぃ! あ、あ、あ、う、ぐ、あぁぁぁぁ」
パートナーが、自分の父親に、全身を血の針で貫かれながら、生きながらに解体されている。リュカは髪を振り乱して嫌がっているけれど、パパはリュカに対する暴力をやめる気はないようだ。
その光景に、頭が真っ白になる。なんだ、これは。なんで眷属のパパが、リュカを苛めている?
「ふ、ふふふ」
「あ、あぐ、ぐぅっ! いや、やめて、もうやめて、なんでも、なんでもしますから、だから、だからもう許してください!」
「だ、め。君は、僕の娘でしょ?」
「は、はい! 私はあなたの娘です! だ、だからやめて、やめてください!」
「だったら、君で遊ばせてよ。溜まってるんだ」
ぐちゅ、とパパは開かれたリュカのお腹に指を沈め、内臓を弄りはじめる。
「きゃ、う、っく! あ、が、ぎゃ! あ、ぎ、ぐっ!」
血みどろになった指を、パパはちろりと舐めた。
「エッチなこともいっぱい、いっぱいしてあげるからね。ふふふでも、まず、は」
パパは笑いながら、血で作った細い棒を、リュカの目に少しずつ近づけていく。私もリュカも、恐怖で体を強張らせた。
「いや、やめて、やめてやめてやめてやめてください!
お願いします、なんでもします、だから、だから、お願いします、目は、目は、目は」
怯え切った表情で、リュカは何度も首を振る。
「ふ、ふふ、君、目を攻撃されるの本当怖がるよね。ほらほら、早くしないとすごく痛いよ?」
リュカは顔を動かして逃れようとするも、パパに顎を押されられ、ロクな抵抗ができなくなった。
リュカとの左目と、パパが作り出した針の先端との距離が、一センチににも満たなくなってくる。私も、リュカも、カタカタと震えている。
「み、ミオ、みな、見ないで、見ちゃダメ! わ、私は、私は大丈夫だから! だから、見ちゃダメ!」
リュカの必死な叫び。最後の最後に彼女が発したのは許しを乞うでもなく罵倒でもなく、私の心配だった。
私は涙を流しながら、目を硬く閉ざした。
プツッ、と、何かを突き破る音が聞こえた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあ!!」
耳を塞ぎたくなるくらい、悲痛な叫び声だった。
「ふふふ、目はもう一個あるからね。またこんな悲鳴が聞けるなんて、最高。目を二つ作ってくれた神様に感謝だよ」
「ミオ、まだだよ、まだ、目を開けちゃダメ! まだだから、しっかり、め、目を、と、閉じ、閉じ、閉じて……え、あ、やめ、やめて、おねが、おねがいしま、ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
それからも、拷問は続き、リュカは絶え間なく悲鳴を上げ続けていた。
人を人とも思わぬ悲惨な光景に私は、我慢する事ができなかった。
異常な光景に呑まれていた私は、ハッと、ようやくまともな思考を取り戻した。
「!」
死ね、と叫ぼうとして、自分の身体が拘束されていることに気付く。ご丁寧に猿轡も噛まされていた。
キア! 何してるの!?
視界を動かしながら、奴隷の姿を探す。すると、彼女は彼女で裸に剥かれ、色々な体液を身体中に付着させていた。
キアは悪くないみたいだ。けど、どうしてこんなことに!?
「ああ、最高、本当、めちゃくちゃ気持ちいい!」
パパはリュカの目に血ででてきた棒を突っ込みながら、叫んだ。信じられない、信じれらない!
「ふふ、ふふふ、ふははひひひゃひゃひゃ! 君らホンットバカだなぁ! どんなに大人ぶっててもたかがガキのくせに! 毎日の習慣を忘れずにやるなんて、無理に決まってるじゃないか! 半吸血鬼の僕は、命令の効力は一日しかない! それがわかってるから君、毎日僕に命令してたんでしょ?
でもねぇ! 子どもが、毎日毎日毎日毎日、決まった時に忘れず僕に『何もするな』って命令できるわけないじゃないか! あーっはははは!」
パパは笑いながら、一層太い血の釘を、リュカの心臓に突き刺した。
たった一日。たった一回、忘れてしまっただけなのに。
それなのに、私たちはそれだけで地獄へ突き落とされるのか。そう、この世界に来る前はそんなこと日常茶飯事だった。ちょっとのミスを信じられないくらい咎められ、それが原因で地獄に等しい責め苦が与えられる。
でももう違う。ここは幻想郷で私は吸血鬼でパパは眷属なんだ!
「……!」
リュカをやらせるものか!
私は一旦、頭を落ち着ける。茹だるような頭と、震える全身と、焼け付くような血液をいったん、落ち着かせようと必死になる。
ごめん、ごめん、ごめんリュカ! でも、ちょっとの間だけ我慢して!
「や、やめ、やめて! いや、いやいやいやいやだぁあもういやぁぁあ! やめて、助けて、助けてミオ!」
グチャグチャと肉を砕く音とリュカの悲痛な叫び声とが、私の心をかき乱す。けれど、力を使うことに集中する。集中しなきゃダメなんだ。リュカの目玉が潰されようと犯されようと解体されようと、私だけは冷静に、そして確実に力を使わないといけないんだ! 力を使ってこの状況を打破して、リュカを助けなきゃいけないんだ。
冷静に、冷静になるの。そう、すべては、リュカを守るため!
「さ、爪を剥き剥きしましょうね~きゃははは!」
「やだ、いやだぁあ! 助けてアリスお姉ちゃん! 助けてミオ! 助けて、誰か助けて!」
「助けなんて、来るわけないよ、あははハハ!」
――させない!
リュカに対する想いを胸に、私は体を血霧に変えた。
「なっ!」
拘束から解き放たれた私は、再び人の姿を取り戻す。絶望に満ちた表情をするパパに、告げる。
「死ね。自害しろ。死ぬまで死に続けろ」
私が命令すると、パパは早速行動に移した。自らの首を締めて、苦しそうにもがいている。
パパを尻目に、私はパートナーに駆け寄る。身体中に突き刺さっている針を抜こうとすると、リュカは痛そうに顔をしかめた。私は意識を集中させて、血の針を自分の身体に吸収する。
「リュカ、大丈夫!?」
磔状態から解き放たれたリュカを抱き起こす。
「あ、う、うミオ、ミオ……うわぁぁぁぁぁん!」
体を修復したリュカは、私の胸に飛び込んできた。しっかりと抱きとめて、震える彼女の背中を撫でる。
「うくひっく、ひどい、ひどいよ、こんな、こんな……なんで、なんで……うく、ぐすっ……うわぁぁぁあん!」
「うん、うん。大丈夫、大丈夫だよ。永琳に診てもらおうね。それから、帰ったらいっぱい復讐しようね。誰にも邪魔させない。だから、帰ってきたら気が済むまでパパに仕返ししようね」
私はリュカを抱き上げると、住処から出ようと扉に手をかける。
「……」
そこで、部屋の隅でぐったりとしているキアが気にかかった。
「キアもおいで」
私がそう言うと、キアは震えながらも、ゆっくりと立ち上がった。しばらく素裸のままぼうっとしていたが、ゆっくりと彼女の身体から血が染み出てきて、それは服を形取った。
「それじゃ、行こうかキア」
「……はい」
彼女の目は虚ろで、焦点があっていないように見えた。彼女も、相当酷い目に遭ったようだ。
私はキアの手を掴むと、外に出る。
「行くよ、二人とも」
背中に翼を生やし、私は空に飛び上がった。
永遠亭にいって、永琳にみてもらわないと。
震えるキアに、泣いているリュカ。私は気落ちせずにはいられなかった。
せっかく、幸せになれると思っていたのに。なんで私たちはこうして、幸せになったらまたどん底に突き落とされるのだろうか。