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東方幻想入り  作者: コノハ
あなたと私と、それからみんなと
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乱れた彼女と僕

 目が覚めると、ちょっと騒がしいだけのはずだった境内が、魔境と化していた。

「う、ん?」

 しこたまお酒を飲んでいたはずの僕は、驚くほどしっかりと意識を保っていることができた。

「あら、おはよう」

 永琳が目覚めた僕を意外そうな目で見ている。

「こ、これは?」

 周りの状況を指差して、永琳に聞いた。

「お酒の力よ」

 僕は賽銭箱のある方へと視線をむける。

 霊夢は相変わらず自然体でお猪口を呷っている。

 その横で魔理沙がビームのようなものを空に向かって撃っていて、その隣ではアリスが二十体くらいの人形に裸踊りさせていて、その後ろでミオちゃんが吸血鬼モード全開で高笑いをしていた。

 ここまで混沌も極まると恐ろしさを通り過ぎてバカらしく思えてくる。そして、この場で眠っていないのはあの四人と、僕と、永琳と、それから

「いやあ、重畳重畳」

 ちんまりとした鬼だった。ねじくれた角を生やしており、彼女はすごぶる愛らしい顔をしていた。

 異常なくらい酒臭いけど。

 彼女は手に持った瓢箪の蓋を開けると、中身を飲んだ。

「けぷっ。にははは。私は伊吹萃香というの。あなたは?」

 舌ったらずの声が耳に心地いい。幻想郷の人、なのだろう。

「僕は戸神望」

「おお、ミオの彼氏か」

「……ミオちゃんを知ってるの?」

 僕が聞くと、萃香は首を振った。

「彼女だけじゃない、あなたのことも、みんなのことも。私は萃香。密と疎を操る鬼。ようするに霧になったりできるの」

「……ふうん」

 そっけなく答えると、萃香はそこらに落ちているコップを手に取ると、瓢箪の中身を注いだ。

「……飲め」

「あ、うん。ありがとう」

 突き出されたコップを受け取ると、汚れているかどうかとか全く考えずに口にした。

 もしやとは思っていたけれど、瓢箪の中身はお酒だった。

「うまいか?」

「おいしい」

 ここで飲んだどのお酒よりも美味しかった。ミドリや大樹の話だと、ここにあるお酒って全部高くていいお酒らしいんだけど。

「幻想郷、楽しいか?」

「……大変なこともあったけど、嫌じゃないよ」

 そう言うに留める。

「そうか、そうか。努力したかいがあったというものだ」

「……努力?」

 僕が聞くと、萃香は頷いた。

「情報を伝える役目だ。正直通信機役は骨が折れたし嫌だったけど、まぁ、無駄ではなかった」

 そう言って、萃香はまた瓢箪に口を付け、中身を飲んだ。

「……楽しんでね、若人さん」

 最後に外見相応にいたずらっぽく微笑むと、霧のように薄れて消えてしまった。

「なんだったんだろう」

 つい、そんなことを口にしてしまう。

 ミオちゃんなら彼女を知っているだろうか。聞くことを口実に話しかけにいこうかな。

 ……でも正直今の彼女は近寄り難い。

「きゃはははは! アーッハハハハハ!」

 何が面白いのか、ひたすら笑っている。

「……混ざってきたら?」

 ミオちゃんを見つめて呆然としている僕に、永琳が話し掛けてきた。

「え? で、でも僕」

 あんな混沌としたところに近づきたくない。

「ミオが服を脱ぐ前に止めてきて。ね?」

 そうやって猫なで声でお願いされると、断れない。

「うん、わかった」

 僕は立ち上がると、ゆっくりと魔境へと足を踏み入れていく。

「あ、望。あんたも混じってく? ほら、酒あるわよ、酒」

 真っ先に霊夢が僕に気付いた。ちょっと普段と雰囲気が違う。この人も酔ってるのかな。

「望? 望君じゃん! どうしたの?」

 お酒の匂いをぷんぷんさせて、ミオちゃんがふよふよと浮きながら僕のところへときた。

「み、ミオちゃん、どれくらい飲んだの?」

「んー? どれくらい? えっとねー。……樽って単位『個』でいーのかな? 樽三個分くらい?」

「飲み過ぎだよ!」

 素で叫んでいた。僕の声に驚いたのか、ミオちゃんは目をパチクリとさせた。

 しまった。彼女はここにきてからもくる前も、日常的に虐待されていたんだ。ミオちゃんは、大声を出されると身体が竦んでしまうのかもしれないのに。何をやってるんだ、僕のバカ。

「心配してくれるの!? う~れ~し~い~!」

 僕の懸念を意にも介さず、ミオちゃんは僕に抱き付いてきた。貧弱な僕は彼女を支えきれず、そのまま地面に押し倒される。

「うわ!?」

「さっき『しまった』って顔したでしょ~? 大丈夫だよ、望君。私怒鳴られたことほとんどないから。どんなに暴れても力づくで押さえつけられてからね~。キャハハ。パパったら私とするときはいるも、お腹殴って私を気絶させてからだったから」

 笑いながら、ミオちゃんはそんなことを言う。そんな残酷なことを、軽々と。もう彼女にとってこんなこと、もう残酷でもなんでもなくなっているのかもしれない。そうしたのは、あいつ。彼女をこんなにも歪めたのは、あいつ。僕を弄んだ、御陵臣。

 あいつだけは、許せない。

「誰のこと考えてるの?」

「っ」

 頬にそっと、ミオちゃんの柔らかい手のひらが添えられた。

「当てたげよっか。パパのことでしょ?」

「……な、なんで」

 なんでわかったの?

「んふふふ……。望君、すごい顔してたよ?」

「え?」

「私みたいな顔。もしかして仇の顔を思い浮かべてるのかな、なんて思っただけ」

 頬に添えられた指は、顎から首筋へと移動する。たおやかでしなやかで、でもしっかりとした意思の感じられる指使い。

「あんなやつのこと、思い出さないで。私がいるのに。

 ……辛いこと思い出す前に、全部どうでもよくなるくらいキモチイイことしよっか?」

 信じられないくらいストレートなお誘い。でも。

「僕は……君がいれば、それでいいよ」

 でも、僕はそんなことしたくない。彼女とは、絶対に。あんな汚れたことを、するわけにはいかない。

「ん、そう? わかった。じゃギューしていい?」

 まるで幼稚園児みたいな言葉使いに、苦笑する。

「いいよ」

 ぎゅっと、力の限り抱きしめられた。ように感じるけど、きっとミオちゃんからしたら軽く抱き付いている感覚なのだろう。ちょっと苦しいけど、幸せ。

 今度は僕から、抱きしめ返す。

「……ふふ、ありがと」

 しばらくそうしていると、ミオちゃんから健やかな寝息が聞こえてきた。

「今日は二人とももうダウンかしら」

 楽しそうな笑みを浮かべた霊夢がそんなことを聞いてくる。

「うん。もう帰ってもいい?」

「送ったげるわ」

 霊夢は立ち上がったかと思うと、抱き合ったままの僕らに、手にした幣を振るった。すると、僕らはふわふわと宙に浮き始める。

「よーし。おーいみんな! この二人送ってくから、適当に騒いでなさい!」

 霊夢の声におー! とか、いえー! とか元気な声が返ってくる。霊夢は満足げに頷くと、ふらふらと飛び始めた。

「永遠亭だっけ?」

「で、でも彼女は違うよ」

「一緒に泊まりなさいよ」

 ピク、と僕の全身が動きを止めた。

「え、そ、そんな」

「別にヤるわけじゃないんだからいいじゃない。それともあなた寝込み襲うの?」

「襲わないよ!」

 そんなことしたら嫌われる! ミオちゃんに嫌われるのだけは嫌だ!

「ならいいじゃない。それにこんな状態であいつに会いたくないし、強制ね」

「え?」

「拒否権はないわ。素直に従っときなさい」

 こうして僕らは、ちょっぴり強引な霊夢に送られ、永遠亭へと帰ったのであった。


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