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東方幻想入り  作者: コノハ
あなたと私と、それからみんなと
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独立? と僕

 なぜ幻想郷に迷い込んだのか?

 と、いう質問は他の外来人さんと会ったときに一度はする。他の外来人さんと会うことなんてめったにないからこれが全外来人に当てはめることができるかと聞かれれば違うと言うしかないのだけれど。

 まあ、ミオちゃんとも、なぜここに来たのか、という話はした。

「……」

 子供用の台に乗って、僕は永遠亭のキッチンに立っている。

 トントン、と白菜を切りながら、かつて紫さんと交わした会話を思い出す。

 紫さんは、この世界の境界を自由に操る力を持っていて、幻想郷への水先案内人でもあるそうだ。

 最近はイレギュラーな幻想郷への迷い込みが頻発していた。ミオちゃんや美沙義姉さん、他の外来人さんたちもこのパターン。

 けれど、少なくとも僕、戸神望は正規の理由でここにきた。

 境界、スキマを操る大妖が言うには、僕は外の世界にいてはいけない存在だそうだ。

「あなたの力はあなたにしか影響を及ぼさないけれど、だからって野放しにはできないわ」

 紫さんは人の良さそうな笑みを浮かべながら言っていた。

「……」

 この世界に来たとき、僕はホッとした。もう、体のことで悩まなくていい。もう、成長しない、そして老いない、死なない自分を嘆かなくてもいいんだ。そんな希望に満ちていた。

 でも。

 僕は。

 ダンッ!

 不必要なくらいに力を入れて、白菜の芯を切る。

「あらあら、荒れてるわね」

「……紫さん」

 声のした方を振り向くと、そこには可愛らしい服を着た紫さんがいた。不思議な空間のスリット、『スキマ』を操る大妖。

「……放って置いてください」

 調理台に向き直り、力を入れすぎないよう注意しながら白菜を切る。

「まあ、荒れるのもわかるけどね」

 それならそっとしておいてほしい。

「ねえ、新しい幻想郷の住人さん。そろそろ、自分の家を持ちたいと思わない?」

 ピタリと、僕は動きを止めた。紫さんの方に体を向ける。

「……」

「何を不思議な顔をしているの? あなた、ずっとこのままでいいとは思ってないでしょ? ミオちゃんとの結婚さえ考えてるあなたが」

「どうして、そのことを」

 まだ本人にだって話していないことなのに。それなのに、どうしてこの人は僕の秘めた気持ちを知っているの?

「あら、カマかけにこんな簡単に引っかかってくれるとは思わなかったわ。可愛い」

 彼女の舐め切った口調にイラっとする。

「どうでもいいでしょ、あなたには。……それで、お家を作るのに、何かルールとかある?」

 紫さんは頷いた。

「ええ。あなたが何か仕事をするというのなら、私が作ってあげる。何も仕事をしないというのなら、一人でなんとかしなさい」

 冷たい言い方だけど、そんなに嫌な感じはしなかった。なぜだろうか。

「じゃあ、僕に一体どんな仕事があるの?」

 そうね、と紫さんは顎に手を当てた。

「……寺子屋のお手伝い、とかかしら?」

「寺子屋?」

 たしか、あそこは慧音という人が先生をやっているところだと思うけど。あの人はとても優秀そうで、何か僕に手伝うことがあるとは、思えない。

「ま、その気があるならここで答えなさい。慧音には話通しておいてあげるわ」

 でも、正直なところ、僕が手伝えるのはそこくらいだろう。魔法が使えたり闘ったりできない僕は、頭を使って生きていくしかないのだから。

「わかった。僕、慧音先生のところで働く」

「……ふふふ、あなた、やっぱりミオちゃんの彼氏ね」

「?」

 褒めてくれたのは嬉しいし、ミオちゃんを引き合いに出してくれたこともとっても嬉しいのだけれど、なぜ褒められたのかがわからない。

「こうやって今普通に生きている外来人に話を振るとね、まあ、大抵が『まだ早い』とかなんとか言って断ろうとするのよ。その点、あなたは素晴らしいわ。ミオちゃんみたいに、よく頑張る賢い子よ」

「ありがとう、紫さん」

 でも、と僕はつけたす。

「僕はもう外来人じゃない。幻想郷の住人だよ」

 僕が言うと、紫さんは口の端を吊り上げた。

「ふふふ、ふふふ。ごめんなさいね。それじゃあ、決まり次第また来るわ」

 そう言って、紫さんはスキマの中へと消えていった。

 また今度、か。ゆっくり待とう。

 それよりも今はお料理、作らなきゃ。

 僕は自分でも理由がわからないため息をつくと、再び料理する手を動かした。


「……慧音のところの、お手伝い?」

 朝食時に、僕は輝夜に紫さんとの会話を話した。

 食卓には輝夜と美沙義姉さん、そして小さなウサギ耳をつけた女の子、因幡てゐの四人がついている。

「うん。働くんだったら家を用意してくれるっていうから」

「え、望ここから出ていくの?」

 美沙義姉さんが意外そうな表情で聞いて来る。僕は輝夜とてゐの二人の顔色を伺いながら頷いた。

「う、うん」

「なんで? いいじゃん、子どもなんだから大人に甘えても」

「でも、僕はここで暮らしていくんだよ?そりゃ、ここはとても居心地がいいし大好きだけど……でも、ずっとお世話になるわけにはいかないよ」

 はー、と、美沙義姉さんは感心しているようだった。

「偉いわね。寂しいけれど、応援してるわ。頑張ってね、望」

「うん!」

 僕が頷くと、てゐが立ち上がった。

「ごちそうさま。うまかったぞ、望! じゃ、姫様、いってきます」

 返事も聞かず、てゐは駆けていった。

「……どうしたの、あの子?」

「おつかいよ。最近やるべきことが増えて」

「……そうね」

 美沙義姉さんは肩を落としてため息をついた。

 どうしたのだろう。そう思いつつも、僕は何も聞かなかった。聞いていけない、踏み込んではいけないことのように感じたからだ。

「ヤッホー」

 僕が黙々とご飯を食べていると、食卓の上に紫さんが現れた。ご飯の乗った食卓に、スキマから上半身だけを現して、思わず言葉を失うような絵面だった。

「紫。今食事中よ」

「まあまあ。すぐ退散するわ。望、慧音がオッケーしたわ。今日の昼、面接するから寺子屋に来てってさ」

 頷く。

「ごめんなさい、輝夜」

「どうしたの?」

「僕、慧音先生のところに行かなきゃいけないから、お昼ご飯は作れない」

 輝夜は上品に笑った。

「気にしなくていいのよ。たまには私たちだけでなんとかするわ」

「それと、輝夜。僕、寺子屋に行ったことがないから、連れて行ってほしい」

 輝夜は少しだけ渋い顔をした。

「ごめんなさいね、今日の昼は先約があって……」

「じゃ、私が連れてってあげる」

 そう提案したのは、紫さんだった。

「紫が? 珍しいじゃない」

 輝夜の疑問に、紫はニヤニヤとした笑みで返した。

「そうかしら? 私はいつでもこんな調子よ。と、いうわけだから。寺子屋に行きたくなったらそう言いなさい」

 頷く。すると、紫さんはスキマの中へと消えていった。

「勝手なやつ」

 輝夜はため息混じりにつぶやいた。


 その日の昼前まで、僕はミオちゃんと遊んでいた。と言っても今日は疲れるような遊びはせずに、しりとりとか、そういう言葉だけで遊べる遊びをしていた。で、そろそろ遊ぶものもなくなってきたころ、僕はミオちゃんに今日のことを話した。

「……働くの? 寺子屋で?」

 頷く。

「ずっと居候、ってわけにもいかないから」

「すごいね、望君は」

 そう言って笑いかけてくれる。彼女の笑顔が、僕の生きる望み。彼女のためなら、僕はどこまでも落ちていける。

 こんなことを言ったら、ミオちゃんは『手段を選ばない先に幸せなんてない』なんてことを言うんだろう。

 けど少なくとも僕は、ミオちゃんのために手段を選ぶつもりはない。

「寺子屋でどんなお仕事するの? やっぱり、先生の代わり?」

「ははは、それができたらね~」

 僕はあまり学力がある方ではないので、ちょっとだけ恥ずかしい。

「じゃあ、雑用?」

「たぶんね。独立のためだし、頑張るよ」

「応援してる。じゃあ、しばらく会えなくなるの?」

「え?」

 予想外の言葉に、僕はたじろぐ。

「ほら、やっぱり、その、寺子屋って学校なわけで、それなら……」

 そうか。寺子屋は、学校、か。それなら朝から夕方近くまであるはずだ。まだ僕らは夜に会ったことはない。それは、いくらなんでも不健全だということだったけれど。

 会えないなら。

「ね、ねえ、ミオちゃん」

「会えないのは、残念だけど、頑張ってね」

 僕は彼女の寂しそうな笑顔にはっとなる。

 僕は、何を。寂しいのが僕だけだと思ったのか? 悲しいのは僕だけだと思っていたの? なんて浅はかな。せっかく我慢してくれているんだ。僕も、頑張らないと。

「……うん。頑張るよ、ミオちゃん。……紫さん」

「はいはーい」

 シュッと空間が裂け、紫さんが頭を出した。彼女の顔は少しだけ照れ臭そうだった。

「どうしたの?」

「いやあ、子供ながらに恋愛のわびさび経験してるなぁ、と思って。それじゃ、紫便寺子屋行き、出発しまーす」

 がっと、手を掴まれる。

「いってきます」

 ミオちゃんのほうを見る。

「いってらっしゃい!」

 彼女の寂しそうな笑顔と共に、僕はスキマの中に引きずりこまれた。


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