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東方幻想入り  作者: コノハ
際限なき憎悪と……?
84/112

平和と私

 目を開けると、パパが私を見下ろしていた。

「きゃああああっ!」

 私は叫んで、反射的に後ずさる。

 勢いあまって、背を壁にうちつけてしまった。

「いっつ……」

 私は背中と胸を抑えて痛みをやり過ごす。

「大丈夫かい?」

「動くな!」

 にやにやと笑いながら近付いてきたパパに、鋭く命じる。パパは彫像のように動かなくなる。それを確認して、ようやく私は一息付くことができた。

「マスター、大丈夫ですか?」

「全っ然大丈夫じゃない。なんで朝からパパの顔見なきゃいけないの」

 私は力を集中して、服を作り出す。イメージはキアの着ているような、グラデーションのかかったワンピース。しばらくして視線を下ろすと、想像通りのものを着ていて、満足する。昨日キアの血を吸うときに置いた、輝夜からもらった上着を羽織ると、扉に手をかける。

「よし、それじゃ二人とも、今日もここで待っててね」

 そう言って住処を出ようとする。

「マスター」

 と、キアに呼び止められた。

「なに?」

「あの、お腹が空いたらどうすればよいのでしょうか?」

「永琳から血液パック貰ってくるよ。それまで待っててね。パパはもう動いていいけど、キアに何もしちゃダメだし外に出てもダメだよ」

 私はそう言い残して、外に出た。背中から翼を生やし、上空まで飛び上がる。

「よう、ミオ!」

「あ、魔理沙。おはよう」

 箒に跨った魔理沙と鉢合わせ、軽く手をあげて挨拶する。

「おはよう、ミオ。おめでと〜」

「え?」

「え、彼氏できたんじゃないの?」

 私が疑問に思ったのはそこじゃなくて。

「なんでそんなに耳が早いの?」

 私が聞くと、魔理沙はにやりと笑った。

「まず、輝夜から永琳、永琳から私、私から紫、紫から射命丸で、射命丸から幻想郷全体へ、だ」

 情報の流れが早すぎる。なんで新聞はあんなに古い情報しかなかったのに、口伝がこんなに早いんだ。

「まぁ、アリスには教えてないから、お前の口から言うんだぞ」

「元々そのつもりだよ。もう」

 呆れたようにため息をついて、私はアリスの家へと向かう。

「いやぁ、悪いなぁ。つい嬉くなっちまってな。それじゃあ、また会おうぜ!」

「また会おうね〜」

 私は魔理沙と別れ、魔法の森、アリスの家の近くへと降り立った。玄関の前に立つと、こんこんと軽くノックする。

「アリス姉ちゃ~ん! 挨拶に来たよ!」

 家の戸を叩いてしばらく、いつもの服を着たアリスが大きな本を抱えながら出てきた。

「おはようミオ。調子はどうかしら」

「絶好調! アリス姉ちゃんもいるしで幸せ真っ只中だよ」

「そう。何か変わりない?」

「変わった変わった。私ね、彼氏できたんだ!」

 私の言葉に、アリスは一瞬眉をひそめた。それからすぐに、柔らかい微笑みに変わった。

「そう。……それは、よかったわね。お相手は……望かしら」

 アリスの推測に、笑顔でうなずく。

「うん! 今日も彼のところに行くの!」

「彼、ね」

 ぽん、と頭に手が乗せられる。アリスが私を撫でてくれているのだ。私は目を閉じて、温もりを受け入れる。

「いい子ね、ミオ。今は別々に住んでるけど、私たちは家族なんだから、何かあったらいつでも言いなさいね」

 しばらく私の頭を撫でたあと、アリスは私から手を離した。

「うん! それじゃあねアリス姉ちゃん!」

 私は翼を生やし、飛び上がる。行き先は、永遠亭だ。

 はやる気持ちを押さえながら、私は幻想郷を移動する。

「あやや! これはこれはミオさん!」

 ひゅん、と風が吹いたかと思うと、目の前に天狗の女の人がいた。

「……射命丸、さん?」

 記憶を必死に辿る。すると、彼女にはあまりいい感情を抱いていないことを思い出した。前の澪は嫌悪感丸出しだったけど、私はこの人のことをどう思うんだろうか。

「あいや、しばらく。この前会ったとき、自己紹介はしましたかね?」

「ううん。私はミオ・マーガトロイド。よろしく」

「射命丸文です。射撃の射、人命の命、丸薬の丸、そして文章の文です。新聞記者なんぞをやっております。今回はこんな場所でなんですが、取材に参りました」

 ご丁寧にどうも、と私は頭を下げた。空中だから体ごと回転させる格好になっちゃったけど。

「ではでは、ミオさん、お時間よろしいですか?」

「あんまり長いのはダメだよ」

「いえいえそうお時間は取らせません」

 彼女の返答を聞いて、私は頷いた。

「ありがとうございます。では、最初の質問ですが、彼氏さんができたのですか?」

「できたよ~」

「おめでとうございます。……では失礼をば。かなり深いところまで聞かせてもらいたいのですが、構わないでしょうか?」

 うなずく。

「では、遠慮なく。ミオさんは解放団に酷い目、つまり性的虐待も受けておられたようですが、彼を前にしたとき、怖くはなかったのですか?」

 反射的に攻撃しようとする気持ちをこらえ、私は頷いた。ホントに失礼な質問されるとは思わなかった。

「ほう、ほう? 詳しくお話願えますか?」

「解放団にされたことと、恋人とすることは、違うよ」

「違う、といいますと?」

「解放団は、気持ちよくなるために、私をオモチャにして遊んでただけ。でも彼とするときはそうじゃない。だよね?」

 同意を求めるように話を振ると、射命丸はもちろん、と言って頷いた。

「素晴らしい考えだと思います。割り切れているのですか?」

「それは、まだ、付き合ったばかりだからわからないけど。でも、もしその時が来たら、私は、解放団と彼を重ねてしまう……のかな」

 わからなかった。答えは見えない。

「ふむ、それでも付き合うということは、彼を信用しているということですか?」

 頷く。

「……ふむふむ。では、最後の質問です。幻想郷には、慣れましたか?」

「もちろん! 怖い人もいるけど、みんないい人だよ!」

 私の答えに満足したのか、満たされたような顔で彼女は何度も頷いた。

「それはそれは。では、失礼します」

 そう言って、射命丸は風のように飛んでいった。一瞬で、もう米粒みたいに小さくなっている。

「……不思議な人」

 それで済ませてよいものか。正直なところ疑問だけれど、もう射命丸がどこにいったかすらわからないのだから、考えても仕方ないだろう。

 私は気を取り直して永遠亭に向かって進路を取る。今度はなんの邪魔もなく、ちゃんと永遠亭の庭に降り立つことができた。

「ミオちゃん、おはよう!」

「おはよう、望君!」

 私が永遠亭に降り立つのとほぼ同時、望君がかけよってきた。抱き締められるかな、なんて思ったけど、思ったよりも距離をとっていて、ちょっとだけ寂しく思う。

「ね、ねぇ、ミオちゃん。今日も蹴鞠、する?」

 望君は恥ずかしそうに、後ろ手に回した手を前に持ってきた。その手には、昨日も使った蹴鞠があった。

「うん!」

 私は笑顔で頷いた。

 それからしばらく、私達は蹴鞠を楽しんだ。


「ふぅ……、疲れちゃった」

 蹴鞠を思う存分楽しんだ私達は、縁側に座って休んでいた。私は息一つ切らしていないけど、望君は肩で息をしている。

「もう十回も続いたよ、すごいよね」

 昨日はできても六回が限度だったのに、すごい進歩だ。

「うん、大変だったけど、楽しいね」

「うん、すっごく楽しかった。望君、大丈夫?」

 あんまりにもしんどそうだったので、心配になってきた。

「大丈夫大丈夫。ミオちゃんは疲れてない?」

「全然」

 むしろもっと遊びたいと思う。

「やっぱりすごいなぁ」

「そう? 私は望君の方がすごいと思う」

 疲れ果てるまで頑張るなんて、人間だったころの私にはできないだろう。というか、ずっと疲れてた状態だったし。

「いや、ミオちゃんの方がすごいよ」

「ううん、望君の方が」

「ミオちゃんだよ」

「望君」

「ミオちゃん」

「望君!」

「ミオちゃんだってば!」

「望君だって!」

「僕よりミオちゃんのほうがすごい!」

「私より望君のほうがすごいよ!」

 そんなふうに、何度も何度も馬鹿みたいに『相手のほうがすごい』と主張し合う。

 そうやって言ってると、なんだか可笑しくなってきた。

「うふふ……あはははは!」

 耐えきれなくなって、大笑いする。

「ぷっ……。あははは!」

 望君も釣られて、大笑いする。縁側に、私達の朗らかな笑いがこだまする。

「あー可笑しい。もう、どっちもすごいでいいや」

「そうだね。でも、なんだか言い合っているときも楽しかった」

「そうだね、あっははは……」

 楽しい。ただ笑あっているだけなのに、すごく満たされる。すごく、安らぐ。

「ねえ、次はお手玉しよ?」

「うん! 輝夜も一緒に、みんなで遊ぼう! 輝夜起きてる?」

 望君は頷いた。

「おーい! 輝夜ー! あそぼー!」

 私は日が暮れるまで、永遠亭で過ごした。


 夜になってから住処に帰り、永琳にもらった血液パックをパパとキアにあげると、私は早々に眠った。

 夢の中で、私ともう一人の私がお茶を飲んでいた。私達の間には、小さなちゃぶ台があり、そこには湯気の立ち上る湯のみが置いてある。

 それら以外が全て黒の空間で、私ともう一人の私は会話を交わす。

「蹴鞠、お手玉、わらべ歌、じゃんけん、あっち向いてほい……すごく原始的な遊びばかり」

「何がダメなの? というか、全部高度な遊びじゃない。本当に原始的な遊びは、まだやってないよ」

 もう一人の私は、不思議そうに顔を傾けた。

「じゃあ、あなたにとって原始的な遊びって、なに?」

「エッチなこと」

 もう一人の私が固まったように動きを止めた。

「……淫乱」

「うるさい。紛れもない事実でしょ? お互いの身体があればできるんだから」

「変態」

「あのね?別に私は望君とそういうことをしたいってわけじゃなくて、一般的な話をしてるの」

「子供が考えることじゃない」

 はん! と私は鼻で笑った。

「あなたがそれを言う? 『子供が考えることじゃない』って、本当に子供が考えることかな?」

 彼女は押し黙った。

「あなたも私も、どんなに望んでも願っても、普通の子供になんてなれないの。わかってるくせに」

「普通の子供になる方法はある」

 私は訝しげに彼女を睨む。

「私が生まれた方法と同じことをすればいい」

「んなことできるわけないでしょうが」

 元々、私ともう一人の私は、分かれたくて分かれたわけじゃない。ある日、虐められている自分を、私が見ていた。魂だけが、離れているような、そんな感覚だった。私の身体は死体か脱け殻のように無反応で、そんな私をパパが楽しそうに、気持ち良さそうにいじめていた。その様子を、私はまるで遠い世界の出来事のように眺めていた。

 そんな感覚を何度も何度も何度も味わっているうち、無反応だった私の身体が、私が動かしていないにも関わらず動き、反応し、泣き叫んだ。思えば、あれが今目の前にいるもう一人の私の雛形だったのだろう。

「できるはず、もう一度」

「もう一度パパに虐められろって? 私が!? どれだけ苦しいことかわかってるのに、そんなこと言うの!?」

「……ごめん」

 いくらなんでも言いすぎたと自覚したのか、彼女は意見を引っ込めた。呼応するように、私も怒りを収める。

「そもそも、普通の子供になる意味なんてないの」

「なんで」

「もう、私は私として幻想郷のみんなや美沙お姉ちゃん、望君に認識してもらってる。この状態で普通の子供になんかなったら、みんな戸惑うよ」

「……」

 幻想郷の皆は、私が私でいるだけで喜んでくれる。だから、今のままで頑張ればそれでいいはずなんだ。

「わかった。その点に関しては、もう何も言わない。でも、あなたも望君と駆け足で仲を深めないで」

「……うるさい」

 そう言った直後、私は目が覚めた。

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