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東方幻想入り  作者: コノハ
際限なき憎悪と……?
82/112

告白と私

 目を開けると、変わらず冷たい床があった。あわよくば夢であってほしかった。

 私はゆっくり体を起こすと、近くの壁に背を預け、ため息をつく。繋がれているせいで動き回ることさえできない。猿轡、首輪、手錠、足枷に鎖。ここまで徹底していると自分が動物になったような気さえしてくるのだから不思議だ。

 目が覚めたら永遠亭の天井があって、望君や輝夜が心配そうに覗き込んでくれて、というのを期待していたのだけど。

 それにしても、今はいつだろうか。どれくらい眠っていたのか、まるでわからない。

 そろそろ幽香が来る頃ではないだろうか。漠然とそんなことを思う。

 カチャカチャ、と扉の向こうで音がして、楽しそうに笑う幽香が入ってきた。

「おはよう。お友達が来てるわよ」

 そう言った彼女を突き飛ばすように、輝夜と望君が部屋の中へと駆け込んできた。望君? どうして? 

「望君!?」

「ミオちゃん、しっかりして! 大丈夫、今助けるから!」

「ミオ、もう安心よ。私たちがいるわよ」

 望君が私の猿轡と首輪を外してくれた。輝夜が手錠と鎖を力づくで引きちぎった。

「ありがとう、望君、輝夜。あとは幽香と戦ったら」

 そうしたら、私は自由。そう言おうとして、望君に抱き締められた。

「……え?」

「怖かったね、大丈夫、大丈夫だよ。僕がいるから。もう何も怖いことなんてない、安心して、ね?」

 ぽん、ぽん、と背中を優しく叩かれる。心臓の緩やかな鼓動に合わせて、その手は動く。彼は安堵の息をつくと、ぎゅっと私を抱く腕に力を込めた。布一枚隔てた向こうに、彼の心音が私に響く。裸のまま抱き締められている、というのがとても恥ずかしい。どき、どき、と胸が早鐘を打つ。けど、望君はそんなことを気にしている様子はなかった。

「……さて、私の友達を手篭めにしようとした落とし前、どうつけてくれようかしら」

「そうね」

 ほっとしていると、幽香の姿が視界に入る。彼女は少しだけ申し訳なさそうな表情をしていた。ゆっくりと、近付いてくる。

「望君、気を付けて。パパの同類だよ」

 彼に耳打ちすると、彼は私から離れ、幽香の方に向き直る。両手を広げ、彼女と対峙する。

「ミオちゃんに手を出すな」

「……あら、あら。ずいぶん強気ね。そんなに必死で守ろうとして。彼女はあなたの何かしら」

「大切な人だ! だから、ミオちゃんに酷いことするっていうんなら、僕が相手だ!」

「勝てると思っているのかしら」

「勝てなくても、戦う!」

 トクン、と心臓が跳ねた。

「ふふふ、かっこいいのね、あなた。でも安心しなさい。今回は私も悪かったと思ってるわ。ミオちゃんが助けを呼ばなかったとしても解放してあげようと思ってたんだから」

「え、そうなの?」

「騙されちゃダメっ!」

 納得しかけた望君に、警告する。私の言葉に彼は頷いて、再び警戒態勢をとった。

「そ、そうなら、それ以上ミオちゃんに近づくな!」

 わかったわ、と幽香は肩を竦めた。

「幽香、なんであなたこんなことしたの?」

 ため息交じりにカグヤが聞いた。彼女の表情がパパに向けるものほど厳しくないのは、まだ未遂だからだろうか。

「ちょっとしたイタズラのつもり、だったのよ」

 輝夜の問いに、幽香は苦笑して答えた。その顔に嘘を言っている風はなかった。

「取り返しのつかないところまではしなかったけど……まぁ、お詫びしないとね」

 そう言って幽香は私たちに近付いてきた。

「ミオちゃん、本当にごめんなさい。一発だけなら、私に何してもいいわ」

 輝夜が驚いたように一瞬目を見張ったのを見逃さなかった。そんなに珍しいことなのだろうか。

「……わかった」

 私は立ち上がって、幽香の前に立つ。

「しゃがんで」

 彼女は言われた通りにしゃがみ、私と同じ目線に立つ。

「あなたは、私に何するのかしら? 一撃で私を殺すつもりかしら? ふふふ」

 楽しそうに笑う幽香の頬を、思いっきりはたいた。

 乾いた音がして、私の手のひらにじんじんとした痛みが広がる。

「これで、許すから。だからもう、私たちに近付かないで」

「……わかったわ。ええ、もちろんよ」

 ひょうひょうと、彼女は笑った。

 彼女には構わず、返答を聞くと私は望君の手を引き、扉の外へと出る。視界の端にいる幽香は、赤くなった頬を苦々しい表情で押さえていた。

 

「ミオちゃん、本当に大丈夫?」

「大丈夫」

 望君の手から、体温が伝わってくる。トク、トク、と早かった鼓動はずいぶんとなりをひそめたが、それでも私の気持ちには何かしらの影響を与えていた。

「……何もされなかった? ……って、ごめん。言えるわけ、ないよね」

「望君になら、なんでも言うよ」

 振り返って、彼の顔を見る。彼はなぜだか顔が赤かった。照れているのだろうけれど、どうしてだろうか。

「な、なんでもって」

「うん。なんでも。パパにされたことも、幽香にされたことも、望君が言ってほしいなら、望君が知りたいのなら、教えるよ」

「……とりあえず、外に出ようよ。話が、あるんだ」

 言われて、うなずく。それから、幽香の家を少し観察してみる。

 部屋の外には、ごく普通の木造住宅があった。内装は非常にシンプルだが、そこかしこに花壇や鉢があり、そこには何種類もの花が山ほど咲いていた。

 そして、それらに紛れるように、拘束具があった。手錠や足枷などは山ほどあるのだが、拷問器具は一切なかった。プレイ用のロウソクすらないというのはどういうことだろうか。

「ミオ、いったん永遠亭でいいかしら?」

 遅れて部屋から出てきた輝夜の提案に、私は頷いた。それから、望君に向き直る。

「望君……ありがとう。あなたのおかげで、助かった」

 ありがとう、なんかじゃ全然足りなかった。助けてくれた。助けに来てくれた。

「う、ううん。僕、なんにもできなかった。全部、まかせっきりで」

「来てくれただけでも、嬉しいよ」

 嬉しいなんて言葉じゃ言い表せないほど、私の気持ちは強かった。この気持ちは、なんだろう。感謝じゃ足りない。歓喜でも足りない。それにこの気持ちはずっとずっと前から感じていた。彼にだけ、感じていたものだ。

 もしかして、私は、彼のこと、好き?

 その自分への問いかけが、引き金だった。

 好き? 嫌いじゃない。違う、もっと。

 好き? 好ましくはある。違う。そんな言葉じゃ全然足りない。

 好き? ……好き。違う、もっともっと!

 好き。大好き。私は、彼が好き。

 そう思ったとたん、私も彼に恋していた。あれだけうだうだ悩んでいたのが嘘みたいな速度で、モヤモヤしていたものが別の何かへと変わって、強くなっていく。 違う。

 私は、ずっと彼が好きだった。私が私を取り戻して、そして彼が彼の声を取り戻してから、ずっと。

「行こうか、ミオちゃん」

 そう言って、望君は私の手を引いて外に出る。もう空は茜色に染まりつつあり、吸血鬼の時間がそろそろ訪れようとしていた。

 しばらく歩くと、さっきの花畑についた。

「……望君」

「ミオちゃん!」

 力強く呼ばれて、望君が振り返る。望君は何かを決意したような表情をしていた。

「ミオちゃん、僕は……僕は」

 何を、言われるのだろう。わからない。けど、期待してしまう。まさか、こんな急に?

「僕は、君の事が好き。ずっと、言いたかった。今こんなふうな君に伝えるのは卑怯なのかもしれないけど、もう我慢できないんだ。ずっと君に伝えたいことがあったんだ。

 初めて見たときから好きです! ……付き合ってください」

 顔を真っ赤にして、震える声でぺこりと頭を下げる彼。ぐっと、胸から熱いものが込み上がってくる。

「顔、あげてよ」

 望君が私の顔を見た。ぎょっと、驚いたような顔をした。私が涙目になっているからかな。

「私も、あなたの事が好き。……でも私、汚れてるよ」

 私の声は、震えていた。彼の顔は、嬉しそうだった。私の穢れなんてまるで気にしていないふうに見えた。

「僕だって」

「正しい恋の仕方なんて、知らないよ」

「僕たちが、僕たちの恋を作っていけばいいんだよ」

「私、あなたの仇の娘だよ?」

「君が僕をいじめたわけじゃない」

「私、たぶん、めんどくさいよ?」

「いい。そこも含めて、全部好きだ」

 私は泣きながら、微笑んだ。

 つう、と頬に暖かいものが流れた。今までは、涙なんて嫌なものでしかなかった。でも、今は違う。この涙は、喜びの涙だ。

「こちらこそ、付き合ってください」

 私は繋いだ彼の手を引き寄せて、両手で包み込んだ。

「……ありがとう、ミオちゃん」

 そのとき、バッと、私の体に布がかけられた。

 結構上質な布で、肌触りがすごくいい。

「おめでとう、お二人さん」

 布をかけてくれたのは、輝夜だった。

「輝夜」

「おめでとう。でも、素っ裸じゃ締まらないわね」

 輝夜はそう言ってクスクス、とお上品に笑った。着ている服を一枚着せてくれたようで、輝夜は白い着物姿になっていた。

「あ、ありがと」

「それじゃ、きょうはそろそろ日も暮れるしお別れね」

 うん、と私は頷いたけれど、望君は納得いかない、という表情をしていた。

「どうしたの?」

 輝夜が聞くと、望君は不満げな口ぶりで言った。

「だって、僕たちもう付き合ってて、それなのに」

「付き合ってすぐに夜を共にするなんてはしたないわ。想いが通じ合ってるのはわかったでしょ? それなら、段階的に仲を深めていきなさい。 二人とも、永遠なんだから」

 輝夜が説得すると、渋々ながらも彼は頷いた。

「うーん……でも。……わかった。じゃあね、ミオちゃん」

「ん、バイバイ」

 私は微笑むと、背中から翼を生やして、飛び上がる。

「それじゃあ、望君、また明日」

 私はそう言って、彼に手を振った。彼も最初は渋々と、最後には元気に手を振ってくれた。

「また明日! 待ってるから!」

「私も、楽しみにしてるから! また明日!」

 私も手を振りかえす。地上が遠ざかって米粒みたいになるまで、私はそうしていた。

 それから私は、パパとキアがいる住処へと帰っていった。

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