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東方幻想入り  作者: コノハ
際限なき憎悪と……?
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幽香と私

 花畑につくと私は翼をしまい、体育座りで座り込む。お花を踏んでいないかの確認も忘れない。色とりどり、様々な種類の花を眺めながら、私は頭の中を整理しようとする。

 パッ、パッ、ととりとめもないことが浮かんでは消えて行く。けれどどれもこれもピンとこなくて、次第に何のために何について考えていたのかさえあやふやになっていく感覚に陥る。探せど探せど、見つかるものはなにもない。

 彼は私のこと、どう思っているのだろう。

 私は彼のこと、どう思っているのだろう。

 百ほど言葉を尽くして考えてみたが結局、突き詰めてみればこの二つなのだ。どうすれば、この疑問を解決できるのだろう。彼が私に向けるものはともかく、私が彼に向けるものは、答えが出るはずだ。

「こんにちは、小さな吸血鬼さん」

「あ……幽香、さん」

 花の甘い香りがしたかと思えば、私の目の前に昨日も会ったフラワーマスターが立っていた。

「ふふふ、幽香でいいわよ。ね、ミオちゃん」

「私も、ミオでいいよ」

 にっと、幽香は獰猛な笑みを浮かべた。

「あらあら。私はあなたを好きなように呼ぶわ。文句あるかしら?」

 しばらく悩んで、首を振る。

「でも、あんまり酷いのはやめて欲しいの」

「参考までに、どんなのは嫌なのかしら」

「あれ、とかそれ、とか、私を物みたいに扱わないで」

 幽香が一瞬だけ眉をひそめた。それもすぐに元の獰猛な笑顔に戻り、彼女はその表情のまま私のそばまで来た。

「あら、あら。わかってないわね。あなたは人のまま、私にいじめられるのよ。大丈夫、痛いのは最初だけよ」

 私は幽香を睨みつけた。アリスがあんなにも警戒していた相手。どれほどの力があるかなんてわからない。でも、私は戦わなければいけない。自分の身を守るために。

「……冗談よ。ったく、あなたにこういうのはダメね」

 そういって柔らかい表情になって、私の顎の線を指でなぞる。くすぐったい。でも、嫌ではない。

「あなた、どうしてここに来たのかしら?」

「考え事」

 彼女の指が顎から首筋へと移っていったが、不快感はない。優しく、撫でるように動く指先が心地よかった。

「考え事、ねぇ。あなたお父さんのことかしら?」

「違う。恋、のこと」

 幽香が目を見開いた。

「恋、ねぇ。また乙女っぽいこと考えてるじゃない。意中の相手は誰かしら」

 答える気には、なれなかった。もしかしたら幽香が彼に興味を持つかもしれないし、そんなことになったらまた彼に不幸が降りかかる。そんなのは嫌だった。

「誰でもないよ」

「相手もなしに恋はできないわ」

「恋について考えてるだけ。恋してるなんて言ってない」

「恋について考える時っていうのは、もう誰かに恋してる時なのよ」

 私は訝しげな表情を幽香に返した。

「心の奥じゃ全部わかってるのよ。だから、意中の相手に、自分の気持ちを合わせていくの。ふふふ、初々しいわね」

「私は違うもの」

「……ふふふ」

 私が言うと、幽香は私から指を離した。与えられていた心地よさが消えて、急激な寂しさに見舞われる。思わず、声が漏れる。

「あ、もっと」

 と、ここまで言いかけて口を覆う。

「もっと、何かしら? あらあら、ミオちゃん。ずいぶんとまぁ。ふふふ、次はどこを撫でて欲しいの?」

 いやらしく、まるでパパみたいな笑顔を浮かべて、幽香は私の各所に触れて行く。こしょこしょと、くすぐったい感じやこそばゆい感じがするけれど、嫌ではない。彼女の指使いに、心の鎖が緩んだのか、自然な口調で、それこそ輝夜かアリスにでも話しかける雰囲気で、私は口を開いた。

「幽香、恋ってしたことある?」

 その指が、止まった。

「どうしてそんなこと聞くのかしら」

「参考までに」

「ふふふ」

 ドサ、と、押し倒された。青い、雲一つない空が視界いっぱいに広がる。広い空を覆うように、幽香が私の視界を満たした。妖怪じみた鋭い歯並びが見える。その牙がチャームポイントに見えるくらい、幽香の顔は美しい。

「してるわ。あなたに」

「私、女の子だよ」

 そうでしょうね、と彼女は笑った。ふとももに、ヒヤリとした感覚が。

「ひゃっ」

 思わず、そんな声を漏らす。ダメ。声なんてあげてもやめてくれないのはわかってることなのに。ちゃ、ちゃんと心を、感情を、感覚を消さないと。

「いい声ね。ゾクゾクしちゃうわ」

「やめて、わ、私、こんなの嫌」

「じゃあ私の家にいきましょう? 飼ってあげるわ。首輪はしても大丈夫かしら? 鎖は? 手錠は? 足枷は? ゆっくりじっくり、私好みに仕立ててあげるわ」

 抵抗しようとすると、地面からツルが伸びてきて、私の手足に絡みつき、動きを封じられた。

「なっ」

「あらあら、強情ね。仕方ないわね、ここで快楽に漬けてあげる。どっぷりと、頭から足までね。何にも考えられないくらい、気持ちよくしてあげるから安心しなさい。特別サービスよ」

 腕、ふととも、お腹、胸、と全身を撫で回される。彼女の姿が、パパと重なる。

「や、やぁっ! やめて! お願い、やめて、パパ!」

 私は目を硬く閉じて、何も見るまい、何も感じるまいと心に強く念じる。

「誰を見ているのかしら。私は風見幽香よ。大丈夫、何も心配いらないわ。私に全部委ねて、堕ちてしまえばいいのよ」

 そんなことを言われても、全然安心できない。頭の中のパパと、与えられている刺激とがあいまって、今目の前にパパがいるかのような錯覚に囚われる。

「や、やぁ……やめて、やめてよ、パパぁ……。もうやだよぉ、あんなの、もう……」

 すっと、スカートがまくりあげられる。悪寒がして、全身に鳥肌が立つ。

「ひっ」

「あなたのパパの気持ち、ちょっとだけわかったわ。あなた、可愛いわね」

 何度も何度もパパに言われた言葉。またあんな日々が始まるのだと、悟ってしまった。痛みと苦しみとが延々と続く死にたくなるような地獄に、私はまた生きながらにして突き落とされるのだ。

「や、やだ、やだっ!」

 涙を流しながら、戒めを解こうと必死でもがく。

「……おかしいわね、痛いことなんて何もしてないのに。もしかしてこの子快楽を得られない体なのかしら」

 そう言って、幽香はごそごそと何かをした。

「ごめんなさいね、ミオちゃん。私、わかってなかったわ。気持ちよくなかったのね。そりゃ、嫌がるわよね。これ、あなたの快感を増幅してくれるお薬よ。ありていな言い方をするなら、媚薬、かしら」

 途方もない絶望が、私を襲った。

「……え?」

 目を開けて、幽香を見る。彼女の手には、小さな瓶があり、その中にはピンク色の半透明の液体が入っていた。

「大丈夫よ。しばらく戻ってこれなくなるけど、戻ってきた時にはあら不思議、どんな人でもちゃんと感じれるようになるのよ。ステキでしょ?」

 もう、抵抗する気もわかなかった。この感覚は前にも味わったことがある。パパに襲われて、犯され続けて、私という存在が解けそうになったときによくにている。そう、このあと、私は。

「ふふふ、さ、お薬の時間よ。大丈夫、甘いお薬だから、どんな子でも飲めるわ」

 近付いてくる小瓶を前に、私は気が遠くなるのを感じた。

 そこで、意識が途絶える寸前、私は踏みとどまった。ダメだ。せっかく私を取り戻したのに、また二人や三人に別れるわけにはいかないのだ。

「幽香。薬はやめて」

「なんで? 痛いんでしょ?」

 ここでようやく、私は悟った。目の前にいるのは、人間じゃない。私がいくら嫌がってもそれは『嫌よ嫌よも好きのうち』と考えるような妖怪なのだ。

 もう、吹っ切れた。どうせなら快楽漬けなんかより、痛みのほうがまだ耐えられる。乱れていく自分ほど、嫌なものはない!

「私は幽香のことなんて大っ嫌い! だから、いくら気持ちよくても嫌なの! わかったら早く外してよこのバケモノ!」

 ピク、と幽香の額に青筋が浮かんだのがよくわかった。

「へぇ。いい度胸じゃない。さっきまで泣きそうな顔だったくせに」

「さっきまでは関係ない! 離さないなら、このまま舌噛んで死んでやる! 誰が奴隷になんてなるか!」

 私が叫ぶと、幽香は楽しそうに口の端を緩めた。

「いいわ。やってみなさい」

 なめられている。私はそう直感すると、舌を突き出して、ためらいなく噛みちぎった。舌の先にたとえようもない激痛が走って、ひゅ、と舌が奥に引っ込むような感じがした。

「ぐ、ぅ」

 口の中が血でいっぱいになって、それを飲み込むこともできない。舌を噛むって、こんなに苦しいんだ。前は、助けてもらったけど、今は助けなんて来ない。ああ、こんなにも、辛いの、か。知らな、かった。

「……あなた一体何があったの? いくら死なないって言っても、舌を噛むなんて普通は……」

 幽香が何かを言っているのが聞こえるけど、何を言ってるのかは聞こえない。自分の血で溺れているような感覚に、とてつもない恐怖を感じる。

「……やりすぎた、ってことね。反省反省」

 そんな声を最後に、私は死ぬようにして気を失った。


 目をあけると、猿轡を噛まされていた。素裸のまま首輪を嵌められ、後ろ手に回された手には手錠をかけられて、右足首には、鉄製の冷たい足枷が嵌っている。足枷から伸びる鎖は重そうな黒い塊へと続いていた。

 私が捕えられている部屋はコンクリートでできていて、窓はない。外へと続く扉はたった一つで、構造上外からしか開かないようになっている。

「お目覚めみたいね」

 まるで見計らったように、幽香が鉄製の扉を開けてやってきた。私のすぐそばまでやってくると、血の力を使って血の針を生み出そうとする。しかし、小さな針一本作り出すことはできなかった。

「もが?」

「あなたの血は吸血植物にあらかた吸わせたから、多分生命維持ができるかできないかくらいの血液しか残っていないはずよ」

 体を拘束され、血の力という牙さえもがれて。もう私に抵抗する術は何ひとつなかった。せめてもの悪あがきに、私は幽香は睨みつける。

「ふふふ。強い子ね。私、あなたみたいな子、大好きよ」

 虫唾が走る。そんな私に構わず、幽香はにっこりと笑った。

「なんで足は自由にしてると思う?」

 クスクスと、小悪魔のような笑みを浮かべながら彼女が近付いてくる。一歩、一歩彼女が私との距離を詰める度、私の背筋に冷たい汗が流れる。

「可哀想なあなたは、わかるわよね? 何度も何度も経験したことだものね?」

 拘束器具が一切つけられていない左足首を、幽香の手が掴んで引き寄せた。胸の位置まで引き寄せられると、私は大股を開く格好になってしまう。これから何をされるのかがわかってしまうのが嫌だった。

「ひっ」

「いい声で鳴くじゃない。でも、ま、やめてあげるわ」

 幽香は楽しそうにパッと手を離した。パタリと、力なくコンクリートの床に落ちる私の足。もはや痛みなんてどうでもよかった。

「も、もがむか?」

「えっと、何するつもり? これからどうなるの? なんでやめたの? ……そんなところかしら。ただ飼ってあげるだけよ。優しくしてあげるし、エサだってあげる。エッチなこともしてあげたかったんだけど、あなたにとってそれはご褒美にはならないみたいだから」

 ま、もうしばらくはここにいてなさい、と言って幽香は出て行った。

 物音が完全にしなくなってから、私はさめざめと泣いた。

 なんで、こんな目に。ちょっとでも復讐をした私に天罰が下ったの? なんで私だけ? なんでパパやキアは無事で、なんで私だけこんな目に遭うの!?

 と、ここで私はハッとなった。

 キア、そうだ、キア!

 彼女は私と心を繋ぐことができる。今の私は吸血鬼としての力がないから、どうなるかわからない。でも、試すしかないんだ。

 一縷の願いを込めて、私はキアを呼ぶ。

 キア、キア! 返事して、お願い!

 ……マスター?

 繋がった! やった! でも、感覚が遠いし、キアから伝わる意識も薄くて細い。そう長い間繋いではいられないだろう。

 キア、今から言うことをよく聞いて。今から永遠亭に行って、輝夜に伝えてほしいことがあるの。

 輝夜さんに、ですか?

 そう。私今風見幽香に捕まってるの! 助けて!

 え? どういうことですか、マスター!?

 プツンと、私の意思に反して、接続が切れた。伝えたはず。伝えたんだ。輝夜に伝わったら、もう大丈夫。助かるんだ。それまで地獄を味わうのだとしても我慢できる。私はすっかり安心して、冷たい床に体を横たえ、目を閉じて眠りについた。


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