発露する芽と私
ポン、ポン、ポン……。
可愛らしい鞠が、蹴り上げられて宙を舞う。
「あ、わ、わっ」
望君が、蹴鞠を少し遠くに蹴り上げてしまう。私はすかさず、素早く動いてフォローをする。地面に落ちるかと思われた鞠は、再び宙に蹴りあげられた。
「あ、ありがと」
「大丈夫」
蹴鞠を輝夜に教えてもらってからしばらく。私と望君はずっとこの花柄の鞠を蹴り続けていた。
「ふふ、じょうずね」
輝夜がまた上品に笑った。
「ミオちゃん、はいっ!」
そう言って、蹴鞠がこちらにとんでくる。私はそれを受け、かるく蹴り上げる。ポン、ポン、ポン、と蹴ったところで蹴鞠は地面に落ちてしまった。
「あ、ごめん」
「いいよいいよ。僕なんてまだ三回できたらいい方だし」
そう言って慰めてくれるのは嬉しいのだけど。
「もっとがんばる。上手くなりたい」
お手玉にしても、これにしても。上手になりたい。
「うん、僕もなりたい。一緒に練習しよ、ミオちゃん」
私は頷いた。
手に持った鞠を蹴り上げようとした。
「おはよ~輝夜、鈴仙。あれ? ミオじゃん。おはよ~」
そのとき、目をこすりながら美沙お姉ちゃんが私たちのいる縁側までやってきた。
「おはよう、美沙。もうお昼だけどね」
輝夜が苦笑しながら美沙お姉ちゃんの方を向いた。
「嘘」
驚いたように美沙お姉ちゃんは目をこすっている姿勢のまま固まった。
「嘘なんてついてどうするのよ」
「起こしてくれてもよかったじゃない」
「疲れてたみたいだから」
そう輝夜が言うと、美沙お姉ちゃんは小さくありがと、と言った。
私は蹴鞠をきりやめて、美沙お姉ちゃんのそばまで歩いた。望君もついてくる。
「おはよう、美沙お姉ちゃん。疲れはとれた?」
私は美沙お姉ちゃんの顔を見ながら聞く。
「え? まぁ、おかげさまで」
彼女の顔は眠そうではあったけれど血色はよく、雰囲気も暗くない。
「よかった」
私は胸を撫で下ろす。実は結構心配だった。怖がられてるかもしれないから軽々しく顔を見には来れなかったけど、元気そうでよかった。
「キスされた時はホントどうしようかと思ったけど……犬に噛まれたとでも思って忘れるわ」
そういってお姉ちゃんは明るく笑った。
「強いなぁ、お姉ちゃんは」
思わず、そんな声が漏れた。羨ましいくらい、眩しいくらいにお姉ちゃんは強い。
「ん? ミオだって強いじゃん。私なんてへなちょこだよ?」
「体の強さなんて、関係ないよ」
お姉ちゃんはここにきてずっと大変な目に遭ってきたはずだ。それなのに、落ち込むでも狂うでもなく元気に笑っている。私にも望君にもできなかったことだ。
「そう? ありがと」
美沙お姉ちゃんは笑いかけてくれた。心が暖かくなって、復讐なんてどうでもよくなってくる。
「ありがと、お姉ちゃん」
こんな風に復讐を忘れさせてくれたお姉ちゃんに、心からお礼を言う。
「ん? よくわかんないけど、どういたしまして」
そう言って、美沙お姉ちゃんは私の頭を撫でてくれた。お姉ちゃんのたおやかな指が心地よくて、目を閉じる。ただ撫でられているだけ。ちょっと前までは怖くて仕方のなかったことなのに、今はとても安らいだ気持ちでこの温もりを享受できる。これが、幸せなのかな。
「あ、僕おトイレいってくる」
望君がそう言って靴を脱ぎ、縁側にあがった。永遠亭の中に入り、襖を開けてどこか……トイレに向かっていった。彼の姿が見えなくなったところで、口を開く。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん」
「ん?」
「恋って、どんな感じ?」
ずっと聞きたかったことを、口にする。さっきまでは言い出せなかったけど、今ならするりと口をついて出てくる。安心したから、だろうか? 違う気がする。なんだか、望君がいなくなったからのような気が、しないでもない。何を彼に遠慮することがあるのだろう。
「こ、恋? 急にどうしたの?」
「興味出てきて。どんな感じか、美沙お姉ちゃん、知ってる?」
美沙お姉ちゃんは輝夜と顔を見合わせた。それから、私の方を見た。
「まぁ、悪いもんじゃないわ。でも勘違いしないでほしいのは、あなたのパパがあなたに向けていたのは愛情でも恋愛感情でもないわ」
「ん……それはわかってる。知りたいのは、恋がどんなのかってことなんだけど」
私が言うと、美沙お姉ちゃんは困ったような顔をした。
「難しいわね。あんまりこう、言葉にするのが難しいから。教えてあげたいのは山々なんだけど」
美沙お姉ちゃんは肩を竦めた。
「輝夜は?」
私が輝夜に話題を振る。
「恋、ねぇ。人間なら誰しも一度は夢中になることかしらねぇ」
「……誰しも?」
輝夜は頷いた。
「そうよ。味で表現する人もいれば寒暖で表現する人もいる。男同士で恋する人もいれば女同士で恋する人もいる。恋っていうのは人によって違っていて、同じように見えても実は、違うものなのよ」
はっと、気付かされる。恋だって、感情なんだ。だから、人それぞれ違うものなんだ。
「だから、あなたはあなたの恋愛をすればいいのよ。あなたは、どんな恋愛がしたい?」
すぐには、答えることができなかった。だって私、恋の形を探して、その枠に自分を当てはめようとしかしていなかったから。正しい恋愛の形というものが、どこかにあるものだとばかり思っていた。でも、違うんだ。
「……私の、恋愛」
一緒にいて、安らぐ相手がいい。優しい人がいい。年が近い人がいい。私の苦しみや憎しみを理解してくれる人がいい。
「ただいま、みんな」
ふと、私は駆けてくるようにしてそばにくる望君を見た。
彼を見ていると、彼と一緒にいると、ほっと一息つける。自然に、優しい気持ちになってくる。
「私、は」
ドキドキじゃなくて、燃え上がるでもなくて、でも私はきっと、もしかして、でも、まさか。
「……また来るね」
急に恥ずかしくなって、私は外に駆け出した。
「え? ちょっと、ミオちゃん!?」
「ごめん望君! また来るから! 絶対絶対、また来るから!」
私は背中に翼を生やすと、一気に飛び上がり、幻想郷の上空を羽ばたく。
目を閉じて、わけがわからないままに飛ぶ。
どうして? どうして逃げてしまったの? 嫌われたらどうするつもりなの? バカじゃないの、私!
顔が熱くなる。なんで恥ずかしくなったのか自分でもわからない。でもなんとなくわかる。でもでも、簡単に言葉にしたくなかった。本当に私が思っている言葉が当てはまるのかどうか、しっかりと考えたかった。
「……」
気がついたら、幽香と会った花畑の上に来ていた。綺麗なものを見ていたら、考えだって、気持ちだって落ち着くかもしれない。
そう思って、私は花を踏まないよう注意しながら花畑に降り立った。