おしゃべりと私
すた、と永遠亭に降り立つと、縁側に座って足をプラプラさせているノーマ……望君が私の方へとかけてきた。
「あ、こんにちは、ミオちゃん」
「こんにちは、望君」
挨拶から推測するに、フランに攻撃されたとき随分と長い間気を失っていたようだ。まあもう過ぎたことだしあとから恨んだりはしないが。
私は望君の手を取った。望君は驚いているようだった。不思議そうな顔をした彼が、上目遣いに見つめてくる。頭一つ分くらい小さい彼に、私は笑いかける。
「大丈夫、私は何もしないよ。さ、一緒に座ろ」
縁側まで彼を連れていくと、私はそこに座る。彼は首をかしげたあと、手をいったん離してから、私の隣に腰掛けた。
「ねぇ、ミオちゃん、アリスさんは?」
「今日は1人。そろそろ私もここに慣れてきたし、独り立ちしたくなって」
そういって笑みを作る。
「独り立ち? まだ僕ら子供なんだし、そんなのあとでいいよ」
彼は世間話でもしているように返してきた。私が嘘をついていることはバレなかったようだ。
「う〜ん、なんだろ、言葉にしづらいんだけど、ほら、私外の世界にいたとき家でずっと酷い目に遭ってたの。だから、自分が住む所に他人がいたら……ね」
事実のような、嘘のような、自分でもよくわからないことを言った。少し本音を言うのなら、私にとって虐待を受けているのが日常で、痛みのない日々の方が違和感がある。痛くない、苦しくないのにどこか『違う』感じがする、というのは私が根本から異常であることを示していることの一つだろう。
「ふぅん……。ミオちゃん、大変だったんだね」
彼はそう言って頭を撫でてくれた。彼はまるで六才前後のように見えるけど、本当は私と同い年。なんだか気恥ずかしさを感じずにはいられない。私はいざとなったら体を変える事ができるけど、望君はどうなのだろうか。もしかして、百年後も子供のままとか? それは気軽に聞ける問いではないように感じる。
「もう、望君ったら。恥ずかしいよ」
「あれ、嫌だった?」
「違うよ、ほら、同い年に頭撫でられるのはちょっとだけこそばゆいでしょ?」
そう言って撫で返す。彼の髪はさらさらしていて、触っていて心地いい。
「う……ん、そうだね、ごめん」
「ううん、気にしないで。嫌じゃないから、撫でてほしいときは言うね」
私が言うと、彼は照れて顔を赤くした。こんな風にはにかんでいるところを見ると、もう心の傷は大丈夫なのかもしれない。そう思ったところで、その気持ちを否定する。もしかしたら私のように無理して笑っているのかもしれない。だから、言動には気を付けないと。
「あはは、ちょっと照れ臭いね。でも、いつでも言ってね。僕でよければ、いつでも君の癒しになるよ」
今度はこっちが赤面する番だった。た、たしかにストレートな物いいは嬉しいけれど、照れ臭いものがある。
「も、もう。からかわないで」
「からかってなんかないよ。僕は君にできることならなんでもするって決めたんだ」
私は少しだけ目を鋭くした。
「なんでもなんて軽々しく」
「軽々しくないよ」
即答されて、私は目をしばたかせた。
「『なんでも』が重いっていうのは、僕だってよくわかってる。でも、それでも僕は君のために『なんでも』してあげたい」
そう言って彼は私を熱く見つめてくる。嬉しい一方で、私は傷ついていた。
彼がこう思ってくれるのは、全部私への罪悪感が元なんだ。
そう思うと、むしょうに不機嫌になっていく。
「望君、そう思ってくれるのは嬉しいよ。けど、私に引け目があるからそんなこと言うんでしょ?」
彼は申し訳なさそうに顔を伏せ、何も言わなかった。
「あのとき私の手を振り払ったことを、まだ後悔してるんだよね。まだ罪悪感を抱いてるの? もういいよって言ったのに。気にしてないよって言ったのに!」
彼は土下座までして謝ってくれた。それだけで、もう彼を許した。そもそも望君があのとき私の手を振り払ったのは、精神状態が普通じゃないときだったのだ。望君に責任なんてない。あるとすれば、望君を狂わせた、解放団……パパ。
「それでも、僕は……君に償いがしたいんだ。なんでもするよ。僕にしてほしいことがあったら、言って」
私はもう我慢できなかった。望君にとびかかると、肩を押さえて押し倒した。馬乗りになって、彼を見下ろす。
「ひっ」
条件反射のように、彼は目を閉じて体を震わせた。
「……望君」
「な、なに?」
恐る恐る、彼は怯えたようすで薄目を開けた、
「私、御陵臣の娘だよ。知ってた?」
彼は頷いた。知ってて、あんな風に接してくれたのか。嬉しくて、涙が出そうになる。
「それでね、望君。私ね、あなたと対等でありたいと思うの。私とあなた、どっちが上か下か、とかじゃなくて、私はあなたと同じ場所にいたいの」
彼は何を言われているのか理解が追いつかないようだ。
「あなたが言うようなことを私が受け入れたら、こうなるよ?」
「こう、って?」
「私が上で、あなたが下。命令する側、される側。私、そんなの嫌」
望君とは普通に、普通以上に仲良くしたい。でもそれは対等でないとできないことなのだ。私が彼に望むことは、命令してしまったら決してできないことなのに。
「私は、許したよ。あなたも、あのとき私の手を振り払ったあなたを許してあげて」
じっと彼を見つめる。言葉では伝わらない何かを伝えたかった。けど、吸血鬼の力だけは使わないようにしないと。
「……うん、わかった。でも、本当にいいの?」
「いいの」
私は彼の上からどくと、彼の手をとって体を起こしてあげた。さっきまでしてきたように、隣同士に座る。
「これで、私とあなたはおんなじ。ね?」
「うん。……ごめんね、ミオちゃん。僕、勘違いしてた」
そう言って彼は柔らかく微笑んだ。その笑顔がまぶしかった。
「いいのいいの。優しい人なら罪悪感抱いても仕方ないことだったんだから」
そう言って、彼の肩を抱いた。なんだか、彼と触れ合っていたら安心する。ほっと、一息つけるのだ。
「ねえ、望君。私、これから毎日あなたにお話をしに来てもいい?」
私が聞くと、彼は少しだけ頬を赤くして私から目をそらした。
「い、いいよ。でも、夜遅くはダメだからね」
「うん、わかった」
なんだか恥ずかしくなって、彼から離れる。彼は一瞬だけ寂しそうな顔をした。けど、私はそんな表情をしてくれたことが嬉しかった。変な私。
「……」
「……」
しばらく、沈黙が流れる。何か楽しいお話しないと。パパの話……は、傷つけるだけだろう。だからなし。 じゃあ、私、望君とどんな話ができるんだろう。アリスや魔理沙といるときは、こんなこと考えないのに、望君といるときはつい考えてしまう。どんな話をすれば、望君は笑ってくれるんだろう。私が本で読んだ知識は、私の疑問に答えをくれなかった。難しい漢字は読めても、望君の興味を引けるような話題は何一つ読めない。
「ねぇ、ミオちゃん」
「な、なに?」
落ち着いている望君とは違い、私はドギマギしてしまう。
「……なんでもない。ごめんね」
「え? いや、いいよいいよ。気にしないで」
そう私が微笑むと、彼も私につられて顔をほころばせた。
「随分、仲良くなったのね」
そのとき、後ろから声がかかった。そちらを向くと、ウサギ耳をつけている女性、鈴仙と輝夜がいた。
「鈴仙、輝夜。こんにちは、お邪魔してるよー」
「いらっしゃい。……あれ、アリスがいないみたいだけど」
輝夜が私の隣に腰掛けて聞いてきた。
「今は一人だよ。独り立ち目指して頑張ってるの!」
私が言うと、輝夜は口元を手で押さえて上品に笑った。砕けた口調とかではわからないけど、こういう仕草とからお姫様だよねぇ。
「それはいいことね。私も見習いたいわ」
「姫様が一人暮らしなんてすれば生活リズムが崩れて大変なことになりますよ?」
鈴仙が茶化すように言った。
「そうだよ、輝夜さん。料理もロクにできないのに」
望君も楽しそうに笑った。
「もう! 茶化さないでよ、私だってやるときはやるわ!」
はいはい、とでもいうように鈴仙と望君は笑う。楽しそうだなぁ。
「ねぇねぇ、輝夜。美沙お姉ちゃんは?」
「あの子は寝てるわ」
思わぬ返答に、私は目をパチクリとさせた。
「寝て……え、もうお昼だよ?」
「疲れてるんでしょうね。あの子、ここにきてずっと緊張しっぱなしだったから」
確かに、美沙お姉ちゃんは解放団が活発に活動していたときにここへ迷い込んだ。異世界へ迷い込むなんてだけでもド級の異常事態なのに、それに加えて命の危機。疲弊しきってもおかしくはないだろう。平和になった今、疲れた体を休めているのだろう。
「そうだよね。美沙お姉ちゃん、大丈夫なの?」
「まぁ、時々跳ね起きるくらいで、日常生活に問題あるレベルでの異常は見られないわ。また今度あなたの元気な顔を見せてあげて。きっと喜ぶわ」
頷いたけど、乗り気ではなかった。この機会だし、聞いてみるかな?
「ねえ、輝夜。美沙お姉ちゃん、私のこと怖がってない?」
にこりと、彼女は笑顔で答えてくれた。
「ええ。心配しなくても、大丈夫よ」
ほっと、私は安堵の息をついた。
「そう。よかった。じゃあ、美沙お姉ちゃんが起きるまでここにいていい?」
輝夜は快く頷いてくれた。
「じゃあ、どんな遊びをしましょうか。今度は蹴鞠を教えてあげましょうか。女の子の遊びじゃないけど、そんなの気にする人ここにはいないしね。望もやるでしょ?」
「うん! やりたい!」
こうして、私たちはしばらく一緒に遊ぶことになった。