眷属のキアと私
これは夢だ。私が幻想郷で出会ったすべての人が出てきた。お花畑でみんな笑顔で楽しそうに遊んでいた。それを遠くで眺めている私は、それだけで満たされたような気持ちになる。
アリスが私を見た。柔らかい気持ちになった。キアが私を呼んだ。にっこりと笑って返した。
かつての仇も今は大切な家族も同然。おかしなことのように思うけれど、そう悪い気はしなかった。
よし、次は私が幸せになる番だ。
そう思ったのと同時、目が覚めた。
目を開けると、私の肩を揺らしているアリスと目があった。
「おはよう、アリス姉ちゃん」
私は体を起こすと、周りを見る。何度か眠ったことがある、アリスの家のベッドだった。眠る前後の記憶があやふやだ。そもそも私は眠る瞬間までの出来事を完璧に覚えているほど記憶力がよくない。ええと、確かキアと御陵臣を外に放り出して、私達だけ中で眠ることにしたんだっけ。
「アリス姉ちゃん、あの二人は?」
「中で待ってるわ。もうみんなご飯食べたから、あとはあなただけよ。どうする?」
まだ寝ぼけている頭を少しだけ回して、考える。魔法がかけられているのなら、私でも味を感じることができるのは昨日わかったことだけど、今はご飯、って気分じゃない。
「いいよ。それよりも、早く行こうよ。まずはレミリアのところね」
頭に、背の小さい吸血鬼が浮かぶ。あまり彼女とは会いたくない。でもこの苦手意識も前の私を引きずっているからであって、私自身が感じている不安や苦手意識ではない。……と思う。
「そう。いつくらいに行くつもりなの?」
「今から」
あまりの気の早さに、アリスは苦笑した。ぽん、と私の肩を軽く叩くと、部屋を出て行こうと扉に手をかける。
「あまり急がなくても大丈夫よ。ちょっと部屋で待っててね」
アリスは優しげな表情でそう言った。
「わかった」
私が言うと、アリスはにっこりと笑って部屋の外へと出て行った。
しばらく、部屋に一人残される。アリスに会いたいな、外に出ようかな、と思ったところで遠慮しがちに扉が開いた。伺うように、キアが頭を出した。
「キア、おはよう」
「お、おはようございます、マスター」
ぺこりと頭を下げると、失礼しますと言って部屋に入ってきた。綺麗な顔には傷一つなく、白い着物のような服がしつらえたように似合っていた。実際特注なのかもしれない。
彼女は私のそばまでやってきた。その手には、可愛らしい青のワンピースがあった。
「あの、お召し替えを……」
「ん。よろしく」
私は服に使っていた血を体の中に吸収する。すると、私はたちまち素っ裸になった。
「……すごいですね、マスター」
意のままに血を操る私を見て、キアが感嘆の声を上げた。
「大したことじゃないよ。ほら、服着せて」
両手をバンザイするようにあげると、おずおずとキアが私に服をきせていく。
「あの、マスター」
服は上質の素材でできているのか、肌触りがいい。よそ行きの服だろうか。あとでアリスにお礼を言わなきゃ。
「なに?」
「その、私の処遇、なんですけど……」
不安そうな、頼りない声で聞いてきた。嗜虐心がむくむくと育ってくる。そのイケナイ誘惑をかぶりを振って否定する。
「処遇? 今ので不満? 今のがダメなら私のオモチャだよ?」
何を想像したのか、キアは顔を青くして頭を下げた。
「も、申し訳ありません! そ、その、不満ではないのです」
「ふうん。で?」
冷たく見下ろして、キアに続きを促す。
「その、詳しい処遇をお聞きしたくて」
しばらく悩んで、思いつく。
「休みがどれくらいとか、労働待遇のこと言ってるの?」
「あ、はい、それです!」
つまり、だ。自分が奴隷であることに不満はないが、自分はどんな奴隷なのか、といった具体的なことを知りたいらしい。
「今は特に決まってないけど、私とアリス姉ちゃんの言うことは絶対。私の命令とアリス姉ちゃんの命令がぶつかったら、姉ちゃんのを優先して。復唱」
絶対に徹底させる命令を、キアに言った。キアは胸に手を当て、目を閉じて言われたとおり復唱した。
「マスターとアリス様の命令には絶対服従。マスターの命令とアリス様の命令とがぶつかった場合、アリス様の命令を優先します」
ちゃんと命令は覚えたようだ。よし、と呟くとキアの頭を撫でようと手を伸ばす。背が違うのでもちろん届かない。
「しゃがんで」
頷いて、キアはしゃがんだ。私の胸あたりに頭がある。私はその頭のてっぺんに手を置き、少し乱雑に撫でた。
「ご褒美よ。それから、あなたはパパの姉貴分なんだから、それらしく振舞っていいわ」
パパにキアをけしかけて色々するのも面白そうだ、と心の端で思いながら、部屋を出た。部屋の外ではアリスがランチバスケットを腕に、立っていた。
「行きましょうか」
頷く。パパはどこだろう。
「御陵臣も連れて行くわ。でも、今は先に行っておきましょう」
にっこりとアリスは笑った。
「うん、わかった」
釈然としないまま頷いて、アリスの手を握り、私たち二人は外に出て、紅魔館への道を歩み始めた。
「いってきます、キア」
私は見送りに出てくれたキアに手を振った。
「留守番よろしくね」
アリスは複雑そうな表情をキアに向けていた。
「はい、いってらっしゃいませマスター! 御帰りお待ちしております!」
キアは笑顔で見送ってくれた。
「キア、意外といいこだね」
アリスの家が見えなくなるくらい歩いたところで、私は言った。アリスは苦笑した。
「ええ、そうね。でも、やっぱり許せないわ……」
無理もない。私だってキアを簡単には許せないし許すつもりもない。
「でも、そんなに酷い目にあわせることもないよね?」
「そうね。奴隷扱いくらいがちょうどいいわね」
柔らかい表情で、アリスは言った。キアが許される日はそう遠いことではないような気がちょっとだけした。
「それから、服、ありがとう」
「あら、気にしなくてもいいのよ」
やっぱりアリスが用意してくれたものだったようだ。私のために服を用意してくれたのが、とても嬉しい。
「ねぇねぇ、アリス。キアなんだけどさ、休みとか要るかなぁ?」
「マスターのあなたは、彼女のコンディションがわかるんじゃないの?」
アリスの言葉で思いいたる。言われた通り、キアの存在が感じられるかどうか試してみる。
キア。
へ? あ、ま、マスター!?
意外と簡単に、キアと意識を繋ぐことができた。そのまま、意識を彼女の身体中に巡らす。
ま、マスター! くすぐったいです!
知ってる。
やめてくださいと言えないのが眷属の辛いところだよね、とか他愛ことを思いながら、調査を手早く終わらせる。だいたい彼女の性能はわかった。
調査終わり。留守番よろしくね、キア。通信終わり。
プツンと、一方的に意識のつながりを切る。
「どうだった?」
「わかったよ。疲れはほとんど感じないみたい。多分十日ぶっ通しでこき使っても倒れないよ」
アリスはこめかみに汗を流して、顔をひきつらせた。
「い、いや、そこまで徹底するつもりはなかったけど……」
「そう? じゃあいいんだけど。さ、アリス姉ちゃん。紅魔館向かってレッツゴー!」
私は少しオーバーに言った。アリスは戸惑いながらも、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「楽しそうで何よりよ。ゆっくり行きましょうか」
「うん!」
それから私達はポツポツと会話しながら紅魔館へと歩いた。