初弾幕勝負と私
私が私を取り戻して初の弾幕勝負は、あまり順調というわけにはいかなかった。勝てない。でも、負けない。こちらの攻撃は当たらない。敵の攻撃も、当たらない。そんな状態が続いた。数えきれないほどの星屑の光線が私に殺到する。私は体をくねらせたり、素早く動いたりして躱す。ともすれば回避不能のように感じる魔理沙の弾幕は、僅かな隙間があり、ギリギリ回避ができる。私も魔理沙と同じように、血の針で弾幕を張る。
膠着状態になっている勝負。不思議と嫌悪は感じなかった。むしろもっとこの状態で遊んでいたいとさえ思う。私は子供のように、ちょっと危険なごっこ遊びを楽しんでいた。小脇に抱えたパパのことはさっぱりと頭の中から抜け落ちて、ひたすらに魔理沙との勝負を楽しんでいた。
「キャハハハハ! 楽しいね、魔理沙!」
「おうよ! 次はかわせるか!? 恋符『マスタースパーク』!」
魔理沙が構えた八角形の小箱から、極太のビームが飛んで来た。
「うわっ!? ……私だって!」
それを紙一重で躱して、遥か上空に上がる。雲ひとつない星空には、銀色に輝く月があった。
月見はそこそこに、血でカードを作り、そこに書かれた文字を宣言する。
「行くよ、魔理沙! 憎悪『父に向ける底なき悪意』!」
魔理沙のビームのように大きな杭を作り出す。血で出来た杭を魔理沙に向かって射出。
「あたしの真似っこか? アクビが出る早さだぜ」
容易く横に躱される。通り抜けた所で、私は開いていた手のひらを閉じた。それを合図に、その杭は弾け、無数の針となって360度を攻撃する。
「うわった!? っぶねえなぁ」
「もう一本あるよ!」
また杭を作り出し、射出。魔理沙は避けようとせず、小箱を構えた。
「あたしにだってもう一回あるぜ!」
そして、マスタースパークが発射された。私はさらに上空に逃げて、貫通したときに備えた。予想通り、魔理沙の攻撃は私の杭を蒸発させてもまだ勢いを失わず、ついさっきまで私がいたところを通り抜けていった。
「まだまだ! 後悔『母に対して背負う十字架』!」
両手から巨大な十字架を作り出し、魔理沙に向かって回転させながらぶつける。細かく、そして素早く動く魔理沙を、私の十字架は捉えることができない。
「やっぱ初心者だな、スペカのバランスが悪いぜ!」
「魔理沙はどうなの!?」
私が問うと、魔理沙はニヤリと笑った。
「あたしの弾幕は、パワーだぜ! 恋心『ダブルスパーク』!」
魔理沙は飛び回りながら、八角形の小箱から魔法の球体を射出した。それはその場に留まった。どんな攻撃なのかまるでわからない。けど、攻撃が完成するまでに倒せば!
「なにをっ! 恋慕『平和平穏に向ける終焉なき羨望』!」
私は空に手を掲げる。血をギリギリまで使い、小さな剣を空を埋め尽くすほどの量作り出す。
「ひゅう。やるじゃん」
魔理沙は飛び回りながら、口笛を吹いた。
「第一部隊、行け!」
右手を振り下ろし、半数を魔理沙に向かわせる。速度と、数。どれも申し分なし。
「第二部隊、行け!」
時間を置いて、左手を振り下ろしてもう半数を射出する。右と左、交差するようにして殺到する小剣を、魔理沙は服を傷つけながらも避けきった。
私の真下二百メートルの地点にいる魔理沙が、私に向けて小箱を構えた。
「あたしの勝ちだ!」
そこから発せられる、魔法光線。何も考えることができなかった。ただ無心に、反射神経だけで避けた。だから。
「なっ」
さっき宙に留まっていた球体から二本目の光線がやってきたことに気付かなかった。
「くっ!」
翼を目一杯羽ばたかせ、前に跳ぶようにして移動した。それでも避けきれず、光が私の服を焦がし、繊維を溶かした。服が剥がれ落ちるようにして舞い、私は素裸になる。
「あ。悪い」
「いいよ」
私は血を操り、服を作る。アリスが着ているような、可愛らしい服。色まで再現まで随分かかったけど、魔理沙は待ってくれた。本当の戦闘ではあり得ないことが、私を安堵させる。
「次で最後だよ。魔理沙」
「そうか」
私は目を閉じて集中する。両手に行動維持に必要な量を除いたありったけの血を集め、形どらせる。それは、三体の人形。
「愛情『幻想郷への想い』」
アリスからもらった人形そっくりのそれを三体、宙に浮かべる。その人形からは血の糸が私の指へと伸びている。
私の人形を見て、魔理沙は慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。
「やっぱお前、アリスの妹なんだな」
「当たり前だよ。どんな私でも私は私。さあ、ラストスペル! いけリュカ!」
私は剣を持った人形を操って、魔理沙と戦う。まだ試したことすらなかったこの技。魔理沙の速度よりも遅いため、先回りしないと攻撃を届かせることすらできない。
「こっちもラストだ。魔砲『ファイナルマスタースパーク』!」
右に、左に、視認が困難なほど素早く動いた魔理沙は、私の意識の隙をついて、上空に上がった。月明かりが逆光になって、魔理沙が影のようにしか見えない。
嫌な予感がして、魔理沙と私を結ぶ直線上に人形達を集結させる。三角に人形を並べ、血を使ってバリアを張らせる。そのバリアを広くしていき、私を覆うくらいの大きさになったところで魔理沙の出方を見る。
キラリと、魔理沙の影が光った。次の瞬間。
月が落ちて来たのではないかと思うほど太さの光線が、私に向かってきた。
人形に張らせたバリアは、魔理沙の光線を一秒だけ止めてあっけなく破れた。人形ごと蒸発させると、私を守るモノは何ひとつなくなる。
「……あ~あ。復讐はダメかぁ」
そう呟いた私の頬は、嬉しそうに緩んでいた。
次の瞬間、私の意識はブラックアウトした。
弾幕勝負を知ったばかりのひよっこが、魔理沙に勝てるわけがないのだ。私は、きっと勝負を受けた時点で負けが決まっていた。
でも、それでもいいかと思えたのは、勝負の相手が魔理沙だったからだろうか。
いろんな疑問がある。けれど、私にとって重要なことはひとつだけ。もし勝負に勝っていたら、私はここまで晴れ晴れとした気持ちにはなれなかった、ということだった。