全ての記憶と私
最後の最後に私が『外』というものを自覚したのは四年も前のことだ。四年前に起こったことを、普段生活している澪は、両親が離婚した時だと思っているのだろう。全然違うのだけど。パパの妻である女性の終わりがそんな綺麗な話であるはずがない。
私のママはパパが開けっぴろげにしている嗜虐性の底を知らないまま結婚した。パパは、愛情を増せば増すほど残酷になっていく。底なし沼のようなパパに、ごくごく普通の人だったママがついていけるわけがなかった。耐えきれなくなったママが離婚話を持ち掛けたら、パパは逆上した。私はいつもママが虐められる所を見せつけられていたのだけど、その私が目を塞ぎたくなるほど、ママは徹底的に、そして執拗に虐められた。息も絶え絶え、それでも離婚したいママはなんとかパパから印を貰い、めでたく離婚。離婚届けを提出した次の日に私と無理心中しようとした。私が拒否すると心中はあきらめ、ママは独りで自殺した。私の記憶の中で、『やめて』と言ってやめてくれたのはママだけだった。
死体の処理は、口にしたくないほどおぞましいものだった。死体の発見から虐待が発覚するのを恐れたパパは、私に処理を指せたのだ。その処理の方法は……思い返すのも、嫌。
こうした外の世界のことは普段の澪もぼんやりとは覚えているようだが、詳しい事実はすべて歪曲あるいは忘却の彼方に追いやられている。そうしたほうが幸せなのだ。でも、私はすべて覚えている。だから、だからこそ。
「……ねえ、パパ」
声帯を震わせたのもたぶん四年ぶり。最後に話したのもパパだった。私のパパ、御陵臣は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「何? 澪」
その顔は期待に満ちていた。私がどれほどねじ曲がっていて屈折した人格に成長しているかを、期待している目だった。そして、その目には私を操り、支配して駒のように動かして見せるという野心さえ感じれた。
確かに私は歪んだ。屈折した。でも、パパの言いなりになんてならない。
「ママを潰すついでに私を壊したね。いつか殺すから覚悟しててね。ほら、枷を外したげる」
だからこそ私はパパにそのすべてをぶつける。それだけ言うと、血を操って剣を作る。刃物恐怖症の普段とは違い、簡単に作り出すことができた。普段の私は刃物が怖いのだけど、たぶんどっちも忘れてると思う。ま、ナイフで目を抉られたら怖くもなるよね。
そんな恐怖症を私に植え付けたパパの、手枷と足枷を手首と足首ごと切る。無茶苦茶痛そうな声を上げて、枷のなくなったパパはコンクリの床に血だまりを作りながら這いつくばった。呆然としている魔理沙や、降りてきたアリス、永琳達は気にも止めず、パパのそばまで歩く。ゆっくりと、じっくりと時間をかけて。まあ三十秒くらいなんだけど。でも、その間にもパパの命は砂時計の砂みたいに流れていく。それを素敵だと思うのは、やはりパパの娘だからだろうか。
そばまで歩くと、血だまりの血を指で掬い、舐める。かつて飲んだ子供たちのとは違い、果てしなくマズかった。
「何この味。さいてー。こんなの飲みたくない」
私は舌打ちしてパパのお腹を蹴った。軽く蹴ったつもりだったけど、他人に暴力を振るうのが久しぶりで加減を間違えたのか、ぐ、といい声で鳴いてから体を血だまりに沈めた。パパの頭を足で踏む。
「キャハハ、パパ、せっかく再会出来たのにもうお別れかな? ドバドバ血が出てるもんね。あと二分もったら頑張った方だよね。死にたくないでしょ? 誰だって死にたくないよねぇ。ちょうど男の奴隷を一体欲しがってる吸血鬼がここにいるんだけど、どう?」
頭から足をどけてやると、パパは私を見た。笑顔がそこにはあったけれど、瞳の奥にあるのは恐れと怯え以外になかった。
「あは、は。助けてくれると嬉しいな」
パパの命乞いに、私は心の底から楽しそうな笑みを浮かべた。そばでみているアリスと魔理沙が驚いたような顔を作ったのを見逃さなかった。そりゃ、七星の前でしか見せなかった笑顔をいきなり何の脈絡もなしに浮かべたら驚くか。私は足を上げ、パパの後頭部を思い切り踏みつけた。ぎゃ、とカエルがつぶれた時のような声が聞こえて、パパは無理やり土下座しているような姿勢になる。
「パ~パ。私のこと好き?」
私は笑顔のまま聞いた。声もものすごくかわいらしい声を作る。
「もちろん。大好きだよ」
私は笑顔を引きつらせる。全身に鳥肌が立った。
「そお? 気持ち悪いなぁ。私パパのこと大っ嫌いなの。わかる? このロリコン」
ホント、四年前は大変だった。ママが死んで、どうやってこれから暮らそうかと考えていたらいきなりパパがやってきて、死体の処理をさせられた上に、ママにしてたようなことを私にしたんだから。今と違って力がなかったから抵抗なんてできるわけがなく、されるがままだった。最初、パパに何をされているのか理解できなかった。戸惑いと共に与えられた痛みと絶望。恐怖で気が狂いそうになっても、自分の身に何が起こっているのかわからなかった。わかったのは、学校でそういった知識を知ってからだった。
それにしても、『養ってやるから誰にも言うな』って言葉、親が子に言う言葉じゃないよね~。
まあ、こうやって冗談めかしてるけど、あの時の経験があるから、私は多重人格なんて爆弾を抱えることになったわけで。
だから、パパをぶっ殺したくなるほど憎んでるわけ。
普段の私はそう思ってないみたいだけど。てか、あの子達も突き抜けてぶっ壊れてるよね。ここまで私たちを壊した人間なのに、すこしも憎んでないんだから。
「あのね~、わかってないみたいだから言うけどね。いい、パパ。子供の体はね、男を受け入れられるようには出来てないの。だから男も滅多なことでは欲情しないように出来てるの!
それなのに、よくこの真っ平らな身体に興奮できたものね。ホント、めちゃめちゃ痛かったし気持ち悪かったんだから。あの時ちゃんと伝えたよ? 痛いって! でもパパ何言ったか覚えてる? 体は正直、だよ? あれは血だって! そもそも私の体はまだ性交で快楽を得られるほど成長してないの!」
グリグリと、足でパパの頭を踏みにじる。すごくスッとする。積年の恨みが少しだけ晴れた。
「ったく、なんで神さまは子供でも快楽を得られるようにしてくれなかったのかしら? まだ気持ちいいなら百歩譲って我慢してもいいけど、逃れられない苦痛ってのはホントに辛いんだよ? それは今パパが身を持って体験してる最中だから説明はいらないんだろうけど~。私みたいな親にされちゃう子もいるんだし、せめて痛みくらい、取り除いてくれてもいいよね。
……どうせ、どうあがいても逃げられないんだし。
ってか、聞いてんのパパ?」
余計な事を言って見殺しにされたくないのか、パパは何も言わない。饒舌で口の回るパパにしては珍しいことだった。もしかして本当にヤバイところまで失血してるのかな。だったらマズ……くないか。パパだし。
「普段の澪、とか本当の私、とか区別しなきゃいけなくなったの、全部パパのせいなんだからね。キズモノになっちゃったせい、ってか嫌な記憶がこびりついてるせいで恋もろくにできやしない。男が信用できなくなったし大人も大っ嫌いになった。
パパのせいで私の人生、じゃなかった、吸血鬼生……これも違うな、吸血鬼ライフはめちゃめちゃ。どうやって復讐してやろっかな。取り敢えず眷属にするのは鉄板だとして……あ、そうだ。死なずの体で鉄板焼きとかどう? 面白くって素敵かも? 人間って焼いたら黒くなるのかな? 白くなるのかな? それも興味あるねぇ。もうすぐで、もしかしたら、好き勝手してもいい奴隷が手に入るかもだから、試してみよっと。ま、潔く死ぬってなら、キアで試すんだけどね」
もはや息遣いすらも細くなってきたパパに、私は矢継ぎ早に続けた。パパの口元に耳を近づける。僅かだけと息をしている。小さく許してとか言ってる気がしないでもない。
その様子に満足した私は、今度はパパの耳元に口を寄せて、囁く。
「今パパが感じてる絶望や苦しみが、私が今までパパに与えられてきたモノだよ。パパなんて大っ嫌い。パパだけは、絶対に許さない」
そう言って、私はパパの首筋にかぶりついた。不味い血をちょっとだけ吸って、半吸血鬼みたいな状態にする。私の命令は本来の半分くらいしか強制力を持たない。その代わり、あらゆる力が半分。この条件で、私はパパを支配してやるんだ。パパという国を蹂躙して、ボロボロにして、破壊して、機能させなくしてやる。かつて私がパパのオモチャであった仕返しに、今度はパパが私のオモチャになるんだ。
「ほら、そろそろ傷も治ったでしょ? 早く立って」
五体満足に回復したパパは、息を切らして命令に従った。その動作は緩慢だけど、確実だった。きっと、命令と自我とが対立して、命令の実行速度を下げているんだ。
でも、この様子じゃパパの精神力で私の命令を振り切ることはできないみたい。ま、こんな単純な命令だったらあえて抵抗を少なくしてるのかも。じゃ、次の命令いってみようかな。今度は抵抗してくるかな?
私はワクワクしながらパパに命令した。
「じゃ、そこにいる幻想郷のみんなに土下座して。一言もしゃべっちゃだめだよ」
しばらく、本当に長い時間パパは動かなかった。けれど、やがてゆっくりとパパは動きはじめた。それから手を地面について頭を血まみれの床に擦り付けるまでに、そう時間はかからなかった。
「……幻想郷のみんな、ホントにごめん。うちのパパが、迷惑かけて」
私も、頭をぺこりと下げた。
みんなびっくりし過ぎて、何を言えばいいのかわからないみたいだった。何も言わないんだったら、いい。私は私のしたいことをする。
「……じゃ、立ち上がって自殺ショーを開催しよう、パパ、思いっきり、半吸血鬼の力をフルに使って、舌を噛み切って。長~く苦しんでね」
パパは何度も首を振った。目には涙さえたまっている。しゃべるのを許可したら、命乞いや謝罪の言葉が飛び出してくるのは想像に難くない。だからこそ、私は笑った。恐怖に震えるパパに、私は朗らかに告げた。
「遠慮せずに、私が味わった苦痛の一部を体験するといいよ」
だんだん、パパの口が開いてくる。舌を突き出して、そこで固まる。命令とパパの自我とがケンカしているのが手に取るようにわかる。パパの額には脂汗が浮かんでいた。必死で、舌を噛むことを防ごうとしている。 その様子が楽しくて、可笑しくて、つい私はクスクスと笑ってしまった。
「パパ、いいこと教えてあ、げ、る!」
私はパパの前に立った。パパの目が見開かれる。その恐怖と絶望に満ちた視線がたまらない。かつて虐げられた相手を、逆に虐げたげるという快感。思わず酔ってしまいそうなほど、クセになってしまいそうなほど楽しい。この点は、パパの言うとおり。嗜虐はとても楽しいものなんだ。
「パパ、命令は実行されない限りずっと拘束力を持つんだよ? パパ、ずっと抵抗し続けられる? 私パパのこと大っ嫌いだし死なないから、命令に期限つけるとかいうヌルいことしないよ? 抵抗するならしてもいいけど、永遠にそうやってるつもり? まあ、三日その状態で耐えたらその口にジョウロかなんか突っ込んで水流し込むからそのつもりで。ジョウロで水責めとか超楽しそう! そっちの方がいいかも!? じゃあパパ、頑張って耐えてね!」
プチん、と嫌な音がした。命令を実行したことによって、パパは仮初めの自由を取り戻す。ジタバタと苦しそうに喉を抑え、必死で空気を求める様は、十分に私を満足させてくれた。でも、足りない。まだ、もっと。
「次は何がいい? このままジョウロで水責めにしようか? 水って便利だよね。パパがいつも言ってたじゃない。水は万能の道具だ、って。ホント、その通り。パパが水を使って私にしたこと、全部してあげようかな?」
語尾に音符が付きそうなくらい楽しげに私は言った。対照的にパパはどんどん暗くなっていく。絶望と恐怖で顔をゆがめ、何度も何度も首を振る様は、かつての自分を見るようだった。
「体の中も洗わなきゃ、で大量の水飲まされたっけなぁ。そうそう、『アキレウスごっこ』とかもされたなぁ。あはは、知ってる、パパ。アキレス腱の由来を聞いて泣き叫んだのって、学校で私だけだったんだよ? ホント、恥ずかしかったんだから。パパもアキレウスや私の気持ちになってみる? パパは死なないし、十分くらい漬けてあげるね」
んー、んー! とパパがうめいた。私はくすくすと笑う。この近くにパパを漬けれるくらいの水はない。だからすぐにはしない。私の頭の中では紅魔館の前の湖が浮かんでいたが、それをパパが知る由はない。ここから連れ出したら一番最初にやろう。そう心に決めると、パパの口を覗き込む。
そろそろ舌が回復する頃だろうか。そう思っていたのだが、まだまだ舌にはえげつない断面があった。私は眉をひそませた。気持ち悪い。
「気持ち悪! てか、やっぱり最初だから致命傷はすぐには治らないか。
あ、そうだ。人里の人たちもパパを恨んでるよね。なんたって我が子のように可愛がってたあの子達がパパに殺されちゃったんだから」
どんな子だったのか、私は知らない。けど、もしかしたら友達になれたかもしれない子だった。たぶん、最期は凄惨なものだっただろう。私は暗い気持ちになる。そして次に、パパに対する憎悪が強くなる。
「最低なパパにはどんな罰がお似合いかなぁ。『私は解放団のリーダー、御陵臣です』っていうプラカード首から下げて人里練り歩こうか? もちろん手は後ろ手に縛って、首輪も付けて。それからサクラ一人用意して、パパに攻撃させるの。一人攻撃したらあとは次から次へとパパに殺到するよ。いやぁ、人気者だねぇ、パパ」
青い顔をしたパパの顔をみたら、ゾクゾクする。私は笑うと、パパを踏みつけた。
「取り敢えず、今は待機。口を閉じて、しばらく動くな」
命令すると、私はみんなに向き直る。やっぱり、最初に話しかけるのはアリスがいい。私の最初は、いつもアリスだったから。私がアリスに視線を移すと、彼女はびくりと一瞬だけ緊張した。
「ねえねえアリス姉ちゃん、次はどんなのがいいと思う? みんなでバラバラにする? 知ってた、アリス姉ちゃん、私みたいな不死って体を再構成するイメージだから、間に余計な物が挟まってたら再生しないんだよ? だから、こいつの四肢をもいで、傷口に金具かなんな挟んだらずっと苦しみが続くんだよ? それやろうよ、ね?」
私はにっこりと微笑みながらアリスに聞いた。アリスは視線を彷徨わせて、みんなと目配せをする。それから視線を下げて、ゆっくりと言った。
「ミオ、元に戻って」
その言葉は、今まで聞いた中で一番ひどい言葉のように感じた。けど、不快感はない。衝撃も痛みもあったけれど、アリスからしたら当然の言葉で、仕方のない言葉だということが理解できるからだ。
「戻ったよ? これが、私」
「でも! 復讐なんて……」
優しいなぁ、アリスは。だから大好きなんだけど。
「今までがおかしかったんだよ。憎いの。許せないの。こう思うの私がおかしいの? 私の気持ちは、変?」
「変じゃ、ないけど」
私に対する優しさや気遣いも忘れないところが、とってもかわいい。そこまで思って、私は安心した。確かに私は御陵臣の実娘だけど、だからと言って同じ趣味嗜好というわけではないようだ。かわいいと思った。愛おしいとも思った。けれど、そこから嗜虐心が芽生えることはなかった。アリスの顔を恐怖にゆがめたいなんて酷いことを思ったりはしなかった。
「それに、殺すわけじゃないよ。殺してください、もう楽にしてくださいって頼んでも死ぬような目に遭わせて心の奥底まで痛みを刻み込むだけだよだってもうパパは死なないもんね! キャハハハハハ!」
私の言葉に、アリスは苦虫を噛み潰したような苦い顔にして私の方へと詰め寄ってきた。思わず身構えようとして、なんとか堪える。危ない危ない。私はもう完全に『大丈夫』になった澪。パパへの復讐心以外はごく普通の女の子。そうみんなに思ってもらわないといけない。だって、そうじゃなきゃみんな納得しない。
『あの二人が消えたのはもう必要なくなったからなのか』って思ってもらわなきゃ、みんな私を認めてくれない。本当の私を『澪』だと思ってもらえない。そんなのは嫌だ。
「そ、そんなこと……」
「パパが、私にしたことだよ! 証明してあげようか!?」
私はパパの方へ体を向けると、パパの元へ歩んで、ポケットを漁る。胸ポケットに、予想していた物はあった。パパが持っているスマートフォンだ。
「……それ、何?」
アリスだけでなく、みんな不思議そうに首を傾げた。
「録音機」
説明が面倒なので、私はそう答えるに留めた。スマートフォンを操作して、ボイスメモを開く。おびただしい量のボイスメモが記録されていた。それの一番日付が若いものを選ぶ。私は音量を小さくして、再生してから耳にあてる。そこから聞こえてくるものは、私の予想していた通りのものだった。いったん停止し、今度は音量を最大にして、みんなに向かって掲げる。
「これが、パパが私にしたことだよ!」
再生。
すると、スマートフォンから身を切るような甲高い悲鳴が聞こえた。私の声……だと思う。自分の声を客観的に聞いたことってあまりないからわからない。それに、ずいぶんと舌足らずで泣き方も子供っぽい。これはおそらく虐待の日々が始まった日のものだ。
「こ、これはなんだ?」
魔理沙が顔を青くして聞いてきた。パパの時と違って、胸が痛んだ。
「これは、たぶん私の悲鳴。たぶん、パパが私を拷問してたときのだよ。まさかとは思ってたけど本当に録音してたとはね」
私はまたムカムカとしてきた。
「パパ! 自分で自分の目を抉って!」
命令するだけして、みんなの反応を見る。みんな、青い顔をして聞いている。後ろからパパが呻く声が聞こえる。
スマートフォンからは、嫌な水音と私の悲鳴、そしてパパの荒い息が聞こえてくる。何をされてるのかなんて、想像したくない。
「これでわかったでしょ? 私は、パパにやり返さないと気が済まないの!」
私が命乞いをし始めたところで、スマートフォンを地面に叩きつけた。さらに、足で踏みつける。脆いディスプレイは簡単にヒビが入った。だけど壊れることはなく、足の下で金切り声のような悲鳴を垂れ流し続けている。
「うるっさいなぁ!」
私は足の裏から血の針を生み出し、完全にスマートフォンを壊した。
「……わかってくれた? 私は復讐するの」
みんな、何も言ってくれなかった。
「輝夜はどう思う?」
私は友達に聞いてみた。輝夜はしばらく悩んでから、私のそばまで来た。ぎゅっと抱きしめてくれる。
「……どうしても、復讐したいの?」
「うん。しなきゃダメなの。パパに復讐してはじめて、私の幸せがスタートするの」
私の幸せがどんなものなのかはわからない。けれど、復讐しないことには絶対に幸せなんて手に入らない。
してしまっても手に入らないかもしれないけれど。でも、幸せになれないからって我慢なんてできない。
「私には、あなたを止める言葉はないわ。止めるべきだとも、思わない。けど、けど……私はね、ミオ。その」
輝夜の煮え切らない物言いに、少しだけイライラする。早くパパで遊びたいのに。
「その、私はね」
「何?」
「私は、復讐をしないって言っていたミオを、かっこいいと思ったわ。ノーマだって復讐したいのかもしれないけど、何もしようとはしなかった。私は二人とも、とっても強い子だと思っているのよ」
ノーマ君。輝夜の出した名前に、私はピクリとなった。
「輝夜、そういえば、ノーマ君は?」
私とは虐げられていた時間が違うけれど、同じ人に、同じような痛みを与えられたのだ。全ての痛みを思い出した今だからこそ、妙に気になった。
「……上にいるわ」
「呼んでくるね」
私はみんなの間をすり抜けて上に上がろうとした。すると、輝夜に止められた。
「どうしたの?」
「ノーマは関係ないわ」
「ノーマ君だって被害者だよ? 私と違って全部覚えてるかもしれないよ? 私以上に憎んでるかもしれないよ? それでも、関係ない?」
輝夜は何も言わなかった。私は輝夜の手を振り切って、部屋から出ようとする。輝夜の手には、もはや力が籠められていなかった。
「そうだパパ、私が帰って来るまで動いちゃダメだよ。それからみんなにごめんなさいしなきゃだよね。とりあえず謝り続けといてよ。何度も何度も、皆がいいって言うまで何度も。それからみんなが攻撃してきても絶対に抵抗しちゃだめだよ」
私はそれだけ言うと、部屋から出た。ノーマ君、どこにいるのかな。たぶん、唯一私と痛みを共有できる人だ。できることなら、仲良くしたい。
どうして私は、ずっとこう思えなかったのだろう。