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東方幻想入り  作者: コノハ
忘却の彼方と昼夜の分離
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消えゆく自我と私

 地下に続く扉は、カグヤの部屋のすぐ隣にあった。本当に地下室の扉なのかはわからないけど。でも、扉を守るようにして私たちに立ちはだかったカグヤが、その扉の重要性を物語っていた。

 マリサも地下室の扉があれだと思ったらしく、立ちはだかるカグヤと対峙している。

「どけよ輝夜」

「澪は通せないわ」

 まるでマリサだけなら通してもいいとでも言いたげな物言いだった。事実、そうなんだろう。きっと扉の奥にいるのは、私にだけは見せていけないもの……御陵臣、または解放団のメンバー。

「……」

 マリサは私を見た。私は頷いた。こんなところでマリサに邪魔だと思われたくなかった。マリサには、嫌われたくない。残れと言われたら、残るつもりだった。でも、マリサが言ったのは私の予想とは全然別のことだった。

「澪も通せ」

 カグヤは泣きそうな顔になって首を振った。髪を振り乱して必死で否定する。

「無茶言わないで! あいつ全然反省してないのよ!? 澪と会ったら何言うかわかんないの!」

 マリサは嫌悪感丸出しにして、憎悪を口調に滲ませて言った。

「なおさら、通せ。ぶち殺す」

「早まっちゃダメ! 魔理沙、私はあなたも大切なの、わかって!」

 カグヤが息を呑んだ。マリサがスカートのポケットから取り出した八角形の箱が原因のようだ。

「……私を撃つつもり?」

「な、わきゃねえだろ。そこを開けろ。さもなくばこの家を破壊する」

 まるで悪役のような言い草だった。けれど、その悪ぶっているマリサもカッコ良く思えてしまう。変な私。 マリサに対する気持ちは、とても不思議だ。マリサのことを考えていると、胸が熱くなって、幸せな気持ちになる。嬉しい、ちょっぴり孤独を感じる。本当に、不思議。でも、嫌じゃない。

「……もし、澪になにかあったらどうするつもりなの?」

「そのときゃ一生面倒見るよ」

 マリサは私を抱きかかえると、扉の方へと向って歩いた。カグヤは呆れたように横に移動して避けた。

「もしあいつが余計なことを言ったら、声が澪に届く前に始末なさい」

「任された」

 そんな不穏当な会話も、頼もしく感じる。

 そして、マリサが扉を開けた。扉の先には、石でできた階段が地下深くへと続いていた。先に進み、扉を閉めると、私達は狭い階段にふたりきりになった。

「……さあ、行こうか」

 マリサは私を優しく降ろした。私はマリサの手を握り、二人一緒に階段を降りていく。階段は暗く、そして長い。

「この先に、御陵臣が?」

「ああ。たぶんな」

 私は握る手に力を込めた。ここまで来たにも関わらず、覚悟が決まらない。何を言おうか。どんな話をするべきか。それとも一方的に殺すべきなのか。それすらもまだ決まっていない。甘いだろうか。変だろうか。優柔不断なのだろうか。そんなことを考えながら、階段を下りていく。

 隣にいるマリサを見上げる。彼女はもう何をするか、何を言うか決めているようだった。カッコ良くて、強くて、優しい。私の理想が、隣にいる。

「……ここか」

 三百段を降りたあたりで、扉に行き着いた。物凄く重そうな鉄の扉だった。

 マリサは短く呪文を唱えて、扉に触れる。すると、扉がひとりでに開いた。

 何事かと思って呆然としていると、マリサが中に入りながら言った。

「扉開けの呪文だぜ。でもこれも色々寿命削って手に入れた力だからな、澪。間違っても欲しがるなよ」

 それから、またマリサは何か長い呪文を唱えた。マリサの足元が光って、魔法陣が一瞬だけ見えた。

「対特殊能力魔法陣。澪もいるか?」

 私は首を振った。私はもう御陵臣の能力が効かないのだから、何も問題ない。

「そっか。この魔法も便利だけど……」

「うん、わかってるよ、マリサ。私は魔法が使えない。私はそれでいいんだよね」

 私は素直に頷いてから、マリサに続いて中にはいった。部屋はコンクリート製だった。物凄く冷たい印象を受ける。部屋の形は無機質な正方形で、十畳くらいの部屋。そして、その部屋を二分するようにして鉄格子が嵌っていた。手前の出入り口がある方が私達。そして、奥の出入り口がどこにもない、閉じ込められている方には、御陵臣が壁に両手両足縛りつけられた状態で立っていた。まるで、囚われている間の私みたいだった。 少しだけ、可笑しくなる。

 じとり、とした気だるそうな表情をして、彼は私達を見た。頬はこけていて、服もボロボロだった。体には一切傷がないから、酷い目に遭ったというわけではないようだ。

「……やあ、澪。久しぶり。それとも、また初めましてかな?」

 また。その言葉で、私は確信する。八角形の箱を構えたマリサを手で制する。

「澪」

「私、ちょっと話したいの」

「……ちょっとだけだぞ」

 箱を降ろさないまま、マリサは許可を出してくれた。私は深呼吸をすると、御陵臣を見据える。彼は私を楽しそうに眺めていた。

「……どうして、私に虐待なんてしたの?」

 はっ、と彼は笑った。

「おや? 話さなかったっけ?」

 私は燃え上がる激情を抑えて、首を振った。

「違う。外の世界の時。あなたは、外の世界でも私を虐待した」

 御陵臣は、心の底から楽しそうな笑みを浮かべた。くっくっと笑い声さえ聞こえてきそうだった。

「思い出した? 君が僕の娘だってこと」

 私は首を振った。思い出したわけじゃない。みんなから、話を聞いただけ。

「どういうこと? ……ああ、聞かされたのか。本当に彼らの言っていることが真実だと思うの? 聡明な澪にしては、珍しい失敗だね。僕はただの解放団リーダー。そう信じたいのは君以外にいないだろうけど。ね?」

「なんで、知らないふりを決め込んだの?」

 私は一方的に質問した。

「……わかったよ、答えるよ。二年か三年前かな、四年前かもしれない。いや、年数とかどうでもいいや。君で遊ぶ日々を送っていたら、ある日突然君が僕のこと全く知らない風な態度を取ったんだよ。それが継続的に続いたから、ああ、この子、耐えきれなくて弾けちゃったんだ、って思ったよ。だから合わせてあげた。ほら、身内よか、他人にやられてるほうが傷が浅くて済むでしょ? でも、楽しかったよ? ほら、君気付いてないみたいだけど、泣いてる君って物凄く可愛いんだよ。親の贔屓目抜きでね」

 反射的に殺したくなるのを必死でこらえて、こめかみに青筋を浮かべているマリサも止める。

「マリサ、もう少しだけ待って」

「次はねぇぞ、御陵臣。次変なこと言ったら殺してやる」

 御陵臣はマリサの怨嗟を肩をすくめて流した。

「どうして、また私を?」

 そもそも、どうして幻想郷に来たんだろう。

「いやあ、君って可愛いから。虐めれば虐めるほど可愛い反応してくれる。やめてパパ! もよかったんだけど、他人行儀にやめてください、もそそるよね」

 記憶が蘇って頭が痛くなる。叫びそうになるのを気合でこらえて、御陵臣を睨む。

「……私はあなたのおもちゃじゃない」

 ここまで言って、初めて悟る。私はこれが言いたかったのかもしれない。私は私、ミオ・マーガトロイド。星空澪でもなければ、御陵臣のおもちゃでもない。こう彼に主張したかったのかもしれない。でも、そんな必死の主張を、御陵臣は大笑いで返した。

「何言ってるの君!? 君は、僕のおもちゃだよ。娘なんだから当たり前じゃないか。誰が養ってあげたと思ってるの? いいかい澪。子供は親の道具だよ」

 私は静かに目を閉じた。瞳から涙があふれる。お父さんもこう思っていたんだろうか。

「たぶん、七星もこう思ってたんだろうねえ。ほら、僕ら親友同士だし」

 私の許容範囲を簡単にオーバーするような事実をあっさりと告げられる。お父さんと御陵臣が親友同士? 何、それ。何の冗談なの?

「僕の予想じゃ、君の本性も僕と似通ってると思うんだよね。ほら、親子だし。キアを洗脳した時とかホント才能を感じたよ。自意識を残したのがポイント高いよね。ほら、完全にお人形だったらどれだけ虐めてもうんともすんとも言わないけど、自意識と痛覚さえ残してたらいくらでも楽しめるんだから。あ、そうだ。澪。

 キアは気持ちよかった?」

 私はもう我慢できなかった。湧き上がる怒りと沸騰しそうなほど熱い血液に全てを任せ、鉄格子に襲いかかる。爪で細い格子を切り裂いた。御陵臣の元まで駆ける。

「お前と一緒にするな!」

 爪を御陵臣の顎に突きつけて、叫ぶ。

「一緒さ。ここでこう言ったら次は何? 洗脳? 拷問? 処刑? あはは、本当、君の中身はきっと僕と同質だよ。ねぇ。澪」

 にこりと、御陵臣は笑った。

「僕を苛めて、楽しいでしょ?」

 私は首を振って必死で否定する。そんな私に、御陵臣は追い打ちをかけてくる。

「僕ねぇ、ここに閉じ込められてからバカスカ薬打たれたんだ。自白剤とかが主なやつだけど、たまーに苦痛だけを与える薬とか打たれるわけ。あのヤブ医者、たぶん相当恨んでるよ」

 薬を、エイリンが。それは僅かな衝撃を持って私に伝わった。あのエイリンが。

「実はね、僕、新しい力を手に入れたんだよ。面白いよね。少年漫画みたいでさ。色んな薬打たれた副作用って奴? だからね〜」

 新しい力?

 マズイ。それに気付いた時にはもう遅かった。

「澪!」

 マリサが叫んで、私を抱き寄せた。私の視界にはまだ、御陵臣がいる。

「いやあ、本当に今までごめんね澪。これから仲良くしようよ、親子として」

 彼の瞳が、光ったような気がした。

「弱くて可愛くてとっても愛しい愛娘。おはよう、大好きな愛娘」

 ずるずる、と、意識が誰かに引っ張られる。

 いつもいつも私を、私達を見ていた私が、表に出ようとしている。

 私が知らない私も、私が知ってる私もひっくるめて全部知ってる私。その私は危険な人だ。

「何しやがったてめぇ!」

 にっこりと気味の悪い笑顔を浮かべている御陵臣に、マリサが掴みかかった。

「澪、今度こそこの世界を混沌に陥れようよ。楽しいよ? 一緒に遊ぼう。それからあの巫女を脅して、外の世界に出て、世界も混沌に陥れるんだ。王は僕。君はお姫様だよ。マリー・アントワネットも真っ青になるくらいワガママ三昧、贅沢三昧の日々を過ごそうよ」

 ずる、ずると音がする。遠ざかる意識。抵抗できない。このまま意識を失ったらダメだ。

「くっ……。てめえ! 今すぐ能力を解除しろ! さもなきゃブッ殺す!」

「僕はもう何もしてないよ。軽い芽しか植えられなかった前とは違って、本人の中にある本性を揺り起こすものだからね。しかも能力を増幅までしてくれるんだ。もう、何もすることなんてないよ。僕を殺して楽になるかい? 君だけが、満足する?」

 マリサが唸った。私はマリサの服の裾を掴んだ。自分が消えてしまうのが怖かった。今まで培ってきた全てが消え失せてしまうようなこの感覚が嫌だった。

「澪! 大丈夫か? すぐエイリンに……」

 その時、階段を駆け下りる音がいくつも聞こえた。みんながおりて来ているんだ。安心するけど、遠ざかる意識を引き止めることはできない。

「マリサ、大好き」

 だから私を滅ぼして。私が、幻想郷のみんなが知っている私の最後の願いだった。

 意識が、乗っ取られる。いや、違うのか。

 『澪』はようやく、本来の心に戻るのか。喜ばしいことのはずなのに、悲しかった。

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