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東方幻想入り  作者: コノハ
忘却の彼方と昼夜の分離
62/112

診断と私

「うーっす!起きろヤブ医者!」

 永遠亭の庭にそんな大声と共にマリサが降り立った。しばらくすると、弓矢を構えてこめかみに青筋を浮かべてにじり寄るようにエイリンが出てきた。

「あなた深夜にいきなり人をヤブ医者扱いしてどういうつもりかしら? ケンカなら買うわよ?」

「いやいやあたしはケンカしにきたんじゃねえ」

 そう言って、マリサは私を押し出した。エイリンが、慌てたように弓矢を後ろに隠した。

「……どうしたの?」

「診察してやってくれ」

「ざっと見た感じ悪いところは、ないように見えるけど」

「見えないとこが蝕まれてんだよ」

 マリサは私の手を握ると、エイリンのそばまで私を連れて行った。

「ヤブじゃねぇってんなら診れるよな?」

「……ったく。そんな挑発しなくたって診るわよ。さ、おいで。大丈夫、怖いことは何もしないし、嫌だって思ったらいつでもやめていいのよ?」

 エイリンは私の目の前に手を差し伸べた。

「よく、来てくれたわ。ここに治療目的で来るって決めるの、大変だったでしょ?」

「大丈夫。マリサのおかげ」

 私は答えると、エイリンの手をとった。

「なあ、エイリン。ちょっと話がある」

「わかってるわ」

 エイリンは頷くと私を連れて永遠亭の中に入った。マリサもついてくる。診察室の前まで来ると、エイリンは私の方を見た。

「私、少しマリサと話があるの。だから、ここで待っててくれる?」

「どんなお話?」

 マリサがいるなら、きっと悪い話をするわけではないだろう。でも、興味はある。

「えっとね、その……魔理沙の体のことで」

「ミオがどんな症状に見えるかって話だ」

「魔理沙!」

 エイリンが咎めるように声を上げた。

「嘘吐いたってしょうがねぇだろうが」

 マリサは呆れたように肩をすくめた。エイリンは唸ってはいるけど、納得したようだった。ため息をついて、私の頭を撫でた。

「そうね。じゃあ、ミオ、少しだけ待っててね」

 そう言って、二人は診察室に入った。

 私はマリサからどう思われてるんだろう。聞き耳を立てたいけど、もしバレてしまったときマリサに嫌われてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。

 ……。

 私は手を胸に当てた。アリスの顔を思い浮かべると、記憶の蓋が開きそうになってしまう。あの一週間の記憶が戻る前に、マリサの顔を思い出す。すると、感じていた恐怖は雲を晴らすように消え、かわりに光が差したように胸の内が暖かくなる。マリサに対して感じていた強い恐怖は、別の何かへと転化していた。

 トクン、トクン。

 心臓の柔らかい鼓動が手から伝わってくる。

 なんだろう、初めて感じる気持ちだった。嬉しい、とは違う。楽しい、とも違う気がする。嬉しいでも楽しいでもないのに、ずっとこの感情で満たされていたいと思える。なぜだろう。

 この感情の名前が知りたい。でも、こうして悩んでいてもいいような気がする。他人について考え事をしているのに、こんなにも安らぐなんて、初めての経験だった。ドキドキするけど、嫌じゃない。むしろもっとドキドキしたいと思えてくる。

 なんなんだろうか、この気持ちは。

「うっす。終わったぜ。大丈夫か?」

 マリサが診察室から出てきた。マリサの綺麗な顔が見たくて、顔を上げた。

 にこにこと、楽しそうな顔。きっと私に暗い顔を見せたくないのだろう。そんな彼女らしい気遣いが嬉しかった。

「次はお前の番だぜ」

「うん」

 私はマリサの横を通り抜けて診察室に入った。ほのかにマリサの服から香る薬品の匂い。診察室の匂いが移ったのかな、なんてことをかすかに思った。

 診察室に入ると、エイリンが今にも樹海に沈みそうなほど暗い顔をしていた。私は診察室の戸を閉めると、エイリンの前においてある丸椅子に腰掛けた。

「エイリン、どうしたの?」

 立場が逆だ、と思った。私は患者で、エイリンは医者なのに。私のセリフはエイリンが言うべきなのに。そのちぐはぐさがちょっと可笑しい。

「その、ミオ。ごめんなさい、本当に」

 深く深く、彼女は頭を下げた。いきなり謝られて、驚く。

「どうして謝るの?」

「私があんな無茶なお願いしなければよかったのよ」

「いいよ。私がいかなきゃ、ノーマ君がこうなってたんでしょ?」

 私は吸血鬼だから耐えることができる。けど、普通の人間であるノーマは、きっとはち切れてしまうだろう。だから、これが正しいんだ。

「……本当に、ごめんなさい。姫様やマリサから話は聞いているわ。あなたは……」

 エイリンが言い淀む。しばらく悩んだあと、意を決したような表情になった。

「あなたは、その、解離性同一性障害……かも、しれないわ」

 私の頭に疑問符が浮かぶ。

 エイリンが出した単語の意味がわからなかったのだ。

「あ、えっと……多重人格って言われてるやつね」

「ああ、なるほど」

 その言葉ではっきりと自覚した。確かに今の私と昼の私は別人……なのかも。

「あなたの場合は交代のきっかけが昼夜で別れてるから対処もしやすいわ。話を聞いてる限りじゃ、このままいくと朝から昼間までが昼人格の行動時間で、それから一度眠って、あなたの行動時間、ってところかしら」

 頷く。昼のことはなにもわからない。わからないのが悔しくて悲しい。けど、それは私が病気だから。だから、いつかは治るんだ。

「周囲の協力も得やすくて、あなた自身も病気を理解してくれた。あとは昼のあなたに説明したら治療に入れるわね」

「治療って何するの?」

 私は思わず聞いてしまった。薬や注射は絶対に嫌だ。

「基本的には、お話中心よ」

「え?」

「あなたの場合、薬は逆効果だから」

「効かないの?」

 エイリンは首を振った。どういうことだろうか。

「あなたにとって、薬を飲むという行為自体が、苦痛なはずよ」

「そ、それはそうだけど。でも、良くなるなら」

「心を治すのに、心に無茶させたらダメよ」

 エイリンの言葉に、私は納得した。でも、いいのかな。こんなにわがまま聞いてもらって。

「特に治療プランがあるわけではないけれど、目指すところは一つよ」

 エイリンが私の顔をしっかりと見て言った。

「あなたたちが、ちゃんと生きること」

 その言葉に、私はびっくりした。それは、終着の見えない終わりだ。人格が一つになるでも、記憶を忘れるでもなく、生きる。なんて長い話なのだろう。

「人格は意味があって別れてるの。無理に一つにしてはダメだし、それは目指すべきところじゃないわ。だから、あなたたちがこうして生きることを苦痛に思わないようにしていきましょう」

「でも、私……元々、一人だったのに」

 あるはずの昼の記憶がない。それは悲しいことのように思えた。それでも、このまま別れっぱなしでいいのだろうか。

「人格が別れたことにも、慣れていかなきゃね」

「でも、それじゃずっと病気が治らないよ?」

 しばらく、エイリンは黙っていた。私の問いに答えることなく、じっと何かを考えている。

「昔、外の世界では同性愛は病気扱いだったわ」

 いきなりの話題に、キョトンとなる。私に構わず、エイリンは続ける。

「それは、自然に反しているからという理由だったわ。男は女に、女は男と恋するのが普通で当たり前、そうでないのは病気……。でも、今は違う。普通と違う人が病気という短絡な考えはなくなった」

 そこまで言って、エイリンは私を見た。

「だから、人格が二つあるだけじゃ、病気だなんて言えないはずよ。普通人格が一つだから、だから人格が二つある人は病気。そんなのは、違うと思うわ。

 私が病気だと言ったのは、記憶に苦しむあなたよ。あなたを苦しめる記憶よ。人格が別れても不思議じゃないくらい辛い経験をしたのに、自分は異常だと思っているあなたを救ってあげたかったから。あなたは、普通の反応をしただけ。何もおかしくはないわ。治療するのは、辛い記憶をどうしていくか、というところだけよ」

 ポン、と私の頭にエイリンの手が乗った。びくり、と体を強張らせる。

「……こうして私の手を恐れるのも、普通のことよ。気にしないで」

 撫でることもせず、彼女は私の頭から手を離した。

「これから、一週間に一回はうちにきてこうして話しましょ。辛いことやどうしようもないことがあったり、不安なことがあったら来てもいいわ」

 そう言ってエイリンは立ち上がった。

「ふふ、今日はもうおしまいよ」

「う、うん。ありがとう」

 私は立ち上がってお礼を言った。

「……これくらい、当たり前よ」

 私はそう言うエイリンにぺこりと一礼すると、診察室から出た。

 外ではマリサが暇そうにしていた。

「ん。もう終わったのか。どうだった?」

「多重人格だって。でも、一つの人格にするんじゃなくて、人格が二つある事に慣れて、人格が別れたままでも生きれるようにするんだって」

「そっか。なんかあったら言えよ。手伝うぜ」

 そう言ってマリサは私の腰を掴んで箒にまたがり空に上がった。

「今日は帰るか」

「うん」

 私の知らない私がいる。でも、それ自体は変じゃない。そう思ってからというものの、気が楽だ。少なくともマリサとエイリンは変に思わない。それがわかっているだけで、こんなにも落ち着くなんて知らなかった。

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