奇跡と私
暗い。真っ暗。こんなのが、奇跡?
そう思っていたら、私の隣がスポットライトが灯ったように照らされた。照らされた光の中心には、私がいた。その私は、私の方を見て驚いたように全身を強張らせた。表情は変わってないけど……体の反応は、意外とわかりやすい。
「あ、あなたは……」
私ではない私は、戸惑ったような声を上げた。
「あなたこそ……」
私が質問しようとしたとき、私達の前に、もう一つスポットライトが灯った。二人して、その方を見る。ライトの中には、大人の女の人がいた。
その人は私と同じ黒い髪に黒い瞳をしている。顔はとても大人びていて、カグヤとまではいかないけれど、綺麗。肩まで届く長髪に、ぱっちりと開いた目は、嬉しそうに目尻が下がっていた。
袖の長い白いブラウスを着ていて、丈も足首まである。
「やっと、この時が来た」
その女性は、嬉しそうに私たちを見た。隣にいる私は、警戒心を剥き出しにして構えた。私は何をするでもなくぼうっと見ている。
「ふふふ、辛いよね。わかるよ。私も、そうだったから」
女の人は私ではない隣の私へとゆっくり歩き、彼女の頬を撫でた。女の人はしゃがんで、私たちと同じ目線になった。
「ありがとう。あなたのおかげで、私は壊れずにいれた。辛いとは、思うけど……。もう少しだけ、頑張って。そうすれば、いつか、私みたいになれるから」
女の人は花のように微笑んだ。
「あなたは、これから先、ちょっと辛くなるでしょうけど、その時、逃げちゃダメ」
私は嫌な感覚がして、一歩後ろに下がる。女の人はもう一人の私から離れて、自分が元いたライトのところへ歩いた。
「大丈夫。あなたたちは吸血鬼で、強いんだから。だから、大丈夫。何も心配しなくていい。時間が全部、あなたたちを優しく包んでくれる。焦らないで、怖がらないで。そうすればいつかは、表情だって、取り戻せるから。ね?」
満面の笑顔で、その女の人は言った。だんだん、その人の姿が薄れて行く。私の隣にいる私も、同じように薄れていく。私の姿も、薄れていく。だんだん、世界は闇につつまれていく。そして、何も見えなくなった。
その次の瞬間、私は元の守矢神社にいた。あの不思議な空間に行く前と何も変わらず、サナエが前にいて、カグヤとアリスが私の両側を守るように後ろにいる。
「……ここは、守矢神社?」
私が言うと、後ろにいるアリスお姉ちゃんが肩に手を置いた。私はその手を握る。
「そうよ。どうしたの? 奇跡は起こった?」
奇跡 。起こった……のだろう。そうでなければ、あの不思議な空間は説明がつかない。
「うん、おこったよ」
「どんな奇跡?」
「詳しくはわからないけど、自分が隣にいて、女の人がいた」
首だけを動かして、後ろを見る。アリスお姉ちゃんは不安そうに私を見ていた。
「未来の自分かも」
安心させるために、そんなことを言った。けど、意外とそうなのかもしれない、と思った。警戒心が私以上に強かった私も、柔らかく微笑んだ私も、全部未来の私。
そうだったらいいな。そうなら、いつか私は人と同じように笑えるということなのだから。
「未来の自分と、話したの?」
「うん」
それを聞いたサナエは、目を丸くした。
「そ、それは珍しい……というか、かなりの奇跡ですよ?」
「いいじゃない。一生で一度きりの奇跡なんだから」
カグヤの言葉にもっとサナエは目を丸くした。
「え? 一生に一度? なに言ってるんですか、奇跡は私が起こせば何度でも……」
「この子は、そういう力なの」
アリスお姉ちゃんの言葉に、サナエは納得したように頷いた。
「……そういえば、あなたは……そんな力を持っていましたね」
ふむ、とサナエは顎に指を持っていって思案を始めた。
そのとき、神社の賽銭箱の近くで、ざわめきが起こった。みんな、嬉しそうな声をあげている。
「おお、神奈子様! ありがたやありがたや……」
「この度はまことに……」
そんな声がそこかしこから上がる。なんだろう、と思っていると、サナエの後ろに、大きなしめ縄の輪っかを背負った女の人が歩いて来た。
紫の髪に、攻撃的な目つき。胸には鏡のようなネックレスが下げられていた。ラフな格好をしているけれど、雰囲気がとても神々しい。
「あ、神奈子さま。どうかされましたか?」
「うんにゃ? 早苗が奇跡を使ったみたいなんで、誰に使ったか見に来たんだ。……この子か」
その人……かなこ様は、私のそばまでくると、視線を私に合わせてくれた。
「わ、私、私は、ミオ・マーガトロイドといいます」
「私は八坂神奈子。ま、この神社の関係者だ」
かなこ様の自己紹介を、サナエがくすりと笑った。
「なんですか、その自己紹介? 普通に神様って言えばいいのに」
「あのな。何も知らない外来人に神様ですって言っても笑われるだけだろ?」
辟易したような顔をかなこ様はした。何度か経験があるような口ぶりだった。
「まあ、その、なんだ。信じてくれるかわからんが、私は一応神様だ。軍神って言ってわかるか?」
軍神。戦いの神様、かな。よくわからない。
でも、この人は神様なんだ。神様が目の前にいて、そして、私と話をしてくれる。前の世界じゃ、神様なんて幻想だった。でも、神様はここにいる。
「信じます。私はかなこ様が神様だって、信じます」
かなこ様は、感心したような顔をした。
「いい子じゃないか。なんか証明しろとか言われるかと思ってたよ」
「そんな、神様を試すだなんて」
かなこ様はぽかんとしたあと、大笑いした。
「あっはっはっはっは! 信心深いなぁ。外来人でも久しぶりのいい人間だ。……いや、人間じゃないのか。ま、んなことどうでもいいや」
どうでもいい。私が人間でないことを知っていて、それでも、どうでもいいと言った。初めてだった。とっても嬉しい。私を私だとみてくれているような気がする。
「実はな、お前の話は色んなところから聞いてるよ」
「どんな話なんですか?」
なんだか皆私のことを知っているかのようで、少し怖かった。どこでも噂になっているような気がして不安だった。どんな噂か知らないのもまたそれを増幅させていた。
「ん? ……アリスんとこの妹はとってもいい子だっていう噂だよ。なあ、早苗?」
ニコリとかなこ様がサナエに言った。サナエはぎこちなく頷いた。
「だよな。……そうだ。なあ、アリス、カグヤ」
かなこ様は私の後ろにいる二人に顔を向けた。
「何かしら」
「ちょっと今日この子ウチにお泊りさせてもいいか?」
「……私も一緒なら、いいわ」
アリスお姉ちゃんが渋々頷いた。
「え、でも神奈子さま」
「いいだろ? な?」
かなこ様がサナエの肩を抱いて言った。しばらくそうしていると、サナエは渋々と言った風に頷いた。
「わかりました。では、今日の晩御飯は神奈子さまが用意してくださいね」
「サナエ、かなこ様、私、ご飯いりません」
すかさず、私はそう言った。
「…….いらないって……そうか、あなたは……」
サナエはそう呟くように言うと、小さく頷いた。
「わかった。それじゃあ、先に神社で待ってて。私はここで仕事しとくから」
「私もここにいるわ」
アリスお姉ちゃんとカグヤが言うと、かなこ様は頷いて、私の手を引いて歩き出した。
「アリス、待ってるよ」
私は歩きながら、アリスに手を振った。
人の波をかき分けて、私は神社に連れてこられた。中の居住スペースは、博麗神社とあまり変わりがなかった。手を引かれるまま歩いて、靴を脱いで神社の中に連れ込まれる。
中には、おばあちゃんのようにお茶をすすっていた小さな女の子がいた。そのこの子の帽子には目があり、まるで生きているかのようだった。
「うん? 神奈子、その誰?」
「ほら、噂のあの子だよ」
そう言われて、私はいつものように自己紹介をした。
「ふうん。あなたがねぇ。私は洩矢諏訪子、神様やってるよ」
この人も、神様。二人も神様に会えた。なんだか、すごく幸せ。まるで物語に出てきた英雄と会っているような感覚がする。
「で?」
「ちょっと眠らせようと思う」
「……わかった」
二人は私の理解を超えるような話をしているようだった。
……眠らせる。なぜ?
私は思わず、かなこ様の手を振り払っていた。
「どうした?」
「眠らせて、どうするつもりですか?」
「うん? ……まあ、眠れ。お前でないお前に話がある」
かなこ様が私に手を伸ばした。それだけで、私は意識がぷっつりと途絶え、気絶するように眠りについた。
……なんで眠らされないといけないの?