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東方幻想入り  作者: コノハ
迷い込んだ世界で
3/112

博麗神社と私

 初めて入った神社の中は、意外と普通の家屋だった。畳の上に座らされ、三人は一つのちゃぶ台を中心にして座った。私はすることもないので横になる。眠れればよいのだが。

「で、霊夢。なんで私を呼んだの?」

「この前、あなた外来人を連れてきたでしょ?」

 外来人、というのは私のように外の世界から来た人のことを指すようだ。先ほど、アリスに教えてもらった。

「ええ、それが?」

「最近、外来人が多すぎて、厄介な連中も増えてきたわ」

「……私のせいだと言いたいの?」

「違うわ」

 レイムは静かに言うのが聞こえた。

「ただ、外来人を分別なしに保護するのはやめてほしい、ということが言いたいだけ。今日みたいに」

「見捨てたら死ぬかもしれないのに?」

「それもやむなし、という状況よ」

 私は全身がこわばるのを感じた。もしかしたら、殺されてしまうのだろうか。体を起こして、三人を見る。

「どうしたの? 喉かわいた?」

 レイムが聞いてきた。優しい女性。でも、もしかしたら私の命を奪うかもしれない女性。

「……なんでもない」

「そう」

 聞いても、悪く思われるだけだ。私はまた体を横にして、今度は三人の会話に集中する。

「何かあったのか、霊夢」

「ここに来るときに力を持った馬鹿が幻想郷で何かしようと企んでる、ってだけよ」

「……それが、私がここに連れてきた人だ、ってわけ?」

 アリスが悲しげな様子で言ったのが聞こえた。

「責めるつもりはないわ。ただ、これからは保護するなら保護する、見捨てるなら見捨てるではっきりさせてほしいってだけ。神社ではもう面倒見きれないわ」

「そんなに多いのかよ?」

「一日一人から二人。十日に一度はろくでもないのが迷い込むわ」

「多いな。あたしんとこには来たことないぜ?」

「あんたはいつも空飛んでんでしょうが」

「はは、それもそうか」

マリサは笑っているけど、私は気が気でなかった。この話し合いの結果如何で私はどうこうされてしまうのだから。

逃げ出すか? その選択肢は、すぐに消えた。ここから逃げたらそれこそ絶望だ。

「それはわかったけど、幻想郷の結界はどうなってんだ?」

「それが緩んでるから、大量に外来人が来てるんでしょうが」

「対策はあるの、霊夢」

「幻想郷を外から切り離す」

「今いる外来人はどうなるんだ?」

「結界が安定するまでは、残念だけどここにいてもらうことになるわ」

 私はほっと胸を撫で下ろした。よかった。少なくとも、ここにいる三人に殺されることはないんだ。

「この子は?」

 アリスが聞いた。どういう意味だろう。

「ちょっと変な能力もってるけど、まぁ帰れるでしょ……?」

 レイムがしばらく黙りこくった。

「霊夢?」

「この子、は」

 私は違和感を感じて、体を起こした。

「な、なに?」

 レイムの目は、なぜか潤んでいた。ゆっくりと私に近づくと、私のことを抱きしめた。痛いくらいに込められる力に、私は戸惑う。

「……あなたは、ここにいなさい。ずっと」

「れ、レイム?」

 どういうことだろう。 なんでこんなふうに抱きしめてくれるのだろう。

「元の世界に帰っちゃダメよ」

「なんで? 説明して。理由もなしに帰るなと言われても頷けない」

 私は静かに言った。レイムもきっと戸惑っているのだろう。私の中に思わず涙を流してしまうほど凄惨な何かを見てしまったのだろう。巫女さんなんだから、他人の本質を見抜くくらいはできるだろう。

「おい、霊夢。何勝手なこと言ってんだ?」

「二人に頼みたいことがあるの」

 私を解放し、涙を拭うとレイムは二人に向き直った。

「あなたたちを呼んだのは、さっき言ったことを各地にいる主要人物に伝えて欲しいの」

 レイムがそう言うと、二人は訝しげな顔をした。

「……はぁ? なんで私が?」

「なんであたしなんだ、霊夢」

「信用に足るからよ」

 レイムは私の隣に座ると、説明を始めた。私のことではうやむやにしたのに、このことではちゃんと説明するのか。もしかしてこの人の中で何か線引きがあるのだろうか。

「外来人を保護するか否かは発見した本人に委ねる。これはある意味で危険な案よ。無差別に広めれば、それは外来人への襲撃を公的に認めたと捉えられかねない。そんなことは、避けなければならないわ」

 レイムは袂に手を入れると、その中から紙を取り出した。そこには地図のようなものが描かれていて、レイムはそれをちゃぶ台の上に乗せた。

「だから、注意して伝えて欲しいことがあるの。これは決定事項ではないことと、外来人を襲うことを認めるわけではないということ。それから、これは試験的運用でもあるから、信頼できる部下にのみ伝えてほしいということ。以上の三点よ」

 穴がある。私はそう思った。けれど、それは落とし穴と同じで、人為的に作られたものだ。そう感じた。

 これがもし全面的に広まったとしたら、悪意を持った人間は確実に外来人を食い物にするだろう。それを問題視させないための試験運用なのだろうか。それとも、騙すための試験運用なのだろうか。

 こんなことをして、騙す相手は誰だろう。外来人だろうか。ここにいる二人だろうか。それとも、幻想郷の人間全てだろうか。

「わかったぜ。さとりとか紫とかレミリアとかに伝えればいいんだろ?」

「よくわかってんじゃない。よろしくね」

 レイムは優しく微笑んでそう言った。私は半ば無理にでも立ち上がった。足の裏に鋭い痛みが走る。

「大丈夫、澪」

「うん。アリスも行くの?」

 アリスはしばらく悩んでから頷いた。なぜ悩んだのだろう。

「じゃあ、私も行く」

「……危険よ?」

「それでも行く」

 私はアリスのそばまで痛みを我慢しながら歩く。

「あなたは、ここにいなさい」

「ここはイヤ。行く」

 レイムと一緒にいるのは、少し嫌だった。レイムと一緒にいたら、最後には閉じ込められてしまうのではないか、そんな恐怖が全身を襲ったからだった。

「……そう。嫌になったらいつでもここに来なさい」

 レイムは残念そうにはしていたけど、特に怒ったような様子や、壊れてしまうような様子はなかった。私は安心すると、アリスの方を向く。

「最初はどこへ行くの?」

 私が聞くと、アリスはマリサと目を見合わせた。

「私はこの近くにある紅魔館に行くわ。各地に伝え終わったら、伝書鳩を飛ばすから。あなたもそうして」

「ういっす。じゃああたしは天子んとこ行ってくるぜ」

 マリサは駆け出して外に出ると、箒に跨った。

「ごめんな、澪。遊び教えてやれなくて。でも今度会ったら絶対教えてやるからな! じゃあな、元気でな〜!」

 そう言い残すと、返事も聞かずに行ってしまった。まるで、嵐か台風のような人だったな。

「私達も行きましょうか。歩ける?」

 頷くと、一歩踏み出す。傷をかばう歩き方をしたせいか、かくりとバランスを崩し、膝をついてしまう。

「大丈夫? 見せてみて」

「大丈夫、歩けるから」

 私は強がって言った。もしここで足手まといだと思われたら連れて行ってもらえないかもしれない。そんなことになったら、私はレイムと二人きり。そんなのはイヤだった。

 それにしても、なぜ私はただの想像を根拠にこれほどレイムを嫌うのだろう。私は、偏見で人を判断するような人間にはなるまいと思っていたのに。

「霊夢、子供用の靴とかある?」

「ないわ」

 だから、ここにいて。そう恫喝されたように感じて、私はアリスの後ろに隠れた。恐らく私は何かをレイムに感じ取って、それを恐れているのだろう。愚かな私。

「……えらく嫌われたわね、霊夢」

「まぁ、私子供受けよくないから。それじゃあね、アリス、澪。また会いましょう」

 そう言うとレイムは神社の奥の部屋に消えていった。

「足、どうする?」

「歩く」

「傷開くわよ?」

「構わない」

 とにかくここから出たい。こんなにも一つの場所を恐れる自分に憎悪さえ抱く。レイムだって私を迎え入れて、抱き締めてさえくれたのに、なぜ私は恐れるのだろう。よくわからない。わかりたくもないような気がする。

「はぁ。あなた、頑固ね」

「足手まといにはなりたくない」

 アリスはまたため息をついた。怒らせただろうか。

「もう。わかったわよ。急ぐ用事でもないでしょうし、ゆっくり行きましょ。辛くなったり痛かったりしたら言いなさい」

「ありがとう」

 私はお礼を言うと、境内を素足のまま歩く。おもわず叫びそうになるくらい痛むけど、嫌われたりするわけにはいかないのだ、黙って歩く。アリスと一緒に境内を出て、階段を降りる。それからは、土がむきだしになった街道を歩く。

「澪、紅魔館に行ったら次は永遠亭に行くわよ」

「永遠亭?」

 なんだろう、その素敵な響きは。永久を手に入れれる場所、とかならば素晴らしい場所だな、と思う。

「病院よ。流石にちゃんとした医者に見てもらいたいでしょ?」

 病院、か。お父さんに行くなと言われてからは、行っていない。

 大病を患えば死が確定するが、お父さんが言うのなら、別にそれでもかまわない。

「病院はいや?」

「ううん。久々だな、って思って」

「へぇ。具体的には?」

「四年くらい」

 アリスは驚いた。

「すごい。怪我もしなかったの?」

 私は首を振った。

「行かなかっただけ」

「え、お父さんとかは?」

 私は首を振った。大人なら、これだけで理解してくれるはずだ。普通の人に、私とお父さんとの絆は理解できないだろうから。

「ご、ごめん」

「いい。謝ってくれるだけ、嬉しい」

 お父さんは死んだ。そう伝える方が、お金だけ送って来てあとは放ったらかしというのよりも理解されよい。お父さんとのことで嘘をつくのは気が引けるけど、こんなことでそうダラダラと会話するのもイヤなので、私は話を切り替える。

「紅魔館って、どんなところ?」

「え? ……吸血鬼、レミリア・スカーレットの住居よ」

 吸血鬼。血を吸いとる鬼。そんな恐ろしい存在がいる場所に自ら足を運ばねばならないことを、私は嘆いた。

「怖い?」

「うん。でも大丈夫」

 私は上手く踵をかばいながら歩く。ひょこひょこと変な歩き方になっているが、アリスは笑おうともしない。優しい人だな。

「ふぅん。まぁ、ほんと無理だけはしないでね」

「うん」

 吸血鬼ってどんなのなんだろうか。それこそ、人を食糧にしか見てないような、そんな存在なのだろうか。……私、外来人だし、食べられるのかな。

「まぁ、すぐには紅魔館に着かないし、ゆっくりおしゃべりでもしながら行きましょ」

「うん」

 暇しないように配慮してくれるのが、嬉しかった。この気持ちを笑顔で表現できない自分が恨めしい。

「アリス、ここは妖怪がたくさんいるの?」

「まぁね。でも大丈夫よ。私が守るから」

 そう言ってアリスが指をひらめかせると、周りに浮いていた人形達の手に様々な武器が握られていた。斧や槍、剣などの恐ろしいものを可愛らしい人形が持っているのが、不気味だった。

「それで、殺すの?」

「殺しはしないわ。撃退するだけ。まぁ」

「人間だー!」

 甲高い声が聞こえた。周りが闇に閉ざされる。まだ昼間だというのに、なぜ。

「あなたは、食べてもいい人間?」

 声が聞こえる。想像するに、女の子の声だ。年齢は私と同じくらいの、小さい子。その子は、きっと今私の後ろにいる。息が右の耳にかかるほど、近い場所。多分、この子は妖怪だ。人を食うような、怖い妖怪。おそらく私の心臓の鼓動さえ、気取られているのだろう。

 なんと答えたら、助かるのだろう。なんと答えたら、殺されてしまうのだろう。

「答えて? あなたは、食べてもいい人間?」

 彼女の問いにどう答える。肯定する? その場で齧られ、食われてしまうかもしれない。否定する? もしかしたらこの質問はただ趣味で聞いてるだけで、嫌がる人間を食うのがいい、とか言われるかもしれない。

「答えないの? 食べちゃうよ?」

「やめなさい。ルーミア、その子は食べてはいけない人間よ。手を出さないで」

 暗闇の奥から、アリスの声がした。

「そーなのかー。じゃあ、かえるのだ」

 そう言うと、子供の妖怪……ルーミアは去って行った。闇が晴れ、視界が戻った。一歩も動かなかったため、景色は変わっていなかった。勝手に移動させられたということはなさそうで、よかった。

「大丈夫、澪」

 アリスが私のそばに駆け寄ってくれた。よく見ると私の周りに人形がたくさん浮いている。いざとなったら、あの妖怪と戦ってくれたのだろうか。

「うん、大丈夫」

「驚いたわ。普通の子は驚いて騒いだり走ったりして大変なことになるのに」

 アリスは歩きながら感心するように言ってくれた。私はアリスについて歩く。足の痛みにもなれた。

「私は、いつでも冷静だから」

「そうね。でも、怖くなかった?」

 私は素直に答えることにした。

「もうここで食べられて終わっちゃうんだって思った」

「そんなこと思ってたのによくじっとしてられたわね」

「生きるためなら、なんでもする」

 私は静かに言った。この先泥水をすするような目に遭っても、生き抜く。

 死にたくないから。母と同じになりたくない。またお父さんと会いたい。だから、死ねない。

「随分と固い決意ね。すごいわ」

「ありがとう、アリス。……ところで、ルーミアはどんな妖怪なの?」

 私は質問してみた。今度一人でルーミアに遭っても死なないようにするための、情報が欲しかったからだ。

「あの子は闇を操る人食いよ」

「私を食べようとしてたのかな」

 アリスは奇妙なことに首を振った。

「まぁ、そうなんだけどね。でも、無理矢理食べられたりしないわ。

 あの子、食べてもいいか聞いて、許可がもらえないと食べてこないから」

「どうして、妖怪なのにそんなルールに縛られてるの?」

 私の中の妖怪という存在に対するイメージは、自由奔放、気まぐれで人を殺したり救ったりするような強大なものだったのに。随分と、イメージと違う。

「まぁ、どんな妖怪も多かれ少なかれルールの中で生きてるわ。もちろん、そのルールを破る奴もいる。……そこは人間も一緒でしょ?」

 私は頷いた。

「わかってくれて嬉しいわ。で、ルーミアはルールに縛られているタイプの妖怪よ。ルーミアに食べられたくなかったら、私は食べてはいけない人間です、って言えばいいのよ。簡単でしょ?」

 頷く。なんだ、変に深読みをしてしまった。そんな単純なものだったら、素直に答えるべきだったな。情報がなかったのだから仕方ないといえば、仕方ないのだろうが。

 だが、これからは情報を多く取り入れるよう注意しなければ。知らないことが理由で、死にたくない。

「アリス、話は変わるけど、外来人ってどんな人がいるの?」

 すると、アリスは困ったような顔をした。聞いてはいけないことだったかな。

「ううん、多すぎて一概には言えないわ」

「じゃあ、たとえば、外来人が近づいてはいけない場所とか、しちゃいけないこととか、ある?」

 この質問にも、アリスは言葉を濁すだけだった。

「まぁ、ないことはないけどね。あなたにはどう頑張っても無理だから安心して過ごしなさい」

「なんにもないの?」

 アリスは少しためらって、頷いた。

「まぁ、そりゃ入ったら怒られちゃう場所はあるけど、それも外来人だから、で特別に案内するとかあるから……」

 私は驚愕する。なぜこんなにもここの人は警戒心がないのだろう。

 そんな私の疑問を感じ取ったのか、アリスはにっこりと笑った。

「ここの人、基本的にお人よしが多いから」

「そうなんだ」

 私はそう言うのとほぼ同時、道が開け、視界いっぱいに湖が広がる。思わず、声が漏れる。これほどきれいな景色を、私は見たことがない。そして、湖の奥には赤い館があった。

「あの奥にあるのが、紅魔館。さ、行きましょう」

 アリスは湖の円周沿いに歩き始めた。


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