最後の秘密と私
あの日。ママが自殺をすることでパパから逃れた日。そのときから、ママの地獄は終わり、私の地獄が始まった。
色んなことをされた。色んなことをさせられた。犬のような生活を強制された。性奴隷のような扱いを受けた。獣のように交わることを強いられた。無理矢理、獣とサせられた。道具のような状態に追い込まれた。丹念に、執拗に身体をいじくりまわされ、心を犯されていった。
でも、一番辛かったのは犯されるでも拷問されるでもなく、犬の餌入れで犬食いをさせられるでもなく。
食事が、ママだったということ。
「……え?」
望君の、驚いたような声。みんな、意識を空白にさせているのだろう。みんなパパの言葉に聞き入ってる。私だって、早くパパの口を塞がなきゃって思うけど、身体に全く力が入らない。
「この現代社会で、どうして叶が未だ行方不明扱いなのか? それは簡単、死体が出てこないからだ。なぜ死体が出てこないか? 答えは単純、全部ミオの胃袋に収まって、排泄物になったからだよ」
「……」
みんな黙ってる。それはそうだ。私は吸血鬼になる前から、人の味を知っていたのだから。みんな、私をバケモノだと思うだろう。
ママは、私が食べた。食べてしまった。許されないことだっていうのはわかってる。でも、でも。
「最初、すごく抵抗したんだ。でもね、仕方ないからミオの見てないところであいつの右手を切って、ミキサーにかけてグチャグチャにして、ハンバーグにして焼いてあげたら喜んで食べてたよ。自分の母親をおいしいって言ったんだよ? 吸血鬼だよね、吸血鬼になる前から」
知らなかったの。牛肉だよって、パパが言ったから。それに、ママを食べたくないって言った日から一週間くらい何も食べさせてくれなかったから、本当にお腹が空いてて、食べなきゃ死んじゃうって思って。だから食べたの。あれがママだなんてしらなかったの。
しらなかったの。
「それから、目の前で叶をミキサーにかけたり、水代わりに血を啜らせたりして、一ヶ月くらいかけてようやく叶の処理が終わったんだ。内臓食べるときはさすがに吐きながらだったけど、まあ、三回くらい殴って一通り犯したらおとなしく食べたよ。
ふふふ、あのときのミオは本当に従順だったよ。何しても何の反応がなかったからつまんなかったけど」
パパは、望君を見た。彼の顔は、何の表情もなかった。
「彼女の闇を知った感想はどう? その子、吸血鬼になる前から人食いなんだよ?」
「ふ……ふざけるな!」
笑顔で聞いたパパに、望君はすさまじい怒気を発しながら、答えた。
「だから、どうしたっていうんだ。お前が狂ってるだけじゃないか。娘に母親を食べさせるって。お前、本当に正気か!?」
パパは、楽しそうに笑った。
「正気も正気。狂ってるのは世界の方さ」
飄々と、そんなことを言う。
「何を!」
「わかってないね、ミオは叶を食べたかったんだよ」
ズキン、と、信じられないくらい心臓が痛んだ。
「な、なにを」
望君が、動揺する。
「君、知らないわけじゃないよね? ミオの心の強さ。素晴らしいよ。人間離れした心を持ってる。二時間、半日、一週間。そして四年。それほどの年月痛めつけられても、決して心を屈することのなかったミオ。なんてすごいんだろう。でもそんなすごい彼女は一週間の断食程度で、禁忌をおかしたんだ。実は食べたかったんじゃないの? 母親を」
「そ、それは」
望君が、言いづまる。騙されないで。私は食べたくて食べたんじゃない。信じて!
「……知ってる、望。ミオって実はね、結構エッチなんだよ? 子供のくせに自分で……」
ぐしゃり、とパパが潰れた。傷から回復したリュカが素早く移動し、ハンマーを振り下ろしたのだった。
「……はぁ、はぁ、ミオを、これ以上侮辱するな。全部、お前が悪い。逆らえなくしたのも食べるように仕向けたのも全部お前」
「そうかい?」
ガッ、と、リュカの足首をパパの手がつかんだ。手をから次第に、パパは身体を取り戻して行く。
「優斗! ミオをさらえ!」
次の瞬間には、私の後ろに男の人、優斗がいた。
「危ない!」
私は望君に突き飛ばされ、尻餅をつく。私の代わりに、望君が捕まった。
「あり、ミスった。ま、いっか。行くぜ臣さん!」
「頼むよ」
ピカリと、パパ、優奈さん、優斗、シードの周りが光に包まれる。
「今っ! 封印!」
今まで静観していた霊夢が、鋭い針のようなものを優斗の胸に向かって投げた。それは違わず命中した。
でも、それなのに何もかわらず、パパたちは転移して何処かに消えてしまった。攫われた。望君と、リュカが攫われた!
「霊夢、大丈夫なの!?」
私は霊夢に駆け寄る。
「問題ない。完璧、完璧よ」
と、いうには霊夢の額には汗が流れている。
「そう、何も問題は――ないわ!」
ガッ、と霊夢は虚空を掴んだ。え?
そのまま彼女は空気を背負い投げした。
ドタン、と何かが落ちる音が聞こえた。
「封印!」
霊夢は自分の下の地面に、指を向ける。
すると、霊夢の下には忍者装束に身を包んだ男の人がいた。
この人、見たことある。確か……。
「宗?」
本名は知らない。けど、この人確か慧音に殺されたんじゃなかったっけ?
「知ってるの?」
霊夢が聞いてくる。
「うん。瞬間移動と透明化の力を持ってる人」
「ふん。捕らえて能力封じれば忍者といえどかたなしね。さ、どうしてくれようか。どうせあの優斗ってやつはブラフで、あんたが本命の瞬間移動能力者でしょ」
冷たく、霊夢が聞いた。また、誰かが死ぬのか。
「で、あんたはどうなりたい? 宗とやら」
霊夢が聞くと、彼は霊夢を睨みつけた。
「我は忍、生き恥さらすことは赦されず、宝を渡すことは恥である。
我は忍。死して屍拾う者なし。
――さらばだ、博麗霊夢」
宗は大口を開けた。そのときピン、と何かの音がした。
「?」
霊夢は不思議そうに宗を見つめている。
……あれ、たしかスパイ映画かなんかで、奥歯にスイッチ仕込んでて、それ押したら爆発するってあったような……!
「霊夢、離れて!」
「!」
霊夢は宗から飛び退き、かなりの距離を取った。
ドン!
それと同時に宗の体が爆発した。割りと宗から近かった私はもろに爆発に巻き込まれ、身体の前面が炎にやかれる。
「あつ、熱!」
ジタバタと暴れながら、回復を待つ。
回復しきるには少し時間がかかったけど、大丈夫。
宗のいたところを見ると、もう跡形も残っていなかった。
「忍者、ねぇ。まだいたのね」
「そんなことよりも、霊夢、早く行こう!」
たぶんパパたちは幻想郷に戻ったんだわ
「ええ、わかってるわ」
そう霊夢が言うと、霊夢の前の空間にスキマができた。
でも、紫の姿がない。
「やばいわね、急ぐわよ」
頷く。霊夢がスキマの中に入ってから、私も続く。
「これが最後よ、ミオ」
スキマの中で、霊夢が話しかけてくる。
「え?」
「次に御陵臣と会った時が、ヤツの最後。いい?」
パパとの、最後。
誰にも言えないし自分でも信じられないし信じたくない上に気持ち悪い考えだけれど、私は、パパと普通の親子関係でいたかった。そりゃ憎んでるし今でもぶっ壊したいくらいだけど、それと、普通でいてほしいという気持ちは、別。
普通に成長したかった。普通に育ててほしかった。普通の人生を歩ませてほしかった。
もしパパを封印すれば、その夢は絶たれる。
……構うもんか。普通の、ありもしない生活と、リュカ、望君、そして幻想郷のみんな。どっちの方が大切かなんて、いちいち比べる必要なんてない。
「うん、行こう霊夢。パパを、封印しよう」
「……ええ」
幻想郷への裂け目が開き、私たちはスキマの中から外へと出た。
待ってて、パパ。
汚れた欲望ごと、封印してやるから。