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東方幻想入り  作者: コノハ
最後の反乱
107/112

回帰と私

「……あなたの、家?」

 霊夢の質問に、頷く。

「で、でもここ……」

 そう言って、彼女は拷問部屋の襖を開ける。あからさまに顔をしかめて、それからゆっくりと部屋を閉めた。

「子供が住むには、辛い環境よ?」

「うん」

 私はゆっくりと歩いて、霊夢のそばにいく。リビングの隣にある拷問部屋。私はよく、縛られながら、隣の部屋でテレビを見ているパパの笑い声を聞いていたっけ。

 部屋を開けると、ここにくる前のままだった。

 床一面に点々としている血痕。壁にかけられた工具類。そしてそのすべてに血の跡がついている。

「ミオちゃん、あの、ミオちゃんの家、見ていいかな?」

「いいよ、望君。でも、あんまり聞かないでね」

 叫ばずにいられるかどうかわからないから。

 望君が家を探し始めると、他のみんなも探りはじめる。

「……にしても、こんな環境で育ってきたのね、あなた」

 霊夢が食器棚を見ながら言った。食器棚には、一人分しか入っておらず、他には犬用の餌入れが入っているだけ。食器を使うのがパパ。餌入れで食べていたのが誰か、言う必要がある?

「……ママが死ぬまでは、私も普通の食器で食べたんだけどね」

「はぁ」

 霊夢は苦々しげにため息をついた。

 あまり、キッチンには近づいてほしくない。洗い場には血の匂いがこびりついてるし、包丁にだって血の跡がある。血で錆び付いて、切れ味が落ちた方が痛いからいい、とパパは言っていた。

「私の記憶と、全然違う」

 リュカが悲しそうに呟いた。

「大丈夫だよ。リュカはリュカ。でしょ?」

「うん」

 むしろ記憶と違ってホッとしている風でもある。

 私だって、こんな身の毛もよだつようなところで暮らしていただなんて信じたくない。ホント、よく私死ななかったな。自分を褒めてあげたい。

「ね、ねえ、こ、これ」

 家の入り口に近いところにあるパパの部屋から出てきた望君が、震えながら出てきた。

「大丈夫、望君?」

 私が駆け寄ると、望君は頭を下げた。

「ご、ごめんなさい! か、勝手に見て……」

「なにが?」

 望君の手には、日記と書かれたノートがある。私は日記なんて付けてなかったし……日記?

「貸して!」

 バッと、望君の手からそれをひったくる。中身を見る。

「……!」

 私は脱力して、床にへたりこんだ。

「どうしたの? 何か見つかった?」

 霊夢の質問に答える気力さえわかない。

「望君、これ、どこまで読んだ?」

「……さ、最初の部分だけ」

「ママが死んだところ?」

 望君は、頷いた。

 よかった。知られなかった。知られちゃいけないことは、知られなかった。

「……何、それ。見せて」

「ダメ。これは、誰にも見せない」

 私から日記を取ろうとしたリュカの手から、日記を守る。

「ここには、みんなの知りたいことなんて一つも書いてないから」

 これは、この日記は私の観察日記だ。私が壊れていく様を刻銘に記した、この世の誰にも見せられないもの。

 このすべてを望君が読んでいたら、私はきっと望君から離れていただろう。好きだとか、嫌いだとかそういう問題じゃない。私の存在すべてに関わる秘密なのだ。知られるわけにはいかない。この秘密を知ろうする者全てを排除してでも、守らないと。

「霊夢、リュカちゃん。見ないであげて」

 望君が、そう言った。

 ……?

 最初のページを、めくって読んでみる。

『一日目

 叶が死んだ。弱い女だった。あれの観察日記は捨てよう。

 これからは澪の観察日記を付けよう。あいつがどんな風に変わっていくか、今からでも楽しみだ。取り敢えず、叶の死体はどうしようか。澪に処理させるか』

 これを、読まれた。

「……望君?」

「な、なに?」

「私がどうやってママを処理したか、気にならないの?」

「え、いや、でも……聞かれたく、ないでしょ?」

 頷く。けど、本当にそれだけ? もう知ってるから、聞かなくてもいいだけじゃないの?

「……で、澪。処理って、なんのことかしら」

 霊夢が、聞いてくる。

「なんで教えなきゃいけないの?」

 トゲたっぷりに、私は返した。他人を気遣う余裕なんて、今の私にはない。

「……それも、そうね。ほら、みんな、捜索に戻りましょう」

 そう言って、霊夢はパパの部屋へと向かって行った。確かにあそこなら、目当てのものも見つかるかもしれない。でも、見られてはいけないものも、あるはずだ。

「きゃあ!」

 悲鳴!

 私は立ち上がって、霊夢のところへ走る。剣を作って、敵に備える。リュカも望君も、同じように警戒していた。望君は素手だけど。

「大丈夫、霊夢!」

 私は、パパの部屋に駆け込んだ。

 ――実は私、パパの部屋に入ったことがない。パパが入るなと言っていたからなんだけど、このとき私は忘れていた。霊夢のことが心配で、忘れていたんだ。

 パパが極上のクズだってことを。

「……」

 部屋を見て、絶句した。部屋の中央には机があり、そこは綺麗。でもその周りには山のようにアルバムとノートが積まれており、その表紙には年月と、私の名前が書かれていた。壁の本棚にはぎっしりと、拷問や処刑、苦痛を与えるありとあらゆる残虐なことに関する本が並べられている。

 そして霊夢は、アルバムを放り出した格好で、フルフルと震えていた。

「……霊、夢?」

 何を、見たのだろう。

 違う、何を見られた?

「ミオ、今すぐ帰って休みなさい」

 恐慌状態から回復した霊夢は、立ち上がって私に言った。

「なんで?」

「あの写真を見たら誰だって思うわ」

 え? ……写真?

 私は霊夢を押しのけて、彼女が放り出したアルバムを手にとる。そして、思考を空白にした。

「……」

 私の、裸。鎖に繋がれて、色んな液体に汚れて、そして、そして、色々なところに針が。

「……」

 それ以上、見ていられなかった。

 私はアルバムを床に叩きつける。

「……ミオ」

 霊夢やリュカ、望君が声をかけてくれるけど、聞こえない。

 撮られていた、のは、知っていたけれど。まさかアルバムにしてるなんて思わなかった。毎日毎日記録されているなんて思わなかった。

「……みんな、これ」

 リュカが、何かをみんなに見せている。何? また、私の秘密がバラされるの? また私は、知られたくないことを知られるの?

「ミオ、東京の、夢の国ってどこかわかる?」

 ……夢の、国? 知らない訳がない。全国の子供が夢中になるアニメキャラクターと触れ合える、現実と夢とが混じり合う、まさしく夢の国。そしてある意味幻想郷に近い場所だ。

「知ってるよ」

「御陵臣は、そこにいるわ」

「……」

 夢の国に? パパが? ……なんで?

 顔をあげる。すると、リュカが一枚の紙切れを私の方に見せていた。

「これ、机の上に置いてあった」

『親子の交流をしよう、澪。東京の夢の国においで。来たくなかったらそれでいいけど、そうしたらパパ、寂しくて近くにいる子供を澪みたいにしちゃうかも』

 私みたいに? どういうこと?

 私のように吸血鬼にするの? それとも虐待するの?

 どちらにせよ、とめなければ。

「行こう、霊夢」

「でも、あなた」

「行かなきゃ」

 私が言うと、霊夢はため息まじりに頷いた。

「……休まなくて、いいのね」

「終わってから、休む。めっちゃ怠惰に暮らしてやるんだから」

 私が言うと、霊夢は頷いた。

「そんときは、付き合ったげる。じゃ、紫!」

「呼ばれて飛び出て」

 両手を広げて頭を出そうとしたころを、霊夢のげんこつで止められた。

「いったーい! なにすんのよ!」

「ふざけてる場合?」

 紫は頭をさすりながら、霊夢を恨めしそうに見る。

「いいじゃない。じゃ、送るわね。みんな目を閉じて」

 言われた通り、目を閉じる。

「とうちゃ~く!」

 そんな朗らかな声がして、私は目を開けた。

「うわぁ……」

 テレビでしか見らなかった夢の国が、そこには広がっていた。ここは、中央の広間。

 いつもはたくさんの人で賑わっているはずの場所には、少し離れたところで立っているパパと、私たちしかいない。

「よろこんでくれたようで、なにより。ミオ、リュカ、この世界の南半球をあげる。だから我々につくんだ」

 パパはそうおどけた。

 殺したくなった。

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