元『解放団』と私
死者がたゆたう現世に近しい現世と違なる場所。
庭にさく大きな枯れ桜がよく目立つ、大屋敷。
西行寺幽々子が治める、冥界。
私は桜の木の前に降り立った。
「む。霊夢殿。久しぶりです」
振り返ると、腰に二本の刀を差した少女がいた。緑を基調としたスーツのような、着物のような不思議な服を着ており、彼女の周りには人魂がふよふよと浮いている。
「妖夢。幽々子は?」
「幽々子さまですか?……また、何かあったのですか?」
解放異変のとき、冥界にはお世話になった。誰が死んでいるのか生きているのかわからない状態で、死者の全てを知る冥界と閻魔の裁判所は非常に役立った。死んでいなければ生きている。その理論で、なんとか生存者の数を特定することに成功した。まだ九割しか、救出できていない。つまりまだ一割は生きてどこかにいるのだ。そして、死んでいなければもしかしたら、その一割は解放団に所属しているかもしれない。私は宗が死んだかどうかも含めて、幽々子に聞きに来たのだ。
「御陵臣が逃げたわ」
妖夢は信じられないと言った風に、私を見た。
「本当、ですか?」
頷く。
「……幽々子さまは現在眠っておられます」
「起こせる?」
「しかし、幽々子さまは責務をようやく終えられたばかりなのです」
拉致があかない。こいつを吹っ飛ばしてあのねぼすけを叩き起こそう。そう思って幣を取り出したそのとき。
「霊夢! 大変」
「紫、どうしたの」
そのとき、紫が血相を変えて現れた。
「ヤツの居場所がわかったわ!」
「よし、行くわよ!」
私のために、紫がスキマを開けてくれる。
「妖夢! 幽々子は起こさなくていいかもね!」
そう言って、紫のスキマに飛び込む。
そして次に外に出たとき、私は絶句した。
数十人の男女が、神社の鳥居の前に集まっている。そして、その中心には御陵臣がいた。
「御陵臣!」
私は境内に降り立ち、幣を構える。
「やあ、巫女さん。おはやい到着」
ニヤニヤと、嫌な笑みを彼は浮かべている。
「こんなところになんの用? お賽銭でもしてくれるのかしら?」
「何言ってるのさ、お賽銭、というか奉納するのは君の方だよ」
「何を……」
私が疑問を言い切る前に、彼は語りを始めた。
「我々はもう『解放』された。あらゆる生のしがらみから、あらゆる恐怖から、解放された!」
戦時下の為政者がするように、彼は大仰に叫ぶ。私に説明しているようで、その言葉は周りの人間に向けられていた。
「ああ、そうだ、そうだとも! 我々解放団は解放された! しかし、解放されたならば次なる目標に進まねばならない! 安住の地を、我らの土地を開拓し、我らは我らの国を作るのだ!」
おおー! と、地響きがするくらい、大きな同調の声がする。私は思わず、耳を塞ぐ。隣の紫も、同じようにしていた。
「我らを世界に! 我らの存在を世界に知らしめよう! 我らがとれほど優れているのか! 我らがどれほど素晴らしいか! 我らの力を! 我らの知恵を! 我らの強さを! 下等動物達に伝えるのだ!」
その叫びは、圧倒的な力を持っていた。恐ろしいくらい、説得力を持って伝わってくる。
「パパ!」
演説を続ける御陵臣の元へ、ミオとリュカが飛んでくる。ミオは剣を、リュカはハンマーを持って。
「どけ、ザコ!」
二人は私の前に降り立つと、血の尻尾のようなものを手から生やし、御陵臣以外の人間を全てなぎ払い、打ち倒した。
皆一撃で気を失ったのか、声すら上げずに倒れた。
「遅くなってごめん、霊夢!」
「ごめんなさい、レイム」
二人は私の方に視線だけ向けて言った。
「気をつけて。あいつ、ヤバイわよ」
「そんなのはね、霊夢!」
「私達が一番よく知ってる」
二人は目にも止まらぬ早さで御陵臣に向かって行く。
「くくく、反抗期かい、娘達?」
「反抗期なのは、パパ! ご主人さまに逆らうな!」
「お前の娘になった覚えはない!」
言いながら、二人は攻撃を加える。リュカもミオも、子どもとは、そしてなりたての吸血鬼とは思えないくらいの速さと力。
だが、それ以上に御陵臣は速かった。ひらり、ひらりと攻撃を躱し、完全に二人を手玉にとっている。
「か、加勢を」
「ダメ! わかってるでしょ」
紫に言われて、留まる。そうだ。私は、最後の一撃、彼にトドメを刺す瞬間にしか攻撃できないんだ。
「いいのかい? ミオ、リュカ。君らは捨て駒だよ? やられてもダメージがない不死の兵隊なんだから、後ろの二人はぼうっと見てるんだよ? 捨て駒なんて使えなきゃゴミなんだから、君らが我々を倒せなきゃ、君らが得ていたと思い込んでる信用も信頼も居場所も全部なくなっちゃうんだよ? そんなヤツらの下にいていいのかい?」
「そんな陳腐な言葉に!」
「騙されはしない」
攻防は続く。連携をとったりして、上手く立ち回っているのだけど、御陵臣には届かない。
「キアは、どうしたのかな?」
「危険だから置いて来た!」
にぃ、と御陵臣は笑った。
「信用されてないと思ったんじゃないかな?」
「そんなわけあるか!」
ひゅん、と御陵臣の首筋を、ミオの剣が斬った。大量の血が吹き出した。そして、それだけだった。彼は膝をつくことすらせず、ピンピンしている。
「おやおや。知ってた? 僕とキアは恋仲だったんだよ? だからこの前ヤったときもすごく気持ち良さそうにしてたんだよ? ふふふ、いつかキアは裏切るよ。だって僕の彼女だもの」
「キアを侮辱するな!」
「キアは、私たちの。裏切ったら裏切ったで方法はある」
くくく、と彼は嫌らしく笑った。
「実はもう我々は行動に移しているんだよ。ここに倒れてるのはみんな僕が作った血の人形で、本物の解放団は、もう安住の地を目指して進んでるだ。独り芝居打ってたのも、君らを釣るためさ。こんなふうに叫んでたら、耳のいい君たちには聞こえるだろうって思ってね。ほらほら、我々を捕らえないと大変なことになるよ?」
ミオの刃が、御陵臣を正中線から真っ二つに切り裂いた。
「嘘つきのパパの言うコトなんて、誰が信じるか!」
と、そのとき。倒れていたうちの一人が、ミオの足首をつかんだ。
「!」
「ミオ」
一瞬、リュカがミオに気を取られてしまい、リュカも同じように足を掴まれる。
「二人とも!」
私は突撃しようと、足を踏み出す。これも、紫に止められる。
「紫! いい加減にして!」
「こっちのセリフよ。あなたが切り札なの。あなたしかいないの。わかって」
言い合っているうちに一人、また一人とミオとリュカに倒れていた人達が群がっていく。抵抗しているみたいだけど、潰されたり切られたりするそばから回復するため、振り払うには至らない。
「親の言うことは聞かなきゃ損するよ? 今みたいにね」
完全に二人の姿が見えなくなったところで、御陵臣が私達の前に現れた。
よくみれば、彼の影とミオたちを覆う人間たちの影は繋がっていた。本当に、ミオたちを襲っているのは、彼の人形。
「……ミオたちを離しなさい、下衆」
私は彼を睨みつける。
「ふふふ。助けなくていいの? 今服を脱がし始めたところだよ。くくく、楽しいね。姉妹丼だよ、ふふふ」
我慢できずに、私は封印術を起動した。こいつだけは、許せない、ぶっ潰す!
「落ち着きなさい」
パッと、ミオたちの上にひときわ大きなスキマが現れる。
そして、その中から100tと書かれた巨大な重りが落ちて、ミオとリュカもろとも、解放団の人形を潰した。
「……」
私と御陵臣、二人で驚く。重りの端から、血が染み出てくる。その血の一部はひとりでに動き、やがて二人の人型になった。
言わずもがな、ミオ姉妹だった。
「ありがと、紫」
「ありがとう」
二人は手短にお礼を言うと、再び武器を構えて御陵臣に向かって歩き出す。
「パパ。よくもリュカをマワそうとしたな。ぶっ壊す」
「御陵臣。ミオに手を出そうとしたな。許さない」
二人は憎悪をむき出しにして、御陵臣ににじり寄って行く。
「……いやぁ、ごめんね。でも、もう遅いんだよ、実は」
? なんのこと?
疑問に思っていると、恐ろしい予感がした。
安住の地? それは一体どこのことだ? 幻想郷? でも、それなら、なんでここに解放団の連中がいない?
まさか。
「外に出るつもり?」
「その通り! 我々は解放団改め『革命団』! 吸血鬼の、吸血鬼による、吸血鬼のための政治を執り行う、吸血鬼の理想郷を外に打ち立てるのだ! 国教は僕を教祖とする『ヴァンパイア教』! アハハハ!」
高らかに、笑う御陵臣。その首を、ミオが切り飛ばした。ごろん、と彼の首は地面に落ち、その瞬間に血だまりになった。
「……まさか、これも血液でできた人形?」
バカな。遠隔で操作する人形? どれほど習熟が早いんだ。
「霊夢、外に行くわよ」
「は?」
紫がさも当然、と言った風に言った。外に? 博麗の巫女が? その間幻想郷は一体誰が守るのだ?
「行かなきゃ外の世界が滅ぶのよ」
紫の言葉に、ハッとなる。
そうだ。彼の言う理想郷なんて人間にとったらただのディストピアだ。
なんとしても、阻止しなければならない。
「でも」
「大丈夫。ここの守りは、私に任せて」
紫の言葉を、信じるか否か。もしかしたら、これを気に幻想郷転覆を狙っているのかもしれない。
でもだからといって見過ごせるか? 幻想郷の存在意義は、害ある幻想から外の世界を守ることでもあるというのに。
「……わかったわ。行きましょう」
私はミオとリュカを見る。
二人は、頷いた。
「行こう、霊夢。パパを止めなきゃ」
「行かなきゃ、レイム。御陵臣を止められるのは私達しかいない」
私は紫に目配せをする。彼女は頷いて、私たちの前にスキマを作る。
「霊夢、ミオ、リュカ。そう何度も外の世界と行き来はできないわよ」
「なんで?」
ミオが不思議そうに聞いてきた。
「解放団……革命団がどんな手段使ったのかは知らないけど、今のところ境界のズレや揺れはほとんどないの。でも、私のスキマを使えば境界に僅かなズレが生じる。境界をガチガチに固めている今ズレを生ませるのはリスクが高いの。そして、ズレを生じさせる機会は少ない方がいい。わかってくれた?」
二人とも、紫の説明にぽかんとしていた。まあ境界だのなんだの、子供に……少なくとも幻想と離れて普通に過ごしていたミオ達にはわかりにくいか。
「最後に言っておくけど、行きたくなければ、行かなくていいのよ?」
正直に言うと、今は戦力が欲しい。でも私と紫のニ大強者が幻想郷を空けるのだから、他の人は防御に回すべきだ。無理に来てもらう必要もないし、むしろここに残っていて欲しいくらいだ。
「パパの、家族の始末は家族がつける!」
「御陵臣は許せない。私だって、戦える」
だというのに、二人はこんなにもやる気だ。
「いいのね?」
二人は同時に頷いた。
「ダメ!」
そのとき、鳥居の方からそんな声が上がった。ミオとリュカは、振り返って声の主を見た。
「何考えてるのさ、二人とも」
戸神望。ミオの彼氏だった。
「望君」
ミオもリュカも、突然現れた彼に、目をしばたかせている。
「どうして、ここに?」
「アリスさんに運んでもらったんだ。危ない事しようとしてるなら止めてあげてって、頼まれたんだ」
「やらなきゃいけないことなんだよ、望君」
ミオは凛々しく、そんなことを言った。
つかつかと、望がミオに駆け寄る。
「じゃ、僕も行く」
「ダメ。望君、戦えないでしょ?」
「盾くらいにはなれる」
「ダメよ。私、望君が傷つく姿なんて見たくない」
「僕だってそうだ!」
おとなしそうな見た目に反して、望は激しく怒鳴った。
「僕だって、君に傷ついて欲しくないんだ! もうこれ以上、壊れていく君を見たくない! どうして、守らせてもくれないの!?」
ミオは眉を潜めて、それから激昂した。
「壊れていくってなに!? 彼女が『キレイ』な女の子じゃないとだめなの!? それに! 狂ってでも壊れてでも、私はやらなきゃいけないの! 私が頑張らないとみんな私を責めるでしょ!? だって、今回パパが力を付けたのは全部私のせいなんだから!」
「違う!」
「違わない! パパを半吸血鬼の状態で留めたのも命令を忘れたのも全部私! 私が始末を付けないと、みんな私を軽蔑する! みんな私を責める! みんなに責められるくらいなら私は死地に飛び込む方がいい!」
ガッ、と、望はミオの肩を掴んだ。
「やっ! は、離して!」
「離さない! 僕は綺麗な女の子を彼女にしたいんじゃない! 君が、欲しいんだ! 彼女に傷ついてほしくないって思うのは変なことなの!? 違うでしょ!? どうしても戦うっていうんなら! 僕に君を手伝わせて!」
ミオが、望の手を払った。この二人でも、喧嘩するのか。意外っちゃ意外。紫に目を向けると、二人の様子をじっと見ていた。リュカも、同じように二人を見つめていた。
「手伝う? わかってるの、望君、今の望君じゃただ足手まといなの!」
「じゃあ、強くなる!」
「今じゃないと遅いの!」
「ミオちゃん、僕を噛んで! そうすれば、僕は!」
パン、と、乾いた音が響いた。ミオが、望の頬を張ったのだ。
「……ちょっと、二人とも」
「霊夢、ちょっと待って」
私が声をかけるも、ミオはそう言って軽く流した。待てってんなら待つけどさ、いつまで待ちゃいいのよ。
「あんまり、ふざけないで。私が望君を噛むってどういうことかわかってるの? 私、望君の支配権を得るんだよ? 私が恋人を言いなりにさせてなんとも思わない女だと思ってるの!?」
「違う! 僕は……ただ君の隣にいたいだけなんだ!」
「我慢してよ! あなたを吸血鬼になんて」
「お願い! 君を護りたいんだ!」
望は、譲らなかった。彼が強情を張るなんて本当に、珍しい。
「ミオ、してあげようよ」
「リュカまでそんな事いうの?」
「私、アリスお姉ちゃんから聞いたんだけど」
リュカが、そんなことを言った。
みんな、リュカを見る。
「アリスお姉ちゃん、結構吸血鬼について勉強したみたい。それで教えてくれたんだけど、吸血鬼が吸血するのには三種類の意味があって、食事、眷属作成、それから、同族化」
同族化?
「どういうこと?」
私が聞くと、リュカは頷いて説明をしてくれる。
「つまり。相手を想う気持ちが強く、眷属にするつもりがなければ、血を吸われた者は吸血鬼になる」
望が、ミオを見る。
「ミオちゃん!」
「でも、望君をバケモノになんて……」
それでも渋るミオ。気持ちはわかる。誰が好き好んで恋人を吸血鬼にしたがるだろうか。
「バケモノになるんじゃない、ミオちゃんと同じになるんだ。お願い、ミオちゃん」
しばらく、ミオは悩んでいた。右を見たり左を見たり、視線を彷徨わせたり。そして、彼女は頷いた。
「……わかった」
彼女は、悲しそうな目をしていた。