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東方幻想入り  作者: コノハ
最後の反乱
103/112

最後の急転と私

 次の日の朝。私はアリスの家の前にいた。

 それは、リュカの様子を見るためだった。キアが取り敢えずは回復して、望君との仲も良くなってーーというかケンカなんてしていないーー私は、リュカのことが心配になった。ずっと心配だったけど、正直、アリスに任せておけば大丈夫という意識はあった。ううん、違う。

 私はリュカに会うのが怖い。本当なら元気になったリュカをアリスが連れてくるまで待つつもりだった。でも、私だってリュカのために何かしてあげたい。

 そう思って、ここに来たのだ。

 けれど、戸を叩く覚悟はまだできなかった。

 戸を叩けばきっと、アリスは開けてくれるだろう。ダメだったら追い返してくれるだろう。

 でもそのときに、家の奥からリュカの悲鳴が聞こえたら? 記憶に苦しむ彼女の叫びが聞こえたら?

 そう思うと、私の体は鉛のように重くなる。アリスはリュカを治したのだろうか。せめて、キアのように会話ができるくらいには、元に戻ったのだろうか。このまま帰ってしまおうか。そうだ。苦しむ姿なんて、見られたくないだろう。

「……っ!」

 言い訳を始める頭を押さえつけて意を決する。ゆっくりと、扉をノックした。

「はい?」

 出て来たのは、リュカだった。目は暗く濁っていて、人形のような無表情。でも、雰囲気は明るかった。

「……リュカ?」

「ミオ?」

 彼女は私の姿を見ると、かけ出して来て私を抱きしめた。

「……リュカ」

 私は、目を閉じて彼女を抱きしめ返す。暖かい。

「ミオ。心配かけて、ごめん」

 ぎゅっと、力強く抱き締められる。リュカのぬくもりだ。話しかけてくれる。

「大丈夫、なの?」

「昨日、ようやくここまで回復できた。アリスは今、疲れて寝てる」

 それほど、本気でリュカのことを見てくれたということなのだろう。あとで御礼しなきゃ。

「ミオ、ありがとう」

「私、何もしてないよ」

「それでも、ありがとう」

 ちゃんと話して、お礼も言ってくれて、抱きしめてくれる。よかった、よかった、よかったよぅ……。

「う、うう……」

「ミオ?」

「し、心配、したんだから……! せっかく、せっかく分かり合えたのに、せっかくお互いを認めたあえたのに、のに、も、もうお別れなのかと……思った……! うう、うう……」

 私はリュカを抱きしめて大声で泣く。本当によかった。よかった。よかった。

「心配かけて、ごめんね」

「ううん! 謝らないで! リュカは何も悪くないの、悪くないよ」

 悪いのはパパ。パパなんだから。

「……わかった。心配してくれて、ありがとう」

「うん、うん。どういたしまして……」

 そのまま、リュカをかき抱いて泣きじゃくる。大切な人が、腕の中にいる。壊れてない。まともなリュカが、ここにいる。よかった。心の底から、安堵する。

「……おはよ、二人とも」

 私が泣き止んだところで、アリスがボサボサになった頭で、よれよれのパジャマを着て、私達の前にきた。アリスの乱れた格好に、私はぽかんとしてしまう。

「お、おはよう、アリス姉ちゃん」

「ん。キアは?」

「よくなったよ。リュカの様子を見るついでに、伝えにきたの」

 アリスは小さく頷いた。

「ありがと。着てくれたところ悪いけど、今日はリュカが回復して一日だし、私もこんなだし、また明日来てくれる?」

 抱きしめたままのリュカの顔を見る。無表情の顔には、所々に疲れの色を見せていた。確かに、連れ回したら無理をさせてしまうだろう。

「ん、わかった。それじゃ、明日ね、アリス姉ちゃん、リュカ」

「ん」

 アリス姉ちゃんは頷くと家の奥へと引っ込んでいった。それにしても、驚いたなぁ。あんなアリス初めて見た。よっぽど疲れているのだろう。

「……じゃあね、ミオ」

「リュカもおつかれ?」

 リュカは頷いた。

「かなり。今すぐお布団に入りたいくらい」

「そっか。じゃ、私帰るけど……」

 リュカは名残惜しそうに私を離した。私も、彼女を抱く手を離す。

「それじゃあね、リュカ」

「うん。また明日」

 私達は手を振って別れた。

 アリスの家の前で、一人残される。さて、これからどうしたものか。望君の所に行くのが普通なんだろうけど……。なんだか気まずいし、今会って私の気持ちが抑えられるとは思えない。どうしようか。

 と、そのとき。

「ミオちゃん、ごめんなさい」

 ぱっと、私の前に紫が現れた。

「どうしたの?」

「永遠亭に来て。御陵臣が逃げたわ」

 ……は?


「私たちは、吸血鬼の特性についてもっと知るべきだったのよ」

 幻想郷の首脳たちが集まる永遠亭、居間。いつもは朗らかに私と望君、そして輝夜が笑い、遊んでいる場所。そこが、まるで議事堂か何かのような堅い雰囲気に包まれている。

 それとは別に、私は緊張していた。紫がここに私を連れてくる前に言った言葉が、反響していたからだ。

「あなたの力を強化した上で、受け継いでいる」

 と。

 みんな、思い思いに議論を交わしているんだけど、時々私を見る。そのときの視線が、まるで責めるようで、怖かった。たぶん、責められているというのは私の勘違いなんだろうけど。

「……半吸血鬼状態で? 主人がミオ? そりゃ逃げるでしょうよ、逃げられるでしょうよ」

 対吸血鬼アドバイザーとして呼ばれた幻想郷の吸血鬼、レミリアは私達の無知を鼻で笑った。

「どういうことよ」

 霊夢が焦ったような表情で訊いた。

「半吸血鬼状態、というのは本来危険な状態なの。主人の命令は一日しか効果を及ばさないくせに、吸血鬼としての力はしっかりと得るのだから」

「つまり?」

 輝夜が苦々しい顔をして聞いた。

「つまり、造反の余地を与えるわけよ。命令の機会を失った今、彼を見つけない限り彼を止めることは無理よ」

「なぜですか? 私の奇跡を使えばなんとか……」

 早苗が不思議そうに首をかしげている。この人はコトの重大さを理解しているのだろうか?

「その奇跡も一度きり。不老不死の上にあらゆる能力、薬物毒物が一度きりしか効かなくて、その上吸血鬼としてもトップクラスの力を持ってる。今の御陵臣に勝てるのなんていやしないわ」

 勝てない?

「幻想郷中が束になっても?」

 紫が忌々しそうな顔をして聞いた。紫でも、こんな顔をするんだ。

「無理ね。ただ、霊夢の全力全開の封印術をヤツにぶつければ、封印はできるでしょうよ。それも一度きりで、復活したらまた別の方法考えなきゃいけないけどね」

 私は、霊夢を見た。皆も彼女を見つめている。

「御陵臣が起こす異変は取り返しがつかないレベルのものが多いわ。ヤツが何か起こす前にとっちめるのよ!」

 皆が頷いた。

「人里はどうするべきだろうか? やはり、隠すべきか?」

 慧音の質問に、霊夢は頷いた。

「ええ。お願い。なりふりなんてかまってられないわ。全力でお願い」

「ああ。だが、次の満月を待ってほしい」

「……三日、か。それまでに解決すりゃいいけど。まぁ、わかったわ」

 では、と慧音は立ち上がった。

「私は寺子屋の皆を家に帰す。人里に注意を喚起するから、こちらは任せてほしい。それから霊夢、人里の護衛を数名派遣して欲しい」

 霊夢は渋い顔をした。

「護衛? ……適任、いたかなぁ。……いえ、わかったわ。今日中に用意するわ」

「すまない。それでは、お互いに頑張ろう」

「ええ」

 慧音はそう言うと、居間から出て行った。

「じゃあ、私は妖怪側の注意を促すわね」

「待って」

 スキマの向こうに消えようとした紫を、霊夢が止めた。

「なに?」

「それは萃香にやってもらうわ。あなたにはここで待機して、攻撃役の運搬をやってほしいの」

「……わかったわ。私も藍や橙……は、いなかったわね。藍に情報収集やってもらうわ」

「ここ覗くのはやめないでね」

「わかってるわ。今度こそ、橙のお礼まいりしてやるから」

 ひゅん、と紫はスキマの中に入り、消えてしまった。

「さとり」

「……」

 会議に参加せず、ただじっと皆を見ていたさとりが、立ち上がった。

「霊夢。これ以上の勝手は、させてはいけない。……その子のためにも」

 私?

「あの父親から解放しないことには、この子に未来はない」

「わかってるわ! ……だから、お願い」

 さとりは頷いて、居間から出て行った。

「私も神奈子さまと諏訪子さまに協力を仰ぎます! それでは!」

 返事も聞かずに、早苗は早足で出て行った。

「……永遠亭は、何をすればいいのかしら」

 輝夜の顔は、苦々しいものだった。

「心や体に傷を持ってる人たちをみてあげて。それから、これは私たちみんなのミスよ。永遠亭だけのミスだなんて、思わないで」

 優しげに、霊夢は言った。

「……そうね。じゃあ」

 フラフラとした足取りで、輝夜は部屋から出て行った。パパを捕まえていたのは輝夜なんだから、責任感じてるのかな。逃げるパパが悪いのに。

「……霊夢」

 レミリアが、重々しい声で言った。

「なにかしら」

「今まで、黙っていたのだけれど、宗っていう忍者なんだけど。慧音に殺されたところは私も見たのだけれど、それでもなんか違和感あったのよ。……勘にしか過ぎないし、もう過ぎたことだからどうでもいいと思っていたのだけれど、念のため」

「ふうん。で、宗は、どこで殺されたの?」

「寺子屋の裏よ。ほぼ間違いなく死んでるでしょうけど……ね。じゃあ」

 そう言って、レミリアはふわふわと浮いて、縁側から飛んで行った。

「……ねえ! これってどういうことなの?」

最後に声をあげたのは、ずっと黙っていた十六歳くらいの女の人。

「天子。聞いての通りよ」

「事情はどうなってんの? あいつ、永遠亭につかまってたんじゃないの?」

「逃げたのよ」

「なんで?」

 霊夢は渋い顔をした。

「薬で体が動かないようにしてたんだけど、薬にまで耐性できるとは思わなかったのよ」

 ポカンと彼女、天子がほうけたような顔をした。そのあと、私を睨んだ。

「あなたがヤツを吸血鬼になんてしなければよかったのに!」

 彼女は叫んで、襖を開けて出て行った。

 怒鳴られて、彼女の言葉を反芻する。

 私の、せい。

 私がパパを殺さなかったから。

 え? 

 私、父親を殺さないと責められちゃうの? いくら憎くても、私の実のパパなのに? 本当に、私、パパを殺すの?

「……霊夢、私、パパを殺さないとみんなから責められるの?」

 霊夢は一瞬ぎょっとしたような顔をした。それから、首を振った。

「んなわけあるか。ミオには認めてくれる人がいっぱいいるでしょ?」

 頷く。

「でも、御陵臣をなんとかしないといけないのも事実。それはわかってくれる?」

 頷く。

「協力してくれる?」

 少しだけ、迷う。頷いたらまた、戦闘の日々。幸せは遠のき、もしかしたら捕まって、またあんな目に遭うかもしれない。

 でも、私は。

「がんばる」

 リュカが頑張ったように、私も頑張ろう。幻想郷のために、死ぬ気になろう。パパと、戦おう。

「ありがとうね。御陵臣との戦いでは、主人であるあなたが絶対に必要なの」

「殺すわけじゃ、ないんだよね」

「ええ。心配しなさんな」

 くしゃくしゃと、頭を撫でられる。

 よかった。私の居場所は、ここにあるんだ。

 霊夢の優しい手に、私は安堵していた。

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