謝罪された望君と私
次の日の昼、私はキアを連れて永遠亭に足を運んでいた。
目的は、二つ。
一つは、キアの精神状態を永琳に診てもらうこと。
もう一つは。
「大切な話って、なあに?」
診察室の前で、私は望君と会っている。木の廊下は吹き抜けとなっていて、すぐ外には庭がある。庭の向こう側には、居間の縁側が見える。私達は廊下に隣り合って座っていた。
「キア、って人、知ってる?」
「うん。ミオちゃんの眷属、だよね?」
彼女を、望君は見ていない。それはそうだ。今日、私が念を入れて、彼女を望君の目に入れないようにしていたのだから。
「……望君、解放団で誰にされたか、覚えてる?」
彼の顔が目に見えて不機嫌になった。
「なんでそんなこと聞くの?忘れられたら忘れてるよっ!」
はぁ、はぁ、と彼は肩で息をしている。まだ、傷は塞がっていないようだった。
……キア、生き地獄コースかな。そんなことを漠然と考える。それなら別に診せに来なくてよかったかも。どうせ自分が誰かわからなくなるくらい痛めつけるんだし。
「キアが、望君を痛めつけたヤツだよ」
「!」
目を見開いて、望君は私を見る。
「で、でも。僕を酷いことしたのは、何も彼女だけじゃ……」
「でも、キアだって仇の一人だよ」
私は望君の耳に口を寄せる。
「今、彼女は私の言いなりだよ。絶対に抵抗させないよ。だから、復讐する?」
彼は、何度か口をパクパクさせた。
「……今、キアは永琳のお世話になるくらい、酷い目にあったんでしょ?」
「それでもパパに一晩ヤられただけだよ。踏ん切りつかないんなら、私がやるよ?」
ぎゅっと、抱き締められた。
「いいんだよ、復讐なんて。そうだよ。もう僕にはミオちゃんがいるんだ。復讐しても僕の記憶は変わらない。でもミオちゃんがいれば、僕はあのときのことを、忘れていられるんだ。だから、復讐なんてするよりかは、ミオちゃんと一緒にいたい」
私は、望君を抱きしめ返す。
「優しいんだね、望君。そんな望君も、ステキだよ」
「ありがとう。ミオちゃんだって、可愛い」
望君に言われても、その言葉は恐怖をもたらす。でも、私はその恐怖をさらに力強く抱きしめることでやりすごした。
「……ミオ、終わったわ。って、何やってるのよ」
ばっと、私たちは一気に離れた。
あはは、と二人して笑い合う。
「それで、キアは?」
「身も心もあなたの眷属だってことはわかったわ」
そう言って、永琳は私の前に彼女を連れてきた。
「ありがとう、永琳」
あ。
「……あ、あなたは」
キアが、驚いたように望君を見る。
望君は、顔を真っ青にして、蛇に睨まれている見たいに動かない。
「望様、あの」
一歩、キアは望君に向かって踏み出した。ビクリと、望君は一際大きく震えた。怯えてる。
「キア、動くな!」
私が命じると、キアは第二歩を踏み出し始めた格好のまま固まった。
「望君、大丈夫?」
震える望君の手を取る。ぎゅっと握りしめて、私のぬくもりを伝えようとする。
お願い、伝わって。
「……み、ミオちゃん」
しばらくして、ようやく望君の金縛りが解けた。
「大丈夫だよ、望君。私がいるよ」
望君が、私の手を握り返した。
「ありがとう、ミオちゃん」
それから、キッとキアを睨んだ。
「……お前は、御陵臣の仲間なのか? お前もミオちゃんに酷い事しようとしてるの?」
「キア、答えて。もう動いていいよ。でも攻撃しちゃダメだよ」
キアも、拘束から解かれ、バランスを崩して体をふらつかせる。キアは望君の前で正座をした。
「私はもう、マスターの下僕です。マスターの喜ぶことならなんでもいたします。マスターに危害を加えるなど、微塵も考えていません」
望君はいきなりの隷属宣言に少し面食らっているようだった。
「望様、申し訳ありませんでした。いかような罰でもお与えください」
そう言って、床に手をついて、頭を下げた。
「……今はまだ判断がつかないよ。そんな、急に謝られても」
「……」
望君は迷っているようだった。それもそうか。
「……でも、僕はね、少なくとも、絶対に許せない、ってほど、お前を恨んではいないから」
そう言って、望君はぎこちなく笑った。
「絶対に許せないのは、御陵臣だけ」
でも、と望君は続けた。
「二度と僕の前に姿を見せないで。お前を見てると頭の奥がチリチリ痛むんだ!」
望君は駆け出した。
「望君!」
私は望君を追おうと駆け出す。
「キア、先に帰ってて! 住処の中で大人しくしてて!」
キアに命じると、私は意識を望君に集中させる。
「望君」
望君は居間でふさぎ込んでいた。
「……何?」
私を見る彼の目には、どんよりと暗い影が落ちており、ゾッと背筋に冷たい汗が流れる。
「の、望君。ごめんね、キアなんかを見せちゃって」
「いいんだ。僕こそ、取り乱してごめん」
彼は再び、虚空に視線を向けた。
「……あの、望君」
「ごめん、ミオちゃん。今は、一人にして」
そう言われたとき、私の胸に切り裂かれたみたいな激痛が走った。何もされてはいない。でも、私の胸は、心は悲鳴をあげている。
「……わかった。ごめんね、望君」
私は震える体を必死で動かして、外に出て、ふすまを閉める。
「うう、ううぅ……」
望君のすすり泣く声が、襖の向こうから聞こえてきた。
「……」
私は外に出て、背中に翼を生やす。
飛び上がって、住処へとはばたく。
望君。ごめん。
私は心の中で何度も謝った。