罪の告白と私
キアが回復しないまま、一週間が経った。
「……」
全く、変わらない。毎日三食、血を与えて吸血鬼としての力を強めているはずなのに、一向に目覚めない。どうして? 私、何か間違ってる?
悩んでも悩んでもわからなかった。もっと待つべきなのか。それとも別の手を打つべきなのか。それとももうキアはダメなのか。何もわからない。
「……キア」
呼んで見る。無反応。
はあ、と深いため息をつく。私はだいぶ低くなった血液パックの山から一つを取ると、口を噛み切る。口に血液を含み、横たわるキアにまたがる。口付けをして、血を直接受け渡す。
最初は、浮気になるかどうかを真剣に悩んだ。
けど、今ははっきりと言える。これは浮気なんかじゃない。キアには悪いけど、この口付けは親鳥が雛に餌をやるのと非常によく似ている。
「……ん……」
血液をあげおわったところでピクリと、彼女がうめいた。
「キア? キア!」
私は彼女の上からどいて、手を握る。
「キア、私だよ、もう大丈夫だよ」
ゆっくりと、キアは目を開ける。
「……ます、たー……?」
「ああ、キア! よかった、よかった……!」
私は感極まって、抱きつく。
「いやっ!」
どん、と凄まじい力で跳ね除けられ、私は尻餅をつく。
「あ、も、申し訳ありません! ま、マスターに私、な、なんてことを……」
ちょっとびっくりした。けど、大丈夫。ちゃんと会話もできるし、錯乱もしない。ほっと、胸を撫で下ろす。
「大丈夫大丈夫! これくらいなんでもないから!」
そう言って、朗らかに笑ってみる。
「マスター……」
気の毒そうな顔をする彼女に、私は這うようにして近づく。
「キア、何が自分の身に起こったか、わかる?」
「!」
キアは一瞬めを見開いて、それから、彼女の瞳が潤みだす。
「あ、う、うう、マスターぁ……」
おずおず、といったふうに彼女は私の方へと体を寄せてくる。私は彼女を抱きとめる。ぎゅっと、愛情を注ぐように力強く抱きしめる。
「う、うう、ううう……うわあぁぁぁぁぁぁぁ!」
狭い住処に、キアの泣き声が響く。私は彼女の背中をさすりながら、一生懸命に慰める。
「よしよし。怖かったね、痛かったね。もう大丈夫。もう安心だよ。私が守ってあげる」
私より遥かに大きなキアを抱きしめながら、思う。これではまるで母親か何かだ。でも、正直な話、娘がこの子なら、そう悪くは思えない。
「マスター、マスターぁ……! う、うう……ひっく……うぁぁぁぁぁぁ……!」
キアも痛いくらいに力をこめて、抱きしめてくる。
「大丈夫だよ、何もかも私に打ち明けて? 楽になれるよ」
「うう、うう……! マスター、痛かったんです、苦しかったです、気持ち悪かったんです! でも、でも彼はやめてくれなくて、それどころかもっともっと激しくなって、私、もう、どうしたらいいのかわからなくて……。マスター、守ってください、なんでもします。マスターになら何をされても構いません! だ、だからマスター、ま、守ってください……!」
私は腕に力を込めることで返事とした。
「……マスター?」
「なんでもなんて、しなくていい。守ってあげる。パパからあなたを守ってあげる。だから、安心して」
「はい、ありがとうございますマスター! ありがとう、ございま、す……。う、うう、うう……」
それからまた、キアはすすり泣くように涙を流した。
泣き止むのには、一時間ほどの時間がかかった。
「……落ち着いた?」
私が彼女の背中を撫でながら聞くと、彼女は頷いた。
「はい、ありがとうございます、マスター」
彼女は私から離れると、指をついて、額を床に擦り付けた。
「キア?」
「マスター、慰めていただいて本当にありがとうございます。しかし、本来私はマスターに慰めていただく義理などございません。私はマスターより罰を、与えられるべきなのです」
「どういうこと?」
いぶかしげに、私は聞く。
「……私は」
キアの声は、震えていた。
「私は、解放団に入る際の儀式のとき、望君を、その」
そこまで言われて、わからないほど私の頭は悪くない。
頭が少しづつ茹だってくる。けれど暴力を振るい、処断をしないのは、ひとつ不可解なことがあったからだ。
「……なぜ、私に今それを言うの?」
「マスターに優しくしていただいて、私はマスターに隠し事をすることに耐えられなくなったのです。マスターの大切な人を、私はこの手で……。マスター、私に罰を下してください。お願いします」
私は剣を血で作り出し、キアの前に突き立てた。
「顔を上げて」
私が言うと、キアはゆっくりと顔を上げた。
「あなたのこと、正直、許そうと思ってた。でも、望君に酷い事をしたっていうんなら、許せない」
神妙に、キアは頷いた。
「だけど、あなたがパパのように自分から進んでやった、とも思えない。脅されていた可能性は、ある」
「しかし、マスター。望君の」
「君付け?」
問う。自分でも驚くくらい冷たい声色だった。キアは顔を青くして、頭を下げて、そのまま平伏した。
「も、申し訳ありません。わ、私が望様を傷付けたのは事実です。酌量の余地があろうとなかろうと、望様の仇であることは変わりないのです」
私は、キアがわからなかった。なんでこんなにも自分を追い詰めて行くのだろう。もしかして、死にたいのかな。パパにされたことが原因で、自殺しようとしてる。それは普通に考えられることだ。
「……もし、私が自らの身に刃を突き立てろと言ったら、どこに刺す?」
「この心臓に」
私は剣を手に取った。
「顔を上げて」
「はい」
キアが顔をあげ、私を見ると、彼女の顔が一瞬だけ絶望に染まる。けれど、すぐに覚悟を済ませたような表情をした。
「……反省してる?」
「……」
彼女は、答えなかった。
「これより後、あなたは私の手足となって動く。死ねと言われた、死ぬ。殺せと言われれば殺す。
約束できる?」
彼女は頷いた。嘘やその場しのぎの様子は一切見られない。むしろ嬉しそうでもあった。
「……望君が許したら、私も許す。でも、望君が許さないと言ったら、あなたは私が壊してあげる。パパより酷い事するから、覚悟しててね」
「はい!」
彼女は笑顔で頷いた。
何を言われたのか理解しているのだろうか? 私は生み出した剣を体にしまいながら考える。
もしかしてこの子、本格的に心を病ませてしまったのだろうか。
永琳に診せたほうがいいのかなぁ。
「キア、とりあえず、そうね。私、疲れた。だから、あなたも寝て。しばらく、安静にしておこうね」
「はい」
私は横になると目を閉じた。
「キア、私が眠ってる間、私に何もしちゃだめだからね」
そう命令することも、忘れない。
「もちろんです」
そう言って、私は安心して眠りについた。
夢は、見なかった。




