彼らが見るモノ――Boy meets girl
異能者とは、ヒトがその特異点を行使するから称されるのではない。
ヒトの形をした特異点こそが、異能者と称されるのである。
それ故に、彼らは人から生まれた人以外の存在なのである。
異能者論文「Ichに繋がる者達」第三章冒頭より抜粋
「ふぅ、とりあえずこれからどうしようか」
風紀委員ちゃんの能力がとき離れる瞬間、後ろを振り返り全速前進。俺とキーアは窓ガラスをぶち破って外へ飛び出した(教室が二階でよかった)。
その際、直純達や教室に残っていたクラスメイトの姿を確認してみたが、とっくに姿を消して逃走していたため、被害を被ったヤツはいないだろう。
「なんだか背中がひりひりするし」
「あっ、制服の後ろちょっと焦げてます」
意識すると若干焦げた匂いがする。初日から制服がダメになりそうで怖いな。
「――さて、俺としては売られた喧嘩は買いたいところだが」
「でしたら、私が精神崩壊させましょうか」
若干キレているキーアが物騒なことを口にする。
そして、キーアがソレが出来ることを俺は知っているから、ダメ、絶対。
「それは後がめんどくさいから却下。もしやった瞬間お前の生身を自警団に持ってくぞ」
えー、と不満顔をするキーアさん。本当にこいつ、他人のこととなると物騒な性格になるな。
「では、どうするんですか?」
そう聞かれると、どうしようかと考えてしまう。
「風紀委員ちゃんの能力、何だと思う?」
「そうですね、干渉していませんから正確なことは分かりませんが、見たところ限定的な『気象の制御』ではないでしょうか」
だとすると、風紀委員ちゃんの周囲が歪んで見えるたのは高熱による陽炎で、背中を焦がしたのは熱波というところか。
「そして、彼女ほどの異能深度ですと、高温の制御だけでなく低温の制御もやってのけそうですね」
なんという歩く異常気象。でも、エアコンいらずで夏と冬は便利そうだ。
「さっきのは、ヘタすりゃ蒸し焼きの丸焦げになりそうだったな」
「ですね。入り口のドアが少し溶けてましたし」
となると、室内での戦闘は極力避けなければならない。
限定的な空間は彼女の武器になる。オーブンや冷凍庫の要領で焼いたり凍らせたしてきそうだ。そりゃクラスメイトもさっさと逃げるわけだわな。
しかし、俺がここで逃げ帰っても明日また喧嘩を売られそうなので、ここできっちりケリを付けておきたい。
だけどその前に、いればいるで話しを拗らせそうな邪魔なヤツがいる。まずコイツを排除せねば。
「よし、作戦はこうだ。お前が風紀委員ちゃんに殴りかかる。返り討ちに合っているところをで俺が風紀委員ちゃんを捕まえる」
「えと、能力使ってはダメなんですか?」
「ダメ」
そう言うと、すごく悲しそうな顔をされた。なんか被虐心をくすぐられる。
「ならお前を盾にしながら突撃を――」
「どうしても私を虐めたいんですね。それなら隆道さんが直接虐めてくだされば、私すごい喜びますよ」
ヤバイ、こいつサドもマゾもどっちもいけるクチだ。
「すまん冗談だ。お前もう帰ってろ。これ以上ココにいても話しがややこしくなるだけだから」
「えー……あっ、いえ、分かりました。帰って夕飯の仕度をしていますね」
何かひらめいたかのような表情を見せたため、本当に夕飯のためだけに帰るのか心配になったが、もう家に帰ってくれればなんだっていい。
俺は黙って帰るキーアの後ろ姿を見送り、学園の門から出て行くのを見届けた後、昇降口へ向かう。
「あら、一人で来たということは覚悟を決めたということですか?」
玄関をくぐって昇降口の先に見えるは、仁王立ちで待ち構えている風紀委員ちゃんの姿。
「いや、覚悟ってかさ。今回の一件はお互い話せば分かり合えるはず」
「犯罪者の話しは尋問室で」
やべぇ、問答無用で断定されてる。
「さぁ、おとなしく捕まりなさい!」
風紀委員ちゃんから熱波が放る、が、今度は熱より風が強い。目が乾燥して開いていられない。
その瞬きをしているわずかな間で、風紀委員ちゃんが距離を詰めてきた。
「もらった!」
「それは、もらってないフラグ!」
伸ばされた腕を、逆に掴みとる――が、
「あづっ!!」
ドライアイスを握ったような冷たい熱さ。反射的に手を離してしまった。
「はっ!!」
その隙を突かれて、風紀委員ちゃんの強烈な蹴りが俺の腹に突き刺る。つーか、マジ痛い! 躊躇無さすぎ!
しかも実戦馴れしすぎて、隙がまったく見つけられない。
「跪け!」
蹴りで俺との距離を開けた間隙をぬって、今度は寒波を放ってくる。
瞬時にして体温が奪われ、手足の感覚が失われ立っているのが辛くなってくる。
ヤバ、風紀委員ちゃんマジで強い。こりゃ確かに学園で幅を利かせているだけあるわ。
どうしようかなぁ、と痛む腹と寒さを堪えて考えていると、なぜか風紀委員ちゃんが冷めた目で見ていたことに気がつく。
「さて――どうして夜子姉さんを退けた力を見せないのかしら」
「あー、あれには、諸事情が。殺し合いじゃないんだし、そうそう出せるものでは……」
「へぇ、私とは殺し合いが出来ない――と」
あれー? なんか目的違ってませんか?
と思っていたが、直純の言葉を思い出した。
『御節介と自己犠牲と暴力が大好きな連中』
つまり、犯人を捕まえようとするのも、規則を守らせようとするのも、こうやって戦うことも、彼女達にとっては実益を兼ねた趣味――
あっちゃー、な存在に目をつけられたものだと今さらながらに気がついてしまった。
しかし、そうでもしないと納得してくれないとなると、こちらもいよいよ覚悟せざるおえない。
「……わかりました。ただし、貴方に勝ったら無罪放免を約束してくださいよ」
「えぇ、いいわよ。もともと貴方に罪状はないのだから、見逃してあげるわ」
だったら、いいか。見せてやろう。
黒い星が浮かぶ空。
朝と夜同時に存在しているその世界。
草原の海で寝転ぶ少女。
「あれ?」
寝ぼけた頭に寝ぼけた体。それでも分かる。あのヒトの声が。
少女はすごい勢いで飛び起き、空を見上げた。
変わることの無い、朝と夜と黒い星がそこにある。
だが、少女だけが分かるその感覚。少女だけが知る世界ノ全テ。
今、世界が求められている。
ソレはつまり少女が求められているということ。
少女の口元が釣りあがる。
だったらそれじゃぁ、始めましょうか。
『裏方仕込の大舞台を!!』
■◇■◇■
目が醒める。
痛いし寒い。だったらまず、体の修復からだ。
腹部の痛みは握りつぶす。
次に血行を全身にいき渡らせ、最後に寒さ自体を無視。
よし、これで行動が可能になった。
次は目の前の敵を殲滅開始。
ただし条件が付けられてて、本当に殲滅ダメ。戦闘不能までした力が出せない。
敵さん、なんだか急に雰囲気の変わったオレにちょっと困惑気味。
あはは、でももう遅い。
アンタが望んだことだ。
しっかり喰らっておけよ。
「心臓に触れる右手よ――」
■◇■◇■
気を失った風紀委員ちゃんを背負って保健室までやってきた。
「失礼します」
保健室のドアを開けると、校医がちゃんと待機してくれていた。しかも女医。やったね。
「おや、また風紀委員長が暴れているからと聞いて待機していたら、本人が運ばれるとは」
おい、またって――いや、気にすまい。とりあえず引き渡してさっさと帰りたい。体痛いし。
「気を失っているだけですから。ベッドで寝かせておいてください」
「ほぉ、彼女相手に外傷なし、しかも彼女にも外傷なし――か。どんな能力で倒したのやら」
「さぁ? それじゃぁ宜しくお願いします」
「ん、ごくろうさん。あぁ、そうだ、彼女が気を失っている間に手を――」
「出すわけ無いでしょ!」
仮にも教員の立場だろうが! と突っ込んで退室した。
余談だが、猛烈な虚脱感と節々の痛みに耐えながらマンションに帰れば、
「お帰りなさい、ご飯にします? お風呂にします? それとも――」
と裸エプロン(さすがに本当に裸になる根性は無かったのか、下着は着用していた)で出迎えてきたキーア。
その顔は、突っ込んで!! と本気で望んでいてドンビキだった。
しかも、全力スルーしてやると、放置プレイですねと大喜び。
さらに頭も痛くなって、その日はそのままベッドへダイブ。
瞬く間に意識は夢の中へ吸い込まれていった。






