この世界この街で――Explanation
「んーっ、思ったより普通の授業だったなぁ」
一日の授業も終わり、時間は放課後。
思った以上に普通の学園生活であったことに驚いた。授業内容も、国語に数学、日本史に科学etc.……外でやっていた学園の授業と何ら変わりないものしか行われない。
もう少し異能者ではなく普通の人間として生きろ的な、洗脳授業があるんじゃないかとここに来る前に師匠と笑って話していたことがあったが、全くの杞憂だったことに少し驚いた。
いくら異能者達の街とはいえ、完全な自給自足で維持できるわけがないため、街として維持する為に外とつながりを持ち、支援を受けているのは想像に難くない。だったら、外へのご機嫌取のために――と考えていたが、そういった気配が一切ない。
異能者を兵器にするため、この街では政府の秘密実験が――などという噂が外では絶えないにもかかわらずだ。
「うっす、ミッチ。学園初日はどうよ」
幼馴染を半歩後ろにつれて現れる直純。この状態がデフォルトなのだろうか。
「ミッチ言うな。でも感想としては、外と同じようなことやっててちょっと拍子抜け」
「まぁ、この辺りは普通の人間に近い奴らの集まった場所だからなー。お前も入市する際に受けた適性検査でそう判断されたからここに来たんだろうし」
たしか、異能者の中でも比較的異能深度が浅い者は北側、外との入口近くに配置され、異能者の異能深度が深いほど南側に、そもそも本当にヤバいのは病院送りだと、ここに来る前に師匠と調べたことがある。
そして、この街の住人が北側に集中していることを考えると、この街に暮らしているほとんどは――そういうことなのだろう。
「それもそうか。でもさ、ほらあるだろマンガとかで。能力とかの設定説明をするために、学校で講義があったり」
「それ本当にマンガの世界の話し。異能はそれぞれ違うんだし、定義付けに意味ないし、そもそも異能者の解明だって明確にできてないんだ。異能の講釈を聞きたいんだったら病棟に行った方が早いぞ」
なるほど。あそこのイカレた連中なら嬉々として講釈をしてくれそうだ。
「あと、異能者だらけだって言うのに誰も能力を使うそぶりすら見せないのは驚いた」
「そりゃ生徒会と風紀委員の中に自警団本部の奴らがいてな。そいつらが頭の固のなんの。だから今年度は能力の制約が特に厳しい」
「自警団、本部?」
「あぁ、南の端にな。真織市の最終防衛ラインだから、強い奴が集まっている場所。御節介と自己犠牲と暴力が大好きな連中の巣窟だ」
「南の端って海沿い?」
この街の南端は海である。市壁も円状に囲われた形で作られているが、南端の方だけ途切れており、森を挟んで海が真織市にはある。
地図で確認した時、こっから脱走できるんじゃないかと思ったのだが、自警団が食い止めているのか?
「いや、その手前。白霧の森の前」
「また知らない単語」
「あぁ、すまん。そうだな、一言でいえば『異獣病』の連中が住み着いている森のことだ」
異獣病――たしか、かなり昔に海外で発生した病気の呼び名。
たしか、異能者の異能で変質したウイルスにかかると体が変質してしまうため、キャリア自身は異能者でもないのに、異能者判定をくらって争いが起こったとか。 で、最終的には対地射撃衛星砲でウイルスが発生した周辺を焼き払って終息させたと聞いているが、生き残りがここに逃げ伸びているのか。
「で、その森に『異獣病』の連中がわんさか住み着いていて、下手に手を出せば戦争で、喜ぶのは外の連中だけ。だから互いに干渉しないようにしている。おかげで市壁も森の入り口で途切れているから、森を通って脱走し放題。だから自警団本部は森の前にあって、強い奴が集まっているんだ」
「ふーん」
「ですが、ここだけの話しですけど――」
「「うをっ!!」」
突然現れたキーアに男二人大いに驚く。
そのリアクションが大いに満足なのか、にんまりと笑っている顔がむかつく。
でも信子ちゃんはノーリアクションどころか、いい加減俺を睨むのはやめてほしい。
「白霧の森の住人なんですけど、実は真織市側と取引がありまして、真織市への密入出しようとしている輩に対する番犬をやっているそうです。そして、見返りとして森で暮らすことを黙認されているとか」
「へー、よく知ってるな」
「まぁ、情報収集は得意ですから」
関心する直純に対して、えっへんと胸を張るキーア。だけど、こいつの能力を知っている俺からすればドンビキ以外なんでもない。
「それより、そろそろ帰りませんか? クラスの皆さんもほとんどお帰りになりましたし」
気がつけばクラスメイトの大半がいなくなっている。
「でも俺としてもう少しココにいてもいいような気がするな。具体的にはお前が帰るまで」
「なんでですかー!」
「んなのお前が一番わかってるだろ」
この元ストーカーが。
「そ、そんなこと言うのなら、えーっと、ば、晩御飯は作ってあ、あげません、よ」
めちゃくちゃ声がどもっている上、目が泳ぎまくっている。明らかに『嘘ですよ、見捨てないでください』と言っている態度がなんだかほほえましくて、ついつい謝ってしまいそうで恐ろしい。
「なんだなんだミッチ。お前ら飯を作ってもらうような仲なのかぁ?」
しまった。大失点。あと、ミッチって言うな。
「さて、帰るか」
すばやく立ち上がって教室を出ようとしたが、すぐさま直純に捕獲された。
「おいおい、俺とお前の仲じゃん。ごまかすなよ」
「いや、それはな――」
ごまかせ、とキーアにアイコンタクトを送ろとしたら、信子ちゃんがなにやらぼそぼそとキーアに耳打ちしていた。
「私と隆道さんの馴れ初めですか? それは運命と呼べるもので――」
「お前は何を言っているー!!」
「おいおい、なに慌ててるんだよ。やましい関係なのかぁ」
やめて、そんなニヤケ面でこっちを見ないで。それじゃぁ、どんなイイワケしても無駄といっているもんじゃねーか。ついでに信子ちゃん、俺には見せない目の輝きをするんじゃない!
「ちょ――!!」
「あなた達、うるさいですよ!」
突然教室のドアを開けて現れた一人の少女。三つあみおさげで、見るからに真面目な雰囲気。コレで眼鏡をかけていればあだ名は完璧に委員長と言えただろう。
その姿を見た直純が「げっ、風紀委員……」と、小声でもらしたのが俺の耳に届いた。
「部活のない生徒は既に下校の時間です! 何を騒いでいるのです――か……」
俺を見ながら、言葉が次第に尻すぼみになっていく風紀委員ちゃん。
なぜか分からないが、とても驚いた様子で目を見開いて俺を見つめてくるため、キーアが何を勘違いしたのかムッとした気配をかもし出し始めた。
「えーっと、騒がしくしてすいません。とっとと帰りますんで」
これ以上ここにいると収集がつかなくなる予感がしてきたので、さっさと立ち去ろうとした時、
「ちょっと待ちなさい。貴方、今日来たっていう転校生?」
「まぁ、そうですけど」
「それじゃぁ、昨日、もしかして……夜子姉さんと喧嘩していた人?」
「夜子姉さん?」
一瞬誰のことを言っているのか本気でわからなかったが、もしかしたらと思う人物が脳裏に浮かんだ。
「もしかしてあの自警団の人か?」
直純が風紀委員に自警団の人間がいると言う言葉と、喧嘩という言葉にアタリをつけて問いかけてみたところ、どうやらビンゴらしい。
風紀委員ちゃんの顔が次第に怒りの表情になっていく。
「やっぱり、私の見間違いじゃなかった! 貴方のせいで、夜子姉さん、減俸と謹慎くらって自棄酒真っ最中なのよ! 私が昨日どれだけ迷惑を被ったか!!」
「それは知らねーよ! 確かにしなくていい喧嘩だったけど、売ってきたのはそっちだろ!!」
「だけど貴方、その後進入禁止区域に入った挙句で能力をつかったでしょ! 病棟から報告来てるんだから」
あぁ、やっぱりあそこって進入禁止だったんだー。と思い当たる節がありすぎて全力でとぼけるしかない。
「何を根拠に言っているのやら」
まさか、あの連中が自警団とはいえ異能者に監視カメラの映像を渡すとは思えない。口頭ていどのやり取りで終わっているだろう。
だったら名前は名乗ってないので、外見的特長しか伝わってないはず。そして俺の外見はごくごく平凡普通の没個性的な容姿だから、特定されることは無いと自信をもって言える――はず。
何を聞かれても知らない分からないで押し通すのみ!
「確かに全部私のカンだけど、貴方を捕縛して尋問すれば分かること」
って、それは想定外!
風紀委員ちゃんの周囲の光景が歪んで見え始めた。どんな力かわからないが、能力を展開し始めたようだ。
「ちょっ、風紀委員が学園内で私用で能力使っていいのかよ!!」
「コレは風紀委員としてではなく、自警団としての対処なので問題なし!」
直純の直訴も問答無用で却下され、一瞬即発の状態。
ならば、もはや戦うしか道は無い。なぜなら捕まった時の言い訳を考えていないから――!
「さぁ、転校生! おとなしく捕まりなさい!!」
瞬間、風紀委員ちゃんの力が解放された――