これからの光景――Episode start
ずっと続いていた習慣で、朝同じ時間に意識がゆっくりと目覚め始めた。しかし、身体のほうはなかなか起きてくれなかった。疲れがまだまだ残っていたらしく瞼がが重く開かない。
このまま、まどろみの中で二度寝をしてしまいそうになった時、鼻をくすぐる腹が減りそうなにおいが漂ってきた。
おかしい、俺には朝食を作ってくれる気の効いた妹とか幼馴染などとは無縁だったはず。むしろ俺がこき使われる側だった気が……いや、そんなことはどうでもいい。食事のにおいにつられて胃が活動し始め、それに連動して身体もしゃっきりと目覚めていく。我ながら現金と言わざるおえない。
「あっ、起きられました?」
「……なにやってる」
目を開けた瞬間、目の前に見覚えのある女の顔があったことに内心ビビッた。
彼女は元お隣さんだ。不本意ながら昨晩から同居人になってしまったが。
「えーっと、おはようのキスを」
顔を赤らめて続きをしようと、唇を寄せてくる。が、当然両手ですばやくブロック。元ストーカーだけあって、一度許すと後が怖いから、絶対に彼女とはそーゆー関係だけはならないと心に誓っている。
「はいはい、おはようおはよう。朝飯作ってくれたのか。それじゃ、食べようか」
すばやくベッドから抜け出して逃げ出した。
わざとらしく頬を膨らませる彼女の姿を見て、ちょっと可愛と思ってしまった自分が憎い。
「――で、さ。今日から俺学園行くんだけど」
テーブルに並べられた朝食に手をつけながら何気なく言う。言外には、お前とは今日別行動だねと言葉を混ぜてやる。
だが、期待に反した答えが平然と返ってきた。
「はい、私も同じ場所なので案内します」
「……いや、俺どこ行くか言ってないよね」
「安心してください。調べました。ついでに私も転校手続きしましたので、一緒に転校生です」
何をどう安心するべきかすごく突っ込みたい。
あと、転校うんぬんに関しては異能を行使したのだろうが、こんなことで能力を使っていいのかと言いたい。いや、こんなことだから彼女は能力を使うのか?
昨日の一軒で知ったが彼女――桜河キーアの能力は便利なものだ。便利すぎて乱用するとヤバ過ぎるが、彼女自身がアレで、能力の使いどころがこんな有様である故に、世界は今日も平和であった。
「まぁ、いいか。それじゃ道案内だけ頼むわ」
あまり否定してばっかりももったいないので、自分に都合のいい部分だけ受け入れることにしている。
「えぇ、頼まれました。ついでに街も案内しましょうか?」
「そっちは一人で回る。だいたい昨日走り回ったおかげで、大まかには分かってるし」
そういえば、昨日また来いって言われてたところがあったっけ。たしか名前はイズマキ統合特設病棟。イカレたフツーの人たちが住み着いている、正真正銘異能者のための病院だ。
でも、関わりたくなし無視でいいや。
「むー、わかりました」
以外に聞き分けがいい返事が返ってくる。昨晩、一緒に暮らすとことに決まった時の彼女のテンションのことを考えたら、もう少しゴネられるかと思ったが、すっかり落ち着いているようだ。
「それではそろそろ着替えて出かけましょう。着替え、手伝いますよ。それとも私の着替えを手伝いますか?」
とかく後者をプッシュした感じで問いかけてくる。
「どちらもお断りします」
「えぇー」
口を尖らせながらも、はっと気がついたような顔をした後、ちらちらと俺の顔を見て頬を赤らめた。
しかも機嫌は良さそうなのがちょっと怖い。
「それでは、いつでもお待ちしておりますから」
どれだけ待っても、一生行かないんじゃないかなー。
そんなやりとりをしながら、ふと、思い出す。そういえば、昔師匠から聞いたことがあった気がするある日の話し。
異能者とは郡から解き放たれた人だ――と。どこかうらやましそうにつぶやいていた。
異能者が異能者である最たるモノは、その異質な能力ではなく、心のありかた、意識のなんやらがウンタラカンタラ。長々続く注釈をはさみ、最終的には郡を必要とせず、個のままでで生きて死んでいける存在であるのだと。
どこかのお偉いさんの論文を斜め読みして得た知識だと自慢していたことだけは明確に思い出した。
馬鹿じゃないの? とその話しを聞いた時は思ったし、今でもそう思っている部分は大半だ。だってこうして異能者の街があって、その中で暮らしている異能者たちは、フツーの人と変わらない。人ならざる人と言っても、根本はやっぱり人間であり、郡として生きる存在。 人から生まれた以上、本質的には人以外になれない。ソレが俺の考えだった。
でも、彼女の執着ぶりを見ていると、ちょっとその考えが揺らぎそうである。
もしも桜河キーアにとっての本質的な異能は――と考えると、うんざりするような虚脱感を着替えを覗かれながら感じる俺なのであった。
■◇■◇■
転校した学園で初めての昼休みを迎えた。それは同時に俺の転校イベントもつつがなく終了したことになる。
むしろ、腫れものに触るようにあたりさわりのないやり取りしかクラスメイトはしてこなかったことには、逆にどうしようかと戸惑った。
なにせ愛読書で学んだ知識とは全く違った展開で、気合を入れて考えていた自己紹介がパーになってちょっとガッカリ。というか、そんなことを考えていた俺がバカみたいでショック。
どうやら、外から来たここに送り込まれたヤツに対しては、最初みんなこんな感じで接するらしい。まぁ、ここに送り飛ばされる連中の経緯を考えると、気持はわからんでもない。だが、その誤解を解くために自分から積極的にはっちゃけることはちょっと抵抗がある。
だから、誰かに聞かにココに来た理由をたづねられたら、べつに、送り飛ばされたんじゃないから、自分で望んで来たんだからね。と、消極的に積極性を出してツンデレ風に答えてやろうなどと変な思考が頭をよぎる。
などとそんなバカなことを考えてぼけーっとしいる俺とは正反対に、キャッキャウフフとクラスの女子達と会話に花を咲かせているのがキーアである。
あやつ、もともとはここの生まれの上、 以前はこの街の乙女の花園と名高い学校に通っていた言う。それがなぜ転校したのか、俺との関係は何なのかとか、話題に事欠かなかった。最初にはっきりとキーアとの関係を否定しておいたのに、会話の途中途中で俺の方を見てくるためそれが周囲を邪推させる。
「よう、転校生。恋人をとられて不満か?」
何気なくキーアから視線を逸らしたとき、不意に声を掛けられた。茶髪のイケメン君とその半歩後ろには小柄で愛らしい女の子。
イケメン君は人当たりが良さそうでありながら、どこか値踏みしているような目とが気に入らないというのが第一印象だが、驚異はなさそうなので問題ないと判断。むしろ女の子が不満げな目で俺を見ている方が不思議だ。
「それは最初に否定しただろ」
「あぁ、あのキーアちゃんが『二人は恋人』と言をうセリフにかぶせ気味に否定した時ね。まるで漫才みたいで、むしろ仲の良さが強調された感があるんだけど」
「仲が良い――とは一概に公定したくないが、否定もできない関係だからなぁ」
「なんかややこしいのか?」
「ここに引っ越しする前からややこしい関係が始まった気がする」
思い返せば、師匠に『隣人との付き合いはしっかりとしておけ、最後に自分の身を守るのは他者との関係だ』などという忠告を間に受けて、なれない人づきあいを始めようとしたことが発端だ。でも、エリーとの関係がなかったら今頃路頭に迷っていた気もするので、なんとも言えないむずがゆさだけが残る。
「まぁ、仲のいいヤツを作っておくのは正解だな。なんだかんだでこの街は助け合いで生きていくしかないんだから」
なんか師匠と同じこと言うし。そうなると、ますますもってやっぱりここは普通の街と変わらないんだなと思い知らされる。
「で、そんな俺を冷やかしに来たあんたこそ、恋人自慢?」
と、視線をイケメン君からその後ろにくっつく女の子に送ると、なぜかキツイ目で睨まれた。
「おっとすまんすまん。俺らの自己紹介がまだだったな。俺は穂邑直純。で、こっちが幼馴染の夏海信子。俺達も恋人じゃないから。ただの幼馴染」
「なる。幼馴染。それは恋人じゃなく婚約者の別名だったな」
「お前は何を言っているんだ」
「愛読書の多くは、主人公と幼馴染が結ばれるエンドが多数を占めているが」
「お前が二次元を愛読しているかよく分かったよ」
「ソレが分かるお前も、もしかして――」
会話が途切れ、視線が交錯する。
その先には言葉は無く、ただ強く握手を交わす男二人。今ココにソウルメイトが生まれたきがした。
そんな光景を昼休み終了まで、冷ややかな目で見つめる夏海信子だった。