やって来た日――The other day
「はぁ……」
思わず深いため息が口からあふれ出した。
先ほど学園に転入の手続きを済ませ、新居となったマンションの部屋へ帰ってきた瞬間、まるで都市伝説に出てくるような妖精さんや小人さんが働いたかのように部屋が綺麗に掃除に整理、整頓までされていたのだ。ついでにテーブルの上に夕食。この現実に、もうため息以外出てこない。
しかし、犯人は分かっている。断じて小人や妖精さんなどではない。
昨日この街へやってきて、割り当てられたこのマンションで挨拶を交わしたお隣さん。このお隣さん、実はストーカーにクラスチェンジしていたのだ。その事実を知ったのは今朝。
昨日の今日でお隣さんにどんな心変わりがあったのか不明だが、いつのまにか合鍵を作くられ、部屋に潜入されたのは困った。
私物で持ち込んだ鞄の中味が全て出され、衣類は備え付けタンスに、洗面用具は洗面所、私物| (ゲームとかエロ本とか)はテーブルに綺麗に置かれていた。そしてここまで綺麗に整理整頓したと言うことは、部屋の隅々まで見て回ったと言うことだろう。
「盗聴器でも仕掛けられてるんじゃないだろうな……」
とりたてて覗かれて困る日常を送るつもりは無いため、目くじらたてて騒ぐこともないが、新天地で心機一転と気合を入れたばかりなため、出鼻をくじかれた感はある。
この街『真織市』は異能者を集めた一種の隔離都市だ。
異能者の持つ異能は千差万別でり、異能を持たない者から見ればその力はまったくの未知。そのため法に当てはめて取り締まることは難しい。そして人種間の問題も発展し、どうしても一般人と異能者の溝に対応できないでいる政府は、ついに異能者を一箇所に集め同類は同類同士で問題を解決させようとした。
そのため一つの市を丸々市壁で囲い、異能者達を押し込め、さらに日々日本で発見される異能者もここに送られてくる。『さながら異能者の国だ』とはここに来る前に師匠に聞いた感想だ。
そんな理由もあり、この街はそれほど古い歴史を持っているわけでもなく、法なんてものもアバウト。刑も、死刑なんていうことがザラだ。曰く異能者には人権が無い。
そもそも警察なんてものもなく、異能者の自警団が編成され街の治安を維持しているくらいだ。ここはどんな中世時代の街だと言いたくなる。そのため、個人の問題は個人で好きに解決した方がいいと、ここに入市する際言われたぐらいだ。明確な法があるとすれば「この街を無許可で出ようとした場合死刑」というものくらいだろう。
話しは戻るが、このストーカー事件を誰かに話したところで、自力で解決しろと言われるのが目に見えているため、あわてず騒がず対処するのが正解だろう。大体犯人分かってるんだから最悪力ずくで解決することになるだろう。
しかし唯一の救いは、そのストーカーであるお隣さんが可愛い事だろう。挨拶に行った際流暢な日本語をしゃべっていたが、金髪で紺碧の瞳とくれば、異国の血が多く混じっていることがありありと分かるその容姿と巨乳。とても目の保養になった。ついでに料理が旨い| (←躊躇も遠慮も毒見も無く食べている)。それによく考えると、掃除もしてくれるし、盗まれて困るモノも無いし、逆にここまでくるとこのまま好きにやらせても便利でいいかなと思い始めてきた。
まぁ、明後日から学園に通うわけだし、彼女がどこに通っているのか分からないが、人ごみの中で大胆なことも出来ないだろうから、このまま放置に決定だな――と気持ちを切り替えた時、
ドン! と部屋が大きく揺れた。
一瞬地震か――と考えたが外から轟音が耳に届いたことで、思考が異能者同士の喧嘩か? と切り替わる。
さすが異能者達が暮らす街だ、この場所からも見えるかな? と野次馬根性を出して窓に近づいて外を見てみることにした。
空が暗くなり始めている中で、喧嘩をしている人を見つける目を持っていない。諦めて窓から離れようとした瞬間、空から落ちてくる影――それは人の形にあらず。
この部屋はマンションの六階。その場所めがけて翼をもった■が突っ込んできた――
この後、紆余曲折があった。
過ぎた時間はたった一日でありながら、お隣のストーカーさんと仲良くなったり、しなくていい喧嘩をしたり、この街の秘密の一端を見ちゃった気がして全力で見なかったことにしたり、しなくちゃいけない喧嘩をしたり、崩壊した部屋の変わりを探す際お隣さんとひと悶着があったりと、さまざまな出来事が濃縮されていた。
ただ、この事件を通して思ったことは、これからこの街で暮ら萩島隆道の生活は、平穏なものにならないだろうなということだった。
黒い星が浮かぶ空。
朝と夜同時に存在しているその世界。
草原の海で寝転ぶ少女。
彼女の傍らには翼をもった者が居座っていた。