悪魔出現――Post meridiem 6:12
その姿を見た瞬間、俺は間違いなくやはり悪魔などいないと思った。
懐中電灯の明かりに照らされて、俺たちの目の前にいるのは明らかに異獣病と思わしき存在。
左腕を大木のように肥大化させ、下半身からは足蜘蛛のように八本の足が生えているだけの姿。これで悪魔などというのだから世の中の基準はやっぱりおかしいと思う。
「……あれが、悪魔?」
「だろうな」
ついでにあの狂人が三十分などと猶予をもって爆弾をセットした理由もわかった。何せ目の前の悪魔は手負いだ。血を流し、線路のど真ん中で休むように丸まっている。
この悪魔(仮)が狂人を追ってきたら、あの爆破に巻き込まれる程度に遅いスピードしか出ないのだろうと思う。
だったら、もし襲ってきても逃げ切れるかもしれない。
「どうするよ。寝ているか起きているか分からんが、このまま横を通って大丈夫か?」
「私が知るわけがないじゃない。でも、この先を進まないと帰れないわよ」
「だよな」
選択肢など始めから無かった。
「じゃぁ、行くぜ」
「ん」
若干俺の腕をつかむ日澄の手が震えているが、気がつかないフリをしておく。
そして、ゆっくりと悪魔(仮)の隣をすり抜けようとした時――
「――!! 日澄!」
悪魔(仮)が俺たちに向かって腕を伸ばすイメージが脳裏によぎる。
咄嗟に日澄を突き飛ばすが、当然俺はその場から動けず――
「ぐはっ!」
イメージ通り、肥大化したその左腕が俺を掴み地面にねじ伏せてくる。
なんつーか、俺、こんなのばっかじゃねぇか……? と思ったら、
「ぎゃおぉぉ!」
なぜか悪魔(仮)の方がもがき出した。そのため腕の拘束も外れ俺は咄嗟にその場から離れ、日澄の元へ駆け寄る。
「ぐぎょわぁのぐの!!」
真っ赤な血を流し、のた打ち回る。
「傷口が開いたのかしら?」
「だろうな。でも、これがチャンスだ」
「貴方、ダメージは?」
「問題ない、ここを抜けるぞ!」
もがく悪魔(仮)の脇めがけて俺たちは駆け出す。
だが、このときふと疑問が脳裏を掠めた。
この程度の相手に、あの狂人が強いだの悪魔だの、本気で言っていたのだろうか。
雰囲気でだが、悪魔(仮)があの狂人の相手が勤まるとはとても思うことが出来ない。だったら、なにがあの狂人をあそこまで追い詰めたのか――
「ぐぎょごこぎゃぐぉぉぉぉ!」
俺たちがちょうど悪魔(仮)の背後に回ったのと同時に、悲痛な叫びと交じりにのた打ち回り暴れ始めた。なにやらただ事ではない苦しみ方。どうしたのかと振り返り、明かりを照らせば――
「何! アレ」
ソレは俺が聞きたかった。
まるで、蛹から蝶が羽化するように、きぐるみから中の人が出てくるように、悪魔(仮)の背中からこの暗闇より黒い影が這い出ようとしていた。
そして、俺たちは知った。黒い影が■■■■だということを。
それはつまり、本物の悪魔という存在がこの世に顕現するということに他ならなかった。