隆道のとある過去――Post meridiem 6:05
真っ暗なトンネルの中、懐中電灯の灯一つを頼りに地下鉄の線路の上を日澄と歩く。
「大丈夫か?」
「そうね。貴方が殴ってくれた頭とお腹がまだ痛むわ」
しばらく会話がなかったため何気なく聞いてみたら、今だに根にもっているのか、皮肉が返ってきた。
なにせ、日澄は地下鉄のホームで爆煙から出てきた男を目撃した瞬間、俺に殴り倒されて気絶させられたと言う。そのため、起こしたらえらい報復にあった。でも、俺にはそんな記憶にないいんだけど。
まぁ、多分無意識下で妹が反応したのだろう。
でも、それでよかったと今は思っている。日澄がもしあの男と対峙していたら、間違いなく殺し合いになっていた。しかも日澄は自我によって禁獣を封じているため、能力が発動せず確実に日澄が殺されている。
突然背後から、ドドーンと爆発音が響きわたった。
どうやらあの男が仕掛けた爆弾が爆発したようだ。あの後、懐中電灯で時限爆弾を調べてみたらなぜか三十分後に爆破されるようにセットされていた。そのため、地上へつづく通路を調べたり(当然、階段もエスカレーターもエレベーターも全て潰されていた)、こうやって爆破に巻き込まれないための距離を歩けたりと何とかなったのだが――
「はぁ……」
爆発音を聞き、安堵を混ぜた疲れたため息を吐く日澄。
「……取り合えず、休憩でもするか」
さすがにどこまで歩けば助かるのかわからなかったため、ここまで強行軍で歩き続けた。爆破から助かった今、ここいらで休憩をとるのが得策だろう。
なにせ、この後、ウワサの悪魔とのエンカウントが待っているのだから。
二人壁にもたれかかり大きく深呼吸。
「はぁ……」
再び日澄が疲れたため息を吐く。
「おーい、マジで大丈夫か? まだまだ歩くんだぜ」
「そうなんだけどさ……やっぱり、あの光景はちょっと堪えた……」
あの狂人に立ち向かったり逃げようとしたりで殺された人達の姿を思い出してのことだろう。
明らかに狙って、心臓と頭を粉砕されていた。
どんな異能者とはいえ、ベースが生身である以上、道に繋がる“魂”の器である『心臓』と、道から得た能力処理を行う『脳』を破壊すれば、どんな能力を持っていようと確実に能力の使用は不可能になると聞いたことがある。
「お前も見慣れてるんじゃないのかよ」
「そりゃイズマキにいた時はイヤでも目にしてたけどさ……」
あの人体実験場にいたら、異能者の解体シーンの一つや二つ余裕で見てるだろうし平気だと思ってたんだけど、以外に重症っぽい。
「でもに、もしかしたら私達みたいな人がいて、さっきの爆発だって助かったかもしれないでし……」
たしかに、俺達みたいにただ気絶していたヤツもいたかもしれない。だが、俺達は自分達が助かるために、人命の安否の優先より脱出経路の確認を優先させた。なにせ、俺達は空を飛ぶ能力をもっていない。壁を破壊して道を作る能力を持っていない。だったら、逃げるためには歩くしかない。
もしかしたら、あの中で誰かが生きていて、歩かずにあそこから抜け出せる能力を持っているヤツがいたかもしれない。だが、たった三十分の猶予の中、生きているヤツを探して、そして脱出できる能力を持っているヤツを見つけるなんて、奇跡にも等しい賭けを行えるわけが無い。
だったら、地上への脱出経路がないとわかったら、なりふりかまわず爆破に巻き込まれないようにあそこから逃げ出すしか選択肢は無かったはず。そしてその選択を選んだからこそ、今ここに生きていられると俺は思う。
「お前の気持ちは――正直言って今の俺にはわからん。死に対して怒ったり悲しんだりするのは身内で十分だろ。お前だってこの世界で死んでいくヤツら全てに悲しんだりしないだろう」
「そうなんだけど……なんかドライね」
「でなきゃ、師匠の後をついていけなかったし」
「あなたの師匠って何者よ……」
「対異能者捕縛機関の上級幹部。しかも異能者始末部隊の隊長だ」
「うっそ……貴方、対異能者捕縛機関の関係者なの?」
今、日澄の顔を照らせば間違いなくげっそりとした顔をしているだろう。
対異能者捕縛機関――文字通り外においての異能者を捕まえる機関なのだが、これがまた、異能者に劣ることの無いバケモノ揃い(そう、異能者ではなくただの人間の集まり)の組織なのだ。一人殺せば殺人者でも、百人、千人殺せば英雄を地で行く人間の集まりの中、そして俺の師匠は間違いなくその類の『英雄』だ。
「師匠は俺を仲間に引き入れたかったんだろうな」
でなきゃ、異能者や異獣病の事件が起こるたびに、足手まといの俺を現場まで引き連れていくわけが無い。
「でも貴方、異能者でしょ。入れるわけ無いじゃない」
確かに異能者よりヤバイ連中の集まりのくせに異能者排他主義だからな。
「まぁ、厳密に言えば俺は異能者じゃないから」
その言葉にえ? と日澄が驚く。たしかに驚くだろうな。
「俺の能力は俺のじゃなくて妹のものだし――って、なんでこんな話ししなきゃならんのだ」
「いいじゃない。この際だし」
どの際だ――とは思ったが、日澄の気を紛らわせるぐらいにはなるかなと思い、とりあえず話してやることにした。
しかし、相手が始めから知っていたとか、気がついたとからなまだしも、自分から能力に関して話すのは初めてだな。どうやって話したらいいものか。
「うーんとだな、妹と俺の心臓を交換させられたんだ」
そう、今でも思い出すだけで腹が立つ。俺の心臓をえぐって取り出し、喰らい、あまつさえ俺に自分の心臓を埋め込んできやがった。
「で、あいつの能力は世界への融合も含まれているから、俺の中に住み着いているの」
そこから更に先を目指しているようで、俺を踏み台に使い、さらには日澄を狙っているようだが、また関係を拗らせたくないし、俺もさせるつもりは無いから、ココは話さなくてもいいだろ。
「だから、異能者の妹が俺の中にいるだけ。俺は真っ当な普通の人間」
「?? よく意味がわからない説明ね?」
「えー? 師匠は部隊の面子に俺のこと説明する時、こんな風に説明して皆を納得させていた気がしたんだが……」
「あのね、私それほど世の中に精通しているわけじゃないの。そんな大雑把な説明で理解できるわけ無いでしょ」
「まぁ、とにかく、俺は異能が使える普通の人って覚えてもらえばいいよ」
「なんていい加減……」
「妹に言わせれば、俺はバカだからな」
「まぁ、それはたしかに納得できるわね」
ははっ、日澄が小さく笑う。どうやらオチは付いたようだ。
「よし、休憩も出来たことだし、そろそろ行きますか」
「――そうね」
俺達は立ち上がると、再び暗闇の世界を歩き出した。