妹ちゃんのよくわからない設定解説――Ⅰ
それは、昔々あるところにで始まる、益体のないある日の話し。
萩島隆道という存在がまだ、真織市の外で暮らしていたころの出来事。
「兄さんは、本当におバカさんですね」
妹が兄へ向ける、お決まりのセリフ。
幼いころより頭の良かった妹が、唯一自分自身の言葉を向けられる相手だからこそ、辛辣なセリフが出てくるのだ。
ただ、ここで言う頭が良いというのは、一の全てを記憶できる記憶力でも、一から十を生み出すことのできる発想力でもなく、一を一とたらしめている理由を理解できる、理解力のこと。
だがそれも、独自の発想と言葉があってのことなので、彼女の言葉に共感ができる人間がいない故に、彼女は兄にすがっていた。
当の兄は、わかったようなわかっていないような、へらへらとした笑みだけを浮かべているだけ。
その様子を妹は、私の言葉をわかってくれていると好意的に理解していたことがそもそもの始まりだった。
「兄さん、兄さんは『魔法』というものをご存知ですか?」
「? それはマンガででてくる不思議パワーのこと?」
「まぁ、あながち違いはありませんね。人間が理解できるかできないかという観点から言いますと」
妹は自分の考えが披露できる場が来たと、嬉々とした目で兄に向ってつらつらと言葉を述べ始めた。
「そもそも異能者と言う存在が、兄さんが見るマンガで言うところの魔法使いに当てはまると思いませんか?」
「異能者のことよく知らない」
「そうですか、ではまずそこから話しましょう」
こほん、とせきをひとつつき、一冊の本を取り出す。
「ここに、異能者論を書いた書物があります」
「それ、どっから出したの?」
「それは、こんなこともあろうかとってやつです。深く突っ込まないでください」
絶対最初から、この話しがしたかったんだなと兄は思った。
「とにかく、まずはこれを読んでもらいたいのですが、活字ばかりの漢字ばかりなので、絶対途中で兄さんは投げ出すのはわかっています。ですから、私が要約してお話しましょう」
自慢げに言うが、妹も漢字が読めずに、散々ネット辞書で時間をかけて調べていたことを知っているが、黙っておくのが優しさだろう。
「さて、そもそも異能者とは人ではありません、と断言します。ですが、世論は外面の人の形に騙されて、いろいろ口論をしていますが、所詮人同士の話し合いなので、論外です。たぶん異能者に聞けばイッパツで答えは出ます」
――あなたは人ですか?
この答えに胸を張ってノーと言う、と異能者である妹は断言した。
「そもそも、異能者とは、人の進化系――とここには書いてありますが、これは語弊です。もともと人が書いてあるだけに、間違った解釈が多いです。ですが、もっとも人が理解しやすい答えも書いてあります」
すなわちそれが、魔法使い。
「ですが、ここいう魔法というのはマンガの中の魔法であって、この世の魔法とはいろいろと違うんですけど、ここで魔法のことを話し始めると、時間が無くなってしまいますので、今は異能者に観点を絞りましょう」
本当に魔法は存在しているんだ。
「はい、あります。でもここでは語りません」
もともと異能者が生まれたのはいつだったのか。
「そんなの、形を限定しなければ、この世が始まってからとっくに生まれています」
では、なぜ人から生まれたのか。
「それは――人の無我が、星の意思に届いたからではないかと私は推測します」
星の意思?
「そう、星の意思。魔法と呼ばれるこの星の根幹。いつか全てが帰る場所」
ですから、進化ではなく帰化になると妹は言う。
「そして、異能者とは大なり小なり星と繋がった道を持つ人のことを言います」
では、人は星とつながっていないのか?
「その答えは、イエスでありノー。この世全ては繋がっているのだから」
繋がっているのならなぜイエスが入るのか。
「それは、うーん、そうね。この星を樹で表した表現がありましたね。この表現が適切と言うわけではないですが、わかり易くはあります。まず、この星は種から始まる。種だった星はやがて木という巨大な存在になる。木となった星は枝という数多の世界を作り、我々はその枝から生えた葉である。で、その中でも異能者の私達は枝に繋がった葉、そしてただの人は、枝から抜け落ちた葉。抜け落ちた葉は土に返り養分となる。ソレすなわち星に帰ることと同義。だから、繋がっている場所の違いになります。異能者は直接星と繋がっているのに対して、人は星の循環の輪の中にしか繋がっていない。これが、異能者と人を分ける決定的なところです」
では、そもそも異能とは?
「それは、星が発生させる『現象』のことです。どれだけ不思議な事柄に見えても、それは星の理の中で発生するものなのです。それを理解できないからこそ人は異能と呼び恐れているのです。ちなみに私はその『現象』を、昔の人たちの言葉になぞらえて『神』と呼びます」
神――人にとって理解できず、とどかぬ存在の総称。
「この星はイシで出来ています。数多の時をかけて、分裂や結合を繰り返し、イシはこの世を作りました。ですが一つ気をつけてください。この星の始まりのイシはこの星以外のところからやって来た――つまり、この星以外にもイシは存在するのです。そしてそのイシは、今もこの星に降り注いでいます。もしもそのイシが目覚めたのであれば……」
そこで言葉は区切られる。両親が呼ぶ声が聞こえた。
どうやら時間が来たようだ。
「どうですか、すこし駆け足でしたがわかってくれましたか?」
その言葉に、当然のごとく兄は首を横にふるのであった。
「兄さんは、本当におバカさんですね」
妹が兄へ向ける、お決まりのセリフで締めくくられた。
それは、昔々あるところにで始まる、益体のないある日の話し。
萩島隆道という存在がまだ、真織市の外で暮らしていたころの出来事。
兄は人で、妹はまだ、ただの異能者だったころの一幕。