第六話 疑心暗鬼
翌朝
朝方六時頃まで続いた現場鑑識から、時同じく事情聴取を受けていた我々の下に、新たな事実が届けられた。
「おう、お前さんら、よく聞いとくれ」
「屋内の遺体、それに屋外の遺体には、身元を証するものが何一つ見つかっとらんようじゃ。お前さんたちが割出したお互いが殺し合ったと言う相殺話も、説明のつく証拠が出とらんようだ。よってたらればの域を超えとらんと言うことになるな。屋内の遺体には外傷や毒物の検出はのうて、転落死体の方は頭蓋内損傷が死因と断定され、こちらも毒物の検知はなかったそうじゃ。また、特別室の患者・一之瀬富士男には遺体の顔を見てもらったんじゃが、心あたりがないと突っぱねられてね。つまりだ、ひとりはR産業会長の病室にて突然死しした侵入者、もうひとりは、たまたま同時刻に屋外非常階段から転落死してしまった何某かの侵入者と言うことになるんだ」
私はこの刑事が語った論拠に口を挟んだ。
「あの、説明がつく証拠が見つかっていないとは、どう言うことですか? 屋内遺体の側に落ちていた使用済みの注射器や、二〇三号室にはご遺体が持ち込んだ荷物などが残されてないんですか?」
刑事は呆れるような顔つきでこう言い切った。
「そんなものは見つかっておらんよ」
それって、どう言うことなんだ?
容疑者Xの遺体の傍に、あのUD4の使用済み注射器が落ちていたはずだ。
……ちょっと待てよ! そもそもUD4は毒物の反応がでない薬物なのか?
「刑事さん、他に聞いている情報はないのですか?」
「他に……おお、そう言えば転落死した男性の首筋に青あざのように膨れ上がった箇所があったそうじゃ。だが、そいつは毒物によるものでないと言う話だ」
「屋内の遺体には、それとよく似た青あざはありませんでしたか?」
「いいや、それは聞いとらんが……」
んん、何かがおかしい。
明鏡は、この事件に潜む殺人動機の奇妙さに首を傾げた。
「あの、刑事さん?」
「ん、なんだね?」
「あちらの鑑識さんが見つけられた首筋の注射痕についてなんですが……屋内の遺体付近に落ちていた注射器によるものと見て調べを進めているのですよね?」
「はあ、注射器だと?」
「ええ、使い終えた注射器ですよ」
刑事は顔を顰めながら、
「んん? ちょっと待ちなさい……そんな報告は受けとらんぞ」
と記録した手帳をペラペラとめくった。
「またまた、そんな惚けられて……」
「やはり、現場遺体の付近には注射器なんぞは見つかったと言う報告はされておらん」
「ええ?」
どう言うことだ?
予告者Xの遺体の傍には、間違いなく使用後の注射器が落ちていたはずなんだ!
証拠の隠滅?
まさか警察の内部にも幇助する者がいるのか……?
「神楽、予告者Xの傍に落ちていた注射器のこと覚えてるか?」
「もちろん、覚えているわ。使用済みの注射器が落ちてたもの」
このふたりの会話を聞き、事情聴取をしていた刑事は、
「おいおい、そんなことがあってたまるかよ。殺人事件の加害者を幇助する警察官が捜査側に紛れ込んでいると言うことになっちまう。もしそれが事実なら、我々には手に負えん領域に首を突っ込んでいるやも知れんぞ。おい、今の注射器の話し、間違いないんだろうな?」
と刑事がふたりに念を押した。
「ええ、もちろんです」
「そうか、わかった……秘密裏に調べてみるとしよう」
「よろしくお願いします」
「そう、申し遅れたが私は刑事の黒川だ。よろしく頼むよ。それと朱鷺谷さんの携帯番号を教えてくれたまえ」
「ええ、もちろん」
「また、連絡はさせてもらうよ。そうそう、この一件についてはくれぐれも外へは漏らさぬよう気をつけてくれたまえ」
「ええ、口外は致しません」
黒川刑事と明鏡は、密約を取り交わした。
四〇一号室
事情聴取を終えた明鏡の車椅子を押し、神楽は入院病棟四〇一号室まで戻って来た。
「おう、兄ちゃん。事情聴取はもうええんかい?」「親方、ありがとうございました」
「おう、そんなことより、一体どうしちまったんでぃ?」
「我々が捕獲しようとした予告者X以外にも怪しき人物が現れたんですが、いずれも謎の死を遂げたんです」
「はっ、いったい何がどうなっちまったんでぃ?」
「そうだ、親方、撮られた動画を見せてもらってもいいですか?」
小江戸はスマホを明鏡に差し出した。
「この動画にはな、階段から転落した男が地面で倒れているところしか映っておらんのだよ。男がどう言った経緯で外階段に現れ、どうやって落下したのか映っておらんのじゃ。本当訳がわからん」
明鏡は犯行時刻の映像を何度か繰り返して見るうち、あることに気づいた。
「暗所のため映像はピンボケしてますが、ここのとこ、行きますよ……ここです」
明鏡は映像を拡大して、現場の窓から何かが外階段に向かい移動しているのを捉えた。
「本当じゃねえか、ハッキリとは映り込んではいないが、確かに凹凸のあるものが壁を移動しているのがわかるぜ」
「ですね、そしてこの音が転落した後の打撃音になんでしょう」
「こりゃ間違いねえ! 部屋の中には二人いたことになるじゃねえか?」
「ちょっとあんた、声が大きすぎやしないかね?」
と側で聞いていた婦人が周りを見渡しながら親方に声をかけた。
「心配せんでええわ。お隣さんはずっとおりゃせん」
これを聞いた明鏡はカーテンの奥を覗き込んだ。
「彼、ずっといないんですか?」
「儂が動画を撮影していた頃からかのう」
とその時、その男はこの四〇一号室に戻って来た。
「親方、この話はこれでやめましょうと小声で話したあと、神楽に談話エリアに向かうよう目で合図し、病室をあとにした」
「神楽はどう思う、この密室殺人について?」
「じゃあ人物を設定すると、私たちが確保しようとした予告者Xに対し、階段転落した人物をYとするよ」
「さすが理系女子だ。XにYか……」
「それ誰でもそうなるんじゃなくて?」
「ゴメン、大義はない。そのXとYがあの時間あの部屋でガチあっていたのかがカギになると思うが」
神楽は缶コーヒーを二本買って、一本を明鏡に差し出し、椅子に腰掛けた。
「あの時、Xが部屋に入った時、Yも一緒に入ったんじゃないかな?」
「どうしてそう思うのかい?」
「だって暗室内では相手との距離が掴みづらいから、例えばXの背後について入室したYだとしたら、Xを襲うことは容易いんじゃないかしら?」
神楽はそう言い缶コーヒーを口にしながら、
「明鏡くんはそうは考えてない表情に見えるけど……どうなの?」
と缶コーヒーをテーブルに置いた。
「そうだね……シンプルに考えると、XはYに殺されたと思われるから、少なくとも仲良く部屋に侵入した訳ではなく、YはXを待ち伏せて殺したと考えるべきではないかな?」
「言われてみればその通りですね」
「しかも、Yはあの部屋が会長がいないダミー部屋だと知って待ち伏せているとしたら……」
「したら?」
「Yは会長から指示を受けた殺し屋、しかも私を狙った殺し屋かも知れない」
「じゃあ、地下鉄階段での事件も会長が仕掛けたものなの?」
「あゝ可能性はあると思う」
「怖いよ」
「そして失われた注射器なんだけど、警察によって回収されたのはなぜか? そして、UD4なる薬品が殺人薬であったのかどうか……」




