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標的   作者: 三ツ沢中町
第一章 暗殺夜行
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第五話 その標的、一之瀬富士男

 会長との再会


 明鏡は神楽に車椅子を押され、特別室三三〇号室の一之瀬富士男会長の下を訪れた。

「コンコン。失礼します」

「おお、朱鷺谷くん……車椅子とは?」

「ええ、足を骨折してまして」

「そうかね……ところでそちらのお嬢さんは?」

「私の助手で神楽光月かぐら みつきです」

 こら、明鏡、助手じゃないでしょうが!

 まったく!

「神楽と申します。朱鷺谷がお世話になっております」

「朱鷺谷くん。素敵な女性じゃないかね。儂も四十年前に出会っとったら、嫁にもらっとったわい」

「まぁ会長さんったら、お上手ですね」

「モテるじゃろ? お前さんのようなべっぴんさんなら、どこにいても男たちは視線を釘付けにされるじゃろうよ」

「まあ嬉しいわ、おじさま、ありがとう」

 褒められたら、悪い気はしないか。

 でも、会長は口が上手いな。

「ところで会長。本題なんですが」

「そうじゃったな」

 明鏡は顔つきを変えてこう切り出した。

「予告者Xの計画阻止に向けた対策をお聞きいただきましょうか。そして、ぜひともこの策にご協力をお願いしたい」

「分かっておる。でどうすれば良いのじゃ?」

 明鏡は会長と神楽に対策を説明し、それに向けた準備を指示したのであった。

 その後、数分かけ準備を終え、二人は部屋に戻って行った。


  

 犯行を阻止する者たち

 

 

 親方婦人のそば耳から端を発した殺人計画の阻止と、予告者Xを確保するための協力者一同がこの面談室に集結した。

「ええ、ここにお集まりの皆さんは、明日未明の殺人予告をしている予告者Xの捕獲に協力をお願いする仲間であります。よろしくお願いします」

 そう挨拶をした後、仲間について簡易な紹介とそれぞれの役割を伝えた。

「朱鷺谷です。こんな車椅子のなりですが、最善を尽くします。現場指揮を取ります。よろしくお願いします」

「こちらは小江戸さんで、四〇一号室から犯行の死角となる屋外の監視をお願いしています」

「あゝ小江戸です。よろしく」

「次に看護師の東条さんです。今夜勤務の担当看護師で、この部屋も東条さんに用意してもらいました」


 彼女は新人看護師であり、現在は整形外科患者のいる四〇一号室の担当である。

 東条は正式にはがん治療専門病棟の所属であるが、研修期間として整形外科での仕事をしていたのであった。

 彼女に殺人計画の犯行阻止に対しての理解と、積極的協力が得られることになり、漸くこの対策が現実味を帯びたのであった。

 

「東条です。皆さん、お怪我のないように!」

「そしてこちらは神楽さん。犯行現場で私のアシストをしていただきます」

「神楽と申します。よろしくお願いします」

「まぁ、こんなべっぴんさん、わしゃみたことない。兄ちゃんの彼女か?」

「えっ? そう見え……ますか?」

「見えん!」

 その言葉に反応した東条がこう口を挟んだ。

「べっぴん……あっ、そう言えば……看護師の先輩に聞いたんですが、あのがん治療専門病棟の非常階段扉付近には、『さくら』と呼ばれる美人霊が毎夜出るって聞いています。気をつけ下さい……」

「ん? なぁ、ナースのお姉ちゃん! そいつはここで出す話じゃねえぜ!」

 と親方が彼女の話の腰を折った。

「す、すみません」

「まあまあ。確かに親方の言う通りかも知れません。しかし、現場は暗所につき眼が頼りにならない分、音や匂い、温度や振動に敏感にならざるを得なくなるでしょう。ですから、少しでも現場における情報は知っていた方が良いと思います。霊の話をこの会議が終わった後、私と神楽に聞かせて下さい」

「わかりました」

「では、次に予告者Xの確保の方法と、確保後の動きについてお伝えします」

 予告者Xの捕獲における三つの安全についての注意事項を伝えた。

 一つ目は会長の安全確保

 二つ目は作戦行動に出るものの安全確保

 三つ目は捕獲したものが逃げ出さない安全確保

 そして婦人に対して具体的指示を次のようにだした。

「二階と三階にある小荷物専用昇降機ダムウェーターと業務用エレベーターの乗降口付近にに、このレーザー感知器を仕掛けてもらいます」

「それをすべてを設置するのかい?」

「ええ、これが先ほど二階と三階のエレベーター横にあったフロアパネルを撮った写真です」

 とスマホで撮ったその写真を、明鏡は婦人に送った。

「この赤でマークしたところに設置すれば良いんだね?」

「ええ、清掃員だけに周りに気づかれずにできると思いまして」

「兄ちゃん、頭キレてとるな」

「こりゃどうも、親方」

 私は院内の二階と三階の平面図を用いて、予測される二つの侵入経路と犯行に用いる道具や服装について皆に説明をおこなった。

 また、予告者Xを確保した時の警察への通報手順についても、各人に役割をお願いした。

 何を隠そう、明鏡はミステリー小説家である。作品を作る中で、犯行手口などを心理の裏から絡め取る想定を、これまで数え切れないほど行なってきただけに、現場の状況がイメージできれば、犯行がどのように行われるかはおおよそ検討がつく程であった。

「それでは皆さん、安全第一でお願いします。では解散します」

 と明鏡は打ち合わせを終わらせた。

 

  

 暗所 


 

 午前三時五七分、予告者Xは、既にこの三階病棟に侵入しているとみて間違いない。

 もちろん、明鏡らも既にこの特別室三三〇号室に潜んでいた。

 この特別室三三〇号室の間取りは、出入口正面から奥に延びた通路の左側手前に患者室出入口、右側奥に控室の出入口があり、通路正面にあるトイレ室に明鏡と神楽は控えていた。

 真っ暗なトイレで、神楽は小声で呟いた。

「エレベーター付近の人感センサーがまったく反応してない、変だわ」

 神楽はスマホを見ながらセンサーの反応状況を確認した。

「……いや、変ではない。エレベーターを使わない、或いは、使っていても赤外線カメラでセンサーに触れないように侵入している可能性もあるから」

「では、私たちの動きが悟られた可能性もあるの?」

「どうだろう、その可能性は低いじゃないかな。あのセンサーはこのビルのセキュリティー会社が使用する装置と同じ物だから、万が一センサーを他と調べたとしても、違和感は起こらないと思うよ」

「そんなところまで注意を払っ出るなんて、用意周到ね」

 とその瞬間、トイレ扉の隙間から少しだけ光が差し込んできた。

「奴だ!」

 患者室の引き戸をあけて入り込んだところを音で見計らい、神楽がその扉が閉まるや否や、そっと近づき、通路側から扉に斜交(はすか)いをあて部屋を封鎖をした。

 私は車椅子で神楽のいるところまで近寄った。

「怪我はなかったかい?」

「大丈夫よ」

 その時、ガタガタっと扉を開けようとする音がして、ふたりに緊張が走る。

「神楽、東条さんに連絡を!」

「あゝそうでしたね」

 

「東条さん……警察に通報して下さい!」

「皆さん無事なんですね」

「ええ、無事よ。予告者Xを上手く閉じ込めたから」

「了解しました。通報します」

「よろしくお願いします」

 

 そんな緊張が走る薄暗がりの中で、突如、奇怪な叫び声が、予告者Xを閉じ込めた部屋の中から聞こえてきたのだ。 

「何が?」

 ふたりは顔を見合わせ、事態が急変したことをお互いに感じ取り、神楽は警察の到着を待つことなく扉を開け照明をつけた。

「わっ!」

 開けた口を両手で塞ぐようにして、神楽はその場で固まった。

「あゝ、これは……」

 予告者Xだろうその男は、前のめりにうつ伏せに倒れ、黒色のアディダスシューズを履いていた。

「やっぱりあの男だったんだ」

 床には注射を打ち切った容器が転がっていた。

 遺体の頭が向く先の方を見てゆくと、カーテンが少しだけ揺れていることに気づいた

「これは?」

 慌てて窓に駆け寄り、シャッとカーテンを開け、続けてサッシを開けた。

 向かいにある病棟四〇一号室あたりの窓に人気を感じ見上げると、親方が何かを知らせようと指をさしたその先に、人が倒れているように見えた。

「しまった!」

 何かを取り違えたことに気づいたかのように、ハッとしたあと落胆した。


「会長殺害に失敗した予告者Xは、共に侵入した共犯者に口封じのため毒薬UD4を打たれ殺害された。Xを殺した共犯者は、殺害現場から逃走する際に誤って非常階段から転落したと見るべきでは?」

「……それは、どうだろうか?」

 私はそう読み解いた神楽の推理には、共犯者がXを殺害する動機が欠けていて、更に、誤って非常階段からの転落したというのも暗中とは言え、プロの殺し屋にしては違和感を拭えない。

 この二体の遺体が意味するもの。

 毒薬死、そして転落死……もし会長が殺されていたとすれば、この二つの死は起こらなかったのであろうか?

 

 暫くして警察官が駆けつけて、現場を封鎖した。

 そして明鏡は、これら遺体の第一発見者として事情聴取を受けたのであった。

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