表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰祈(はいき)の聖痕(スティグマ)  作者: 波浪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/21

第八話「蓋が軋む音、祈りは誰のために」

夜だった。


 黒衣の館の地下、封祈区画。

 祈祷陣と鎖、そして失敗の痕跡が積み重なった場所。


 レイは、そこに一人立っていた。


 右腕が、呼吸している。


「……静かにしろ」


 包帯の下で、聖痕が淡く脈打つ。


 ――壊せ。

 ――救え。

 ――もう、遅い。


「黙れ……!」


 壁に拳を叩きつける。

 だが、痛みは感じない。


 感じるのは、快楽に似た軽さ。


「やっぱり、ここにいた」


 背後から、ユンの声。


「……来るな」


「無理」


 軽い調子。でも、目は笑っていない。


「君、もう“限界”超えてる」


 レイは振り返る。


 その瞬間、床の祈祷陣が歪んだ。


「……っ!」


 空間が、捻れる。


 レイの右腕から、白と黒の光が溢れ出す。


「――《灰祈・自壊段階》」


 誰の声でもない。

 腕そのものが、詠唱した。


「レイ、やめろ!」


 ユンが駆け寄る。


 だが、近づいた瞬間――


 吹き飛ばされた。


「ユン!」


 影が伸び、セリスが受け止める。


「……間に合わない」


 彼女の声が、初めて揺れた。


 レイの視界が、赤く染まる。


 過去が、流れ込む。


 ――壊れた神像。

 ――泣き叫ぶ祈り。

 ――名前を呼ばれなかった棺。


「……全部……」


 レイの声が、低く歪む。


「……俺が壊せば、終わる……」


 聖痕が、完全に露出した。


 それは、祈りではない。

 拒絶の塊。


 その時。


「――やめなさい」


 澄んだ声。


 封祈区画の扉が、音もなく開いた。


 ミラだった。


 だが、いつもの笑顔はない。


「……ミラ……?」


 彼女は、レイの前に立つ。


 真正面から。


「それ以上いくとね」


 静かな声。


「君、戻れなくなる」


「……戻る場所なんて……」


「あるよ」


 ミラは、指でレイの胸を軽く突く。


「ここ」


 次の瞬間。


 ミラの身体が、歪んだ。


「ミラ!?」


「ちょっと借りるね」


 彼女の背後に、

 巨大な祈りの影が立ち上がる。


「……っ、これは……!」


 セリスが息を呑む。


「彼女……

 封じられた失敗作……!」


 ミラは、微笑んだ。


 でも、その目は泣いていた。


「君と同じ」


「……え?」


「私は、“蓋になれなかった”」


 影が、レイの聖痕に直接触れる。


「だから知ってる」


 囁き。


「蓋が壊れる瞬間の、音」


 ――ギギ……ッ。


 確かに、何かが軋んだ。


 だが。


 完全には、開かなかった。


「……っ、は……!」


 レイは、膝をついた。


 光が、収束する。


 封祈区画に、静寂が戻る。


 ミラは、ふらりと倒れた。


「ミラ!」


 ユンが駆け寄る。


「……大丈夫」


 弱々しい声。


「……今回は……止めただけ……」


 セリスが、レイの前に立つ。


「見たでしょう」


 静かに。


「あなたが暴走すれば、

 仲間が最初に死ぬ」


 レイは、唇を噛みしめた。


「……俺は……」


「それでも」


 ユンが、笑った。


 疲れた笑顔。


「君を止める役目は、

 俺たちがやる」


 レイは、目を閉じた。


 初めて、誰かに預ける祈りだった。


 その時。


 館全体に、低い振動。


 遠くで、逆十字が灯る。


 セリスが、空を見る。


「……使徒たちが」


 カイルの声が、通信に割り込む。


『全班に告ぐ。

 第八位、確認』


 ユンが、息を呑む。


「……番号が……」


 ミラが、薄く笑った。


「上がってきたね」


 レイは、立ち上がる。


 右腕を、静かに包帯で覆う。


「……次は」


 拳を握る。


「俺一人じゃ、戦わない」


 仲間を見る。


「一緒に、止めてください」


 誰も、否定しなかった。


 鐘が鳴る。


 それは、絶望の音じゃない。


 ――決戦前夜の合図だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ