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灰祈(はいき)の聖痕(スティグマ)  作者: 波浪


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第七話「祈祓師の葬列、名を呼ばれない死」

雨が降っていた。


 黒衣の館の中庭。

 地面を打つ雨音が、やけに大きく響く。


 棺は二十三。

 並べられたそれぞれに、名前はない。


 あるのは、番号だけ。


「……どうして、名前を……」


 レイの呟きは、途中で途切れた。


 答えは分かっている。


 名前を刻むと、数が多すぎるから。


 セリスが前に立ち、祈りを捧げる。

 影は使わない。

 ただの、普通の祈り。


「彼らは、役目を終えました」


 淡々とした声。


「救われたかどうかは、

 ……神のみぞ知ること」


 その言葉に、誰も頷かなかった。


 棺が、一つずつ炎に包まれる。


 炎は、奇妙な色をしていた。

 灰骸を焼いた時と、同じ色。


 ――区別が、つかない。


 レイは、視線を逸らした。


「……俺が、もっと……」


「やめとけ」


 ユンが、低く言う。


「それを考え始めると、

 君は“蓋”じゃなくなる」


 レイは、唇を噛んだ。


 炎が、最後の棺を包んだ時。


 グロウが、一歩前に出た。


 義肢の拳を、胸に当てる。


「……祈祓師、グロウ=第六班」


 短く、それだけ言った。


 名前を呼ばれることのなかった死者の代わりに。


 誰かが、嗚咽を漏らす。


 その時だった。


「――あれ?」


 場違いな声。


 振り返ると、

 ミラが、柱の上に座っていた。


 逆さまに。


「お葬式?

 静かだねぇ」


「……ミラ」


 カイルが警戒する。


「出てくるなと言ったはずだ」


「だって、数が減ったでしょ」


 ミラは、首を傾げる。


「館、軽くなった」


 レイの背筋が、凍る。


「……何を、言って……」


 ミラは、レイを見た。


 真っ直ぐに。


「ねえ、レイ」


 笑顔。


「次、誰が死ぬと思う?」


 沈黙。


「……やめろ」


 ユンが一歩出る。


「今は――」


「今だから、だよ」


 ミラは、軽やかに地面へ降りた。


「使徒たち、楽しくなってる」


 指で、空をなぞる。


「だってさ、

 壊せば壊すほど、君が削れるんだもん」


 レイの右腕が、ずきりと痛んだ。


「……ミラ」


 セリスが、静かに言う。


「言葉を選びなさい」


「選んでるよ?」


 ミラは、笑顔のまま。


「優しい言葉は、

 長生きしないから」


 その瞬間。


 ――パン。


 小さな音。


 棺の一つが、内側から叩かれた。


「……え?」


 全員が、凍りつく。


 もう一度。


 パン、パン。


「……生存者……?」


 希望が、喉まで込み上げる。


 だが。


 棺の蓋が、歪んだ。


「……あ」


 中から出てきたのは、

 “生き残り”ではなかった。


 目が、灰色。


 口が、歪んでいる。


「……さむ……い……」


 灰骸化未遂者。


 完全ではない。

 だが、人でもない。


「……撃て」


 カイルの声が、震える。


「早く!」


 誰も、動けない。


 レイは、前に出た。


 右腕を、構える。


「……名前は」


 問いかける。


「……呼ばれ……なかった……」


 レイは、目を閉じた。


「……ごめん」


 光。


 短い、祈り。


 すべてが、終わる。


 雨の中、

 レイはその場に立ち尽くした。


 ミラが、ぽつりと言う。


「ね」


「……」


「君、もう戻れない」


 レイは、答えなかった。


 答えられなかった。


 右腕の奥で、

 蓋の向こう側が、確かに笑ったから。


 遠くで、鐘が鳴る。


 それは、出撃でも、追悼でもない。


 ――次の犠牲を知らせる鐘だった。

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